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2020年

2020年

2020/06/05 2020年6月5日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
6月5日
自問自答

日々の商売を進めていく上で大事なことはいろいろありますが、
その一つとしてつぎのようなことがあげられると思います。
それは、
今営んでいる自分の店ははたしてどれぐらいお得意先のお役に立っているか、
どれほど喜ばれ感謝されているかというとを、
いろいろの角度から絶えず検討し、自問自答してみるということです。
たとえば、もしかりに自分が店をたたんでしまった場合、
お得意さんが〃惜しい店がやめたな〃と残念がってくださるかどうか、
それだけの商売を自分が今しているかどうかといったことを反省、
検討してみてはどうでしょう。
そのような検討を絶えずくり返しつつ商売を営んでいくならば、
そこから、
〃自分のやり方にはまだまだ配慮が足りなかった。
お得意先に対してはこういうこともしておかなければならなかった〃
ということが随所に次々と出てくるのではないでしょうか。
陳列の仕方を変えるということ一つを考えてみましても、
お客さんの目を引きつけて、
商品を少しでも多く売るためにやるのだというのも一つの考え方でありましょう。
しかし、せっかく来てくださったお客さんに好感をもっていただこう、
楽しんでいただこうというところから出発していろいろ工夫してみるほうが、
よりすぐれた、よりお得意さんに喜んでいただける陳列の仕方が生まれてきて、
結局は成果もあがることになると思います。
お互いそれぞれに、そういうお得意大事の心に徹して、
自己反省、検討を絶えず加えていくならば、
そこから自分の店が存在する意義というものについての
確信が生まれてくると思います。
そうなれば、商売にもおのずと力強いものが湧き出てくるし、
尽きざる創意工夫も生まれてきて、
求めずしてお店の繁栄が達せられるということにもなるのではないでしょうか。
『商売心得帖』
自問自答
顧客満足度の調査は、自分の頭の中でもできる。
自問自答して、その根っこに、
お客様大事の心に徹するものがあれば、繁栄の道が見えてくる。


この作業はしょっちゅう行っています。
布団の中でこれを始めてしまうと、
ヒントをひらめいたり、考えに整理がついたりすると、
机とベッドを行ったり来たり・・・・。
昔は山道ドライブでカセットテープレコーダーをもってやってましたが、
今は危なくてできません。
小山さんや田舞さんの講義を聴いているときに、
ひらめくことが多いですね。
講義の中に答えを見つけるヒント満載なので、
潜在意識の活用をしています。
 

2020/06/04 2020年6月4日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
6月4日 
自主経営力

何でも上から命令されたから、
上の人の希望であるからと安易にものを考えるようになると、
それはいわゆる事なかれ主義に陥って、硬直化した経営になってしまいます。
たとえば、経費節減ということで、
広告宣伝費はムダに使ってはならないという方針が出された場合、
それを直訳して、必要な広告までやめてしまうということでは、
売れる商品も売れなくなり、会社の発展も止まってしまいます。
そこにやはり、下の人としての自主性にもとづく経営的な判断が必要なわけで、
ムダな広告はいっさいなくすが、
必要なものは積極的にやっていくということでなくてはならないと思います。
ですから、かりに部長の人が一つの方針を打ち出した場合に、
課長なり主任の人がそれに対して自分の所信を訴える、
もしそれが妥当でない場合には、
「部長、それは間違っていますよ」と言えるだけの自主性と実力、
いわば自主経営力というものをもっていることが必要だと思います。
そういうものがないと、万一、上の人が誤った場合、
全部が誤った方向へ進むということにもなってしまうと思うのです。
そういうことの大切さは、だれでもよく知っていると思いますが、
組織が大きくなり、人数が増えてくると、
ついつい命これに従うだけに終わって、事なかれ主義になってしまいがちです。
ですから、上に立つ人は、
下の人にそういう自主経営力を養い高めていくよう要望するとともに、
自分自身日ごろから下の人の意見に耳を傾け、
下の人の提案が出やすいような雰囲気をつくっていくよう心がけることが
大切だと思うのです。
「経営心得帖」
自問自答
事なかれ主義だけは避けねばならない。
「それは間違っています」と言わねばならない。
それだけの自主性と実力が今の自分にあるか-。


「○○問題があります、どうしましょう」
と、相談に来てくれます。
新人社員であればそれでよいでしょう。
「○○問題があります、○○の対応をしたいと考えますがいかがでしょう」
さらに良いですね。
役職が上がれば上がるほど、
『仮説をたてて相談をする』ことは重要です。
ただし、
『仮説が立たなくて相談に行けなかった』
なんていうことは本末転倒です。
 

2020/06/04 2020年6月3日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
6月3日 
責任の自覚

皆さんの担当している仕事はいろいろあると思いますが、
どんな仕事においても大切なことは、
結局、自分の責任を自覚するかどうかということです。
そして、その責任を自分は遂行するのだ、
という考えをはっきりともつかもたないかということです。
それによって
皆さんの仕事の成果があがるかあがらないかが決まってくると思うのです。
古今東西を通じて、自分の責任を自覚することも、果たすこともなしに、
みずからも幸せになり、世の中も向上せしめたという人はないと思います。
私は宗教のことはよく知りませんが、
キリストという人は皆のために十字架にかかって死んだといわれています。
われわれなら、自分の責任と思わないことでも、
キリストは全部自分の責任であると感じたわけです。
人々が人間的な尊さを失い、欲にぼけ、ものを取りあい、ケンカをする。
あるいは、あちらでもこちらでも戦争をして、世の中が修羅場のようになった。
そういう姿を見て、
これはたいへんなことだ、なんとかして救わなければならない、
と、それを自分の責任だと考えたのだろうと思います。
一国の総理大臣とか、一国の王様であれば、
国民全体がうまくいかないのは自分の責任である、と考えて当然かもしれません。
しかし、イエス・キリストは一国の王様でも何でもない、一市民です。
にもかかわらず、自分の責任であると考えたのです。
あるいは一人の人間として、とにかく隣人をよくしなければならないというので、
あれだけの働きをしたのだと思います。
それが容れられず死んでしまったのですが、
それでも不平を言わず喜びをもって終始した、
これがキリストの非常に偉いところだと思います。
われわれはキリストまでになることはとてもできません。
けれども、少なくとも自分のしている仕事に対しては、
はっきりとその責任を自覚しなければならないと思うのです。
『わが経営を語る』
自問自答
責任を全うするのだ。強く深く認識するのだ。
その強い自覚によって、成功の道はひらけてくるのだから。


社長業のスタート時は、能力超える問題が次から次。
そのプレッシャーからか自律神経が弱りまくりで体調を崩していました。
・・・が、
社長業をまっとうして『強い会社』をつくるの信念のもと、
フラフラになりながら出社することも多かったですね。
先輩経営者に相談すると、
「『新米社長』はそれでも出社しろ、
朝の一仕事を終えた後、
どうしても無理ならそれから帰れ」
とアドバイスを受けました。
 

2020/06/02 2020年6月2日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
6月2日
自己認識と対比認識

日本の軍部でも、
自分の強さ、実力というものを認識しないところに過ちがあったわけですな。
それで私は今、松下電器が、技術の点において一番や二番やないとするならば、
そのことをはっきり認識しないといかんと思うんです。
〃いや、おれのところはうまくいっているんだ〃と考えると、
日本の軍部みたいになってしまって、なすべきことを知らないということになる。
私は、会社の経営者として、
今、会社の総合実力というものはどんなものであるか、あまり低く評価したら、
力が伸びなくなるし、高く評価したら、要らん戦争をして負けるようになるから、
絶えず松下電器の実力というものがどんなものであるか、
競争力はどの程度あるかということを総合して、判定を誤ってはならない。
これは社長の仕事である。皆さんは総合的な判定をすることは、
仕事が多少違うとしても、その担当の部門の実績、
実力というものがどんなものであるかということを絶えず認識して、
それを一歩高めるにはどうしたらいいかということについて考える。
具体的に実力をもっているのかどうかということですね。
ぼくはこのあいだ、
ある一つの器具を見たところ、なんとこれはまずいなと思うたわけです。
ぼくの目から見たら非常にまずいんですね。
汚いし、なんだか素人がつくったようなものなんです。
一流会社の松下電器の堂々とした製品といえない。
こんなものは信用を落とすと思うようなものなんです。
ところがそこの技術担当者は、これを平気で出している。
それは認識していないわけですね。
つまり、自分の技術そのものを認識できているかどうか。
あるいは自分の技術とよその技術とを対比した場合に、
どれだけ劣っていてどれだけ進んでいるかという、対比認識もできていない。
自己認識も対比認識もできていない、
ということは競争相手に対する認識もない。
こういう状態においてやっておれば、
これはもう会社のためにならないことは決まっている。
『松下幸之助発言集第25巻』(昭和34年の発言より)
目間自答
自己認識、そして対比認識。
それは、コアコンピタンスの認識、
そしてベンチマーキングではないか。
自分はできているか。自社はできているか。


木野先生に聞いた話だったかな?
松下幸之助翁は、
開発担当社員の
「高性能な製品を開発しました」に、
どのような高性能製品化も聞きもせず、
「美しくないな」
と言ったそうです。
その時のことも踏まえた文章なのかもしれません。
 

2020/06/01 2020年6月1日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
6月1日
社員稼業

今日、独立した経営者は数多くあって、その経営ぶりはさまざまです。
それぞれの人の持ち味において、自主独立のかたちで経営が行われています。
うどん屋さんの主人公もそうです。そば屋さんの主人公もそうです。
夜なきうどんの主人公も独立しています。
その人たちは、いわばその仕事を自分一人でやっているのです。
自分一人で、独立経営体として、そこに精魂を打ちこみ、
おのが事業としてものを見、ものを判別し、そうして是非を判断しているのです。
しかし、会社勤めのいわゆるサラリーマン、社員という人たちは、
そこまでは徹していないでしょう。徹している人があってもごく少数で、
大部分は会社の社員という立場において、単なるサラリーマン根性というか、
要するに与えられた仕事を遂行しているといった心が
まえに終わっているのではないかという感じがします。
それをもう一歩進めて、自分は、会社という一つの社会の中で、
社員稼業をしている独立経営体であると考える。
すなわち、衿さん一人ひとりが、自己の独立経営として、
自分はこの会社の社風稼業をやっているんだと、
こういうような心意気になってものを見、
ものを判断することがはたしてできないものかどうか、
また、そうすることは間違ったことなのかどうか、
ということを考えていただきたいのです。
もし、社員稼業に徹するならば、
たとえば命じられただけの範囲で仕事をすませるということは、
私はできないと思います。
みずからの稼業が夜なきうどん屋の主人であったとしたならば、
みずからすすんでうどんを売るというような心がけで
仕事をしなければならないでしょうし、川べりに屋台店を出して、
お客さんに呼びかける必要があるでしょう。
また、きょうのおつゆの味わいはどうであるかと、みずから食べてみて、
少し辛いとか、辛くないとか、自分で味わい、考えるということもやるでしょう。
『社員稼業』
自問自答
社員稼業をしている“独立経営体”である。
自分も部下もその意識をさらに高めていかなければ一一。


ここを理解している人は多くないかもしれません。
『経営トップは自分の思い通りに意思決定できる』
と思っている人も多いでしょう。
日本の法律の中で「商法」「民法」「労働基準法」……、
親会社や関連会社‥‥‥多くの規制の中で経営しています。
『社員稼業』ではさらに所属する会社や組織の規制も出ていますね。
いづれにしても規制の枠内での『独立経営体』という意識は大切です。
私は30代前半で意識し始めたと思います。
 

2020/05/31 2020年5月31日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
5月31日
いい訳はいっさい聞かない

私は常に会社におりましても、
〃会社の経営の良否というものは社長一人の責任である〃、
こういうことを社内で言っておるのであります。
それと同じように、部の責任は部長一人の責任である、
また、課の責任は課長一人の責任である、
こういうふうに私は常に言っておるのであります。
たとえば、課の成績があがらない、という場合があります。
それに対しては、まあ、いろいろな理由がありましょう。
どうも自分の課員はもうひとつうまくいかない、
というようなことを課の成績に関連して言ったりいたします。
そういう場合、私は、
「君、それはけしからんことを言うじゃないか。
課の責任は君一人の力だよ。
かりに部下に悪い者があるから成績があがらないというのであれば、
その部下を返す。
どうもあれは適性がないから他に使ってもらいたい、
ということはいくらでも会社に言うことができるんだ。
それを言わずして、ベんべんと使っているということは、
やはり君の責任じゃないか。
だから部下が悪いとか、何々に原因があるとかいう言い訳はいっさい聞かない。
これはぼく自身がそう思ってるんだ。
ぼくが会社の社長としてうまくいかないという場合に、
どうもうちの社員が具合が悪いからとか、何々に原因があったから、
というようなことで、ぼくは言い訳する意思は全然ないんだ。
それを同じように君に対しても要求したいんだよ」
こういうような話をしてきております。
『経営の価値人生の妙味』
自問自答
言い訳はありえない。
自分のミッション達成、責任遂行のために、
なすべきことは、すべてなしえているか-。


ここを長期で本気で自覚する人は、
『寝ても覚めても・・・』という経験をするのでしょう。
それが頭から離れず・・・、
寝れなくなってしまうのはよいことではありません。
・・・私の場合能力以上の責任を請け負っている自覚もあり・・・、
自律神経が参ってしまうことも。
しかし、この自覚が成功の法則である、
『潜在意識を活用』の域へ至るのも事実でしょうね。
 

2020/05/30 2020年5月30日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
5月30日
止めを刺す

昔は、いわゆる止めを刺すのに、一つの厳しい心得と作法があったらしい。
だから武士たちは、もう一息というところをいいかげんにし、心をゆるめ、
止めを刺すのを怠って、その作法にのっとらないことをたいへんな恥とした。
物事をしっかりと確かめ、
最後の最後まで見極めて、キチンと徹底した処理をすること、
それが昔の武士たちのいちばん大事な心がけとされたのである。
その心がけは、小さいころから、日常茶飯事、箸の上げ下げ、
あいさつ一つにいたるまで、厳しくしつけられ、養われていたのであった。
こんな心がけから、今日のお互いの働きをふり返ってみたら、
止めを刺さないあいまいな仕事のしぶりのなんと多いことか。
せっかくの九九パーセントの貴重な成果も、
残りの1パーセントの止めがしっかりと刺されていなかったら、
それは初めからなきに等しい.もうちょっと念を入れておいたら、
もう少しの心くばりがあったなら後悔することばかりである。
お互いに、昔の武士が深く恥じたように、止めを刺さない仕事ぶりを、
大いに恥とする厳しい心がけをもちたいものである。
『道をひらく』
自問自答
後悔のない仕事。後悔のない人生。
最後の最後まで、念を入れる。心をくばる。


明智光秀が天下をとれなかったのは、
本能寺で織田信長を暗殺しながらも、
信長の死体は行方が分からず、
明智光秀は残念ながら、
その首が取れなかったためと言われています。
・・・99%天下を取っていたのに。
先日TV番組で、
「信長の死体を交流のあった僧侶が本能寺の僧侶のふりをして運び出した」
と言っていました。
 

2020/05/29 2020年5月29日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
5月29日
正しい雑音

工場の作業場へ入って、
なんとなしに響いてくる音、雑音が、それが正しい雑音であるかどうか、
キチッと仕事ができている雑音であるかどうか、
不良品ができている雑音であるかどうか、
というようなことがわかるかわからないかということです。
それがわからないようなことでは、私はあまり偉そうに言えないと思うんです。
『松下幸之助発言集第28巻』(昭和48年の発言より)
自問自答
"正しい雑音”か‘‘正しくない雑音”か。
職場の“違和感”を嗅ぎ取る感覚が
研ぎ澄まされているか。


社内でもそうですね。
内容が『仕事の話があふれて』であれば正しい雑音。
そうでなければ不必要な雑音。
・・・昔は車のエンジン音で好不調を探っていましたね。
今も車はめったにないがいきなり止まる。
 

2020/05/28 2020年5月28日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

 松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
5月28日
不良の発見

その仕事の重大性を常に自覚し、それにもとづいて注意を怠らずやっていけば、
たいていの不良は事前に発見できる。
また不良を出してしまったら、なおすぐ発見できる。
それが商品を出して先方へ行ってはじめて不良であるということがわかる、
返されてきてもまだ安閑として、いやこうでもないああでもない、
それは使い方が悪いんだろうというようなことで論議しているようなことは、
もってのほかだと私は思うんです、実際のところは。
もし、たまに見落としがあったり、手抜かりがあったりして、
需要者から「どうもあそこのところ、こういう音がしまっせ」と言われたら、
もうすぐにピンと来て、
「いやよくわかりました。それじゃすぐお取り替えいたしましょう」と言うて、
〃ああ、あそこが悪いんやな。あれはうっかりしておったな〃
というようなことがすぐわかるくらいでないといかんと思います。
それが返ってきて、
「一ぺん試験してみいな」「いや、あんまりどうもないやないか」
というようなことを言うて時を費やすということは、
もう実に言語道断だと思うんです。
『松下幸之助発言集第30巻』(昭和33年の発言より)
自陪自答
ピンと来る。
不良が不良だとわかる。
ほんとうに、できているか。


まだまだ『結果に対しての対応』が現実です。
・・・が、
同業他社との比較ではかなり高いレベルにあります。
広ガスたかたは県庁の立ち入り回数が多いのです。
詳しくは書きませんが、
LPガス販売店としてのレベルが高いから回数が多くなるのだそうです。
『クレーム対応企業』から、
『クレーム未然防止企業』へ着実に歩んでいきたいと思います。

2020/05/28 2020年5月27日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

 松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
5月27日
くり返し訓練する

たとえば、アイロンをつくる会社があるとすれば、
三つなら三つの条件のもとに新しいアイロンをつくるから設計してくれといって、
三つの班に分かれた設計陣でコンクールを行うわけです。
それを三日間でやるのです。
そうすると三日間でそれぞれの班が設計を完成します。
それを集めてどの班がいちばん適切にできているか検討する。
そういうことをくり返しくり返し訓練するところから、
いざという場合に三日あれば立派に設計ができるようにもなるわけです。
そのようにして、早くいい物ができるという訓練を常にしておけば、
いざ競争という場合に、瞬間にいい物ができるでしょうし、
また一つの注文を受けても、他が一週間かかるところを、
こちらは三日でできるということにもなるでしょう。
そうすると二日間早くできるから、注文主も非常に満足するわけです。
いくらいい物ができるにしても、それが一カ月も先だというのであれば、
注文はよそへ行ってしまいます。
だからそういう訓練を常にしていることが、非常に大事なことだと思うのです。
『道は無限にある」
自問自答
わが社のスピードを生み出すための、
組織体制、教育訓練体制は万全か-。


体調崩して休んでおります。
申し訳ありません。
そのような中、
『宅配スーパー』はとてもスムーズに・・・・とは言いませんが、
日々出てくる問題に対応しながら成長しています。
ありがとうございます。

2020/05/26 2020年5月26日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

 松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
5月26日
商品が語りかけてくる

会社で新しく発売する商品を開発するというような場合でも、
試作品ができるとぼくは、
できるかぎり自分でも実際に手に取り使ってみることにしていました。
電気コタッでもラジオでもテレビでも、
しばらくのあいだじっと眺めたり手でなでまわしたりしながら、
それぞれの機能を試してみる。
そうするともの言わぬはずのコタッやテレビがぼくに語りかけてくる。
〃この角をもう少し削って丸味をつけてくれないか〃とか
〃スイッチをもう少し太くしてほしい〃
とかいう声が実際に聞こえてくるような気になるのです。
あるときなど、こんなこともありました。
それは乾電池の工場に行ったときのことです。
たまたまつくった製品がもうひとつ調子がよくないということで、
責任者をはじめ担当の人たちがあれこれその原因を調べていました。
そこでぼくも、その乾電池をいくつか家に持って帰って、
夕食をすませてから机の上にズラッと並べ、
あれこれと思いをめぐらせつつ乾電池につけた豆球の明るさを調べたり、
じっと眺めたりをくり返したのです。
そうするうちにふと、
乾電池が「一ぺん温めてみてくれないか」と言っているような気がしました。
さっそく、鍋にお湯を沸かし、その中に入れて温めてから試してみると、
明るさが正常の状態になっています。
そこから原因がわかって、翌日さっそく、対策を講じることができたのです。
そこでその責任者に、半ば冗談まじりに、
「乾電池としばらくにらめっこしていると、乾電池がもの言いよるで。
君も乾電池製造のプロであるならば、
そんな乾電池の声を聞き取れるようにならなあかんな」
といった話をしたこともありました。
もの言わぬはずの商品が
何ごとかを語りかけてくるというのはいったいどういうことなのか。
ぼく自身もよくわからないのですが、
結局、そのような声が聞こえるかどうかは、
自分の側にどれだけの真剣さがあるかによるのではないかと思います。
「PHP」昭和59年4月号
自問自答
気づく力の違いは、どこにあるのか。
"カン”が冴える人との違いは、どこにあるのか。


新技術の神様、本田宗一郎氏も同じようなことを言っていたと思います。
「寝ても覚めてもそのことばかり考えていたらひらめく」
のだそうですよ。
サービスも同じですね。
入り口はひらめき。
そこからはどれだけPDCAを回すか。

2020/05/25 2020年5月25日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

 松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
5月25日
新製品についてまわる

とにかく新製品を出せばそれについてまわることが大事です。
「きょう出した品物は初めての品物である。どこへ売ったか」
「大阪の何々商店へ売りました」
「じゃあ、その商店へ一ぺん行ってこい」と。
・「あなたのほうはそれを買ってくれましたか」
「買いました。しかしまだ売ってないんです。店においてあるだけです」
・「ああそうですか。店においた範囲においてあなたはどう思いますか」
「店においている範囲ではまあいいと思う」
・「それは結構です。まあできるだけ売ってください」と。
三日おいて、
・「売った結果はどうですか」と。
「きのう売りました。まだ様子を聞いていません」
・「どこへ売られましたか」
「ここへ売りました」
・「じゃあ、私そこへちょっと行ってまいります」と言うてそこへ行く。
・「きのうあなたが何々商店でお買いになった電熱器は、
お使いくださっていかがですか」ということを尋ねてみる。
「あれは使ったけれどちょっと熱が高い。なかなか使いにくい」
ということであれば、
・「いや、それはこういうようにされたらいいんです」
と教えてさしあげる。また、
「いや、あれは非常に結構だ」
と言われればこれは安心である。
まあ小売屋さんの店舗に行ってみたら、
小売屋さんは非常に結構だと言うておられると。
これは、小売屋さんは、見た目では賛成しておられるんやなとだいたいわかる。
また小売屋さんが売った相手は、
「一日しか使っていないけれども、まあ-日使った印象というものは悪くないな」
と言うておられる。
そうなればまず一応よかろうと。
そういうようにズーッとやれば、かりに不良があればすぐにわかるし、
先方も満足するし、失敗を重ねるということは絶対にありえない。
しかしほとんどそれをやっておらない。電話でも聞いておらない。
これは、自分が魂をこめてつくった品物を人に提供して、
その人がどういうふうに使ってどういうふうに感じるか、
ということに対して興味のない証拠だと思うんです。
『松下幸之助発言集第25巻』(昭和33年の発言より)
自問自答
顧客の動向にもっと興味をもたなければ一。
POSデータだけに依存していないか。
直接聞くことをおろそかにしていないか。


宅配スーパーもそうですね。
甲田さん山下さん山田さんを中心に、
日々お客様の評価をうかがいながら、
小さなPDCAを回し続けています。
生まれたばかりのサービスは成長の過程です。

2020/05/24 2020年5月24日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

 松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
5月24日
眺めてみる

私が今から五十年前に商売を始めて以来、初めて広告宣伝をやろうとしたときです。
ナショナルランプを考案しまして、これを世間に出す。
それには第一に宣伝ですが、当時は資金は乏しいし、力もありませんから、
新聞に広告を出すということは並みたいていではなかったのです。
しかし、やりたいので、三行広告を出すことにした。
今でも三行広告はありますけれども、
昔の三行というと今の倍の大きさがあったんです。
そこに、「買って安心、使って徳用、ナショナルランプ」、
これだけの文句を書いて、三行広告をしたのです。
その三行広告をするにあたりまして、当時三行広告といえども、
私らにとっては大金を出すことになるわけですから、
長い時間をかけて十分検討しました。
「買って安心、使って徳用、ナショナルランプ」、
これだけの文句ですが、それで三日かかったのです。
なぜ三日もかかったかといいますと、
その字の太さ、字と字の間隔、また周囲から見て、
字はどういうような感覚になるかということを考えぬいたからです。
寝間に入っても、
その杏いたものを新聞の上において眺めてみることもしましたが、
見るたびに、この間隔はもうちょっと空けたほうがいいな、
この字の太さは、もうちょっと太くしたほうがいいなと、そのつど変わってくる。
際限がありませんから、このくらいでやめようということで、
結局三日費やしたわけであります。
「松下幸之助発言集第24巻」(昭和47年の発言より)
自問自答
寝てもさめてもの執念を、忘れていないか。
コピー一つでもそう。
ほんとうにそれでいいのか、まだ何かできるのではないか-。


この思考は現在でもとても大切です。
・・・ただし環境変化のスピードが速い現代では、
「徹底的に時間をかけ完成度を高める」
ではなく、
「早く出して何度もブラッシュアップし完成度を高める」
が正しいのですね。

2020/05/23 2020年5月23日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
5月23日
わが娘、わが親戚

私どもが日々扱っている商品は、
いうなれば長く手塩にかけたわが娘のようなものと考えられます。
だから、商品をお客様にお買いいただくということは、
自分の娘を嫁にやるのと同じことで、そのお得意先と自分の店とは、
新しく親戚になったことになる。かわいい娘の嫁ぎ先がお得意様で
あるということになると思うのです。
そう考えますと、そのお得意先のこと、またお納めした商品の具合などが、
おのずと気にかかってくるのではないでしょうか。
〃ご家族の方が気に入って使ってくださっているだろうか〃とか、
〃故障していないだろうか〃とか、
さらには〃近くまで来たついでに、ちょっとお寄りして様子を伺ってみよう〃
というように、自分の娘の嫁ぎ先に対すると同じような感情が、
自然に湧き出てくるといえましょう。
そういう思いで日々商売に取り組んでいくならば、お客様とのつながりにも、
単なる商売を超えた、より深い信頼関係というものが生まれてきます。
そうなればお客様にも喜ばれ、
ひいてはそれがお店の繁栄にもつながってくると思うのです。
お互い、商品を自分の娘と考え、そこからお得意先をわが親戚、
身内と感ずるまでの思いに立って、毎日の商売を営んでいるかどうか、
改めて考え直してみたいものです。
『商売心得帖』
自問自答
どれほどの愛情、愛着を、
商品にもっているか。


すべての商品やサービス、システムなどが、
手塩に掛けて育てた『我が娘』。
・・・残念ながらというわけでもありません。
生まれていない子もたくさんあります。
企画で終わったり、作りかけで止まったりもあります。
しかし、すべての物に愛着があります。
しっかりと生まれて育った子には愛情が大きくなっていきますね。
 

2020/05/22 2020年5月22日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

 松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
5月22日
お得意先の仕入係

商売をするには、自分の扱う商品を十分吟味し、
自信をもって販売することが大事であることはいうまでもないでしょう。
ただその際の心がけとして、単に商品を吟味するというのではなく、
買う人の身になってというか、
いわばお得意先の仕入係になったつもりでこれを吟味することが大事だと思います。
仕入係というものは、必要に応じて品物を購入するのが仕事です。
それも品質はどうか、値段はどうか、量はどれぐらいか、いつ仕入れたらよいか、
というようなことを一つひとつ検討しながら、
なるべくその会社や商店の益になるようにもっていくところに、
仕入係の役目があるわけです。
だから、
自分はお得意先の仕入係だと考えれば、お得意先は今何を必要とされているか、
どういう程度のものをどれほど欲しておられるかということを察知しつつ、
そういう目で商品を吟味して、
お得意様の意にかなうようにお勧めしなければなりません。
ちょうど奥さんが、
晩のオカズを買いに来て魚屋さんの店先であれこれ物色しているうちに、
魚屋の主人が、その奥さんの要望を察しつつ、
「奥さん、これはどうです。この魚は今が食べごろ、
値段も手ごろ、ご主人にもきっと喜ばれますよ」
という具合に相手の好みにピタッと相応ずる品を選んで勧めれば、
いっぺんに決まってしまう。
奥さんも気持ちよく買い物ができるし、店も繁盛するというわけです。
魚屋さんに限らず、ほかのお店も、これは同じことではないでしょうか。
『商売心得帖』
自問自答
顧客や取引先のニーズやウォンツを察知して、
適切な仕入れをして、提供する。
どの商売でも繁盛の秘訣はそう変わらない。


この人の見つけてきた商品は必ずヒットする。
という感性を持った人がいるものです。
生まれ持った感性でしょうか?
多くは成長の過程で身につけるのです。
『感性を磨く』の言葉通りです。
まずはヒット商品紹介雑誌などもよいでしょう。
多くの商品を見続けているうちに・・・・、
ただ見ていてはいけません。
ヒットするかどうか?仮説と検証を繰り返すうちに感性は磨かれます。
もちろんターゲットを明確にしつつです。
そのうえで『自分が使いたい』と思う商品であるか?

2020/05/21 2020年5月21日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
5月21日
新入社員

新しい人を迎えることにより、
会社にも個々の職場にも新鮮な雰囲気が生まれてくる。
先輩の人々も、自分の初心といったものを改めて思い起こし、
そこにみずから心機一転の思いをもつというように、
この時期は一つの飛躍のための得がたい機会であるともいえよう。
しかし、そうしたプラスの面とともに、
新入社員が加わることによるマイナスの面を見忘れてはならないと思う。
というのは、いかに優秀な素質をもった人でも、学校を卒業して入ってきたばかりで、
仕事についてはまったく経験がないのだから、
最初は先輩の人がいろいろと教え導かなくてらない。
いわば手取り、足取りといった姿で教えられることにより、
だんだん仕事を覚えていくわけである。
ということは、その間、先輩の人はそれだけ手間をとられることになる。
つまり自分の仕事の能率がそれだけ落ちるようになる。
そうしてみると、まったく仕事の経験がない新入社員が加わる上に、
これを教え導くために先輩の人の能率も落ちてくるのだから、
職場なり会社全体というものをとってみると、一人あたりの力は低下するわけである。
もちろん、やがては新入社員の人も成長し、
自主的に仕事を進めていけるようになり、
それが大きな力となってプラスしてくることは当然である。
しかし、それまでの時期というものは、
平均的な実力は低下していることをはっきり認識しておくことが大切だと思う。
『経済談義』
自問自答
会社にはマイナスになる時期があることを、
十分認識していたか……。


P・ドラッガーは、
企業にとって最も大切なことは『永続』。
そのための企業の目標は唯一『顧客の創造』と言っています。
・・・人間は寿命があります。
私たちは両親に育てられ、
両親はそれぞれの両親に育てられ・・・・繰り返し現在に至っています。
私たちは子育てをし、
そして子供たちは子育てをし・・・・繰り返し未来を創っていきます。
人は代々命を受け継ぐことで人類の『永続』を守るのですね。
 

2020/05/20 2020年5月20日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

 松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
5月20日
販売

落語家の噺は、聞いていると面白いのですが、
その台本を読んでみると、聞くときの面白味は少しも味わえません。
販売にあたるのも同様であろうと思います。
いかに立派な筋書きを与えられていても、それを味よく先方にお肘けできるかどうかは、
販売にあたる人がそれだけの訓練をみずから培うかどうかにかかっているのです。
筋書きのちょっとした生かし方にも興味をもって研究すれば、それに成功するでしょう。
そしてその根底となるものが、誠心誠意だと思います。
それが根底にあってこそ深い味わいも出るのです。
誠心誠意がなければ、どんなに立派な筋書きでも、
それは実を結ばないアダ花となてくるのです。
「商売心得帖」
自問自答
商品がよくても販売がそれを生かさないかぎり、
成果は結実しない。


なるほど分かりやすいたとえですね。
真剣な取り組みと、
現場を踏む回数ですね。
取り組み姿勢に問題ありの場合でも、
現場を踏む回数を2倍3倍に増やし時間をかけることで楽しくなってきます。
・・・継続は力なり。
私の尺八はこちらの例です。

2020/05/19 2020年5月19日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
5月19日
サービス

私ども子どもの時分によく親方から教えられたのは、
商売人というものは、〃損して得取れ〃ということです。
これは少し旧式な話でありますけれども、損して得取れ、
損を惜しんでは商売人として成功しないということを言われたのであります。
これは商売だけではなくて、人間全般に通ずると思うのです。
個人、人間の社会生活に通ずることだと思います。
今日の言葉でいうならば、まずサービスからかかれ、
サービスをしてはじめて成果が認められるんだということと同じことだと思います。
昔はサービスという言葉はございませんでしたから。
そのサービスを適切にやっていくかいかんかによって、
非常に満足されるかどうかが決まる。
満足されることによって、松下を非常に支持してくださるということに結びつき、
繁栄するか繁栄しないかということに結びつくと思うのであります。
松下電器のすべての人は、サービス輔神に事欠いてはならない。
それは、友人に対するサービスであるし、会社に対するサービスであるし、
顧客に対するサービスであるし、社会に対するサービスである。
いっさいがサービスから始まると考えていいと思う。
『松下幸之助発言集第30巻」(昭和40年の発言より)
自問自答
サービスをした上での成果。
サービスをしない上での成果。
どちらが未来の繁栄に結びつくのか―。


『お客様に喜んでいただく』
ことで『徳』を積んでいくのですね。
『徳』を積むことで結果として『得』受け取れるのです。
お客様に何かを提供することで得しようとすることではありません。
 

2020/05/18 2020年5月18日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

 松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
5月18日
仕事と人格

「君は、今の上司は仕事はできるが、
人格的に欠点が多いので立派な人にかえてくれと言う。
君の言うこともわかるけど、どんなに人格が立派でまじめな人間だからといって、
仕事がよくできるとは限らない。仕事と人格はあくまで別や。
人間だれしも欠点はある。
だから、あの男にはこういうええとこもあると見なくてはいけない。
君は、その欠点にだけ気をとられているから、ええとこが見えんのや」
「松下幸之助経営語録」
自問自答
“仕事ができる”と“人格ががすぐれている”は、別物である。
だれしも欠点がある。
自分にも大いにあるじゃないか。
だからこそ、欠点よりも長所に目を向けるべきではないか。


すべてのことを『プラス思考』で見る。
・・・ってなかなかできませんよね。
・・・・・・人間ですもの。
だからこそ、
『あえて』『無理やり』で、良いところ探す。
まずはそこからスタートなのでしょう。

2020/05/17 2020年5月17日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

 松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
5月17日
臨床の仕事

お互いの経営なり、商売というものは、
これを医学にたとえれば、基礎医学ではなく臨床医学にあたると思うのです。
その意味では、これにあたる者はみな、
実地の体験を破んだ臨床家でなくてはならないと思います。
ですから、かりに販売の計画を立てる人が、自分自身、販売の体験ももたずして、
知識、才能だけに頼っていわゆる机上のプランをつくっても、
それは生きたものとはならず、失敗する場合が多いのではないでしょうか。
あるいは、実際に物を製造することを経験していない技術者の人が、
開発の仕事にあたり設計に従事したとして、
それではたしていい製品ができるでしょうか。
私はできないと思います。
やはり、臨床の仕事をしていく以上、
実地の体験から入らなくては一人前の仕事はできにくいと思うのです。
かりに、もし二年なり三年なり、販売店さんや問屋さんのお手伝いに行き、
その店の店員になりきって、ぞうきんがけから始めて
みっちり勉強、修業をしたというような人が営業の仕事をしたらどうでしょう。
これは、その人は販売第一線の実情に十分通じているわけですから、
かりに机上で立てた計画でも、
それはほぼ実態に即した間違いのないものができると思うのです。
もちろん、どのようなかたちでそうしたものを会得させ、
体験させていくかということについてはいろいろのやり方がありましょうが、
臨床の仕事をしているという心根だけはいつも忘れないようにしたいものです。
「経営心得帖」
自問自答
実地の経験が、
机上のプランを、生きたプランにする。


経営、営業、物作り、サービス開発、技術開発・・・・、
すべての仕事には、
経験や体験がベースになくては本当に生かせるものはできないのですね。
19日から全社スタートをする『宅配スーパー』もそうですね。
現在臨床試真っ最中。
初期トラブルの発見と対策を進めています。
2チーム体制出勤中の急遽での新サービス開発ということもあり、
開発開始から約一週間での臨床試験となりました。
しかもメインで動くのは1チームだけ。
しかしこのスピード感こそが大切なのです。
開発から臨床試験を担当していただいたプロジェクトメンバーのみなさん、
本当にありがとうございました。
そして、全社の皆さん、
19日からのスタートよろしくお願いします。
・・・・さらにPDCAは回し続けます。

2020/05/16 2020年5月16日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
5月16日
念入りに、しかも早く

米倉さんのお店で、こんなこともありました。
あるとき、店員さんが、
「商売というものは、やはりサービスが大切ですから、特に念入りにやりましょう」と、
丁寧にやってくれたのです。
それで、終わってから時計を見ると、
いつもは一時間なのに、一時間十分かかっていました。
そこでぼくは、こう言いました。
「あなたがサービスに努めてくれたのはたいへんにありがたい。
けれども、念入りにやるからといって十分間よけいに時間がかかるのでは、
ほんとうのサービスにはならんのではないですか。
もしあなたが、念入りに、しかも時間は五十分でやるということであれば、
これは立派なサービスだと思いますがね」
ぼくは、スピードの尊ばれる現代においては、いかに念入りにとはいっても、
時間がよけいにかかるのではなく、念入りに、しかも早くというところにこそ、
真のサービスがあるのではないか、そう思いましたので、
そんなことをお話ししたのですが、それからしばらくして、
再びその店員さんにお世話になったときには、
ハサミさばきも鮮やかに、五十分で立派に仕上げてくれました。
「縁この不思識通るもの」
自問自答
より早く!より丁寧に!
真のサービスを提供できているか―。


「♪早い、♪旨い、♪安いの三拍子」
・・・って古くて若い人は知らないかな?
「♪ここは吉野家、♪味の吉野家♪牛丼一筋80年」
・・・って今は創業120年?
後々ですが、
あのフレーズってわかりやすくて素晴らしいと感心しました。
「お値段以上ニトリ」
も良いですよね。
 

2020/05/15 2020年5月15日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
5月15日
信仰三昧

米倉さんは、ぼくが東京のお店へ行ったときには、
しばしば自分でハサミをとってくれました。
そして手ぎわょく散髪を進めながらいろいろ話をかわしたものですが、
その中には教えられることが少なからずありました。
その一つとして、あるときこんな話を聞かせてくれました。
「実は、先般あることがあって、理容組合の人たちに風呂敷を配ったのですが、
それに私は〃業即信仰″という言葉を染めたのです。
なぜそうしたかといいますと、
私は、お互いにとって自分の仕事なり職業に信仰をもつということが、
非常に大事だと思うんです。
そうならないかぎり、絶対に幸せは来ない、
そういう私自身の気持ちをこの言葉にこめて皆さんに伝えたかったのです。
私は、もう七十歳にもなりますが、毎日、こうして仕事場に出て、
皆さんの頭を刈らせていただけるということは、ほんとうにありがたいことで、
もう、心の中で手を合わせて拝んでいるのです。
そうすると、お客さんも喜んでくれます。
こう言ってはなんですが、
松下さんでも、東京へ来られたときにはうちの店に寄ってくださる。
ほんとうに自分の商売に信仰をもつほどありがたいことはございません。
そういうことで〃業即信仰″という言葉を風呂敷に書いて配ったのです」
大略そんな話を聞かせてくれたのですが、
このときもぼくは、非常な感銘を受け、教えられました。
なるほど言われてみれば、まったくそのとおりです。
いわゆる信仰三昧というほどに仕事に打ちこむ。
来るお客さんは、みな神様であり仏様で、だから自然に、
手を合わせて拝むというほどの心境になってお客さんを大事にする。
そうすればそこには非常に大きな喜びが感じられるでしょうし、
また、そのように大事にされて腹をたてるお客さんはありません。
したがって、結果として商売が繁盛するということにもなるでしょう。
″なるほど、ほんとうに道は近きにありだな″という感じを、
ぼくは改めて抱いたのです。
『縁、この不思議なるもの』
※東京・銀座で理髪店を営んでいた米倉近氏。
自問自答
自然に拝みたくなるほどの心境を味わいたい。
そのとき感じる喜びは、いずれ実利に結びつくのだ。


「自分の仕事は地域社会を豊かにする、
『尊い仕事』
ということを強く感じましょう」
ということですね。
感じるほどだと思わなければ、
「無理やり思い込みましょう」
無理やりから入って心に至る。
小山さん流だと、
「仕方なく」「形から入って心に至る」
心に至った時私たちの仕事は本物の尊さをもち、
信仰の域に達するのでしょう。
 

2020/05/14 2020年5月14日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

 松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
5月14日
コツを体得する

一つの拭き掃除にしても、
拭き掃除はどうしてやるべきものであるかということがわかってくる。
ただぞうきんを絞って、そして拭いたらそれでいいというのではありません。
ぞうきんの絞り方というもの、
ぞうきんの水の絞り方ということがまず第一に問題になります。
ぼとぼとにしぼって拭いたほうがいいのか、
からからにして拭いたほうがいいのかということが自然に研究されると思います。
やはり私はそこにはそこに適正な湿度というもの、
絞り方というもの、そういうものがあろうと思うのです。
それによって拭くと、拭き掃除でも能率的であり、
拭くものもいためない、そして適当に挨を取るということになるわけです。
そのコツを私は自然に会得させられたのです。
これは拭き掃除ですから、事は簡単だとも考えられますが、
拭き掃除一つにしても、真をうがっというようなところにきますと、
ぞうきんの絞り方いかんというものが非常に問題であり、
それによっていい掃除ができるかどうかが決まってくるのです。
それがもっと複雑な仕事になれば、
ぞうきんの水の絞り方いかんということ以上に、
むずかしいコツというものがあろうかと思います。
科学的な学理というか、
基本というか、そういうものをほんとうに生かすためには、
それを基盤とした一つのコツというものを会得しなくてはならないのではないかと
思うのです。
そのコツを体得するということは、決して楽なわざではないと思います。
相当精魂をこめなければならないと思うのです。
それはやはり一つの苦労だと考えられます。
しかし苦労であっても、それをやらなければ一人前になれないのだということを、
青少年のあいだから、常に先輩に聞かされていますと、
それは苦痛でなくなってくるのです。
それは希望に変わるのです。
ですから、
そのコツを体得することに対して精魂を傾けるということができてくると思います。
『社員稼業』
自問自答
"いい掃除”ができているだろうか。
コツを体得できているだろうか。


常に『問題意識』を持ってPDCAをまわすこと。
独身時代、
毎朝ワイシャツにアイロンをかけていました。
最初は順番など気にせずかけていましたが、
効率が悪いことに気づき効率の良い順番を模索するようになり、
自分なりのワイシャツ、アイロンがけ順を完成させました。
結婚した後典子さんに確認したところ、
それは正しい順番でした。
・・・コツを会得していたのですね。
・・・・・・今は順番覚えてませんけど。

2020/05/13 2020年5月13日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

 松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
5月13日
生きた教科書

学窓から実社会に出て、新しい職場に入った人たちは、
きのうまではそれぞれの学校において、
その人の天性に適したように教え導かれていたわけである。
しかし実社会の職場では、いちいち学校のようには手を取っては教えない。
教え方は違っていても、実際はそれと同じことをやっているのである。
というのは、
会社では、先輩社員が仕事をしている、それに従って仕事をすればいいのである。
つまり先輩の言動が生きた教科書となるものである。
その教科書をいかに読み、いかに活用するかは、
それぞれの人の心がけで決まることである。
私が独立して商売を始めた当時は、従業員も非常に少なかった。
小さな工場だから私が電話をかけると、店員はそばで聞いている。
若い店員には、それが常に頭にあるから自分で電話をするときには、
なんとなく同じようなかけ方をする。
するとしだいに、
私のところの店員の電話のかけ方が統一され-つの型が生まれてくる。
あの店の電話のかけ方はうまいとか、行き届いているとか世間の人が評価してくれる。
それは私が教えたわけではない。教えずしても習ったわけである。
これは学校で教えるのと同じ道理である。
職場の先輩たちが働いている、その助手なり手伝いをしているうちに、
その人たちのやり方を見聞し、知らず識らずのうちに仕事を覚えることになるのである。
「物の見方考え方」
自問自答
“生きた教科書”になれているか。
みずからの言動が、お互いの言動が、
会社の文化を形成することを意識しているか。
後輩社員は自分をどこからか見ているのだ……。


『見て倣え(習え)』と言いました。
・・・と昔話になってきたのかも。
真似するということですね。
もっと突っ込むと『見て盗め』。
そして繰り返すことで習得するのですね。
職人の世界では当たり前でしたが今は昔。
奈良県(だったと記憶?)の宮大工に弟子入りした若者たちは、
夜遅くまで何種類もあるノミなどの刃物を、
来る日も来る日も砥ぎ続ける修行をしているそうです。
先輩の砥ぎを見て盗み、
そして国宝級の建築物にかかわる技を磨いていくんのですね。
何かのTV番組でやってました。

2020/05/12 2020年5月12日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

 松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
5月12日
引き寄せる

お互いの仕事でも何でも、
それに臨む心がまえとして大事なことはいろいろありましょうが、
いちばん肝心なのは、やはり誠意あふれる熱意だと思います。
知識も大事、才能も大事であるにはちがいありませんが、
それらは、なければどうしても仕事ができないというものではありません。
たとえ知識が乏しく才能が十分でなくても、なんとかしてこの仕事をやり遂げよう、
なんとしてでもこの仕事をやり遂げたい、そういう誠実な熱意にあふれていたならば、
そこから必ずいい仕事が生まれてきます。
その人自身の手によって直接できなくても、
その人の誠実な熱意が目に見えない力となって、自然に周囲の人を引きつけます。
目には見えない磁石の力が、自然に鉄を引きつけるように、
誠実な熱意は、思わぬ加勢を引き寄せ、事が成就するということが多いと思うのです。
『縁、この不思議なるもの』
自問自答
熱意は、人を引き寄せる。
思わぬ“何か”を引き寄せる。


成功の法則の一つですね。
『熱意は周りを引き寄せ強力な体制つくる』のです。
このとき大切なのは『誠実』という言葉。
特殊詐欺集団は半端ない熱意を感じますが・・・は正義、誠実ではありません。
うんこの周りにはハエが舞い、
花の周りには蝶が舞うのですね。

2020/05/11 2020年5月11日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

 松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
5月11日
些細と平凡

人から何かを命ぜられる。その命ぜられたことをそのとおりにキチンとやる。
そこまではよいけれど、そのやった結果を、命じた人にキチンと報告するかどうか。
命ぜられたとおりにやって、
そのとおりうまくいったのだから、もうそれでよいと考える人。
いやたとえ命のままにやったとしても、
その結果は一応キチンと報告しなければならない、
そうしたら命じた人は安心するだろうと考える人。
その何でもない心がけ、ちょっとした心のくばり方の違いから、両者のあいだに、
信頼感に対する大きなひらきができてくる。
仕事には知恵も大事、才能も大事。
しかし、もっと大事なことは、些細と思われること、平凡と思われることも、
おろそかにしない心がけである。
むずかしいことはできても、平凡なことはできないというのは、
ほんとうの仕鞭をする姿ではない。
些細なこと、平凡なこと、それを秋み重ね職み亜ねきて、
その上に自分の知恵と体験とを加えてゆく。
それではじめて、危なげのない信頼感が得られるというものであろう。
賽(さい)の河原の小石は崩れても、仕事の小石は崩れない。
『道をひらく』
自問自答
信頼感を生み出すものは何か。
些細で平凡なことをおろそかにしている自分がいないか。


『凡事徹底』
誰でもできることを誰もできないほど徹底する。
掃除の神様、鍵山秀三郎さんですね。
報告もそうですね。
誰でもできるが誰も真似できないほど徹底しているか?
指示、命令の完了は『報告』で終了します。
『報告』が終わるまで仕事は完了していないのです。

2020/05/10 2020年5月10日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

 松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
5月10日
愚痴と不平

とにかく、きょうからこの会社に入った以上、もうしようがないのです。
だから、これは悪縁か良縁かわからないけれども、とにかく縁あって結ばれたのですから、
よそへ行って愚痴を言わずに、うちで愚痴を言ってください。
よそへ行ったとき、「松下電器はいいところだ」と言ってもらいたい。
気に入らないときはうちで言ってもらいたい。それだけを考えていたら間違いないのです。
この一事さえ知っていたら、皆さんは立派な社員であり、社会人です。
不平はよそで言わずに社内で言う。社長に言う。
よそへ行ったら、
「私の会社は非常に努力させてもらいます。悪いところもあるかもしれないけれども、
みながんばってお役に立つような仕事をしようと言っております。
一所懸命やらせてもらうよう申し合わせております」というように言ってください。
「社員稼業」
自問自答
愚痴や不平は社内で言う!
社長に言う!


大阪の美容室の社長の話を思い出しました。
出張のたび、
スマホもない時代、
「大阪に○○というえらく評判の美容室があるらしい」
といろいろなところで吹きまわったそうです。
もちろん自分の美容室です。
「お客様は、
店からの評判は興味がわかないし広まらないが、
外からの評判は興味がわくし広まる。
それが大阪以外から耳に入るとなおさら」
という持論からです。
・・・評判になって多くのお客様が来店していました。

2020/05/09 2020年5月9日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

 松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
5月9日
言い方

人はさまざまです。短気な人もいれば気の長い人もいる、
綴密な人もいればおおざっぱな人もいる、理論派もいれば人情家もいる、
というように、それぞれの持ち味がみな異なます。
しかも、それだけではありません。
同じ人でもその心というものは刻々に動いていて、いわば千変万化の様相を呈しています。
ですから、同じことを言っても、ある人は反発し、
ある人は喜んで聞いてくれるといったことがあるでしょうし、
同じ人でもそのときの心の状態のいかんによって、
受け取り方はさまざまに変わってくると思うのです。
ですから、自分の考えを伝えようとすれば棚手の人がどのような人で、
今どのような心の状態にあるのかをよく知った上で、
あるときには簡蝋明瞭に、あるときは言葉を笠やして丁寧に、
その人にいちばん受け入れてもらいやすいような言い方を工夫する必要があると思います。
こう言うと、そんな面倒なことができるか、
という声が聞こえてきそうです。確かにこれはむずかしいことだと思います。
しかし、だれかに自分の考えを伝えたいとき、
常にこのことを考える癖をつけていくことが必要で、
そこに一プラス一が三にも四にもなるという人間関係の妙味も生まれてくると思うのです。
「人を見て法を説け」と言ったのはお釈迦様ですが、
人間というものが変わらないかぎり、やはりこれは真理をついた言葉ではないでしょうか。
〃あの人は自分のことをわかってくれない〃とか〃せっかく、
いい提案をしているのに、うちの上司は無理解だ″と思うようなことがあれば、
一度とらわれず、人を見て法を説いているかどうか、
静かに考えてみることも大切だと思います。
『人生談義』
自問自答
この考えをあす、あの人に、どう提案するか。
“お釈迦様”になれるだろうか。


D・カーネギー著
『人を動かす』
世界的に有名なコミニュケーションのための本です。
社長になりたての時、先輩経営者からプレゼントされました。
本は2度読みました。
当時、カセットテープの聴く本を購入車の中で聞いていました。
現在はCD版を購入車で聞いています。
何かのおりに「人を動かす」をプレゼントさせていただきましたが・・・、
多くの人はそのまま本棚かな?
もう一度引っ張り出してみてください。
『道は開ける』もおすすめです。

2020/05/08 2020年5月8日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

 松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
5月8日
大事な報告

もし皆さんが、緊急な重要事項を直接の上司、
たとえば課長に報告しようと思っているときに、課長が電話をかけている、
あるいは席に見当たらない、そこへたまたま部長が入ってきた、
また事業部長が入ってきた、
そういう場合はもうためらわずに部長なり事業部長にその件を報告してほしい。
そのほうが、ずっと能率もいいし、事をスムーズに運ぶことができる。
もっとも、その際、課長への事後報告は必ず行わなければならない。
課長の電話が終わってから、あるいは席に帰ってから、
「緊急を要すると思いましたので、部長なり事業部長に報告しておきました」
と言うことを確実に実行しなければならない。
そして、そういう報告を受けた課長は、
「それはよかった。ありがとう」
というような態度を示すことが大事だと思うのである。
その場合、もし課長に聞いて、何らかの訂正が必要だとわかれば、
すぐにまた行って訂正すればよいわけだ。
今日、各業界、各企業のあいだにおける競争というものは、
非常に激烈なものがある。
そうした時代にあって、瞬間を争う大事な事柄を報告するいわば非常の場合に、
何としてもまず直接の上司に言わねばならないんだとか、
やはり組織を通じて処理しなければ叱られるんだとか言っていたのでは、
競争に負けてしまうというようなことにもなろう。
だから、ここで、皆さんに強く望みたいことは、
〃是(ぜ)なることは一刻も早く上の人に知らせる〃ということである。
『その心意気やよし』
自問自答
目的を最優先せよ!
手段は事後でも取り戻せる。


病院内での、
コロナウイルスの感染情報だと考えるとわかりやすいかもしれませんね。
「院内感染が発生した」
という情報を『情報伝達網』通りで伝達しようとし、
時間がかかりすぎて『緊急感染防止』に時間がかかった。
ということになりえません。
「目的を最優先せよ!
手段は事後でも取り戻せる。」
ですね。

2020/05/07 2020年5月7日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

 松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
5月7日
聞き上手

聞き上手ということは、
皆さんが今後お始めになるお仕事の上に非常に大事なことであると思います。
話し上手も非常に大事である。
しかし話し上手よりも聞き上手のほうがさらにたいしたもんだということを、
昔の人々が言うております。
静かに考えてみますと、私もほんとうにそうだという感じがいたします。
人さんがいろいろな話をされる、
それを心をこめて、なるほどそうですかというようによく聞いてあげる。
すると、話し相手は話しがいがあって面白い。ますます熱を入れて話をする。
そのうちには非常にいい話がとび出すもんであります。
そのいい話をキャッチしていくところに、
聞き上手の非常にプラスがあると思うんです。
話し上手も非常に大事である。
けれども、話し上手は自分のもっておるものを相手に与えるだけである。
相手から吸収するものがないことを考えてみますと、
話し上手もなるほど結構でありますが、
しかし聞き上手はさらに処世の上に大事なもんであるという昔の人々の教えは、
非常に味わってみる必要があろうかと思うんであります。
『松下幸之助発言集第11巻』(昭和37年の発言より)
自問自答
話すだけではしぼんでしまう。
話す、聞く、そこからチャンスをつかむ。
しぼませないで、ふくらませていく。


優秀な営業社員の共通点は『聞き上手』なのですね。
優秀な営業社員とは『話が旨い』と思っている人が多いですが、
昔から業界ごとで超優秀営業マンの著書が多く出ています。
かたっぱしからとは言いませんが多くの本を読みました。
結論は『聞き上手になりなさい』『質問上手になりなさい』
という共通点でした。

2020/05/06 2020年5月6日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

 松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
5月6日  
達人

ごく卑近な例ですが、筆で文字を書くという場合、習い始めたばかりの初心者は、
長い時間かけていろいろ苦心しても、なかなかいい字が書けません。
しかし、
書道の達人ともなれば、白紙の上に瞬時にして、人が称賛するような字が書けます。
そこには、きわめて大きな力の相違があるわけです。
私たちが仕事の上で、いろいろとものを考案し、生産し、販売するにあたっても、
同じことがいえると思います。
瞬間に立派なものを考案し、瞬間に製造ができるということは、
その道の達人になってはじめてできることです。
できることはできるけれども、そのために十日も二十日もかかるというようなことは、
ものによってはそういう場合もあるでしょうが、決してほめられることではない。
それは、結局、未熟であることを示すものだと思います。
『社員心得帖』
自問自答
瞬間、瞬時にアイデアが浮かんでくる。
そしてそれをモノにできるー“達人”の域を、めざしたい。


『達人』。
野球に例えると少し前ならイチロー。
かなり前だと長嶋、王でしょうか。
イチローのストイックさは有名ですね。
長嶋は天才と言われていましたが、
実はその裏に並々ならぬ努力がありました。
仲間と食事中、
箸をもって手元でバットコントロールの練習をし始め、
勝手に帰って練習を始めたりすることは度々だったようです。
当時ジャイアンツが宿舎に使っていた旅館の女将さんから直接聞いた話ですが、
「長嶋選手と王選手の部屋の畳はすぐにダメになる。
他の選手が流川で飲んでいるときも、
二人はは部屋で素振りをしていましたから」
と言われていました。・・・25年くらい前に聞いたのかな?

2020/05/05 2020年5月5日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

 松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
5月5日
道場 

自得していくには、そのための場所というか、道場とでもいうものが、必要である。
たとえば、水泳やスキーを自得しようと思えば、水泳ならば海や川やプールが、
スキーならばスキー場というものがなかったら、
いくら自得せよといっても無理である。
仕事でも同じことで、
これを自得しようと思えば、まず道場を求めなくてはならないのである。
ところが幸いなことにその道場はすでに与えられているのである。
すなわち、自分の職場、自分の会社がそれである。
つまり求めずして先に道場が与えられているのだから、こんなありがたいことはない。
あとはその道場ですすんで修業しよう、
仕事を自得していこうという気になるかどうかということである。
しかも、普通であれば道場に通うとなると、
こちらから月謝を払わなくてはならないはずである。
ところが会社という道場では、逆に給料までくれるというのだから、
こんな具合のよい話はないではないか。
場合によれば、
自分はこの道場で修業をさせてもらっているのだから給料などとはとんでもない、
こちらから月謝を払います、というようなことがあってもいいぐらいである。
まあ実際にはそこまでする必要はないけれども、
気持ちの上だけでもそういうものをもてば、
おのずから心がまえも違ってこようというものである。
月謝を払ってもいいところを、逆に給料までもらっているのだという認識に立てば、
仕事に取り組む上でも、しぜん謙虚に、しかも力強いものが生まれて、
やがては、いわば道場の師範代としての給料をもらうに値するようにもなろう、
というものである。
『その心意気やよし』
自問自答
会社は道場。
もう月謝は払わないでもいい存在になっているだろうか。


『職場は人生道場』
ほぼ100%の人がそうだと思います。
山梨の、感染が判明した後にゴルフや整骨院へ行き、
さらに帰京した女性のような人は、
職場で人生を学べていない人のうちかも・・・。
既にその感染者もでているとのこと。
・・・『感謝』の気持ちの薄い人は学べていないのかもしれません。

2020/05/04 2020年5月4日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

 松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
5月4日
一人前としての給料

もう戦争前のことになるのだが、ある日たまたま寄席を見に行ったことがあった。
その出し物の中に中国人の曲芸があった。
見ていると、若いきれいな女の人を壁の前に立たせる。
そして、その人に向かってピュッと短剣を投げるのである。
なにしろ私はそういうものを見るのは初めてのことだし、
びっくりしたというか、心臓がキュッと縮むとでもいうような思いであった。
ところが投げられた短剣は女の人の体スレスレのところにブスリと突き刺さる。
と、また二本目が飛び、これもみごとにわずかのところで体には刺さらない。
ほっとするまもなく、次から次へと二十本余りの短剣が、ピュッピュッと宙に閃いて、
こちらはもう手に汗握るどころか、心臓が縮みっぱなしであった。
やっと全部の短剣が投げ終えられたのを見ると、
ちょうど二十数本の短剣が壁に鮮やかに体の線を描いて刺さっている。
そこで初めてわれに返ってヤンャと拍手喝采したという次第であった。
そのときには私は、今の言葉でいえば〃これがプロだな〃と感じたのである。
見ているほうもこわいが、
やるほうはわずかでも手もとが狂えば、人の命にかかわるのである。
それを一本だけでなく、しかも毎日毎日、
おそらく一生やり続けて一つの失敗もないというのは、実にたいへんなことである。
これがワラ人形相手ならし損じも許されようが、それではお客は見に来ない。
つまり、いうなればアマチュアである。
人間相手、
わずかでも誤れば命がないというスリルがあればこそ客も金を払って見に来てくれる。
それをやり遂げるのがプロである。
ということは、〃われわれの仕事もこれと一緒だな。
われわれが本職として、それでメシを食うとなれば、
こうでなくてはならないな〃ということを感じたのである。
結局サラリーマンの仕事でも、こういう厳しい境地に立って、
これだけのことがなし遂げられて、
はじめて一人前として給料がもらえるということであろう。
そうでなくては、いわばアマチュアである。
『その心意気やよし』
自問自答
自分が社長だったら、
今の自分という社員にどれぐらいの給料を払うだろうか。


つい先日TV番組で、
2004アテネオリンピックで28年ぶりの団体優勝した、
体操男子主将、米田功選手のインタビューをしていました。
残っている種目は日本の鉄棒だけ、
鉄棒の成績次第でアメリカを押さえ金メダル。
無茶苦茶プレッシャーのかかる場面です。・・・が、
「言われるほどのプレッシャーはありませんでした。
この大会では『試合直前の練習時間も与えられない』と分かっていたので、
それを想定し、体育館からしばらくはなれて、
帰った直後に本番と同じ演技をする練習など繰り返し、
朝目が覚めた直後でも100%の演技ができる状態を作っていましたので、
自信はありました」
と答えていました。
・・・これこそが『プロ』ですね。

2020/05/03 2020年5月3日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
5月3日 
第一声

会社に入って、将来必ず重役になれるというと少し言いすぎかもしれませんが、
少なくとも部長には間違いなくなれるという秘訣があります。
それは入社第一日目に、会社から家に帰ってきたときに、
家族の人にどのように報告するか、というところから始まります。
初めて会社に出勤したその日には、
式典があったり、社長や幹部の訓辞があったりするでしょう。
また会社の内容や勤務についての説明もあると思います。
それを聞いて家に帰ると、
ご両親や家族がたいてい「会社の感じはどうだった」と尋ねるでしょう。
そのときに、どう報告するかがきわめて大切だと思うのです。
「あんまり感心しない会社だ」などと言えば、ご両親は非常に心配します。
「まだよくわからない」と言っても、やはり心配が残るでしょう。
「詳しいことはわからないけれども、
きょう、社長や幹部の人からいろいろ話を聞いてみると、
自分はなんとなくいい会社のように思う。満足して働くことができそうだ。
だからここで、大いに仕事をしてみたい」と力強い言葉で報告したら、
ご両親も「それは結構だ。大いにやりなさい」と喜びもし、安心もすると思います。
そういう報告ができるかどうか、それが成功へのまず第一の関門です。
何でもないことのようですが、
そういうことが言えない人は、私は成功しにくいと思います。
“そんなことは言わなくても、両親はわかっている”などと決して考えてはいけません。
自分で本心から、つまらない会社に入ったと思っているのであればともかく、
大きく予想に反したことがなければ、
“これは安心だ。しっかりやろう”
という心意気をまず言葉に出して、第一声として両親に言うことです。
私はそういう心がまえから、すべてが生まれてくると思うのです。
『社員心得帖』
自問自答
初めが肝心。
初日、初出勤、第一声、
あすの取引先との新企画プレゼン。


20新入社員の皆さん、
初任給で必ず両親にこれまでの感謝を込めてプレゼントをしてください。
高額なものでなくてもかまいません。
できれば手渡しをして、
これまで育ててもらったお礼を伝えてほしいのですが・・・、
コロナウイルスの猛威がありますので、
今は広ガス高田エリアから出ないでください。
宅配便と電話を使ってください。
・・・ラインではなく自分の言葉で伝えて下さい。
 

2020/05/02 2020年5月2日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]

5月2日
充実感

二十二歳のときに独立し、ごくささやかながら、電気器具製造の事業を興しました。
事業を始めた当初は無我夢中で、その日その日を誠実にせいいっぱい働きました。
そうした中で、夏の日に夜遅く仕事を終えてタライにお湯を入れ行水をつかいながら、
“われながら、ほんとうにきょうはよく働いたな”
と自分で自分をほめたいような充実感を味わったことを今でも覚えています。
また、会社が大きくなってからは、会社の仕事を通じて人々の文化生活を高め、
社会の発展に寄与、貢献していくことを使命とし、
それを社員の人とともに達成していくところに自分の生きがいを感じつつやってきました。
このように私の生きがいというものは、
決して終始一貫して同じだったというわけではなく、その時々でいろいろ変わってきました。
しかし、私はそれはそれでよかったのではないかと考えています。
世の中には、
一生を通じて一つのことに打ちこみ、そこに生きがいを求め続ける人もいます。
宗教家や芸術家といった人たちの多くはそうだといえるでしょう。
それは非常に立派な姿だと思います。
しかし、すべての人がそうでなければいけないというわけではない。
ある時期にある一つのことに生きがいを見出し、
それがすむと、また新たにつぎの生きがいを求めるということも、
それはそれで意義のあることだと思うのです。
『人生心得帖』
自司自答
自分で自分をほめているか。
ついほめたくなる、そんな仕事をしているか。
きょうは、そんな1日だったか。
あすはそんな1日になるだろうか。


『夢』や『目標』は年齢や経験、体験によって変わるのですね。
変わるという表現より「成長する」が正しいのかな。
森信三先生の言葉を借りると、
40歳前後までは自分の持って生まれた『使命の書かれた封筒』を開封する人生。
それ以降は書かれていた『使命』を実現する人生ということになるのでしょう。
いくつになっても夢を追い続ける一生青春人生を送りたいものです。
・・・久々の サムエル・ウルマンの“青春”フルバージョン。

真の 青春とは
若き 肉体のなかに あるのではなく
若き 精神のなかにこそ ある
薔薇色の頬 真赤な唇 しなやかな身体
そういうものは たいした問題ではない
問題にすべきは つよい意思 ゆたかな想像力 もえあがる情熱
そういうものが あるか ないか
こんこんと湧きでる 泉のように
あなたの精神は 今日も新鮮だろうか 
いきいきしてるだろうか
臆病な精神のなかに 青春は ない
大いなる愛のために発揮される
勇気と冒険心のなかにこそ 青春は ある
臆病な二十歳がいる 既にして 老人
勇気ある六十歳がいる
青春のまっただなか 年を重ねただけで 人は老いない
夢を失ったとき はじめて老いる
歳月は 皮膚にしわを刻むが 情熱を失ったとき 精神は
しわだらけになる
苦悩 恐怖 自己嫌悪 それらは 精神をしぼませ
ごみくずに変えてしまう

誰にとっても大切なもの それは 感動する心
次は何が起こるのだろうと 眼を輝かせる 子供のような好奇心
胸をときめかせ 未知の人生に 挑戦する 喜び
さあ 限をとじて 想いうかべてみよう
あなたの心の中にある 無線基地
青空高くそびえ立っ たくさん 光輝くアンテナ
アンテナは 受信するだろう 偉大な人々からのメッセージ
崇高な大自然からのメッセージ 世界がどんなに美しく 驚きに満ちているか
生きることが どんなに素晴らしいか
勇気と希望 ははえみを忘れず いのちのメッセージを
受信しつづけるかぎり あなたはいつまでも 青春
だが もしあなたの 心のアンテナが 倒れ
雪のように冷たい皮肉と 氷のように頑固な失望に おおわれるならば
たとえ二十歳であったとしても あなたは立派な 老人
あなたの心のアンテナが 今日も青空高くそびえ立ち
いのちのメッセージを 受信しつづけるかぎり
たとえ八十歳であったとしても あなたはつねに 青春
真の 青春とは 若き 肉体のなかに あるのではなく
若き 精神のなかにこそ ある
 

2020/05/01 2020年5月1日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

 松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
5月1日
夢に見るほどに愛する

やはり、お互い会社で仕事をする者にとっていちばん幸せなことは、
自分の仕事に興味をもって働けるということではないかと思います。
余暇を楽しむとか、趣味をもつということも、
それはそれで大切なことにはちがいありませんが、そういう楽しみも、
結局は、日々の仕事が楽しくやりがいがあるということなしには、
ほんとうは成り立たないのではないかという気がするのです。
そのためには、
やはりそれぞれの人が、仕事に興味をもって取り組めるという姿をみずから求め、
心がけていかなければなりません。
たとえば、
皆さんの中には、会社から与えられた仕事をかえてほしいと思っているのに、
上司から、
「これは君にとって将来必ず生きてくるのだから、少なくとも一年間はやってみたまえ」
というように言い聞かされることもあると思います。
そのときには、会社も何らかの配慮をもって仕事を与えているのだからと、
そのことをよく考えて素直に理解し、なるほどそういうものかと自分なりに納得して、
一年間それにあたっていくというようなことが大切だと思うのです。
そうしてその上で、いろいろ工夫して興味が湧くように考えていけば、
それでもどうしても性に合わないということもあるかもしれませんが、
ほとんどの場合は、そうした工夫、努力の中から、
仕事に対する興味というものは生まれてくるものだと思います。
おそらく多くの方が、
日ごろからそういう心がまえで仕事をしておられることと思いますが、
そのときには、自分はどの程度力強くそういう努力をしているか、
改めて自問自答してみること要でしょう。
そしてついには自分の仕事を夢に見るほどに愛する、
というような心境にまでなりたいものだと思います。
『社員心得帖』
自問自答
自分は、自分の仕事をとことん愛しているのか。
仕事に自分は愛されているのか。
きょうの夢に、仕事はあらわれるだろうか。


スポーツも読書も勉強、
なんでも同じだと思いますが、
一生懸命取り組んで何時と楽しくなるのです。
私の場合、体育での球技は一生懸命取り組んでいて楽しかったですね。
読書や勉強はちんたら取り組み・・・もちろん楽しくありませんでした。
読書は大学生の時TVドラマの原作が読みたくて楽しくなりました。
勉強は・・・資格試験で仕方なく一生懸命取り組み、
その時は、苦しみつつ楽しんでいました。
趣味の尺八も親戚のおじさんたちに引きづりこめられ・・・ちんたらと。
ある日師匠に「私の尺八を使いなさい」と手渡され・・・、
仕方なく集団レッスンから個人レッスンに移行。
・・・さらに仕方なく自宅練習。
・・・仕方なく一生懸命やってるうちに趣味と言えるようになりました。

2020/04/30 2020年4月30日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]

4月30日
風の音に悟る

まったく同じ話を聞いても、
〃いい話だったと〃感動する人と
〃つまらない話だった〃と思う人がいますね。
ということは、
話のよしあしは、その内容より、むしろ、聞く側の態度によって決まってくる。
聞く側に大部分の責任があるともいえるわけです。
ピューという風の音にでも悟る人がいるのですから・・・。
『人生談義』
自問自答
仕事に徹して、聞く力を磨き上げよ!
“悟る”という体験を得るために。


アンテナ感度ですね。
アンテナの感度が悪いと何もキャッチできません。
感度が良いと必要な情報を逃さず、
さらに情報からの分析や予測が進みます。
『アンテナの感度』=『潜在意識活用』
なのですね。
 

2020/04/29 2020年4月29日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
4月29日
武士道精神と産業人精神

昔の武士は、武士なるをもって尊しとしていました。
したがって強いだけが武士ではなく、武士は人間として最高でなくてはならない。
学問もやらなくてはならないし、人情も豊かでなければならない。
また、義を見ては大いに勇をふるって行うということでなくてはならない。
しかも戦って強くなければならない、ということでしょう。
そういうものを兼ね備えているところに、武士道精神というものがあったと思いますし、
そこにまた武士道精神の尊ばれるゆえんがあったと思うのです。
武士が武力に強いからといって、
人をしいたげ、人を困らすようなことでは、それは武士道でも何でもないわけです。
われわれの祖先というか、昔の人々は、町人といえども、
ある意味において、そういう武士道精神を理解し、それに敬意を表していたと思います。
それで、ときどき武士がよくないことをすると、
武士の風上にもおけないやつだといって非難されたわけでしょう。
やはりそういう立派なものをもたなければ、武士といえなかったわけです。
私は昔の武士道精神というものは、そういうものだったのではないかと思います。
そこでその武士道精神にかわる、
今日の産業人精神というものはどういうものかというと、内容は多少違いましょうが、
やはりそれと同じようなものをもたずしては産業人とはいえないと思うのです。
ただ自分の立場のみを考えて働くというようなことでは、
私はやはり産業人とはいえないのではないかと思います。
産業の使命というものをはっきりと認識し、その尊さを認識し、
そしてその産業の興隆によって社会が潤い、人々の幸擶も約束されていく、
社会生活も国家も発展していく、
さらに進んでは世界の繁栄、平和にも結びついていくのだ、
自分はその一員である、というような意識をもたずしては、
私は真の産業人は養成されないという感じがするのです。
『道は無限にある』
自問自答
自分の仕事を、まわりの人々、業界、社会、国家、
さらには世界に関連づけて考える意識をもつことで、
成功者への道がひらかれてくるのではないか。


日本人の多くは武士道の精神を引き継いでいると思うのです。
コロナウイルスでの「外出自粛要請」に対しても、
とても真摯に向き合っています。
・・・一部のパチンコ店などに代表される要請に応じないお店、
さらにはそれらを利用する人たちもいることも現実ですが。
広ガスたかたは理念の『健善』でこの局面を乗り切ります。
 

2020/04/28 2020年4月28日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

 松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]

4月28日
心の豊かさ

何か事あるたびごとに、私の胸に浮かんでくる一つの話がある。
それは五十年以上も昔に聞いた話なのだが、
その話を聞いて非常に感動したことを、私は今でもはっきりと覚えている。
五十年前というと、まだ自動車はなく、
大阪駅の前には、ずらりと人力車が並んでいたころのことであった。
ある日、そこへ一人の客が来て、
「船場の××まで行ってくれ」と言って車に乗りこんできた。
車夫は二十四、五歳の若い人であったということだが、
さっそく梶棒(かじぼう)を取り上げて走りだした。
目的地まで走って、客が降りる段になると、
その客は十五銭の代金のところを二十銭渡して、さっさと行きかける。
車夫は、「ちょっと待ってください。いまおつりをさしあげますから」と言って、
客の着物の挟(たもと)をつかんだ。
すると客は、「いや、祝儀のつもりや、とっておいてくれ」と言って受け取らない。
そこで押し問答となった。
しばらく問答が続いたが、ややあって、急にその車夫は、
襟を正すとでもいうか、粛然とした姿となって、
「いや、要りません。このおつりは持って帰ってください」ときっぱりと言い切った。
その態度に押されてか、そのお客さんは五銭のおつりを
受け取って帰っていったそうである。
そして後日、その車夫はたいへん成功したということであった。
私はこの話を耳にしたとき、いたく心を打たれたのである。その車夫は偉いと思った。
たくさんの車夫のうちには、
その五銭、いわゆる祝儀といわれるものをもらって、喜んでいる人も多いことだろう。
しかし、その車夫は、十五銭の車代のところを、
二十銭もらうということは、許されないことだと感じたのであろう。
私はそこに、
その車夫の心の豊かさというか、心意気というものを感じ取ったのであった。
『なぜ』
自問自答
自分の仕事の正当な対価を知っている、
そしてそれに誇りをもつことこそが、成功の秘訣なのではないか。
だから、高すぎても、安すぎてもいけない。


『正当な対価』なのですね。
ETCができるずーと以前のおはなしです。
料金所で小銭がなく一万円札を出したところ、
千円札のお釣りを一枚多くくれたのです。
すぐに車を左に止めお釣りを返しに行きました。
料金所のコンクリートとアスファルトに3㎝くらいの段差があり、
つまづいて転んでしまったのです。
・・・額をすりむき、ブレザーの肩のところを破り、
腕時計のレンズを割ってしまいました。
ブレザーは新調し、時計の修理は一万円近かったのかな?
ガス代金の集金をする仕事をしていた時、
五百円札(当時)受け取り、
千円札と勘違いしお釣りを多く出した経験があったので、
「千円余分のお釣りを受けとるよりもそちらの方がいいや」
と自分をなぐさめました。

2020/04/27 2020年4月27日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
4月27日
にじみ出る気持ち

皆さんはワイシャツ一枚を買うのにも、だいたいにおいて、
買いつけの店が心にあると思うのです。
とりたてて理屈はないのですが、そのことには立派な裏づけがあります。
つまり、客である自分に満足を与えてくれているという感じが、
好みの店を決めているのです。
そういうことを考えてみますと、販売というものを成功させるためには、
いかにすればお得意様に喜んでいただけ、どういう接し方をすればご満足願えるか、
ということを考えることが何よりも大切だと思います。
ですから、妙案奇策のあまりない販売の世界の中で特色を発揮するために、
何が基本になるかというと、結局はお互いの誠心誠意です。
そして話す言葉ににじみ出る気持ちが、何よりも大切だと思うのです。
『商売心得帖』
自問自答
販売・セールスに妙案奇策はない。
最後は結局、誠心誠意しかない。
それは自分が顧客の立場にいるときに、わかるはずだ。


稲島さんの営業スタイル。
営業の入り口はもちろん独自ポイントや独自サービス。
・・・しかし、
この違いだけで簡単にお客様はガスの供給契約には至りません。
「もう来ないでください」
というお客様に時間をかけ話のできる関係をつくり、
当社で対応可能な修理や補修を請け負いながらファンを拡大しています。
「包丁砥ぎも請け負った」と聞きます。
山田さんもこのスタイルでの営業で成長を見せています。
口先ではなくにじみ出る気持がお客様の心を動かすのですね。
 

2020/04/26 2020年4月26日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]

4月26日
心は常に働かせる

指導者といえども、四六時中仕事をしていなくてはならないということではない。
それではとても体がもたない。
だからときに休息したり、あるいはレジャーを楽しむということもあっていいと思う。
ゴルフをするなり、温泉に行くのもそれなりに結構である。
しかし、そのように体は休息させたり、遊ばせたりしていてもいいが、
心まで休ませ、遊んでいるということであってはならないと思う。
心は常に働いていなくてはいけない。
たとえ温泉につかっていても、心のほうは、政治家であるなら政治のことを、
経営者であるなら経営のことを、どこかしらで考えているということが大切だと思う。
『指導者の条件』
自問自答
体は休息を必要とする。
だから、体は遊ばせる。
でも心は決して遊ばせない。


『潜在意識の活用』
と成功哲学のナポレオン・ヒル氏は言われており、
潜在意識を活用することは他の成功プログラムにも必ず出てきます。
潜在意識の活用とは、
意識していないときでも、
潜在意識は意識してアンテナを張っている状態を作ることです。
まずは意識しまくって潜在意識に意識させることからですね。
 

2020/04/25 2020年4月25日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
4月25日
心くばり

私は以前、ある会社に用事があって電話をかけました。
すると、電話に出てきた人が、
「社長は今遠方に出張中で、二、三日は帰りません」という返事です。
それではしかたがないなと思って電話を切りかけると、その人が「ちょっと待ってください。
何か緊急のご用でしたら、連絡をいたしましょうか」と言います。
「簡単に連絡できますか」
「ええ、大丈夫です」
「それなら、今晩にでも電話をいただけるよう伝言してください」。
その結果、ちゃんとその夜に長距離電話がかかってきて、
思ったよりも早くその用件をすませることができました。
もし私が電話をしたとき、先方の人が「連絡しましょうか」とひと言言ってくれなかったら、
そううまく事の処理はできなかったと思います。
さ全ごい
これは、一見、ごく些細な、何でもないようなことです。
しかし私は、こういうことが、さっとできるということは、非常に大事な点だと思います。
というのは、おそらくその会社では、社長さんが日ごろ、
人との応対、電話の扱いについて、やかましく言っておられるのでしょう。
だからこそ、留守をあずかる人も、それにふさわしい心くばりというか、
臨機応変の処置がとれたのではないかと思います。
日進月歩の今、の世の中では、
わずか、一日の違いがあとで取り返しのつかないことになる場合もあります。
したがって、このような心くばりの行き届いた仕掘ぶりというものは、
些細なようでいて実に貴重です。
こうしたことは、たとえ頭の中では知っていても、実際に実行する段になると、
なかなかむずかしものです。いつ、いかなる場合でも、
それが自然に行動としてあらわれるためには、やはり日ごの訓練や躾が、
大きくものをいいます。
そういう族や訓練を、お互いに職場で、どの程度重ねているでしょうか。


『社員心得帖』
自問自答
1分、1時間、1日。
その瞬間に勝敗が決まる。
臨機応変の処置ができる人材が、わが社には育っているか。
自分の仕事は心くばりの行き届いたものになっているか。


スピード勝負の時代です。
コロナウイルスで多く事や物などが止まった状態に見えます。
・・・が、大きな間違いです。
意欲の高い企業は周りが止まっているる間に、
自分たちも動けない間に、
商品開発やサービス開発をスタートさせています。
シャープのマスクなどもその例と言えるのでしょう。
広ガスたかたでもこの時期を商機に変えうと、
新サービスや新商品の計画を進めています。
 

2020/04/24 2020年4月24日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]

4月24日
愉快

最後にお願いすることは、時勢に対してしっかりした考え方をもっていただきたい、
そして各自生産人としての責務を自覚し、これが遂行に邁進願いたいということである。
しかもこれが遂行にあたって、苦しみつつなすのでは決して面白くない。
同じ人生の過程なら愉快に楽しく喜び勇んで、活躍していただきたいのである。
仕事はジャズとスポーツ的な気分においてなされていくのが理想であると、
私は信じているのである。
仕事を遂行するのに蟻牲があってはならない、側くことを楽しみつつ、
希望に満ち満ちて欣喜雀躍(きんきじゃくやく)の中に成果をあげていくべきものと考える。
諸君もどうか私と同様に考えていただきたい。
もちろん、生活の周辺を見ると悩みのタネばかりであろうが、
楽しく見、楽しく考えるように努めていただきたい。
さすれば、楽しく人生が過ごせであろうが、楽しく過ごせることと思う。
きょうの話は要するに、まず根本において仕事を愉快に楽しくする、
そして成果をあげ増産を期する、かくすれば、すべての今日の日本の悩みは解決する、
失業の問題もない、物は安価となる、生活は楽しく享受できる、ということである。
どうか私の考え方をさらによく腹に入れ、なるほどと思われたならば、
さらに職域に奮励されることを願うのである。
「松下幸之助発言集22巻」(昭和21年の発言より)

自悶自合
自分のチームの構成員は、ジャズやスポーツと似た気分で
仕事に取り組むことができているだろうか。
よもや犠牲を強いられているなどと思っていないか。


全く同じだと思いますね。
余暇で健康管理のためのスポーツなどは別として、
『頂点を目指す』『自己目標の達成』などは同じです。
途中は苦しいことや困難なことに出くわしますが、
目標達成のためにその苦しさの中にいることも楽しめるのですね。
・・・目標なくしてスタートは切れません。
 

2020/04/24 2020年4月23日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
4月23日
疲れが休まる

スポーッの選手は、非常に激しい練習や試合をしても、
疲れよりもかえって爽快さを感じるという。
仕事でもそれと同じことで、ほんとうにそれに打ちこんでいたら、
疲労をおぼえるということも少ないと思う。
見方によっては、仕事をして疲れるというのでは、まだ十分ではないといえる。
むずかしいことではあろうが、
仕事をするとかえって疲れが休まるというような境地を多少とも味わえるようになれば、
これは本物であろう。
「思うまま」
自問自答
仕事をして爽快さを感じる日が
どれほどあっただろうか。


『やり切った感』ですね。
確かに爽快です。
悲しいことに・・・10代のころはなかったですね。
『やらされ感』ばかり残っており、
挑戦意欲すらわきませんでした。
・・・『自らが源』という意識がなかったのです。
この『自らが源』を意識しなければ、
『達成感』『爽快感』は味合うことができません。
・・・私の体験です。

 

2020/04/22 2020年4月22日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

 松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
4月22日
自己の修養

諸君は、わが松下電器に勤務せられる以上、一面、本所の諸種の仕事に従事するとともに、
反面その間に自己の修養を心がけるをもって本旨としなければならぬ。
諸君は、本所の都合上いつどこへ転勤を命ぜられるかもしれぬが、
本所においては、本支店、工場、どこでもその指導精神は同一であり、
いかなる仕事も本所のためであり、
同時に諸君自身の修養でもあることをよく考えねばならない。
しかるに、このごろ転勤した人の中に、どうしてもあそこでは仕事がきつすぎる、
あの仕事は自分の性分に合わない、またあの主任の下ではどうも働きがいがないように思うと、
不足をもらす人があると聞いた。
これはただ自己を中心として物事を考える弊で、どこで何の仕事をするも松下の仕事であり、
かつまた自己の修養であることを考えない気ままのあらわれである。
適材適所はもとより理想であるが、
真に自己の適所を見出すことはなかなか困難なことであり、
それまでにはいろいろな経験を積まねばならぬ。
いかなる指導者の下にあっても、自己の心のもちようで修養はできるものであり、
性格、意見の異なった指導者の下にあってこそ、
かえってよりよく修養が得られるものであることを深く考えなければならない。
『松下幸之助発言集第”巻』(昭和8年の発言より)
※この講話がなされた昭和8年当時の社名は松下電器製作所だった。
自問自答
部署異動や転勤を自己修養のチャンスだと、
とらえていただろうか。


移動はまさに「自己修養の」場です。
私の場合は完全にそうでした。
自分自身で自分を追い込むような人間ではなく、
追い込まれ仕方なく行動するタイプです。
・・・だから研修に多く参加しています。
現在はzoom研修に参加し追い込む努力をしています。
・・・が、
目の前はパソコンだけで周りに他人の目はなく、
現場ほどの緊張感が保てないのも事実です。
先日、特別な勉強はしないで東大に入ったというTV番組の中で、
「ノートへ書き写すのは時間の無駄。
プリント配ってくれれば見ただけで憶えられる」
と言っていました。
・・・私にとっては奇跡の人。

2020/04/21 2020年4月21日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

 松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
4月21日
けしからん

皆さんは生きがいというものをどのようにおもちになっておられるか、
それぞれおもちになっておられるということを前提として、
私はお話をするのですが・・・。
そういうものすらもおもちになっておられないということであれば、
これはもうお話にならないと思います。
「自分は今、こういう会社で、こういう仕事をしているのだ」
「なぜ、そういう仕事をしているのですか」
「なんとなしに、他の仕事ができないからこれをしているのだ」、
こんなことを言う人がかりにあるとすれば、けしからんな、という感じがするのです。
それは、「あなた自身のためにけしからんではないか。
また社会のためにもけしからんではないか。
あなた一人というものは、社会にとって尊いものだ。
その尊いあなた自身を、もっと生かさないようでは困る」ということが言えると思います。
お互いにそういうことが言いあえると思うのです。
私に若い友だちでも、また老人の友だちでも会って、「君の生きがいは何だ」と、
このように尋ねられれば、
「ぼくの生きがいは、今こういうことだ」ということが私は言えると思います。
そういうものをもっていますと、
「君はもう年をとったのだから、何も考えないで静かにやっていればそれでいいではないか」
と言う人があったとしても、
「ちょっと待ってくれ、君はなんということを言うのか。ぼくはまだまだ若いのだ」
「しかし喜寿じゃないか」
「喜寿というのは世間の通り相場であって、ぼくはまだ若い。
まだこういう仕事をやりたい。そこに、ぼくは生きがいを感じているのだし、
ぼくの若さもあるのだ」と、こういうことが私は言えると思うのです。
で、そういうものをもたなければ、なんにもならないと思います。
だから、どんな仕事をしている人でも、
その人なりに、そういうものをもっているのが原則ではないかと思います。
そういうものをもたない、
「なにがなしにおれは働いているのだ」と言う人があれば、
それはけしからんと思うのです。
『社員稼業』
自問自、
「けしからん」という気持ちを忘れてはいないか。
他人にも、自分にも・・・。


『生きがい』とは、
とてもとても大切だと思うのです。
世界から「日本は平和ボケしている」と言われる中では、
『生きがい』を探すことも大変です。
3KMはその『生きがい』を探すためにも、
そして見つけた『生きがい』を育てていくにもとても役に立ちます。
山田さんは『生きがい』が誕生したと以前話してくれました。

2020/04/20 2020年4月20日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
4月20日
厳しい鍛錬

国でも、企業でも、また家庭でも、
物が豊かになればなるほど一面に厳しいものが大事である。
もし生活が豊かでなかったら、生活そのものに厳しさがある。
おなかがすいても腹いっぱい食べられない場合もあろうし、
疲れていても体にムチ打って働かなければならない。
冬の朝、氷を踏んででも物を売りに行ったりしなければならないのである。
けれども暮らしが豊かになってくれば、そういう必要はなくなる。
ほしいものは買うことができるし、無理に働かなくても食べていける。
そうなれば、自然に心身が鍛えられるというわけにはいかない。
いきおい心身がなまってきて、厳しさに耐えられなくなってくる。
したがって、暮らしが豊かになればなるほど、一方で厳しい鍛錬が必要になってくる。
つまり、貧しい家庭なら、生活そのものによって鍛えられるから、
親に厳しさがなくても、いたわりだけで十分子どもは育つ。
けれども豊かになった段階においては、精神的に非常に厳しいものを与えなければいけない。
そのどちらかでなければいけないと思うのである。
「若い君たちに伝えたい」
自問自答
経営状況がよくなればよくなるほど、
精神面での厳しさをみずからに課さなくてはいけない。


現在世界中を巻き込んでいる『コロナウイルス』は、
私たちへ警鐘なのかもしれません。
世界には貧困に苦しむ人もいる中、
多くは暮らしが豊かになっています。
日本では「平和ボケ」という言葉まで出てきました。
一方では人口が減り続ける国があり
全体では地球上に人があふれ増え続けている。
幸之助翁の言われる、
「暮らしが豊かになればなるほど、一方で厳しい鍛錬」
・・・なのか。
 

2020/04/19 2020年4月19日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

 松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
4月19日
大丈夫の精神

松下電器はわりかたいい会社やから働いているというような、
そんなことではダメだと思うんですね。
良い悪いを超越して、自分は松下電器に籍をおいた以上は徹底的にやるんだ、
もし世間から見て松下電器に悪い点があるならば、
また社内的に見て改善せねばならん点があれば、われわれは誠心誠意努力して、
そして世間のためになるような立派な会社にしょうじやないかという心意気、
気概が皆さんになくてはいかんと思うんですね。
それがなければ、せっかくこうして集まっても、烏合の衆みたいなもんですね、
早くいえば。なんにも力にならない。
そうやなくして、入った以上は松下電器と運命を共にするんだ、
会社と運命を共にするんだ、会社は自分たちのものだ、こういうような心意気になれば、
皆さんも落ち着いて仕事ができるし、
少々の困難に遭っても悲鳴をあげるということもないと思うんです。
けれども、ちょっとつらいと悲鳴をあげて、これはかなわんなというて、
不平を訴える。
不平を訴えることもある場合には必要である。
けれども、なにげなしに不平を言うのであったらいけない。
それは心弱き者の姿である。
大丈夫の精神、信念をもっている人間は少々困難やからというて悲鳴をあげたりはしない。
しからばどうしたらよくなるかということに、
終始、誠心誠意をもってぶつかっていくようにすれば、世の中というのは、
まあ少々の困難はあっても打開されていく。
『松下幸之助発言集第32巻』(昭和34年の発言より)
自問自答
つらさに悲鳴をあげて、
なにげなしに不平を言っていなかったか。


「インフラ系の企業は安定しているから」
と電力会社やガス会社に就職したいと考える人がいます。
その考えで広ガスたかたを選ぶのは間違いです。
インフラ系で最終的に残るのは・・・、
残念ながら地方の電力会社やガス会社ではないでしょう。
「広島ガス」は「東京ガス新宿営業所」よりも小さいと聞きます。
直接ライバル関係になった時・・・・。
広ガスたかたは地域の暮らしを支え、
そして地域の人たちに支えられる会社に成長したとき、
その地域には『なくてはならない』と言われるのですね。

2020/04/18 2020年4月18日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

 松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
4月18日
独立心

何ごとをなすにあたっても自主独立の心をもたず、他をあてにし、
他に依存していたのでは真の成功はおぼつかないだろう。
個人はもちろん、一個の会社でも、他の金をあてにし、
他の技術をあてにしてみずから頼むところが少ないようでは堅実な発展はありえない。
一国にしても同様で、他国の金、他国の資源、
他国の善意といったものに依存して国家の存立をはかろうとすれば、
その基盤はきわめて脆弱なものになってしまうだろう。
いわゆる石油危機のときに、日本の国が政府も企業も一般国民も国をあげて慌てうろたえ、
非常な混乱を招いたのも、お互いのあいだにいつのまにか自主独立の気風が薄れ、
依存心が高まってきたからにほかならない。
それは、隣邦中国が自主独立、自力更生の国是を掲げ、
いまだ貧しいとはいえ力強い着実な歩みをしているのといささか対照的である。
だから、指導者はまずみずから自主独立の精神を養い、しっかりともたねばならない。
それと同時に、人々にもその独立心を植えつけていかなくてはならない。
いかに指導者一人が自主性をもっても、
人々がいたずらにその指導者に依存していたのではいけない。
せんかくしやかつぱ明治の先覚者福沢諭吉は、
「独立の気力なき者は、国を思うこと深切ならず」と喝破(かっぱ)している。
独立心なき者が何千人、何万人集まったとて、
それはしょせんいわゆる烏合の衆にほかならない。
国だけではない。会社でも社員に独立心がなければ、同じことである。
独立心の涵養(かんよう)こそ、その会社、その団体、
その国家の盛衰を左右する重大なカギであることを指導者は知らなくてはならない。
『指導者の条件』
自問自答
依存心を恐れよ!
独立心を涵養せよ!


子供のころから周りと同じことは嫌だったのです。
独立心とは言いません。
ただただ目立ちたかったのか?
それもあったと思いますが、
真相はいまだにわかりません。
持って生まれたそのような病気なのかもしれません。
しかし、
ピータードラッガーの言うように、
企業の目的である「永続」を目指し、
独自サービスを提供し続けます。

2020/04/17 2020年4月17日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
4月17日
意欲と執念

その方は平櫛田中(ひらぐしでんちゆう)さんという方で、
皆さんの中にはご存じの方もたくさんおられることと思います。
明治五年生まれで、
明治、大正、昭和の三代にわたってわが国木彫界の第一人者として活躍されました。
ぼくは平櫛さんと特に親しくおつきあいさせていただいたというわけではありませんが、
今からもう十数年も前になるでしょうか、あるご縁でお目にかかる機会に恵まれ、
わずかな時間ではありましたが、お話を伺ったことがありました。
平櫛さんはもうすでに百歳近く、ぼくも七十半ばになっていたと思うのですが、
そのときこんなことを言われたのです。
「松下さん、六十、七十は鼻たれ小僧、男ざかりは百からですよ。
だからわしもこれからですよ」
平櫛さんもぼくも、常識的に見れば、隠居をしてもおかしくない年齢だったわけですが、
こう言われる平櫛さんにぼくは、
まあずいぶん気持ちの若い方だなあと、驚きもし感心もしたのです。
聞くところによるとこれは平櫛さんのいわば口癖で、
この他にも「今やらねばいつできる、おれがやらねばだれがやる」
というような言葉を好んでおられたそうです。
ところがそれから数年後、平櫛さんが満百歳になられたときに、ふとしたことから、
平櫛さんはむこう五十年分の木彫用の木材を庭に戯んでおられるということを知りました。
お目にかかったときに、ずいぶん気持ちの若い人だということは感じていたものの、
百歳を超えてなお五十年分の木彫用木材を積んで
作品制作への意欲をもち続けておられるということからすると、
「男ざかりは百歳から」と言われたのも、口先だけのことではない、
やはりほんとうに自分の芸術を完成させるには、
あと五十年間は木を彫り続けなければならないのだという執念ともいえる、
強い思い、熱意をもっておられるのだなということを改めて感じさせられたのでした。
「PHP」昭和59年3月号
自問自答
「今やらねばいつできる、おれがやらねばだれがやる」
そういう気概はどこに行ってしまったのか。


今年で59歳。・・・来年は還暦。
鼻たれ小僧に達したばかり・・・。
頭の回転はスムーズではないが、
『意欲と執念』が怨念に達するくらいやり切る覚悟を持ちます。
 

2020/04/16 2020年4月16日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

 松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
4月16日
謙虚な確信

どんなことをしていくにあたっても、
一つの信念というか確信をもってやっていくことが大切だと思いますが、
特に商売とか経営の場合にはそれが必要ではないでしょうか。
信念のない経営、確信を欠いた商売では、
まことに力弱く、成果をあげることもできにくいと思います。
ですから、仕事をしていくにあたっては、それぞれに、確信の度合を高めつつ、
そこに一つの信念を培っていくことが大事だと思うのです。
しかし、いくら大切だからといって、
ただなにがなしに確信をもつというのでは、これは困ります。
必要なのは、謙虚な心持ちの上に生まれてくる確信なのです。
謙虚さを失った確信は、これはもう確信とはいえず、慢心になってしまいます。
現に、失敗した人々を見ると、性々にして謙虚さを欠き、
自分の意見に固執するという傾向が見られるようです。
それに対して、謙虚な心持ちの上に、だんだんと確信が出てくれば、
それは立派な信念となってだいたいのことは成功に導けるといっていいでしょう。
こういうことは、特に上に立つ人ほど心しなくてはならないと思います。
下の人はかりに謙虚さを欠いても、上の人が「君は考え方が間違っているぞ。
そんなことではダメじゃないか」と注意してくれるでしょう。
それによって自分でも気がつき、改めることもできます。
けれども、上の人になると、だれもなかなかそういうことを言ってくれません。
ですから、自分で自分に言い聞かすといいますか、
常に自分が謙虚であるかを自問自答していかなくてはならないわけです。
謙虚な心持ちでいれば、他人の偉さがわかります。そうすると、
自分の部下はたいてい自分より偉いなという気持ちになります。
部下があかんと思っているあいだは、謙虚であるとはいえません。
もちろん、全部が全部というのではなく、自分より劣っている人もありましょう。
が、謙虚であれば、そういう部下でもその長所がわかり、
その用い方もわかってくると思うのです。
『経営心得帖』
自問自答
謙虚さを失った確信は、慢心である。
謙虚さの上にある確信は、信念である。
謙虚さを失ってはいないか。


『確信』の裏側には常に不安があるのだと思うのです。
その不安を払しょくするために、
多くの情報収集や検証を行うのだと考えます。
『慢心』とはその不安さえ感じず突き進む、
“ノー天気”のことではないでしょうか?
ある意味幸せな人ですね。

2020/04/15 2020年4月15日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

 松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
4月15日
柔軟な心

お互い人間は、とかく現状に安んずるというか、
現状をもって事足れりとするような傾向に陥りがちではないかと思われますが、
時は刻々と流れ、日は移り変わっています。
だから、人間も日に新たな時の流れに相応じた新しいものの考え方なり行き方といったものを
次々に創造していくことが大切ではないかと思います。
そうしてこそ、きのうよりきょう、きょうよりもあすといった
望ましい進歩向上の姿を生み出していくこともできるようになると思うのです。
けれども、そういう新しいものを創造していくということは、
そう簡単なことではないでしょう。
やはり、現状を固定したものと考えるのでなく、
日に新たに変化していくものととらえるというような柔軟な心から、
新たな創造が生まれてくるのではないかと思います。
そしてそういう柔軟な心はどこから出てくるのかというと、
それはやはり素直な心になるところから養われてくるのではないかと思うのです。
素直な心になれば、現状にとらわれるということがなくなって、
常に何が正しいか、何が望ましいかということがおのずと考えられ、
それがスムーズに見極められていくようにもなるでしょう。
『素直な心になるために』
自問自答
現状を固定したものと考えたい自分。
時の流れに相応じて、次々に創造し、進歩していく自分。
どちらの自分が望ましいのか。


今がまさにそれ。
日々変化の大きい時代ですが、
それでも大きくは現状を固定したものと考えていた人類に対して、
『コロナウイルス』という思いもしない時の流が迫ってきました。
現状を固定することは人類にとってあり得ないことです。
私たちは、
時の流れに相応じて、次々に創造し、進歩しなくてはならないのです。
世界中のあちこちで『都市封鎖』という経験のない対応もその一つですね。

2020/04/15 2020年4月14日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

 

松下幸之助 成功の金言365

 

松下幸之助[著]

 

PHP研究所[編]

 

414

 

奮起

 

 

人間というものは何も注意されず、叱られもしないとなると、

 

どうしてもものの見方なり考え方が甘くなってきて、

 

厳しい努力を怠りがちになってしまうのではないだろうか。

 

またそれでなくても人間は生まれつき何でも知っており、

 

何でもやれるというようなものではない。

 

早い話が、どこの会社でも入社早々のサラリーマンであれば、

 

電話一つ満足にかけられない、手紙一本十分に書けない、というのが実情だと思う。

 

それでも上司なり先輩なりがその不十分な点を指摘し、注意を与えてくれるから、

 

ときには「うるさいな」と思いながらも、

 

早くそうしたことを言われずにすむようになろうという気持ちになって、

 

自分でも努力し、しだいに要領を覚えて、一人前の社員になっていくのである。

 

それを黙ってほうっておかれたら、慣れによる多少の上達はあっても、

 

まあこんなことでいいだろうと自分を甘やかしてしまい、

 

いつまでたってもそのままで終わってしまう。

 

結局、注意もされない、叱られもしないというのでは進歩発展は生まれず、

 

その人のためにも、ひいては会社なり社会のためにもならない、ということになる。

 

やはり人間は、叱られるべきときには厳しく叱られ、それを素直に受け入れ、

 

謙虚に反省するとともに、そこで大いに奮起し、

 

みずから勉励していってこそ成長し、実力をつけていくのである。

 

「その心意気やよし」

 

自問自答

 

電話、手紙、メールのやりとり・・・。

 

たくさんのことを上司や先輩に教えてもらい、叱ってもらった。

 

叱り、叱られることを大切にしたい。

 

 

 

私はそのタイプです。

 

プレッシャーをかける人がいてくれると、

 

仕方なく頑張るタイプです。…家でも。

 

だから多くの研修に参加し、

 

経営の師に『見張られる』状況をあえてつくり続けています。

 

経営品質賞へのチャレンジも、

 

アセスメント基準書に『見張られる』を意識しています。

 

私の場合、

 

褒められすぎると『平和ボケ』してしまいますね。

 

2020/04/13 2020年4月13日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

 松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
4月13日
すべてのおかげ、すべてに感謝

今日の社会では、私にしてもあなたにしても、どんなに一人で力んでみたところで、
ただ一人の力で生きることは、まったく不可能です。
親、兄弟、先輩、同僚、後輩に助けられて毎日を送っていることはもちろん、
見も知らない世界各地の人々とも、何らかのつながりをもって生きています。
人ばかりではありません。
環境や物、そのほか身のまわりのすべてのおかげで生きています。
自然の恵み、神仏の加護ということもあります。
私やあなたをここにあらしめてくれた祖先がありす。
ここに、それらに対する感謝の心が、人間として、
当然のように生まれてこなければならないといえましょう。
自分はだれの力も借りず、自分の力で生きている。
だれの世話にもならず、したがって頭を下げることもない。
こういう考え方をもつとしたら、その瞬間から、
その人は、荒涼殺伐(こうりょうさつばつ)とした争いの中に身を投じることになりましょう。
すべてに感謝する心があってこそ、思いやりの心も生まれ、人の立場を尊亜する行動もできる。
ともに栄え、ともに幸せに生きようという道にも通じるのです。
「若さに贈る」
自問自答
どの道に自分を投じるか。
荒涼殺伐とした世界か、ととももにに栄える世界か。


先日から社長勉強会で話をしている、
『ありがとうございます、いただきます』
目の前の食事にいったい何人の人の手がかかっているか?
材料や物流、加工、販売・・・・調理。
包丁、鍋、皿、茶わん・・・・・。
とても一人では生きていけないし、
人間以外の動物や植物を食しているのです。
『ありがとうとう』と感謝せざるを得ないと思うのです。

2020/04/12 2020年4月12日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]

4月12日
感謝の念

だいぶ以前のことになりますが、私が体を少し悪くしたことがありました。
体の調子が悪かったせいかもしれませんが、精神的にも多少心労をおぼえ、
なんとなく心寂しいような感じをしたことがあったのです。
そこで、友人にその話をしたのです。
「どうも自分は最近、神経が疲れているのか、
なんとなく寂しくて物事を悲観しがちになるのだが、これはどういうわけだろうか」と。
ところが、その人の曰くには、
「それは女性であればヒステリーだよ。
君は少し憂鯵(ゆううつ)病にかかっているのとちがうか」と、こういう話です。
私は、自分では憂諺病にかかっているとは思いませんでしたけれども、
さらに「それはなぜだろう。どうしたらよいのか」と聞いてみました。
するとその人は、
「その原因は、きわめて簡単や。君は喜びを知らんのや。
ありがたさを知らんのや。
いいかえると感謝の念がないから、そういうような寂しさに陥るんや」と言われるのです。
そして続けて、
「もしそういう点をよく考えたら、この世の中というのは、非常に楽しいものだよ。
どういう問題が起こっても決して心配は要らない。
問題が起これば起こるほど、感謝の気持ちとともに、勇気が凛々として湧いてくるんだ」と、
こういう答えが返ってきたのです。
私も静かに考えてみますと、確かにそういう点がありました。
〃これは自分の見方が誤っていた。
喜ぶべきことに対して憤慨してみたり、
いろいろ煩悶(はんもん)して心身の働きを弱めていた〃と反省したわけです。
そして自分の見方をもっと大きく広げなければいけない、
自分の心を正しく立て直さなければいけないと考えたのでした。
『人間としての成功』
自問自答
うつ状態の部下に何を言えているだろうか。
自分がそうなったとしたら、何を自分に言えるだろうか。
ありがたさ、感謝の念を知りなさいと言えるだろうか。1 z


幸せの心理学(TA)の中にありました。
生まれて今日までの体験で身につけてしまった『禁止事項』の一部。
幸之助翁は、
・喜んではいけない。
・自分をほめてはいけない。
・満足してはいけない。
等だったのかもしれません。
『禁止事項』を開放しなければ幸せな人生を送れないのです。
当然精神的な病気になってしまいます。
・・・私もそうだったと振り返ります。
 

2020/04/11 2020年4月11日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
4月11日
心を売り、心をいただく

物が動いて、お金が動いて、それで一応の商売が成り立つというものですが、
もう一つ根本的に大事なことは、物や金とともに、人の心もまたこれにのって、
移り動いていかなければならないということです。
単に物をつくり、物を売り、そしてお金を得ているというだけなら、
商売とはまことにさくばくとしたものになってしまいます。
そうではないのです。
物とあわせて心をつくり、物とともに心を売り、そしてお金とともに心をいただく、
つまり物や金がかよいあうだけでなく、
お互いの心というものがそのあいだにかよいあうことが、きわめて大切なのです。
そこに、商売の真の味わいというものがあると思います。
お互いに厳しい商戦の日々を過ごしています。
しかし、その厳しさに打ち負かされはしない。
むしろその中に大きな生きがいと深い喜びを感じているのです。
なぜなら、それは単なる売り買いでなく、懸命な奉仕の毎日であり、
そこによき心がかよいあっているからではないでしょうか。
大いに心をかよいあわせましょう。
「販売のこころ」
自問自答
物や金に、人の心をのせていく。物と金を通して、お互いの心がかよいあう。
そんな最高の体験をどれほど味わったことがあっただろうか。


広ガスたかたの一番の商品は、
『社員さん』
もちろん、
他社にない独自のサービスという武器で戦っているという強みはありますが、
それを使っているのは『人』です。
地域密着の接点は人以外にありません。
どんな武器よりも他社が絶対まねできないのは『社員さん』。
 

2020/04/10 2020年4月10日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
4月10日
けじめ

朝起きて顔を洗ったら、まず仏前に座って手を合わす。
一家そろって手を合わす。
たとえ線香の一本でもよい。
これで朝のけじめがつく。
夜寝るときも同じこと。
夜は夜で、キチンとけじめをつけねばなるまい。
別にかたちにとらわれる必要はないけれど、一日のけじめはこんな態度から生まれてくる。
何ごとをするにも、けじめがいちばん大切で、けじめのない暮らしはだらしがない。
暮らしがだらしなければ働けない。
よい知恵も生まれないし、ものも失う。
商売も同じこと。経営も同じこと。
けじめをつけない経営は、いつかはどこかで破綻する。
景気ありのよいときはまだよいが、不景気になればたちまち崩れる。
立派な土手も蟻(あり)の穴から崩れるように、大きな商売も、
ちょっとしたけじめのゆるみから崩れる。
だから常日ごろから、小さいことにもけじめをつけて、
キチンとした心がけをもちたいもの。
そのためには何といっても躾(しつけ)が大事。
平生から、しっかりした族を身につけておかねばならない。
自分の身のためにも、世の中に迷惑をかけないためにも。
お互いに、族を身につけて、けじめのある暮らしを営みたい。
『道をひらく』
自問自答
自分で自分の“躾”をする!
人生でも仕事でもけじめをつける!


3KM手帳に、
「毎日仏壇に線香をあげる」と書いています。
・・・3日坊主を繰り返し継続中。
手帳に「つぶやきメール」は書いていませんが20年続いています。
森信三先生(・・・だったと思う)の言われる、
「靴をそろえる」
朝起きたら「おはよう」
感謝の「ありがとう」
これが人間の3つの基本。
家族円満は幸せ人生のベースです。
 

2020/04/09 2020年4月9日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

 松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
4月9日
プロの自覚 

プロとは、その道をわが職業としている専門家のことである。
職業専門家とは、つまりその道において、一人前にメシが食えるということである。
いいかえれば、いかなる職業であれ、その道において他人様からお金をいただくということは、
すでにプロになったということである。
アマチュアではない。
芸能やスポーツにおいては、プロとアマとの区別は厳しい。
真にプロに値するものでなければ、お客はたやすくお金を払ってはくれない。
お客は慈善の心で払いはしないのである。
だから、プロを志すことは容易でないし、プロを保持するための努力も並みたいていではない。
甘えてはいられない。学校を出て会社や官庁に入る。
入れば月給がもらえる。月給をもらうということは、
いいかえればその道において自立したということであり、
つまりはプロの仲間入りをしたということである。
もはやアマチュアではない。
そうとすれば、芸能界やスポーツ界の人々と同じく、
またプロとしての厳しい自覚と自己練磨が必要となってくるはずである。
お互いにプロとしての自覚があるかどうか。
『道をひらく』
自問自答
自分はプロフェッショナルか。
アマチュアの域を脱しているか。


『月給をもらうということは、
プロの仲間入りをしたということである』


私たちは『プロ』なのです。
“プロ広ガスたかた社員”なのです。
プロとしての厳しい自覚と自己練磨が必要なのです。

2020/04/08 2020年4月8日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
4月8日
潤いと情緒 

昔の商売人は「お客様の家のほうには足を向けて寝ない」
というほどの感謝の気持ちでお客に接したといわれる。
そういうものがおのずとお客にも伝わり、
そこにその店に対する“ひいき“の気持ちが生まれる。
どこで買っても品物は一緒だけれど、
なんとなくあそこで買わないと気がすまない、というようなことになって、
両者の心がかよいあい、ひいては社会全体が潤いあるものになってくる。
そういったものが世の中が便利になり、
あるいは会社の機構が大きくなっていくにつれ、
いつとはなしに薄れてくるという面があるのではないだろうか。
そして物を売りさえすれば、それで事足れりといったことになる。
しかしそういうことでは、だんだん人間と人間の心のつながりがなくなり、
国民全体の情緒も薄れていってしまうだろう。
『経済談義』
自問自答
自分のビジネスに心をかよわせること。
一人ひとりが、「一隅を照らす」人になること。
それが国民全体の情緒の形成につながっているのだ。


広ガスたかたの販売する『LPガス』は他社よりカロリーが強いのです。
・・・そんなはずありませんね。
人口減少の激しい安芸高田市においても、
当社ガス利用のお客様数はわずかではありますが増加傾向です。
他社にない独自サービスと営業努力。
そして何より他社がまねできないのは、
社員さんのお客様目線での意識と行動ですね。
 

2020/04/07 2020年4月7日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
4月7日
塩の辛さ 

大成功や大失敗だけが人生における体験ではない。
平穏な日々の中でも、心の持ち方いかんでは、大いに体験を積むことができる。
よく「百聞は一見にしかず」といいます。
あることやあるものについて、人から百回話を聞くよりも、
一回そのものを実際に見たほうがよくわかるというほどの意味でしょう。
確かにそのとおりだと思いますが、世の中にはいくらそのものを見たからといっても、
その本質を簡単にはつかめないといった場合もあります。
たとえば、塩を見れば、
〃ああ、塩というのは白いもので、こんな感じのものなんだ〃ということはわかります。
しかし、塩の辛さといったものは、
いくら頭で考えたり、目で見たりしてもわかるものではないでしょう。
まず、自分でひと口なめてみる。頭で考えるのではなく、
みずから味わってみてはじめて塩というものがわかる。
そのように体験を通してはじめてものの本質をつかみ、
理解することができるという場合が、世の中には少なくありません。
いわば〃百聞百見は一験にしかず〃ということも、ある場合にはいえると思うのです。
『人生心得帖』
自問自答
心で体験するばかりではいけない。
本質をつかむためには、やはりまずは自分でやる。
現場の現実を知ってみる。


私は研修や講演に度々参加します。
『ライブ』であることが大切で、
ネットライブでも駄目でなのです。
その場だからの臨場感。
真剣に学ぼうとする姿勢の人たちの中でこそです。
さらに言うとその姿勢の人たちは会場の前の方の席に座っていますね。
 

2020/04/06 2020年4月6日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

 松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
4月6日
心の体験 

お互いが日々仕事をしている。
その結果非常に成果をあげたとか、
反対に失敗して事業が行きづまったというようなこともときにはあるだろう。
それはもちろん大きな体験である。
しかし、そうでなく、毎日の一つひとつの仕事の中に
〃これはうまくいった〃とか〃これは行きすぎて失敗だった〃
〃あれは失敗ではないが、もっといい方法があった〃というものがいろいろあると思う。
そういうものを日々みずから反省し、味わってみることも体験になる。
そうしてみれば、一つの成功の過程にも失敗があることもあろうし、
反対に失敗の過程の中にも成功がある場合もあるだろう。
そういうものを一つひとつ味わっていくならば、一見無事安定の姿にあっても、
日々これ体験であり、それがすべて生きてくるといえるだろう。
いわばそれは心の体験とでもいうべきものである。
形にあらわれた成功なり失敗の体験はもちろん貴重である。
しかし〃これは行きすぎだったな〃
〃あれはちょっとまずかったな〃
というような目に見えない失敗や成功を心の中で反省し、
体験として積み重ねていくことがより大事だと思う。
それをせずに、不用意に日を過ごしているのでは、体験をもたざるに等しい。
幸いにして、というと語弊があるかもしれないが、
今日は非常な困難で、平常時では味わえないいろいろな体験が得られるときである。
それだけに、日々こうした心の体験を重ねていくことが、
それをよりよく生かしていくためにも大事ではないかと思うのである。
『経済談義』
自問自答
結果に表れない、目に見えない成功や失敗がある。
それを素直の反省し、よりよい仕事にするようイメージし、
「心の体験」にしていくのだ。


人間は『使命のかかれた封筒』を持って生まれてくる。
と森信三先生は言われています。
一つのことを10年20年と続けることでその封筒は開封できるそうです。
その理由こそが本日の『成功の金言』だと思うのです。
もう一つこの封筒は40歳前後までに開封しなければ、
その後の開封は困難になるそうですよ。

2020/04/05 2020年4月5日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

 松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
4月5日
心を入れ替える 

今日、世界が発展し、それぞれの国が発展していくということを考えてみると、
その国民が、その国家がより多くの命をかけて仕事をする、
それぞれの分野に、それぞれの仕事に命をかけて取り組み、
そこからみずからの喜びを味わっているというような勤務体制、
仕事体制をより多くもっている国が、私はいちばん発展していくと思うのです。
そして、そのことがお互いの幸せに結びつくものだと思うのです。
それで私自身も、自分はこの仕事に命をかけてやっているかどうかと、
これまで困難な問題に出くわすたびに自問自答してきました。
そうすると、非常に煩悶(はんもん)の多いときに感じることは、
命をかけるようなところがどうもなかったように思われるのです。
だから煩悶が起こってきているように思われるのです。
つまり、「自分は困難に直面して、命をかけて仕事をしていなかった。
楽をしていこうと考えていた。そこにこの煩悶があるのだ」、こう感じたわけです。
それで、心を入れ替えてその困難に向かっていきました。
そうすると、そこに勇気が湧き、困難も困難とならず、
新しい創意工夫も次々と起こってきたのです。
そういう体験をたくさんもっています。
「道は無限にある」
自問自答
“煩悶”を多く感じるときは要注意。
命をかけて仕事をしていない、
楽をしていこうとする自分がそこにいる 。


※煩悶(はんもん)=悩み苦しむこと。
何度も書いていますが、
『努力』という言葉は眼中にありませんでした。
それこそ『楽しい人生』を目指そうとしていたのですが、
・・・学生時代の超体育会系運動部では、
日々楽しくは認められず・・・ボコボコに。
・・・・・・先輩の言うことは聞くことに。
ここから人生変わり始めたのか?
結婚して他人の人生を背負い、
子供ができて責任が大きく。
会社の経営を引き継ぎさらに多くの人の人生を背負い。
「絶対に倒産してはいけない」のプレッシャーはマックス。
ストレスで胃を壊し、
眠れないので酒を飲み・・・肝臓を壊し。
それでも前進し続け成果が見え始めたことで、
『煩悶』を楽しむマゾのような生活を、
楽しむことができるようになってきました。

2020/04/04 2020年4月4日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
4月4日
察知する

宮本武蔵のような修行をしないとあかん。
彼は修行してるわな。
鐘の音を聞いて、風が吹いてきたと知り、
その鐘の音によって、何かを会得してるわけや。
「ああ、風が吹いて寒いな」というようなことを考えていない。
偉い人はそういうことがわかるわな。
一流の大将なり軍師は戦争をしても、
大空を行く烏の大群がば-つと散って逃げていくのを見て、
何かそこに隠れている、そこに伏兵がいるんやなと察知できる。
それで行ったらやられるから、そこをよけて通る。
そういうことが、教えられずしてわかるくらいに頭が敏感に働かんとあかんわけや。
それを、なんにも考えずに行ったら、伏兵がおって、ば-つとやられてしまう。
そんな大将やつたらあかんわけや。
戦に負けるわけや。
鳥が飛んできたところが、乱れて飛び去った。
なんで乱れたんやろ、何か下にいるんや。
もしかしたら刀や槍や鎧を着た人間がうようよしとったから、びっくりしたのかもしれない。
そやけど、ここからは見えないと。
烏のように上から飛んで見たら、そこに伏兵があるということがわかる。
そういうことが、戦争やなくして、われわれの日常の生活、活動の上にもあるわけや。
それを察知することができなければ失敗する。
そういうことを心にとめておくことや。
「リーダーになる人に知っておいてほしいこと」
自問自答
たいていの人が気づかないことを
察知できるリーダーが組織には必要である。
今の自分は察知できる人になっているかー。


私たちは、
『次の時代を読む』ことが大切なのですね。
わかってからでは遅いのです。
私は自動車業界と住宅業界を注目していました。
・・・が、
これからはIT業界。
特に『AI』と『5G』ですね。
自動車業界はIT業界の一次下請けになってしまうくらいの大変革です。
自動車業界はこの大変革をどう進んでいくのか?
・・・実はデジタル機器を使いこなしていない私は、
勉強しつつ注目しています。
 

2020/04/03 2020年4月3日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

 松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
4月3日 
学ぶことは無限にある

今年も多くの方々が学校を卒業して社会に出られたことでしょうな。
会社に入れば、同僚や先輩と机を並べて仕事をする。
その場合、
ただ単に自分に与えられた仕事のみやっていればよいと考えて毎日を過ごしていたら、
あまり楽しさを感じることもできないでしょうし、
物事を見る視野も限られてしまうと思いますね。
ぼくは、会社というもの、あるいは社会というものは、
人間なり人生について教わる学校だと考えてみたらどうかと思うのです。
この学校にはいろいろな人間がいて、さまざまな人生模様がくり広げられている。
学ばなければならないことは無限にある。
そう考えれば、人生を学び人生を探求するために、
何にでもすすんで取り組もう、吸収していこう、そういう意欲も湧いて、
日々楽しさも生まれてくるのではないでしょうか。
『人生談義』
目問自答
社長にも、部長にも、課長にも、それぞれの人生模様がある。
それらから学ぶも学ばないも、自分次第……。


経営者には誰でもなれます。
法務局に行って会社を設立して社長になればよいのです。
・・・とりあえずですが。
経営がわかっている経営者になるの大変は難しい。
私は経営者になってから20年以上ですが、
社長になってから経営の勉強しまくりです。
今年59歳になりますがこの勉強は引退するまで続きます。
・・・というか年々ハードに学んで行きます。

2020/04/03 2020年4月2日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
4月2日
愛される 

ビジネスマンとしてのいちばん大事な責任はどういうことかというご質問ですね。
まあ、簡単に言うと、みんなに愛されることですね。
ビジネスマンはみんなに愛されないといかんですよ。
あの人がやってはるのやったらいいな、物を買うてあげよう、
と、こうならないといかんですよ。
そうやるには、奉仕の精神がいちばん大事です。
奉仕の精神がなかったら、あそこで買うてあげようという気が起こらない。
そうですから、ビジネスマンのいちばん大事な務めは愛されることである。
愛されるような仕事をすることである。
それができない人は、ビジネスマンに適さないです。
必ず失敗する、と、こういうことです。
「松下幸之助発言集第5巻』(昭和58年の発言より)
自問自答
顧客サービス、取引先への即応、チーム・組織・会社への貢献一。
愛されるには、やるべきことがたくさんある。


『信頼』されることからスタートして、
お客様から関心を持たれるように成長していくことですね。
具体的に言うと、
お客様から指名で仕事を依頼されるようになることです。
 

2020/04/01 2020年4月1日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

 松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
4月1日
ハシゴを考える
・ 
私、今までたくさんの人に働いてもらっておりますが、
なるほど偉い人、というとおかしいが、ほんとに間に合うという人は熱心です。
熱意のある人です。
早くいえば、この二階に上がりたい、
なんとかして上がりたいという熱意のある人は、ハシゴを考えましょう。
非常に熱意のある人は、どうしたら上がれるのか、ということでハシゴを考える。
この二階に上がってみたいなあ、というくらいの人ではハシゴは考えられません。
おれの唯一の目的は二階に上がることだ、
というくらいの熱意のある人であればハシゴを考えると思います。
その人の才能が非常にすぐれているからハシゴを考える、
という場合もありましょうけれども、そうでなく、あまり二階に上がりたくない、
上がってもいいけれど、というのではハシゴを考えるところまでいきません。
だから、やってみたい、という熱意が問題です。
仕事の上の熱意がなかったらお豆腐みたいなものです。
人間は何といっても熱意です。
皆さんが習った技術、知識というものも熱意があればぐんぐん生きてきます。
『社員稼業』
自問自答
熱意がハシゴを考え出した。
ハシゴを生み出すだけの熱意が自分にはあるか一。


目標を階段にたとえることがあります。
大きな目標と、
ステップ目標や段階目標なと言われたりします。
幸之助翁は階段ではなく建物にたとえているようですね。
私はこの文章を読んで目標は階段ではなく、
各階、
次の階へ上る階段がどこにあるか一目ではわからないくらい、
広大なフロアーを持つ大きなビルだと思ったのです。
マンネリとは次の階へ上がるための階段を見つけきれずにいるか、
見つける気のない人が陥るものかもしれません。

2020/03/31 2020年3月31日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

 松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
3月31日
日に百転

今日は非常にテンポの速い時代で、
きのうやっていたことが、きょうはもう許されないとさえいえるような面も出てきました。
三年一日のごとくということはもう許されない。
まして十年一日のごとくは許されないといえます。
これはお互いの仕事の上においてもそうでしょうし、国の姿においてもそういえると思います。
「君子は日に三転す」という言葉もあります。
「君子というものは、朝考えたことも昼になればもう変わってしまう。
昼は朝考えたことと違ったことを考え、違ったことを言わなくてはならない。
昼考えたものは、晩にまたさらに変わっている」。
こういうことを二千数百年も昔に中国の賢人は教えているわけです。
それだけ君子は進歩が速いということも意味しているのだろうと思います。
それで、二千数百年前の君子は日に三転ですが、
今日の君子は日に三転ではもう間に合わなくて、今Ⅱは川に百転する、
刻々に変化していくことをつかんでいかねばならないと思うのです。
「道は無限にある」
自問自答
日に三転では間に合わない。
しかし日に百転するほどのスピードに
今の自分の頭と体は耐えうるだろうか-。


『朝令暮改』という言葉があります。
朝決めたことを夕方には撤回するということですね。
死語に近い言葉なのかもしれません。
情報が入るほどに決定が変わってくる。
AIというのは、
まさに情報が入るほどに決定の精度を上げていくシステムです。
それによって人間の行動も変わることになるのでしょう。
情報スピードが時代のスピードも変えていきました。

2020/03/30 2020年3月30日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

 松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
3月30日
人生の姿

雷が鳴ったり、雨が降ったりというのは自然の現象であり、
これはこれで毎日の生活に変化があって面白いと思うのだが、
もしこれらの変化が規則的で、
予期できればどうであろうかというようなことを、ふと考えてみた。
もしこれらの自然現象が規則的に起こって予期できるものだとすると、
ある場合は非常に都合がよいが、またある場合には困ることも起こってくるのではないか、
そして、いわゆる生活の味わいというか、
面白さというようなものが減少するのではないか、と思うのである。
ところで、われわれの人生の姿というものも、これと非常によく似たものではないだろうか。
そこには予期できない多くの障害があり、しかもそれらの障害の中にありながら、
われわれは常に、分の道を求め、自分の仕事を進めてゆかねばならない、
というのが人生の姿ではないかという気がするのである。
人生における成功の姿というものは、常にこのような予期できない障害にぶつかりながらも、
それらを乗り越えて、一定の自己コースを歩んでゆくことではないかと思う。
「なぜ」
自問自答
仕事も人生も、
予期できないから面白いのだ。
味わいがあるのだ。


今まさに『コロナウイルス』。
誰にも予期はできなかった。
・・・先ほど知りましたが、
志村けんさんがコロナウイルスの肺炎で亡くなったそうです。
2週間も体の中に生き続け、
症状のない患者でも感染元になってしまう・・・。
・・・広島でも感染者が増えてきています。
世界規模での予期できぬ災害に私たち人類は、
これまでにない新たな解決策を創り出さなくてはならないのです。
一人一人の自覚ある行動が必要なときですね。

 

2020/03/29 2020年3月29日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
3月29日
ものの言い方

人間の心というものは非常に変化性がある。
今は非常に愉快に笑っているかと思うと、
またつぎの瞬間に非常に悲観するようなことが起こってくればそうなる。
それほど変化性がありますからね。
これがつけ目といいますか、お互いが考えなければならんことやと思います。
そういう変化性があるから、努力すれば努力するだけのかいがあるわけです。
職場を愉快にし、そしてみんなが喜んで働くというようにもっていくには、
やはりそういう工夫をすれば、人間は必ずそうなるようにできている。
だからそういうふうに努力するかいがある、ということになるのです。
そういう人間の心の動きの自在性というものを、経営者といいますか、
皆さんのように指導的な立場に立つ人は、よほどつかまねばいかんと思うのです。
ものの言い方一つでも、受けるほうによっていろいろ感じ方が違う。
どんな言い方をしても同じように感ずるのであれば、心配はないわけです。
そのかわり大きな感動もないから、淡々としておるということになる。
けれども、ものの言い方一つによって、受けるほうに非常に変化がある。
刺激があったり、またそうでない場合があったりします。
そういうことを考えてみると、人を使う人とか、指導者として立つ人は、
やはりそういうことを十分に念頭において、
職場の雰囲気を明るくするために施設の充実をはかる必要もありましょう。
しかし施設だけではとてもダメなんです。
施設はその一部を補うということでありましょう。
大部分はやはり施設以外の人間関係である。
言葉のもっていき方であるとか、そういうことが大きいのです。
『松下幸之助発言集第妬巻』(昭和36年の発言より)
自問自答
所変われば、とよく言うが、
移転や設備投資だけでは、
オフィスの空気は変わらない。
やはり人間関係を愉快なものにしなければ一。


超スパーおすすめ本。
一生のうちの前半で、
一度は読まなければならない・・・と、
私が推薦する本の一冊。
『人を動かす』
どうはなせば自分の思いが伝わるか?
私がこれまでプレゼントした本の数、
圧倒的No1です。
・・・完読した人は???
 

2020/03/28 2020年3月28日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
3月28日
中庸

人間が健康を保つためには、まず栄養をとることが大切で、
これが欠けたらいわゆる栄養失調に陥りますね。
といって、これが過ぎると、これまたいわゆる栄養過多になって、健康を損ねます。
暑いときには服を脱ぎ、寒いときには重ねます。
といって厚着に過ぎれば、汗もかくし苦しくもなります。
要はほどほど、当たり前のことを当たり前に行えばよいわけで、
これが自然の理にかなった、最も健全にして健康な姿といえましょう。
自然の理といい、ほどほどといい、一見あいまいなようにも思えますが、
このあいまいと思われる筋道を、身をもって極めていくところにほんとうの学問、
人間の生きた学問があるのだと思います。
科学が進んで、かえって人間の不幸が増え、知識が進んで、かえって悪事が増えるというのも、
こうした生きた学問への謙虚さが足りないからだというべきでしょうか。
わが社の発展にしても、自社の発展だけを考えて、周囲のおもむくところを忘れたら、
お互いの足もとが崩れます。そこにはおのずから自然の理というか、中庸というか、
ほどほどというか、謙虚にそして楽々と歩む道があるわけです。
意欲さかんな姿は結構。
しかし意欲のおもむくままに行きすぎることは、お互いに厳に戒めたいものです。
「月日とともに」
自問自合
ほどほどに、謙虚に、、楽々と歩む道があるのに、
みずからの成功発展ばかりを考えていなかったか。
‘中庸,という言葉をかみしめたい。


「意欲のおもむくままに行きすぎることは、お互いに厳に戒めたいものです」
と幸之助翁は言われています。
意欲の前に理念あり。
我利我利亡者ではいけないのです。
他利多利豊者には理念があるのです。
『豊かで健善』が大切なのですね。
・・・広ガスたかたの経営理念は目指すべき理念だと。
・・・・・・あらためて。
 

2020/03/27 2020年3月27日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]

3月27日
発明のヒント

発明のヒントはむしろ素人であるかもしれんですな。
私も、よく研究部員に、
「同僚とばかり話しおうててはいかん。街頭へ出ていってヒントを得てこい」と、
こう言うとるんです。
『松下幸之助発言集第喝巻』(昭和43年の発言より)
自問自答
現場にヒントは転がっている。
その当然のことを忘れていたのではないか。


ヒントは現場にありますね。
最初に手を付けるのは、
現場に直接携わっていたころの問題・課題からです。
この後、
現場がわからず凝り固まっていくことがとても怖いこと。
解決下問題・課題はすでに過去のことです。
常に現場主義で進まなくては『今・将来』の問題を解決できません。
実際に現場に入る。
現場の情報が入る仕組みを構築。
などの手を打たなくては「良いもの」はできても、
売れるものはできません。
業界では評価が高くても全く売れない自動車が良い例です。
 

2020/03/26 2020年3月26日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

 松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
3月26日
真の自省

ご承知のように、自省とはみずからを省みることであろうが、
考えてみればこれは人間だけがなしうることのように思われる。
もちろん、馬や牛などの動物でも、
ときには自省に似たようなことをしているかもしれないが、
しかし人間のような精神構造をもって自省しているとは考えられないのである。
これはやはり人間だけの特権であろうし、
同時にこれを逆にいえば、人間であるかぎり自省がなければならない、
つまり自省は人間の一つの義務なのだともいえるのではなかろうか。
こうした自省については、言葉や形はいろいろ異なったとしても、
その心がまえは、戦前のわが国ではことにやかましくいわれていたように思う。
ぼくの子どものころには、家庭はもちろん学校でも商店でも会社でも、
非常に厳しくしつけられたし、世間一般の雰囲気の中に、
自省をもって尊しとする風潮が強くあったと思うのである。
ところが、戦後は一般にどうもこの傾向が薄れたように思えてならない。
いわゆる民主主義のはき違いとでもいうのだろうか、
あまり自省ということを尊しとしないような風潮が広がっているように思えるのである。
そしてそこから、いろいろな混乱がひき起こされている面があるように思うのである。
しかし、真の自省とは、
主義とか思想以前の、いわば人間としてのいちばん大事で基本的な心が一つなのであり、
この基本に立ってこそ、
はじめて“われ何をなすべきか”ということがわかってくるのではなかろうか。
『松風』昭39年2月号
自問自答
自省は人間の義務であり、特権である。
“われ何をなすべきか”という自問に自答できる人間でありたい。


木野親之先生からのお話です。
「『地球上のすべての生き物の中で、
人間は特権を与えられている。
地球を掘り返し化石燃料を発掘したり、
木を伐り、山を崩し、海を埋め立て、
ビルを建て、牛や豚、鳥などなどの動物を食べる。
《人間に与えられた特権》です。
だからこそ人間は、人間としての基本を大事にしなくてはならない。
・・・と思うよ』
と、松下幸之助は言っていました」
ここでいわれる、
『真の自省』を大切にしなくてはならないということだと私は思うのです。

2020/03/25 2020年3月25日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

 松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
3月25日
受け入れられる

商売においては、商品がたとえ五個でも売れれば、
売り方によっては、さらに千個は売れると見てよい。
千個売れれば十万個も決して不可能ではない。
まったく売れないのなら別であるが、五人でも買う人がいるということは、
その商品が人々に受け入れられるということを示していると思う。
人の考えることにそう大差はないからである。
あとは腕次第、やり方次第、熱意次第、
そう考えればそれだけ商売が面白くなり、励みも出るのではないか。
「思うまま」
自問自答
「厳しい状況でですす」」とといいうう報報告告に対して、
励まし、士気を鼓舞する考え方を提示することができているだろうか-。

松下幸之助日々の言葉の中にある勇気づけられる一説です。
「人生は演出も演技も自分でする生きた芝居。
腕次第やり方次第でいくらでもいい芝居になる」
いつも持ち歩くシステム手帳に筆で書いた紙をいつもはさんでいます。
・・・20年以上まえから・・・いつだったのでしょう。

2020/03/24 2020年3月24日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

 松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
3月24日
汝かしているのではないか

坂田三吉の場合は、
将棋の駒の持ち味を生かし切って、勝負に勝つことにいわば命をかけていた。
ぼくの場合も、自分で言うのもなんですが、
少なくともよりよい製品をつくり出したいという思いにかけては、
坂田三吉に負けないほどの真剣さをもっていた。
その製品を使われるお客様のためにはもちろん、
それを汗水たらしてつくる従業員の努力に対しても、よりよい製品をつくり、
それが立派に役立って生きるようにするのが責任者たるぼくの務めだ、
という意識をもっていた。そういうことではないかと思うのです。
将棋の駒や製品に限らず、
一つのものをほんとうに生かし切るということはなかなかむずかしいことです。
しかし、この世の中にあるさまざまなものを、
生かし活用することができるのは、私たち人間だけですし、
そうしてこそお互いの生活の向上をはかることもできるわけです。
今日、私たちが享受している豊かで便利な生活も、
先人の方々のものを生かそうとする熱心な努力によって、
築かれてきたものにほかならないでしょう。
そんなことを考えながらお互いの身のまわりを眺めてみるとき、
私たちは今日の豊かな生活に慣しまって、ものをほんとうに生かす努力を怠り、
多くのものを泣かしているのではないか、そんな気もするのです。
※坂田三吉:1870〜1946。明治から昭和初期の将棋棋士。
『PHP』昭和59年4月号
自問自答
生かし切る!
真剣に持ち味を生かし切る!


私は、
『人に光を当てることで、
それぞれの限界まで成長を続ける』
そのような文化を持つ会社にしたいと考えています。
元々努力嫌いの私は『成長意欲』は薄く、
なるように進んでいっても食っていけるだろうと考えていたのですが、
結婚して他人の人生を背負うという自覚に芽生えたころから、
自分を生かし切っていない自分に気づき、
生かし切るための人生を歩み始めました。
一歩目は、
PHPから出ている「the21」という雑誌で知った、
「ナポレオンヒル」からでした。

2020/03/23 2020年3月23日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
3月23日
すきまをおいておく

皆さんは、一つの仕事に凝り固まる。
とかく技術者という立場の人は、多くそういうようなかたちになっていく。
またそうならざるをえない、一つのものに集中するのですから。
それはそれでいいんです。
目に見えない細菌を研究するという学者がある。
そういう人はそれに一生かかって研究している。
それがその人が死んだあと、
百年なり二百年たって非常に効果があるという場合もありましょう。
現世に効果がある場合もありましょう。
学者とか技術者という人は、それが仕事だからどうしても一つのものに集中する。
それはそれでいいんです。
しかし、あわせて広くものを吸収するという柔軟な頭も必要なんです。
あるものに集中するが、それにとらわれてしまってはいけない。
集中するけれども、同時に頭を海綿のごとくしてやっていく。
人から非常にいい話を聞いた、非常に感銘した、
その感銘したことで頭がいつぱいにつまってしまうと、
ほかにもっといいことを聞いても入らない。
これではいけない。
われわれはどんなことが入っても、それをつまらせたらいけない、
まだすきまをおいておく。なんぼでも次々と、
海綿のごとく吸収していくというような頭にならなければ、
頑固オヤジになってしまう。
頑固オヤジにならなくても
〃頑固な人だな、あれは技術者だから頑固者だな〃
と、こうなる。
これはいけない。技術者ほど、ものを吸収しなければいけない。
技術者ほど、
すべてのものを取り入れるということにやぶさかでない者はないんだと、
こういうような一面も私はあっていいと思うんですね。
「松下幸之助発言集第羽巻』(昭和48年の発言より)
自問自答
頑固オヤジになっていないか・・・。


「思考回路の中に『ボトルネック』を作ってはいけない」
ということですね。
ビール瓶は注ぎ口が絞ってありますので、
逆さまにしてもコポコポと、一気には出ません。
絞らずに長いグラスのような形であれば、
逆さまにするとザーと、一気にビールが出てしまいます。
広い部分があっても、
絞ってあるところを流れる量以上には流れないのですね。
これが『ボトルネック』です。
再度、
「思考回路の中に『ボトルネック』を作ってはいけない」
 

2020/03/22 2020年3月22日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
3月22日
新しい目

人間というものは、ともすれば一つの考えにとらわれがちである。
特に過去の常識とか通念というものからなかなか離れられないものである。
しかし、時代は刻々と移り変わっていく。
きのう是とされたことが、きょうもそのまま通用するとは限らない。
だから、指導者は、過去の常識、固定観念、そのほか何ものにもとらわれることなく、
常に新しい目で物事を見ていくように心がけなければならない。
そして、そのとらわれない心で次々と新たな発想をしていくところに、
進歩も発展もあるのだと思う。
『指導者の条件』
自問自答
つぎなる手を打っているか。
つぎなる発想はできているか。
過去の常識にとらわれていないか。


気になって気になって仕方ないことについては、
完成したと思っても・・・まだ気になる。
「まだ改良できる」
「まだ完ぺきではない」
寝ようと思っても頭の中を駆け巡り寝れなくなることもあります。
現役の間は仕方ないとあきらめも・・・。
明日も通用するあの手この手を探り続けます。
 

2020/03/21 2020年3月21日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
3月21日
先例を破る

とにかく考えてみること、工夫してみること、そしてやってみること。
失敗すればやり直せばいい。
やり直してダメなら、もう一度工夫し、もう一度やり直せばいい。
同じことを同じままにいくらくり返しても、そこには何の進歩もない。
先例におとなしく従うのもいいが、
先例を破る新しい方法を工夫することのほうが大切である。
やってみれば、そこに新しい工夫の道もつく。
失敗することを恐れるよりも、生活に工夫のないことを恐れたほうがいい。
われわれの祖先が、一つひとつ工夫を重ねてくれたおかげで、
われわれの今日の生活が生まれた。
なにげなしに見逃している暮らしの断片にも、尊い工夫の跡がある。
茶わん一つ、ペン一本も、これをつくづくと眺めてみれば、
なんというすばらしい工夫であろう。
まさに無から有を生み出すほどの創造である。
お互いにもう一度考え直そう。きのうと同じことをきょうはくり返すまい。
どんな小さなことでもいい。どんなわずかなことでもいい。
きのうと同じことをきょうはくり返すまい。
多くの人々の、このわずかな工夫の累積が、大きな繁栄を生み出すのである。
「道をひらく」
自問自合
失敗を恐れるな!
工夫のない自分を恐れよ!


「周りと同じでいいじゃないか」
多くの人がこちらでしょう。
昔から目立ちたがりの私は、
「周りとは違うことがやりたい」
という考えがあり・・・
小学校では一人クラス『茶色の縦笛』
中学では学年一人だけ『紺色の学生カバン』
・・・無理やり周りとは違う発想を・・・あえて・・・、
時には時間をかけ・・・、時には悩みまくり・・・たたかれ・・・。
今はそうすることが、
社員さんやお客様の喜びにつながるという信念です。
 

2020/03/20 2020年3月20日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
3月20日
誤解と反省

誤解ということはよくあることだが、だれしも誤解されることを好むものではない。
だから、それを解こうとするのは当然といえば当然だろう。
しかし、
より大切なのは、誤解されたということについて自分自身反省してみることだと思う。
というのは、
ほんとうに正しいことであれば、
一部の人は誤解しても、より多くの人はそれを認めてくれる。
それが世の中というものであろう。
そう考えれば、誤解されたからといって、必要以上に心をわずらわすよりも、
これをみずからの反省の機会としたほうがよいといえよう。
「思うまま」
自問自答
他人の誤解をも成長の糧にする人間に、
・・・いつごろ、なれるだろうか-。


「・・・いつごろ、なれるだろうか」
どこまでも修行は続きます。
 

2020/03/18 2020年3月19日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
3月19日
お金の値うち

ぼくは、お金というものは、面白いものだと思います。
たとえ同じ金額のお金でも、それをどう自分が手に入れたかによって、使い方が大きく変わり、
したがってそのお金が発揮する値うちが違ってくるからです。
たとえば、予期せぬ収入というか、人からボンともらったようなお金だと、
ついつい気軽に使ってしまって、気がついてみるといつのまにか雲散霧消。
はて、何に使ってしまったのだろう、といったことになりがちです。
これではそのお金の値うちも十分に生きません。
ところが反対に、同じお金でも、自分が努力し苦労し、汗水たらして得たお金だと、
湯水を使うようにたやすくは使えるものではありません。
こういうことは皆さんもよく経験されることだと思いますが、
それは結局、人情のしからしむるところであって、
昔も今も変わらない人間性の一面というものではないでしょうか。
そういうことからぼくは、やはりお金というものは、
自分で汗水たらして、自分の働きで得ることが大切だと思います。
お互いにとっては、自分の額の汗がにじみ出ていないようなお金をもらってはならないし、
借りてはならない、そういう考え方に立つことがやはり必要で、そうしてこそ、
その人の生き方が堅実なものとなり、お金の値うちもそのままに生きてくる。
いわゆる“濡れ手で粟(あわ)“というような虫のいいことを考えたのでは、お金も生きないし、
その人の人生そのものもきわめて危ういものになってしまうと思うのです。
『PHP』昭和59年10月号
自問自答
自分の財布の中の“お金”は生きているか。


株や為替相場で大きな利益を上げている人がいるそうです。
コロナ騒ぎでどれだけの損が出たのでしょう?
バブル崩壊で倒産した多くの企業は、
本業の業績悪化で倒産したわけではなく、
株や土地でのあぶく銭をもくろみ・・・
・・・バブルの崩壊で大暴落。
こちらの損で倒産したのだそうです。
 

2020/03/18 2020年3月18日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

 松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
3月18日
正しい価値判断

お互いの会社、商店が発展し、
社会の公器としてさらに光彩を放つようになるためには、やはり社員の訓育といいますか、
人間的な成長に、会社としてよりいっそうの努力をすべきだと思います。
そういう考えをもって努力している会社に入ってこそ、
青年社員の将来というものが、非常に明るく輝くのではないでしょうか。
そして、会社はそういう人間的なものの考え方を基本として、
社員に正しい商売人としての常識を培養する努力をしていくことが大切です。
ところが、そのためには、まず、商売人として、また社会人として、
ものの正しい価値判断ができないようなことでは困ります。
ですから会社においては、
あらゆる点において正しい価値判断のできる人を養成しなければならないと思うのです。
価値判断が適正ならば、自己判断もできます。
自己判断のできない人は、価値判断もできません。
ですから、
そういうような人が集まっても、それは単なる烏合の衆ということになります。
しかし、あらゆる面に、あらゆる場所に、そしてあらゆる時に、
価値判断がある程度できるというそういった人々の集まりなら、
何ごともきわめてスムーズに運び、繁栄も平和も、
これを得るのはそうむずかしいことではないと思うのです。
「商売心得帖」
自問自答
この商品の“価値'はどれほどか。
値段としてはいくらか。
自社の株価は妥当か。
自社ブランドはどれほど認知されているか。
まずは身近なことから考えぬくことで価値判断力を高めていきたい。


今朝のTV番組で『写真修正アプリ』を紹介していました。
「写真の中で顔の整形を自動でやってくれる」
「みんな使ってるよ、すっごく楽しい」
などとインタビューに答えていました。
・・・私は使えない。・・・そもそも知らない。
高齢のお客様へのサービスは発想できるのですが、
若い世代へのサービスは思い浮かびません。
年代層ごとのサービス開発には年代別の人財が必要ですね。

2020/03/17 2020年3月17日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

 松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
3月17日
平等

新入社員は最初のあいだ、先輩から教えられ、
指導を受けつつ、だんだんに仕事を覚えていくわけです。
ですから、その先輩のいろいろの教えを素直に聞き、
また、わからないところはそのままに質問するなどして、一日も早く仕事を覚え、上達する。
そのようにして一人前の社員に成長していかなければなりません。
しかし、新入社員だからといって、
ただ一方的に教わるだけでいいかというと、私はそれではいけないと思うのです。
新入社員は新入社員なりに先輩に教える、というと語弊があるかもしれませんが、
日々の仕事の中で自分が気づいたことを、いろいろ提言していくようにしなくてはいけないと思います。
“自分は新入社員でいちばん後輩だし、仕事についての知識も経験も少ない。
だから、提言するなどおこがましい。
先輩に言われたとおりのことをやっていればいいのだ“というのも一つの考え方です。
しかし私は、こと仕事に関するかぎり、そういう遠慮は無用だと思います。
会社をよりよくしていこうという思いに立つかぎり、
本質的には、社長も一新入社員も平等だ、そう考えるべきだと思うのです。
先輩社員は、経験も長く、その仕事についても熟知しているでしょう。
けれども、そのためにかえって先入観にとらわれて、現状を当然と考え、
改善すべき点に気がつかないという面があります。
その点、新入社員はすべてを新鮮な目で見られますから、
〃ここはこうしたらいいのではないか〃と感じることも少なくないと思います。
それをどんどん提言してほしいと思うのです。
『社員心得帖』
自問自答
本質的に考えよ!考えることをあきらめるな!
社長も部長も新人もない!遠慮は要らない!


最近では『新たな知識を応用せよ』というのも入るかもしれませんね。
10年ひと昔はそれこそ昔のはなし。
3年の立てば技術はがらりと変わっています。
ターゲットの年代層によっては、
経験を積み上げたおじさんたちは、
新しい技術や知識で若者についていけない事実もあります。
『物事を360度から見る』の一つでしょう。

2020/03/16 2020年3月16日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

 松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
3月16日
人の心

考えてみれば、人の心というものはまことに不思議なものです。
“人情の機微”という言葉がありますが、
ほんの些細なことで、うれしくなったり、悲しくなったり、あるいは怒りを感じたり、
また、大きくふくらんだり、しぼんでしまったり、微妙に動くのが人の心です。
ですから、共同生活の中で気持ちよく生活していくためには、お互いこのことをよく知って、
他人の気持ちを考えながらふるまうということがきわめて大切なのではないでしょうか。
『人生心得帖』
自問自答
人の心は確かに微妙に動く。
無意識のうちに部下を失望させていなかったか。


そうですね。
『人の心は確かに微妙に動く』
動かない人はかなりの能天気人。
ある意味では心も鍛える必要があるのです。
「形から入って心に至る」
形から入ることが『心の鍛え方』なのですね。

2020/03/15 2020年3月15日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

 松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
3月15日
発想の転換

最近よく〃発想の転換″ということがいわれるが、これは非常に大事なことだと思う。
発想の転換とは、ひらたくいえば、見方を変えるということだろう。
今まで表の側から見ていたものを、百八十度変えて裏のほうから見てみるというわけである。
そのように百八十度見方を転換してみると、
今まで表から見ていたのではわからなかったいろいろな事象があることに気がつくだろう。
反対にこれまで、裏のほうばかり見ていたのであれば、
今度は表を見ることによって、そこに気づくものがあると思う。
そういうものをもとにして、
そこから新たな考えが生まれて、向上発展に結びついてくるということになる。
もっとも、そういってしまえば簡単のようだが、
実際に発想の転換をするのは、そうたやすいことではない。
その大切さはだれもが知っており、だからこそ声を大にして叫ばれてもいるのだろうが、
さてとなるとお互いにともすればこれまでのものの見方にとらわれて、
旧態依然ということになりがちなのが実情ではないだろうか。
それは一つには、われわれの心が狭くなっているからだと思う。
それもみずから自分の心を狭めて、
あたかも馬車馬のように自分の目の前しか見えなくなってしまっているようなところがある。
そういうことでは、ものの見方を百八十度変えることはむずかしい。
もっと心を広くしてそれによって自由な発想の転換を行うようにしなければならない。
『経済談義』
自問自答
“馬車馬”に、なっていなかったか。
“馬車馬”に、させていなかったか。


まさに昨日のラジオのお話ですね。
『今まさに』、という意味では自動車業界ですね。
クルマの心臓と言えば『エンジン』ですが、
エンジンから電気モーターにとって代わるのです。
エンジンの生産も一社でやっているわけではなく、
多くの企業がそれぞれ部品を作りくみ上げています。
業界の構成自体が大きく変化するのですね。
ガソリンスタンドはどう変化するのだろう?

2020/03/14 2020年3月14日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
3月14日
常識からの解放

常識というものはいわば先人の知恵の積み重ねですから、もちろん大事です。
けれども、新しいものを生み出すためには一度常識から自分を解放しなければならない。
そのためには熱意が強く要請されるのです。
多くの知識を身につけた人ほどそれを超える強い熱意が必要だともいえますな。
『人生談義』
自問自答
みずからの知識を超えるほどの、
強い熱意をもって、常識かからら自自分分をを解解放せよ!


昔のテレビやラジオは真空管式。
松下幸之助翁は当時、
ちいさいラジオを作るよう命じたのです。
試作を繰り返しどんどん小さくなっていきますが、
「まだ大きいな、もっと小さくならんか」を繰り返したそうです。
開発担当者は『これまでの常識』、
真空管方式で小さいラ時を開発をしていましたが、
行き詰ったことで『これまでの常識』をすて、
全く新しいチャレンジを始めたのです。
そして出来上がったのが「トランジスタラジオ」。
持ち運べるほどの小さいラジオでした。
さらに『これまでの常識』を超えていたのは、
全世界にトランジスタラジオの特許を公開し、
世界標準にしてしまったのです。
『これまでの常識』をすてることで『新しい常識』が生まれるのですね。
 

2020/03/13 2020年3月13日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

 松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
3月13日
いくらでも考えることがある

皆さんはこの会社に入った以上は、もちろん上長なり先輩に対する礼儀、
これはどこまでも必要ですが、社員としての責任感に立って、
いいと思うことに対しては、どんどん提案してもらいたいと思います。
考えていけば、一つの事柄について、いくらでも考えることがあると思います。
考えなかったなら、三十年たっても、四十年たってもわからない、ということです。
『社員稼業』
自問自答
きょう考えなければ、
5年後、10年後、20年後もわからないままで過ごしてしまうのかもしれない。
だから、
今、考える。
今、提案する。


EG黄色の私は子供のころから妄想好きで、
高校で三角関数に出会うまでは数学は大好きでした。
この問題をどう解けばよいのだろう???
ああでもない?、こうでもない?、これかもしれない?。
・・・溶けた時の快感。
数学は明確な答えがありますが、
明確な答えのない経営でも、
あの手で行くか?この手で行くか?
妄想の日々です。
・・・・・・計算問題は楽しくない。

2020/03/12 2020年3月12日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

 松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
3月12日
三百六十度の視野

世の中というものには、絶対の善や悪はない。
つまり、
こういうものは絶対必要である、こういうものは絶対いかん、というものはないんですね。
今、われわれはコレラ菌というものを恐れていますね。
ところが、もう百年ほどしたら、コレラ菌を活用する道がわかってくるかわからん。
コレラ菌の使い方がわかってきたら、
そこにどんな大きな成果があがるかわからないというように、
われわれの知識が進むと、必要でないといってたものが必要になるかもしれません。
だから、視野を狭くしてはいかん。あらゆるもの、あらゆる善悪を取り入れて、
それをそれぞれの立場に生かしていくということが大事なことやないかと思うんです。
それを、視野を狭くして、この視野に入るものだけが正しいんだ、
この視野以外のものは正しくないんだという断定は、
容認してはならないのやないかという感じがするんです。
ところが今の世相には、視野を狭めて、この視野だけが正しいんだ、
この十度の視野だけが正しいんだ、これ以外の視野にあるもの、
存在するものはいっさい悪だというような見方でものを判断しようとする傾向があるわけです。
これは非常に恐ろしいことだと思います。
自分の視野以外にあるものを生かすということに結びつかんわけです。
十度の視野のものは賛成するけれども、その十度の外のものはみな排撃してしまう。
そういうようなものの見方、
そういうような考え方があってはたいへんだという感じがします。
よく寛容の精神をもって視野を広げるということをいいますが、
寛容の精神で視野を広げるということではいかん。本質的に広げないといかんですね。
三百六十度の視野をもって、
その中にあるいっさいのものがどうしたら生きるかというような考えをもつことが、
本質的に広げることやと思います。
『松下幸之助発言集第5巻』(昭和42年の発言より)
自問自答
今の自分の“視野”は、どれほどあるだろうか-.


物を販売する会社として最低考えなけばならないのは?
一つは売る人の立場。
二つ目は購入する人の立場。
って当たり前ですが・・・、
せめてもう一つ、
三つめは仕入れ先の立場。
『相手の立場に立つ』
これは商売ではなくてもコミニュケーションの当たり前。
『三方良し』
は商売の当たり前。
まずはこの基本を押さえ成長と共に、
360度視野に拡大していきましょうね。

2020/03/11 2020年3月11日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
3月11日
創意と工夫

人より一時間、よけいに働くことは尊い。努力である。勤勉である。だが、
今までよりも一時間少なく働いて、今まで以上の成果をあげることも、また尊い。
そこに人間の働き方の進歩があるのではなかろうか。
それは創意がなくてはできない。工夫がなくてはできない。
働くことは尊いが、その働きに工夫がほしいのである。
創意がほしいのである。
額に汗することを称えるのもいいが、額に汗のない涼しい姿も称えるべきであろう。
怠けろというのではない。楽をする工夫をしろというのである。
楽々と働いて、なおすばらしい成果があげられる働き方を、
お互いにもっと工夫したいというのである。
そこから社会の繁栄も生まれてくるであろう。
『道をひらく』
自問自答
残業して成果を出す部下がいる。
残業せずして成果を出す部下もいる。
どちらをより高く評価すべきだろうか-


『働き改革』の本来の目的は、
「労働時間短縮・収益下降」ではないはずです。
幸之助翁の言われるように、
収益は上昇。
・・・悪くても維持しなければ何のことやら。
多くの社員にとっても労働時間短縮し、
給与が大幅に下がってしまうようでは本末転倒。
私たちが取り組むチーム活動がしっかり機能すれば、
本来の働き方改革を実現できますね。
 

2020/03/10 2020年3月10日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
3月10日
絶えず先を見る

幕末のころ、土佐の槍垣清治(ひがきせいじ)という人が、
そのころ土佐で流行していた大刀を新調し、江戸から帰ってきた坂本龍馬に見せたところ、
龍馬は、「きさまはまだそんなものを差しているのか。おれのを見ろ」と言って、
やさしいつくりの刀を見せました。
そして、「大砲や鉄砲の世の中に、そんな大刀は無用の長物だよ」と言いました。
清治は「なるほど」と気がつきました。
そこで、龍馬のと同様の刀をこしらえて、そのつぎに帰ってきたとき見せました。
すると龍馬は、
「このあいだは、あの刀でたくさんだと言ったが、もう刀などは要らんよ」と言いながら、
ピストルを取り出して見せたというのです。
またそのつぎに帰ったときには、「今の時勢では、人間は武術だけではいけない。
学問をしなければならない。古今の歴史を読みたまえ」と勧めたということです。
さらにそのつぎに会ったときには、「面白いものがあるぞ。万国公法といって、
文明国共通の法律だ。おれは今それを研究しているのだ」と語ったそうです。
清治は、「そのように龍馬にはいつも先を越されて実に残念だった」と人に語ったといいますが、
坂本龍馬という人はいつも先々を見ていたから、そういう姿も出てきたのではないかと思われます。
そしてそういう、現状にとらわれない、絶えず先を見るというような姿は、
やはり素直な心が働いているところから生まれてくるものではないでしょうか。
『素直な心にまるために』
自問自答
とらわれず、絶えず先を見る龍馬のように、
自由自在、融通無碍に生きる人になれるだろうか-。


龍馬はEGでいうと黄色タイプなのかな?
それぞれのタイプで着眼点は違うでしょうが、
意識はいつも、
『現状にとらわれず先を見る』
ここは大切ですね。
そのためにも、
「まずは10年目の前のことに集中して取り組む」
森信三先生の言葉です。
 

2020/03/09 2020年3月9日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
3月9日
自己観照

昔から“山に入る者は山を見ず”とかいいますが、
山のほんとうの姿は、あまり山の中に入りすぎるとわからなくなってしまいます。
山の中にはいろいろな草木もあれば、石ころもある。
それらも山の一部ですが、しかしそれだけが山の姿ではありません。
山の全貌を正しく知るには、やはりいったん山から離れて、
外から山を見るということもしなければならないと思うのです。
お互い人間の心についても、これと同じことがいえると思います。
また実際、お互いだれしもそういうことを、ある程度はやっているのではないでしょうか。
たとえば何かを夢中になってやっているときに、ハツとわれに返るというか、
自分は何をやっていたのだろうと、冷静に思い返してみるというようなこともあると思うのです。
それをいつも冷静にできるように心がけ、また実際にやっていくわけです。
もちろん自分の心を内から外へ出し、
そして外から内を眺めるというように心を去来させることは、
ほんとうはなかなかむずかしいと思います。
しかしそれを心がけ、みずから訓練していくことによって、
しだいにできるようになると思うのです。
要は、そういう自己観照によって、みずからのとらわれに気がつき、
これを正していくということです。
つまり正しく己をつかむことによって、
自分本位に陥らず、物事を判断することができるようになると思うのです。
したがって、この自己観照は、とらわれのない素直な心を生むことに通じますし、
その素直な心をしだいに高めて、
常にものの実相を正しくつかむことができるようにもなると思います。
したがって、自己観照とは、素直な心を養うための一つの実践であり、
お互いに事にあたり時に応じてこの自己観照を心がけていきたいものだと思うのです。
「素直な心にをるために」

自問自答
外部のコンサルティングファームに経営分析を依頼するように、
自家製の心のコンサルティングファームを設立してみよう。
自分のほんとうの姿を眺めてみよう。


この年になって思います。
自己観照とは・・・、
ギリギリまで追い詰められて・・・、
崖から落ちる寸前に・・・・・・、
「天からお告げのように降りてくる」
・・・、
自己観照とは?ではなく、
自己観照を続けていると・・・、
極限に追い込まれて・・・
・・・お告げのように降りてくる。
が正しいのかも。
・・・わかんないけど、
逃げずに『何とかするしかない』前向きの姿勢でいると、
神様か?仏様か?・・・それもわからないが助けてくれる。
・・・・この年になるまで何度も助けられています。

 

2020/03/07 2020年3月8日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
3月8日
口に出して唱える

お互いが素直な心の大切さをよく認識し、
素直な心になりたいと強く願いつつ日々の生活を営んでいくところから、
しだいに素直な心が養われていくのではないかと思いますが、
実際には往々にして日々の忙しさにとりまぎれ、
素直な心になることをつい忘れてしまうということもあると思われます。
そこで、お互いが素直な心になるということを忘れてしまうことのないように、
折にふれ、時に応じて、
お互いに「素直な心になりましょう」とか「素直な心になって」ということを、
いわば一つの合言葉のように口に出して唱えあうということが必要ではないかと思います。
たとえば、朝起きてお互いが顔を合わせたならば、「おはようございます。
きょうも素直な心で過ごしましょう」とあいさつをかわす。
仕事の打ち合わせをする前には、
「それでは素直な心で検討しあいましょう」とみんなで唱えてから話を始める。
また、どういう話をする場合でも、
「素直に考えたならば、こういうことになるのではないでしょうか」とか、
「素直に見て、このように言えるでしょう」とかいうように、
絶えず互いに素直ということを口に出しつつ話を進める。
こういうように、いってみれば寝てもさめても、いても立っても、
日常のすべての会話、行動の中において、
絶えず素直になるということを念頭におき、それを口に出して唱えるわけです。
仏教においては、“念仏三昧”というようなこともいうそうですが、
この場合はいわば“素直三昧”というようなことにもなるでしょう。
しかもそれは、自分一人でも素直三昧をすると同時に、
互いにそういう姿を生み出していくわけです。
「素直な心になるために」
自問自答
何ごとも口に出すことから始まる。
思いを念頭において口に出す。唱える。行動する。


3KM手帳を折に触れて黙読する時間を作りました。
本当は音読することがより効果は高いのですが、
勉強会の時間を使っているので、
周りには大勢の人がおりそうしています。
口に出すことはとても大切です。
「思っていても口に出さなければ思っていないも同じ」
・・・と典子さんからよく言われています。
 

2020/03/07 2020年3月7日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
3月7日
自然の営みにふれる

お互いが素直な心を養っていくために大切なことの一つに、
自然と親しむというか、大自然のさまざまな営み、
姿というものにふれるということもあるのではないでしょうか。
自然の営みというものには、私心もなければ、とらわれもないと思います。
いってみれば、文字どおり素直に物事が運び、
素直なかたちでいっさいが推移していると思うのです。
したがって、そういう大自然の営みの中に身をおいて、
静かに自然の形を見、その動きを観察していくならば、
しだいしだいに素直な心というものを肌で理解し、
それをみずからの内に護っていくということもできるようになると思うのです。
「素直な心になるために」
自問自答
かの「老子」ににもも“上善如水”とある。
水のごとく、自然の営みを感得した生き方、
素直さを内面に養っていくことを心がけたい。


ナポレオン・ヒルのいう『成功哲学』の中でも、
自然の法則のついて書いてあったと思います。
私の解釈ですが、
「水は高いところから低いところへ流れる」
経営戦略もその他の戦略や手段も、
水が流れるような筋道を作ると、
時間の経過とともに流れていく。
無理やりの戦略や手段は、
水を高いところに流そうとしているのと同じ。
時間の経過とともに氾濫を起こします。
松下さんは『宇宙根源の法則』と言われていますね。
 

2020/03/06 2020年3月6日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

 松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
3月6日
素直な心

それでは素直な心とはどういう心であるのかといいますと、
それは単に人に逆らわず、従順であるというようなことだけではありません。
むしろほんとうの意味の素直さというものは、力強く、積極的な内容をもつものだと思います。
つまり、素直な心とは、私心なくくもりのない心というか、
一つのことにとらわれずに、物事をあるがままに見ようとする心といえるでしょう。
そういう心からは、物事の実相をつかむ力も生まれてくるのではないかと思うのです。
だから、素直な心というものは、真理をつかむ働きのある心だと思います。
物事の真実を見極めて、それに適応していく心だと思うのです。
したがって、お互いが素直な心になれば、
していいこと、してならないことの区別も明らかとなり、
また正邪の判別も誤ることなく、何をなすべきかもおのずとわかってくるというように、
あらゆる物事に関して適時適切な判断のもとに力強い歩みができるようになってくるのではないかと思います。
つまりお互いが素直な心になったならば、〃強く正しく聡明になる〃と思います。
聡明になるということは賢くなるということです。
素直な心が高まっていったならば、賢さがしだいに高まってきて、
ついには神のごとく聡明に賢くなるというか、
神のような叡智をもつことができるようになるといえましょう。
そこからは、常に判断を過たず、強く正しく行動できるようにもなってくると思うのです。
『素直恋心になるために』
自問自答
尊敬するあの人は
どうして“正しく強く聡明”なのか。
どうして“見識が高い”のか。


そのとおりですね。
小山さんはとても力強く、積極的です。
しかし、価値観の基本には『一倉定』氏からの学びがあります。
その内容を知れば、
小山さんがいかに素直に学ばれていたかということがよくわかります。
『ほんとうの意味の素直さというものは、力強く、積極的』なのですね。
一倉定氏の本は沢山出ていますので読んでみてください。
私は最近とても高い本を一式購入しました。

2020/03/05 2020年3月5日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

 松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
3月5日
一日一回

「松下君、君は素直な心になったらいいという。
わかったようなわからないような、わかるような感じもするのだけれども、
それではどうすれば素直な心になれるのか」と、こういう質問を受けました。
それで私はそのとき、
「ぼくは素直な心にならなければいけないと自分でも思っているし、
君にも話したのだが、素直な心というのは非常に尊いものだ。
その尊いものは、一朝一夕には得られないとぼくは思う。
もし君が素直な心になってものを見ていこうと欲するならば、
毎日、朝起きたときに、きょうも素直な心で物事を見ていこう、
対処していこうということを、神様に向かってでもいいし、
仏様に向かってでもいいから、
あるいは、そういうものなしに自分の心にそれを言って聞かせても、
それはどうでもいいけれども、とにかく一日一回はそういう気分になることだ」
「それは君、なれるか」
「それはなれる。しかし、素直な心が常に働くということは、素直な心の初段になるということだ」
「君、素直な心に段があるのか」
「いや、段があるわけではないけれども、段階をいうと、素直な心の初段者といえば、
相当にいつの場合でも素直に心が働くから、まず失敗はないだろう」
「じゃあ君、初段にはどうしたらなれるのか」というような会話をかわしたのです。
「社員稼業」
自問自答
松下幸之助は晩年に“自分は素直の初段”と言っていたという。
ならば、自分は“素直な心”の何段だろうか、何級だろうか。


私は3KM手帳に、
『毎日仏壇に線香』と書いています。
手を合わせ先祖に感謝し、
その時だけでも『素直』に・・・。
まだまだ素直ではない私は、
それが習慣化されていません。
3日坊主を繰り返し数年・・・。
素直の初段ははるかかなたで・・・まだ視界にもありません。
・・・修行。

2020/03/04 2020年3月4日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
3月4日
素質

私は、お互い人間はあたかもダイヤモンドの原石のごときものだと考えている。
つまり、ダイヤモンドの原石は磨くことによって光を放つ。
しかもそれは、磨き方いかん、カットの仕方いかんさんぜんで、
さまざまに異なる燦然とした輝きを放つのである。
それと同じように、
人間はだれもが、磨けばそれぞれに光る、さまざまなすばらしい素質をもっている。
だから、人を育て、生かすにあたっても、
まずそういう人間の本質というものをよく認識して、
それぞれの人がもっているすぐれた素質が生きるような配慮をしていく。
それがやはり、基本ではないか。
もしそういう認識がなければ、いくらよき人材がそこにあっても、
その人を人材として生かすことはむずかしいと思う。
『人を活かす経営』
自問自答
人材がいないと嘆いていなかったか。
人間の本質をよく認識して、
その人ならではの素質を生かす、
そういう努力に欠けていなかったか・・・・・・。


「すべての人が努力すれば東京大学に入れる。
入れないのは自分磨きが足りていないから光っていないだけ」
・・・・とは言いません。
ダイヤの原石にも細分化されたグレードはありますが、
すべて『本物』。
磨けば本来のグレード通りの輝きを放ちます。
人間ですから個人差はもちろんありますが、
すべての人がみんな『輝く』のです。
 

2020/03/03 2020年3月3日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

 松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
3月3日
新しい解釈

実際問題としては、私も常に深刻な悩みにぶつかる。
これは人間だからしかたがない。しかし、ぶつかってからどうするかということである。
ぶつかりっぱなしではどうしようもない。ぶつかっても、すぐに思い直すのである。
自問自答というか、自分自身に言い聞かせる。これは悩んではいけないのだ、
悩まないようにしよう、というように考える。
そして、そう考えるだけでなく、
同時に、その悩みを生じている問題を乗り越えるような見方というか解釈をするのである。
すなわち、悩みに負けないというか、
自分の心がしぼまないように、むしろ心がひらけるような解釈をするのである。
卑近な例をあげれば、かりに長雨が続いていやだということで悩んでいたとするならば、
いやこの長雨によって豊かな水が供給され、人間生活に役立つのだ、というように考える。いってみれ
ば、そういう見方の転換をするわけである。新しい解釈をする。
もちろん、実際に起こってくる問題は、そういう雨の場合のような簡単な問題ではない。
もっと複雑な問題が多い。
だから、そういう新しい解釈はすぐには出てこない。
それで、そういう解釈にたどりつく前には、やはり何時間か、また長いときには何日間も悩む。
これはやむをえない。これはしかたがない。
そのように、私も常に悩みをもっているのである。ただ、その悩みに負けてしまわない。
最後の結論においては、
自分なりに新しい見方、解釈を見出して、その悩みを乗り越えていくわけである。
『人を活かす経営』
自問自答
悩みやストレスに負けてしまう自分がいる。
悩みやストレスを乗り越える自分もいる。
いつも“乗り越える自分”でありたい。


『新しい解釈』=『新しい発想』
だと思っています。
『屁理屈』かもしれません。
・・・しかし、そこからガスター度だと考えてもいます。
解釈は一つではありません。
だから裁判所があります。
法的な解釈は弁護士に相談し、
最終は裁判所でおこないましょう。

2020/03/02 2020年3月2日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

 松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
3月2日
世の中はずかしくない

朝起きて晩まで緊張しづめですと疲れますからね、
一所懸命やるという心持ちと同時に、息抜きというようなことも必要でありましょう。
緊張につぐ緊張をもって続けることはたいへんむずかしい。
しかし、心の底にはその精神をぐっと握ってやらなくてはならんかと思うんです。
それにはやっぱり、その仕事に興味をもたなくてはいかんと思うんです。
その仕事に興味をもつかもたないかは、
生来その仕事に向かない人もなかにはありますが、大部分はその仕事の使命感がわかってくると、
尊さもわかってくるから、興味も湧いてくることになると思うんです。
だから、その仕事に対して非常に理解がなければいけない。
そこから興味が湧き、熱意が湧いてくる。
勝っても負けても泣くというように自然になってくるんであります。
いやでしかたがないけれども一所懸命やることは、これは疲れますわ。
すぐに肩が凝ります。またスカタンをするし、能率が上がらない。叱られる。不平が起こる。
けしからんやつちやと、こうなる。
簡単ですね、成功の道と不成功の道はきわめて簡単だと思うんです。
私は、世の中というのは決してむずかしくないと思うんです。
むずかしくないものをむずかしくするのはだれかというと、本人自身ですわ。
自分自身がむずかしくしている。ほんとうは坦々たる大道がひらけているんです。
『松下幸之助発言集第11巻』(昭和37年の発言より)
自問自答
目の前にひらけているわが大道は、
いったいどんな道だろうか。


『使命の道』
というと重荷に感じてしまう人もいるのかな?
『尊さの道』
のほうが肩の力を抜くことができるのでしょうか?
私が手帳に毎年書いている
『正義の道を守ること』
空手道場修武館の道場訓ですね。
「使命の道」「尊さの道」「正義の道」
まさに大道ですね。

 

2020/03/01 2020年3月1日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

 松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
3月1日
“なぜ”と問う

子どもの心は素直である。
だからわからぬことがあればすぐに問う。“なぜ、なぜ”と。
子どもは一所懸命である。熱心である。
だから与えられた答えを、自分でも懸命に考える。
考えて納得がゆかなければ、どこまでも問い返す。“なぜ、なぜ”と。
子どもの心には私心がない。とらわれがない。
いいものはいいし、悪いものは悪い。だから思わぬ物事の本質をつくことがしばしばある。
子どもはこうして成長する。“なぜ”と間うて、それを教えられて、
その教えを素直に自分で考えて、さらに〃なぜ〃と問い返して、
そして日一日と成長してゆくのである。
おとなもまた同じである。
日に新たであるためには、いつも“なぜ”と問わねばならぬ。
そしてその答えを、自分でも考え、また他にも教えを求める。
素直で私心なく、熱心で一所懸命ならば、“なぜ”と問うタネは随処にある。
それを見失って、きょうはきのうのごとく、あすもきょうのごとく、
十年一日のごとき形式に堕したとき、その人の進歩は止まる。
社会の進歩も止まる。
繁栄は“なぜ”と問うところから生まれてくるのである。
『道をひらく』
自問自答
“なぜ”と問うことをやめたとき、進歩は止まる。
進歩を止めてはならない。決して止めてはならない。


先日『自己観照』というテーマがありました。
それを手助けする「なぜ、なぜ」ですね。
木野先生から聞いたのかな?
「松下幸之助から、
『君、あれどうなった』
『ほう、それで・・・』
『なんでや』・・・・
と会うたび聞かれ自己観照を深めている」
のようなお話でした。

2020/02/29 2020年2月29日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
2月29日
道程

「ローマは一日にしてならず」という言葉があるけれども、
どんなものにも、それが今日ここにあるということの裏には、
それぞれにそれぞれの生い立ちなり、経過なり、事情というものがあるわけで、
その背景というか道程というものを無視したり、無視しないまでも深い考慮を加えずに、
軽率に言動することは、お互いに十分に慎みたいと思うのである。
道端の無心な石一つ、草一本にも、
それがそこにあることにはいろいろの事情があり、流転があったにちがいない。
そして、草に心があり石に口があったならば、われわれにその流転を語り、
今日ここにあることの事情を切々と話しかけるにちがいない。
われわれは事をなすにあたって、
その事の成果を大事にすることはもちろんであるけれども、
同時にその成果を生むまでの過程をも、もっと重視したい。
そうすることによって、自然な謙虚さが生まれ、
軽率な判断も、これを避けることができるようになるであろう。
松下電器が、今日ここにあるまでには、
やはりいろいろの道程をたどってきたのである。苦しみもあったし喜びもあった。
狭く暗いトンネルを、半ば這うようにしてくぐり抜けてきたこともあった。
しかし、そんなときも、お互いが伝統の精神に生きて身を寄せあい、
心をしっかと結びあい、隠忍自重(いんにんじちょう)、
絶えまない努力を続けてきたのである。
これらの生い立ちなり道程については、お互いにある程度は知っておきたい。
ことに、管理監督の立場にある人は、仕事の知識もさることながら、
会社の歴史についても、深い理解をもってほしいと思うのである。
『松風』昭和52年5月号(昭和34年の文章より)
自問自答
軽率にきょうのみを論じていなかったか一。
きょうを大事にするだけでなく、
その裏にある背景、道程、歴史も重視したい。大切にしたい。


人もローマも一日にしてなりませんね。
人は一人ひとり、
顔も違えば、得意不得意もそれぞれ。
成長のための基本マニュアルはもちろん必要ですが、
それぞれの個性に合わせた指導なくして成長はありません。
指導者はある意味我慢との戦いです。
 

2020/02/28 2020年2月28日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

 松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
2月28日
生きがい

人間としてこの世に生を享けた以上、
やはり生きがいの感じられる人生を送りたい、というのがお互いだれしもの願いでしょう。
これといった生きがいももたず、ただなんとなく毎日を過ごすということでは、
決して幸せな人生とはいえないと思います。
それでは、その生きがいをどういうところに求めるかということになりますが、
これは現実にはいろいろな姿があるでしょう。
ある人は趣味とかスポーツが生きがいだというかもしれません。
あるいは、自分の生きがいは家庭であるとか、子どもの成長だという人もあるでしょう。
また、お金をためることだとか、
おいしいものを食べることを最大の生きがいにする、という人もあると思います。
生きがいというものは、そのように人それぞれにいろいろあると思いますし、
またいろいろあっていいと思います。
『人生心得帖』
自問自答
人それぞれの生きがいがあっていい。
その“それぞれ”を認める人でありたい。


『仕事が趣味』という、
小山さんや田舞さんのような人もいます。
とは言え、
小山さんは家族、個人のための時間を“あえて”とっていますね。
田舞さんは・・・仕事中心の人生なのかな?
・・・個人はほぼ仕事に使っているように見える。
「仕事は家族や趣味のために我慢しながらやり続けるもの」
こんな人もいるでしょう。
・・・幸せそうな人生ではありませんが。
土屋会長の言う個人、家庭、会社のバランスの中で、
すばらしい『生きがい』を創っていきたいものです。
小山さんはそのバランスをとりながら仕事を趣味にしているって、
・・・やっぱりすごい。

2020/02/27 2020年2月27日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
2月27日
われ何をなすべきか

自省の強い人は、自分というものをよく知っている。
すなわち、自分で自分をよくみつめていのである。
ぼくはこれを〃自己観照〃と呼んでいるけれども、
自分の心を一ぺん自分の身体から取り出して、外からもう一度自分というものを見直してみる。
これができる人には、自分というものが、素直に私心なく理解できるわけである。
こういう人には、過ちが非常に少ない。
自分にどれほどの力があるか、自分はどれほどのことができるか、
自分の適性は何か、自分の欠点はどうしたところにあるのか、というようなことが、
ごく自然に、何ものにもとらわれることなく見出されてくると思うのである。
そうした上に立って、〃われ何をなすべきか〃を考えるのだから、
その人の行動に過ちの少ないのは、いわば当然のことなのであろう。
人間の心の働きというものは、今も昔も、そうたいして変わっていないようである。
戦国時代の武将たちの興亡の歴史をふり返ってみても、
この自己観照ができている武将と、そうでない人たちとの違いが、
そのまま浮沈につながっていることが多く、まことに興味深いものがある。
また、たとえばヒットラーにしても、彼はドイツ一国の再興をはかり、
その経営を行う上においては、まことにすぐれた一面をもった人物であったと思うのだが、
この彼がドイツ一国から、すすんで欧州全体の経営にまで乗り出そうとしたとき、
彼の心にはすでに自己観照の態度が失われていたのではないかと思う。
そこに彼自身の破滅があったし、ドイツ国民の悲劇もあったといえるのではなかろうか。
『松風』昭和39年2月号
自問自答
"自己観照”を習慣にする!


ここで書かれているレベルにははるかに及びませんが、
時々『自己観照』をしています。
何が正しいのかがわからなくなった時などに行うのです。
とことん論理的に深堀し、
自分で納得する答えが見えてくるまで続けます。
とことん『論理的』で、より正しい『健全』を探します。
 

2020/02/26 2020年2月26日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

 松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
2月26日
自己認識

私は皆さんが皆さん自身の力を過たず認識することが大切だと思います。
皆さんが、自分の総合の力は今どの程度であるか、それはどう培養されているのか、
ということを認識することが非常に大切だと思うのです。
これは、自己認識とでもいうのでしょうか。
そういうことを皆さんが考えつつ仕事をしていけば、
個々に多少の失敗はあっても、大きな失敗は絶対ないと思います。
ところが、この自己認識というのは、相当むずかしいことだと思うのです。
しかし皆さん個人が自己認識する以上にむずかしいのは、会社全体の力の判定ということです。
自分が自分を判定するのもむずかしいが、
自分の会社の総合した力を認識するのはそれ以上にむずかしいのです。
しかしそのむずかしい認識をある程度しなければ、
ほんとうに誤りのない仕事はできないと思うのです。
会社の経営者は、いろいろと計画を立てることも必要です。
けれどもその計画を立てる根底は、そういう自己の力の認識でなくてはならないと思います。
その力に見誤りがあったならば、大きな失敗があるだろうと思うのです。
私の会社でも、過去に幾多の失敗を重ねました。
その失敗の原因を尋ねてみると、やはり全部会社の力の認定を誤っているわけです。
社長はもちろん、重役、部長でも、
その人が担当している仕事を進めるにあたって失敗がある場合は、必ず自己認識を誤っています。
それは小にしては自分自身を見誤っている。
またその部門ならその部門の総合の力の認識を誤っている。
そういう誤りの上に仕事の計画を立て、遂行している。
こういう場合には必ず失敗するという幾多の実例があるのです。
『道は無限にある』
自問自答
失敗の原因を尋ねてみる。元をたどっていくと、
結局は“自己認識“がどれほどできていたかということになってしまう。


日本政府のコロナウイルス対応がそれではないでしょうか?
昨日TV 報道番組で、
コロナウイルスの検査を受けさせてもらえない、
乳幼児や妊婦さんそのほか大勢の人がることを知り唖然としました。
「中国では正しい報道はされないため、
実際はその数倍の感染者がいる」
と以前TVで言っていましたが、
昨日のTV番組で日本の対応は中国と変わらないではないかと・・・。
日本のトップの自己認識はどうなっているのか心配になります。

2020/02/25 2020年2月25日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

 松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
2月25日
大道と畦道

人間にはすべて、それぞれ名前がある。
まず、その名前をはっきり認識することである。
たとえば山本三郎であれば「自分は山本三郎だ」とはっきり自分に感じなければならない。
その上にもう一つ重要なものがある。
「自分は日本人の山本三郎だ」ということである。
さらにその人が会社に入ると、
もう一つ「日本の○○会社の社員何某(なにがし)である」という認識を新たにしなければならない。
そして会社と運命を共にするという気持ちを、自分の心に植えつけ信念化することが望ましい。
そうすれば、その人の存在価値というものは非常に強くなり、
またその人の周囲をも感化することができるわけである。
しかしこういうような人物は、どこの会社でも非常に少ないが、
成功者の多くは、この人たちの中から生まれていると思う。
私は成功というものは、いともたやすいことだと思う。
しかし必ずしも多くの人が成功しないということは、
大道があるのに無理に畦道を歩いていくからである。
目の前に大道があるのに、こちらのほうがよさそうだなどといって畦道を通れば、
溝に落ちたり、落ちないまでも道が悪いから、なかなか進まないということになるのである。
『物の見方考え方』
自問自答
強い気持ちを信念化するほどに自分の心に植えつける。
そんなことをどれほど経験しただろうか。


28歳の時『成功哲学』という大道を知りました。
ナポレオン・ヒルの何かの本に同じようなことが書いてあったと思います。
たとえば山本三郎であれば「自分は山本三郎だ」とはっきり自分に感じなければならない。
その上にもう一つ重要なものがある。
「自分は日本人の山本三郎だ」ということである。
さらにその人が会社に入ると、
もう一つ「日本の○○会社の社員何某(なにがし)である」という認識を新たにしなければならない。
そして会社と運命を共にするという気持ちを、自分の心に植えつけ信念化することが望ましい。
そうすれば、その人の存在価値というものは非常に強くなり、
またその人の周囲をも感化することができるわけである。
しかしこういうような人物は、どこの会社でも非常に少ないが、
成功者の多くは、この人たちの中から生まれていると思う。
2週間くらい前のつぶやきメールで、
『自分を見失った人間が何人集まっても烏合の衆』
というのがありました。
まさに上記の意識の薄い人のことを指していると私は思っているのです。

2020/02/24 2020年2月24日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

 松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
2月24日
話を聞く

皆さんでも会社に入って、三、四年したら、こんなことしていたらダメじゃないか、
という点をたくさん発見すると思います。
それがしばらくすると、もうわからなくなってしまいます。
けれども入ってまもなくだったら、純真ですからよくわかるのです。
だからなにも人を陥れるとか、そういう意味でなく、気のつくことがたくさんあります。
こういうことをやってみたらどうですかというようなことを、
責任者にいくらでも言えると思うのです。
また責任者も、
非常に喜んでそれを聞くようにしようではないかということを、私は話してあります。
「われわれは上長として最善を尽くしているけれども、そう心がけてはいても、
何が正しいかわからなくなる場合もある。
第三者的な人、新入社員にもいろいろ意見を聞くことによって、なるほど、
それは考えないといけないな、ということがたくさんあるのだから、
なるべく皆に話を聞くようにしないといけない」ということを始終話しているのです。
『社員稼業』
自問自答
新人だから、若手だからと、意見をないがしろにしていなかったか。
彼らの“発見”を素直に取り入れる空気を組織内につくり出していたか。


「基本がわかっていない人からも意見をもらう」
聴く側があえてゆとりを持たないとできませんね。
その人の学びのため?
・・・とんでもないアイデアが飛び出るかもしれません。
子供が小さかった頃の言動のなかで、
「なるほど大人は固定概念を持ちすぎる」
と感じることは何度もありました。

2020/02/23 2020年2月23日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
2月23日
消化

プロとしての自覚に立ってもらいたい。
こと技術に関しては、
だいたい間違いないものを自分が握る、というところまでもっていってもらいたい。
広範な技術でありますから、
専門外の分野までそこまで行ってくれとは、これは申しあげません。
それは無理であります。
けれども、
自分が担当している技術、自分が専門にしている技術については、
十年たてば一人前であるかどうか、
技術部長に任命されても完全にやってのけるという腕をもっておるのかどうか、
それを自問自答してもらいたい。
そして、もっていないと思うならば、
もつように勉強するにはどうしたらいいかをお考え願いたい。
自分一人でできるのか。自分一人でできなければどうしたらできるのか。
それは先輩に教えを請うということも一つの方法でしょう。
同僚に相談してお互いに勉強しあうということも方法でしょう。
社内にそういう人がなければ社外にそれを求めるということも必要でしょう。
あるいは部下にそれを求めるということもできましょう。
部下は自分より技術が下だ、
だから部下に求めても成長しないだろうと思ったらたいへんな間違いである。
半分は先輩から教えてもらう、半分は部下から教えてもらう。
その二つの教えを自分が消化をして、みずからそこにものを求めていく、
ものをつくりあげていく、わが腕にする、
わが技術にするということがなくてはいけないと思うのであります。
『松下幸之助発言集第羽巻』(昭和48年の発言より)
自問自答
先輩・同僚・部下からの教えをどれほど消化できていたか。
わが“技術”にできているか。


子供のころを思い出してください。
野球やサッカーを始めたころ、
・・・最初はもの真似。
徹底的に真似をしているうちに自分の技術になっていくのです。
・・・が、自分では消化できないレベルまで行くと、
ちゃんと消化できる人の指導を仰ぐ。
プロ野球選手になっても、
さらにコーチと共にレベルアップを目指しているのですね。
 

2020/02/22 2020年2月22日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
2月22日 真似と参考

山岡荘八という人が、徳川家康の伝記を書きました。
あれが相当、実業界ではやったのです。
経営する者は、家康の伝記を読めというのです。
家康がどういうときにどういう人を使っているか、
どういうようにやっているかということが、ちゃんと研究して書いてあるのです。
これは非常にためになるというので、実業界の幹部たらんとする人はみなそれを読んだわけです。
それを私はある人に勧められたのです。
「君も読んだらどうか」と。
「どういうわけで読むのか」と聞くと、
「それはつまりなかなかためになるぞ」と言う。
「いやそれは、ぼくはあかん」と、私言ったのです。
「なぜあかんのか」
「それは君、家康しかできないことが書いてあるのだろう。
家康でない者が家康のするとおりしたら失敗するではないか。
自分は読む必要がないと思う。
けれどそれは面白いから読めとか、慰安になるから読めとか、
軽い参考になるから読めというのだったら、それは読むけれども、
ためになるからそのとおりやれとなると、これはえらい失敗をする。
松下と家康とは違うのだ。
家康もぼくのしたとおりやったら失敗するだろうし、
ぼくも家康のしたとおりやったら失敗する」。
これは皆さんもそうです。
ここが非常に大事なことです。
あいつはうまくやった、おれもあのとおりやろうと思ったら、なかなかうまくいきません。
たとえば今、Aという歌手が非常に人気があるとします。
けれど、あいつはうまくやる。おれもあのとおりやろうと思っても、やれません。
それはAだけに与えられた一つの性格です。まあ性質というか素質です。
「あいつは歌でやるけれども、おれは歌でない他のことはあいつよりうまいぞ」と言って、
他のことをやれば、これは成功します。
だから、当時の家康が、武将として、また経営者としていかにすぐれていても、
われわれは家康と違うのです。
「それを家康がやったとおりをためになるからといって真似をするために読んだのではいけない。
だからそれを軽い参考に読むのならいい」。
このように私は、まあ屍理屈を言ったのです。
『社員稼業』
自問自答
「松下幸之助」の“真似”をしてはいけない。
“参考” にしなければいけない。


同じ業界の真似は、
・・・二番煎じを超えることはできません。
他の業界の真似は・・・、
自分の業界ではオリジナル。
これを松下幸之助翁は『参考』と言ったのですね。
 

2020/02/21 2020年2月21日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
2月21日
自由自在

考えてみると、人間の心というものは、まことに不思議なものです。
ぼくは、人間の心をよく孫悟空の如意棒(によいぼう)にたとえて考えるのですよ。
ご存じのように、孫悟空の持っている如意棒は、孫悟空の思うように伸びたり縮んだりします。
ときには六尺に伸びて悪人をこらしめたり、小さく縮んで耳の穴に入ってしまったり。
まことに自由自在ですわ。
人間の心も、ちょうど、この如意棒のようなものではないでしょうか。
いわゆる悲嘆のどん底に沈んだ心は、この如意棒が小さく縮まった姿ですね。
そんなときは伸ばしてやらなければならない。
反対に天下でもとろうというぐらいの勇気凛々とした心は、如意棒が大きく伸びたときの姿です。
これも伸びすぎると、少し縮めてやらねばならない。
そのように、ある場合にはぐんと伸ばしてみたり、ある場合には多少縮めてみたり、
人間が自由にあやつれる人間の心というものは、まことに面白いものだと思います。
『人生談義』
自問自答
きようの自分の心を客観的に眺めてみたらどうなっているか。
縮みすぎていないか、伸びすぎていないか・・・。


視野なんかそうですね。
広く全体を見たり、スポットを当てたり、虫眼鏡で見たり、
・・・顕微鏡なっていうのもありますね。
表から見たり、裏から見たり。
とても大切です。
業績も伸びればよいということではありません。
踊り場が必要ということもお知りおきください。
 

2020/02/20 2020年2月20日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
2月20日
悩み

たとえば、腕に一つの小さいできものができると、そのできものが非常に気になる。
けれども、今度は腹の一部に大きなできものができたとなると、
小さいできものはもう忘れて、大きいほうだけが気になる。
そういうものである。
悩みもそれと同じではなかろうか。
常に一つに集結する。
百の悩みをもっていても、結局、悩むのは一つ。
いちばん大きなものに悩みをもつ。
そういうものである。
私の今までの経験の中でも、同時に五つも六つも問題が起こったこともある。
それぞれが、いわば悩みのタネである。
どれも頭が痛い問題である。
しかし、そういう姿をくり返しているうちに、
やがて、一つの悩みも十の悩みも結論は一緒だなということに気づいた。
結局、そのときのいちばん大きな悩みが頭を占めることになる。
それで頭がいつぱいになれば、他のものはみな第二、第三になってしまう。
そうなるから、またなんとかやってこられたわけである。
十も二十も悩みがあって、それを全部同時に悩んでいたのでは、とても身がもたない。
ところが、うまい具合にそうはならない。
いってみれば心の自然な働きとして、人間はいちばん大きな悩みだけしか悩まない。
そうなっている。
もちろん、それであとの悩みが解消してしまうわけではない。
しかしそれほど心を悩ませない。
そこで、人間はなんとかやっていける。
生きていく道が生まれてくるのである。
『人を活かす経営』
自問自答
きのうまで悩みに悩んだ、頭痛のタネが、
新しい悩みの登場によって、少し薄れている。
人間の心は案外うまくできているものだ一


瞬間、瞬間でいうと考えていることは一つだけ。
と開き直ってストレスをためない努力をしましょう。
・・・ですが、
『潜在意識の活用』は人生の成功にとって重要な役割を果たします。
潜在意識に問題や課題をとどめ、
健在的には意識せず潜在的に意識することで、
ストレスをためず解決のヒントを見つけるのです。
是非お試しください。
 

2020/02/19 2020年2月19日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

 松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
2月19日
治療

人が病気にかかるように、会社も、また国も、
ときには病気におかされるというような場合があると思う。
そういったときには、個々人であれば薬を飲んだりして治す。
しかし、会社や国となると世間体を気にして、飲むべき薬も飲まないでおくという場合も出てくる。
つまり、病気にかかっていることを知られたくない、という気持ちが働くのである。
けれども、薬を飲まずにおいたら、
一日で治る病気が五日も十日も治らない、というようなことになってしまうかもわからない。
だから、会社とか国が、どうも好ましくないというような状態に陥ったと気づいた場合には、
やはり体面を気にせず、蹄踏することなく、すぐに治療することが大切だと思う。
なすべきときには何でもなさねばならないと思うのである。
「思うまま」
自問自答
みずからの組織・会社が“病気”におかされている。
この病には、どんな“薬”が必要なのか-。


日本のコロナウイルス対応は、
「対応が遅かった」と言われています。
これだけ交通網が行き届いていれば、
日本中のどこで感染患者が出るかわかりません。
・・・とは言え、
中国武漢では昨年12月には医師が警告していたにもかかわらず、
1月下旬になってやっと発信。
日本での患者拡大の大きな原因だた思われます。

2020/02/19 2020年2月19日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

 松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
2月19日
治療

人が病気にかかるように、会社も、また国も、
ときには病気におかされるというような場合があると思う。
そういったときには、個々人であれば薬を飲んだりして治す。
しかし、会社や国となると世間体を気にして、飲むべき薬も飲まないでおくという場合も出てくる。
つまり、病気にかかっていることを知られたくない、という気持ちが働くのである。
けれども、薬を飲まずにおいたら、
一日で治る病気が五日も十日も治らない、というようなことになってしまうかもわからない。
だから、会社とか国が、どうも好ましくないというような状態に陥ったと気づいた場合には、
やはり体面を気にせず、蹄踏することなく、すぐに治療することが大切だと思う。
なすべきときには何でもなさねばならないと思うのである。
「思うまま」
自問自答
みずからの組織・会社が“病気”におかされている。
この病には、どんな“薬”が必要なのか-。


日本のコロナウイルス対応は、
「対応が遅かった」と言われています。
これだけ交通網が行き届いていれば、
日本中のどこで感染患者が出るかわかりません。
・・・とは言え、
中国武漢では昨年12月には医師が警告していたにもかかわらず、
1月下旬になってやっと発信。
日本での患者拡大の大きな原因だた思われます。

2020/02/18 2020年2月18日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

 松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
2月18日
他人の庭の花

人間お互いに落ち着きを失ってくると、他人の庭の花がなんとなく赤く見えてきて、
コッコッまじめにやっているのは自分だけ、
人はみな濡れ手で粟、楽をしながら何かぼろいことをやっているように思えてならなくなる。
だから自分も何か一つと思いがちだが、そうは世間は許さない。
人情として、ときにこんな迷いをもつのも無理はないけれど、
この世の中に、決してぼろいことはないのである。
楽なことはないのである。
あるように見えるのは、それはこちらの心の迷いで、ほんとうは、どなたさまも、
やはり一歩一歩地道に積み重ねてきた着実な成果を表しておられるのである。
「道をひらく」
自問自答
他人の成果はいかにも楽そうに見える。
その裏側にある“努力”に、いま一度目を向けてみたい。


オリンピックで金メダルが期待される、
バドミントンの桃田選手は、
前回のオリンピックを賭博事件で出場できず、
「謹慎期間中に筋力アップなど基礎づくりしたことが大きかった」
と言っていました。
世界ランキング一位になったのも復帰後です。
天才と言われる選手も人目に触れないところで努力をしているのです。
イチロー選手も同じようなことを言っていました。

2020/02/17 2020年2月17日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
2月17日
誇示と失敗

そのときは、今は国のために命でさえ捧げねばならないときだから、
軍の命令とあらば当然飛行機の仕事もしなければならないという気持ちが半分は占めていたけれども、
あとの半分は、おれがやらなければダメだという、
世間に対して多少てらう気分があったことも、本当である。
それは大きな戦争のためにやった仕事だから、個人的に失敗したとは思わないけれども、
それをやったがために、あとの苦しみがひどかったから、
人生の失敗というのは、ああいうところにあるのだということを深く味わったわけだ。
今日ふり返ってみると、私が断ろうと思えばできないこともなかったわけだ。
私はやりたいと思うけれども、お国のための仕事はこんなにある。
それすらも十分にできないのだ。
その上さらに飛行機をと言われても、それでは両方とも満足にご奉公できなくなるから、
国のためを思うてお断りします。そう言えば立派な答弁だ。それを言わずにそれもひとつやりましょう、
と引き受けたところに、自分の気負ったところがあったのだ。
だれでも人間である以上そういう気はある。
それは、体裁よくいえば理想ともいえるし、夢ともいえるけれども、一つはそこにてらう気がある。
社会に対して自分を誇示したいという気が、人間いくつになってもあるものだ。
それは個人の仕事の範囲であろうが、会社の仕事であろうが、あるいは国の仕事であろうが、
人生の失敗は全部、そういうところから芽生えるように思う。
今度の大戦も、やはり軍が、よし、世界にひとつ覇をとなえてやろうといって、
ちょっと生意気なところがあったのだと思う。
私は気楽な人間だから、細かい失敗といっても、ほとんど記憶に残っていない。
しかし、詳細に見れば毎日毎日失敗しているようにも考えられる。
そういう考え方は別としても、大きく事業的に考えて失敗だったと思い、
なるほどああいうときに注意しなければならない、と自覚したのは、このときであった。
「仕事の夢暮しの夢」
※太平洋戦争(一九四一〜四五年)のこと。
自問自答
今回の仕事の失敗に、
自分を“誇示したい”という気持ちがなかったか・・・。


『拝啓松下幸之助様』
という絶版本をお借りして読んだことがあります。
戦争末期頃、
松下電器は軍の命令で船や飛行機を製造したそうです。
・・・とは言え、物資不足で木造船と木造飛行機?と記されていたと思います。
そのこともあり松下電器は財閥指定されたらしいのですが、
唯一、マッカーサーから財閥指定を外されたのは松下電機だけだったのです。
その時の幸之助翁の体験からの文章ではないかと勝手に想像します。

 

2020/02/16 2020年2月16日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
2月16日
実力と限界の認識

よく聞く話であるが、
あの人は平社員であったときには仕事もよくできて非常に有能だったけれども、
主任になったら部下にも十分に働いてもらっていないし、
自分もあまり仕事ができていないとか、
彼は課長としてはまことに立派な課長だったが、
部長にしたらどうも成績があがらないなどということがある。
これは結局その人にその地位にふさわしい能力がなかったということであろう。
わが国ではいわゆる年功序列制というものがあって、
能力以外の配慮から昇進昇格させるということがまだまだ一面にはあると思う。
そして、課長なり部長なりになった本人も喜び、周囲も祝福するが、
あにはからんや本人にはその力がなく、結局は会社にもマイナスになり、
本人も不幸であるということも起こってくる。
これが、もしその人がほんとうに自分の実力なり限界なりを認識しており、
たとえ会社から「君、部長になってくれ」と言われても、
「いや、私には課長は務まりますが、部長になるには力不足ですので、固く辞退させていただきます」
と言ったとすれば、この人はまず失敗しないだろうし、課長として成功できる人だと思う。
もちろん、これと逆のこともいえるのであろう。
「その心意気やよし」
自問自答
今の自分の限界ラインと昇進昇格のラインを、
重ね合わせてみたらどうなるだろうか。


私も実力の限界はあると考えます。
・・・が、
限界を伸ばす死ぬほどの努力を続けると・・・、
その人の限界・・・+αの限界越えの領域に突入することはできると信じています。
努力すればだれでも『東大に入れる』とは口が裂けても言いません。
・・・が、自分の限界の限界まで成長することは尊いことですね。
 

2020/02/15 2020年2月15日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
2月15日
平常心

時間に追われて慌ててしまい、信号も見ずに車道へとび出し、
ちょうどそこへ来た車にはねられてケガをしたり、
ときには命までも失うというような例も実際には少なくありません。
また、車の運転者のほうでも、急ぐあまりに無理な追い越しをして事故をひき起こし、
多数の死傷者を出してしまった、といった姿を頻繁に起こしています。
たとえ命のやりとりをする戦いの場はなくなったとしても、
このような命のやりとりとでもいうべき好ましからざる姿が続出していることを思うにつけ、
平常心、平静心というものが、今日においても必要不可欠であると痛感されます。
さらにまた、人との交渉の際などにおいても、
また試験を受けたりスポーツ競技に参加した場合などにおいても、
同じように平常心、平静心というものが大事になってくるのではないでしょうか。
お互いが素直な心になれば、おのずとそういう平常心、平静心が得られると思います。
すなわち、お互いが素直な心で物事を見、考えていったならば、
物事を冷静に、平常心を保って見、考えていくということもできるようになると思うのです。
冷静さを失って慌てたり、あせったり、また平常心を失って興奮したりするということは、
とりもなおさず、心が何かにとらわれていることを示していると思われます。
たとえば先ほどの交通事故の場合は、
〃急がなければいけない〃という考えにとらわれていたともいえるでしょう。
だからそういうとらわれがなくなったならば、おのずと冷静さを取り戻し、
また平常心、平静心を保つこともできるのではないでしょうか。
そして、素直な心というものは、まさにそういうとらわれのない、すっきりと落ち着いた心なのです。
『素直な心になるために』
自問自答
心は“すっきり”しているか。
"落ち着いた”心になっているか。


『感情的になった方の負け』
・・・っていうか、
いい言葉に買い言葉ついカチンと・・・。
『早く落ち着いた方の勝ち』
ということですね。
・・・・・・・・・まだまだ若い。・・・修行。
 

2020/02/14 2020年2月14日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

 松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
2月14日
世の常

同じ一つの物事であっても、それに対して、いろいろな見方があり、
さまざまな面から考えることができるわけです。
だから、一見してマイナスと思われるようなことでも、
実際にはそれなりのプラスがあるというのが世の常ではないかと思います。
いってみれば、雨が降れば着物が濡れて困ると見る見方もある半面、
畑の作物を潤してくれると喜んで見る見方もあるわけです。
ところが、そのうちの一面のみを見てそれにとらわれてしまうと、いたずらに心を悩ませたり、
極端な場合は絶望してみずからの命を絶つといったような不幸な姿にも陥りかねないわけです。
それではどうして、そういった一面のみにとらわれるような姿に陥るのかというと、
それはやはり素直な心がないからではないかと思います。
つまり、素直な心がない場合には、性々にして一つのことにとらわれてしまったり、
自分の考えとか感情にとらわれてしまいます。
だから、ついつい物事の一面だけしか目に入らず、他の面まで見る心の余裕もなければ、
また視野というもの自体がひらけなくなる場合が多いと思われます。
『素直な心になるために』
自問自答
雨が降って困る人がいれば、喜ぶ人もいる。
他の側面まで見る習性を身につける必要がありそうだ。


幸之助翁が言われる、
『運のいい人』のことですね。
ポジティブでプラス思考。
・・・ノー天気と大きく違います。
ノー天気の人をポジティブでプラス思考とは言いません。
周りから見ると運の悪い人。
空気が読めることは大切です。

2020/02/13 2020年2月13日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

 松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
2月13日
こわさを感じる

お互いに日に新たな、いきいきした暮らしを送る上で非常に大切だと思うのは、
〃こわさ〃というものを感じながら日々を送るということです。
といいますと、「こわさを感じるということは臆病だからで、こわがっていては何もできないではないか」
というように考えられる方があるかもしれません。
しかしここでいわんとするこわさとは、そういった臆病であるがゆえに感ずるこわさではなく、
もっと積極的な意味での、謙虚な態度というものに通ずるこわさなのです。
たとえば、身近な例をあげますと、子どもは親や教師にこわさを感ずるでしょう。
店員は主人がこわいし、社員は社長がこわい。
また会社で最高の地位にいる社長にしても世間がこわいというように、
人はそれぞれにこわいものをもっているわけです。
また、他人がこわいというだけでなく、自分自身がこわいという場合もあります。
ともすれば自分はつい怠けがちになるが、この怠け心がこわい。
あるいは他人に対して傲慢になりがちな自分の性格がこわいということもあると思います。
何か事をなすにあたって、自分の勇気のなさ、信念のなさがこわいということもあるでしょう。
また神がこわいとか、自分の運命がこわいということもあるかもしれません。
そういうただ単に犬にかまれるのがこわいといったこわさとは違った、
もっと精神的な意味でのこわさというものを常に感ずることが必要ではないかと思うのです。
なぜなら、お互い人間にとっては、何ものかにこわさを感じて、それを恐れつつ、
身を慎んでゆくことが大切なのであって、
もし、そういうこわさというものが何もないならば、自分の思うようにふるまうことはできても、
結局は、自分をダメにしてしまうことが少なくないからです。
こわいもの知らず、ということほど危険なことはないといえるように思うからです。
『人間としての成功』
自問自答
“こわさ”を失って、自分をダメにしてしまうことがある。
自分にとって、こわいものとは何か。


『倒産』と『交通事故』
この二つが私の二大恐怖です。
一つ目は経営者としてもつ当たり前の恐怖。
創業経営者と二世〜経営者とでは恐怖の中身は異るようですが、
この恐怖を感じていない経営者が倒産してしまっている。
そのような例は少なくないようです。
もう一つの『交通事故』。
これは28年前、
高速道路での単独事故で車は一瞬で廃車。
事故処理の警察官が車を見て、
「何人死んだ」といったほどでした。
私は自分の運転で家族を殺しかけたのです。
トラウマにならないはずはありません。

2020/02/12 2020年2月12日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
2月12日
体当たり

修業時代の若い人たちは、職場の選び方にも、
むしろ困難な部署を選ぶぐらいの心意気が必要である。
会社でも、人のいやがる仕事でも、つらい部署で修業するのもまた面白い、
ひとつがんばろうと喜び勇んでぶつかってゆく意気がほしいと思う。
人間は物事を悪くとり、悲しんでいたんでは際限がなく、
ついには自殺する人も出てくるものである。
これは心の持ち方次第である。
成功した人たちの伝記を読んでみると、
普通の人なら、その困難に打ち負かされて自殺するようなところを、
むしろ反対に喜び勇んでその困難に体当たりしている。
『物の見方考え方」
自問自答
困難を選鋲困難を喜ぶ勇気を
どこかに置き去りにしていなかったか。


過去に何度も書きましたが、
私は、
能力以上の役職、仕事をまっとうするため、
これまでにない学習と実践を続けました。
困難が立ちはだかるたび、
「こんなに頑張っている自分って素敵だ」
と自分を励ましながら今日までやってきました。
胃を壊し、肝臓を壊し、心療内科に通い・・・、
いろいろありましたが・・・・これからも続きますが、
このプレッシャーを心地よくも感じています。

 

2020/02/11 2020年2月11日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

 松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
2月11日
土俵

実力に相当した仕事をわれわれは社会に対して約束しているんだ。
皆さんは会社に約束しているんだ。
それを考えると、
自分の実力というものがこれだけ伸びたということを、皆さんが言えるかどうか。
自問自答してみて、私は五パーセント伸びました、私は15%伸びました、
あるいは私は150%伸びましたということが、自分に対して言えるかどうか。
この際ひとつ皆さんにお聞きしてみたい。
考えてみますと、実は会社自身にも土俵があって、相撲を取っているんです。
けれども、行司がいないために勝負はすぐにはわからない。
しかし大きな意味での行司はやはりあるんです。
それはどういうことかというと、会社は業界において、
日々相撲を取っていて、二年、三年のあいだには、自然と業界の人が、
あるいは一般の需要者が、さらには広く社会の人たちが軍配をどっちかに上げて判定してくれる。
そういうようにして勝負は決まるんです。
けれどもこれは瞬間に勝負が決まる相撲のようには簡単にいかない。
非常に長い時間がかかる。
しかし二年なり三年たってからこっちが負けた、こっちが勝ったということがわかったのではもう遅い。
ですからきょうの勝負の結果はきょう知りたいと私は思うのです。
そのためには、皆さんが毎日、自分の力がどれだけ伸びたかということを反省してみる。
皆さんの力が伸びず会社の力が伸びるということは、あるはずがないと私は思います。
『松下幸之助発言集第あ巻』(昭和33年の発言より)
自問自答
会議をしているときも、パソコンに向かっているときも、
いま眠りにつこうとしているときも、会社のブランドや商品は、
日々“土俵”に上がっているのだ一。


日々『土俵』。
日々勝ち負けにこだわる。
日々真剣勝負。
・・・私は会社が倒産しない他の一番重要な、
すべての『預金残高・入金、出金額』を、
経理から毎日夕方「エクセル資料」をメールで送ってもらい確認しています。

2020/02/10 2020年2月10日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

 松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
2月10日
自分の誇り

人間と犬とは違う。これは見ただけでわかる。
だからお互いに犬の真似はしない。
人間としての誇りを知らず識らずもっているからである。
だが、見ただけでわからないのが人間同士である。
なるほど顔も違えば気性も違う。
これはだれでも知っている。
だから人を見違えるようなことをだれもしない。
それなのに、どうしてみんなあんなに、他人と同じようなことをやりたがるのだろう。
自分は自分である。
百億の人間がおっても、自分は自分である。
そこに自分の誇りがあり、自信がある。
そしてこんな人こそが、社会の繁栄のためにほんとうに必要なのである。
自分を失った人間が百億おっても、それこそ烏合の衆にすぎない。
自己を認識しないで、ただいたずらに他人の真似をしたがるのは、
あたかも人間が犬の真似をするのと同じである。
そこには何の誇りもない。
お互いに、自分が他人と違う点を、もっとよく考えてみよう。
そして、人真似をしないで、自分の道を自分の力で歩んでいこう。
そこにお互いの幸福と繁栄の道がある。
『続・道をひらく』
自問自答
"犬”や“猫”と変わらない“人”になっていなかったか・・・。
真似することに慣れきっていなかったか・・・。


「多数決経営は失敗する」と言われるゆえんは、
自分を失った人が多いということでしょう。
・・・もちろん多数決政治もしかり。
自分自身とは身勝手な自分ではなく、
『組織の中、社会の中、日本の中、地球の中での自分。
世界の多くの人に支えられている自分。
それらに感謝の気持ちを持ち続けている自分』
その自分を見失っていないかということなのですね。

2020/02/09 2020年2月9日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
2月9日
尋ねてみる

いつも正しい自己判断、自己評価ができるとは限らないことはいうまでもない。
自分で考えても、なかなか判断がつかないこと、
自分には適性があるのかどうか、自分の会社には、その適性があるのかどうか、
という正しい評価を下せないことも、たびたびあると思う。
そのようなときに、私はどう対処してきたかというと、私はそれを周囲の人々に尋ねたのである。
いわゆる先輩といわれる人に、
「今、自分は非常に迷っています。この仕事がやりたいのですが、
はたして自分に、また会社に、その実力があるかどうか。自分や会社に適した仕事であるかどうか。
私にはわからないのです。あなたとしてはどうお考えになりますか」
というように尋ねてみる。その人は利害関係のない第三者であるから、
「それは松下君、やめておいたほうがよい。君は今、幸いうまくやっているが、そこまで手を伸ば
したら危ない。やめておいたほうが賢い」
というように教えてもらえる。
それで納得がいくときは、そこでやめておく。
けれども、そう言われても、なおやりたいと思うときがある。
そんなときには、第二の人に、もう一度尋ねてみるのである。
そして、その人から同じことを言われると、
相談をもちかけた二人までがいけないと言われた、自分にもはっきりした自信がなかったのだから、
自分も危ないと思っている、それならばやめておこう、というように考えるのである。
『なぜ』
自問自答
尋ねることで“わずらわしさ”が生まれるかもしれない。
けれども尋ねてこそ、“納得”が生まれ、
正しい自己評価ができるのだ。


尋ねることのできる師匠を持つことは大切です。
そして本に尋ねてみることや、
研修、講演などでヒントを得ることも重要だと私は考えています。

 

2020/02/09 2020年2月8日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
2月8日
自分の仕事の人気

いわゆる芸能人が、自分の人気を気にすることはまったく痛々しいほどで、
その日の舞台が観客にどんな受け取られ方をしたかを毎日真剣に反省し、
よければよいでさらにこれを伸ばし、悪ければ悪いでなんとかこれを改善しようと、
寸時の休みもなしに工夫を凝らす。
人気が自分の生命を左右することを、
これほど深刻に、身にしみて感じている人々は、他にちょっと類がないであろう。
もっともこれが度を過ぎると、そこから何かと弊害も生まれてくるが、
しかしこうした心がまえがあるからこそ、
激しい実力の世界を切り抜けて、芸の進歩が生み出されてくる。
これはお互いに、十分見習わねばならぬことである。
現在の自分の仕事が、人々にどんな影響を与え、また社会にどのように受け入れられているか、
また会社にどのように受け入れられているのか、
これを知らずしては、だれもつぎの仕事に進めない。
それがどんな些細な仕事であっても、こうした日々の反省が、つぎの工夫を生み出し、進歩を促す。
もちろん不必要にこれにとらわれ、つまらぬ頭の痛め方をすることはないけれど、
いわゆる自分の仕事の人気ということについては、お互いに無関心であってよいはずがないのである。
『続・道をひらく』
自問自答
自分の仕事の“人気”を、気にしたことがあっただろうか。


新規の営業の際に、
お客様からの紹介はとてもありがたいものです。
近所のお客様からも評価をいただいていることで、
他社のお客様から連絡をいただくこともあります。
今、お付き合いのあるお客様の満足をさらに高める努力と、
お車のお客様へもと伝えする努力を進めていきます。
 

2020/02/07 2020年2月7日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
2月7日
主座(しゅざ)

今かりにお互いが社長であるとしても、
社長としての責任を自覚しなければ、その地位は保てないということですね。
都合のいいときだけ自分は社長であるというのであってはならない。
都合がよくても悪くても、終始一貫、社長としての意識に立っていなければいけない。
部長であれば部長、課長であれば課長の意識に立っていないといけないと思います。
そういう意味からすれば、お互いが一人の人間として生きるときには、
それぞれの立場において個人としての主座というものがあるはずです。
その主座というものをお互いにはっきりと握っていなければいけない。
同時に個人としての責任というものを正しく自覚しなければいけない。
こういうことになると思うのです。
そういうものをもたない個人というものは、非常に頼りない存在である。
“烏合(うごう)の衆″という言葉がありますが、そういう人々は、主座をもたない、
自己意識というものをもたない人々であるという感じがするのです。
ですから、個人としても、それぞれの立場において、主座を保つことが必要である。
すなわち、それなりの責任自覚をもたなければならない。
そうしてはじめて、個人の存在というものがはっきりしてくると思うのです。
「危機日本への私の訴え」
自問自答
求められる役割を果たすとき、“烏合の衆”にならないでいられたか。
自分の“主座”を保つことができていたか。


『自分は何をなすべき人なのか』
人生の主座は森信三先生の言われる持って生まれた封筒。
その封筒を開くためにも、
『今自分がやるべきこと』を明確にする。
そして、
昨日も書いた『目の前の今ここ』集中。
ここがポイントですね。
 

2020/02/06 2020年2月6日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

 松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
2月6日
適性にかなう仕事

今日の社会では、人々は密接につながりあっている。
だれでも、自分一人ということは考えられないのである。
このような社会にあって、自分の適性にかなった仕事に成功するということは、
これは単に自分一人の幸せだけではなく、
それは同時に、社会全体に対する貢献でもあると思うのでである。
一方、適性をもたないのに、
個人的な感情や、欲望にとらわれて、仕事をする場合は、失敗することが多いと思う。
しかも、その失敗は単に自分だけの失敗ではないのであって、
一個人の失敗は周囲の人々はもとより、
社会全体に迷惑を及ぼし、損害を与えることになるといえよう。
私は、このことを、すべての人々がはっきりと自覚しなければならないと思う。
この自覚をしっかりともって、責任ある行動をとるところに、その社会の発展があると考えるのある。
『なぜ』
自問自答
適性にかなった仕事をしているだろうか・・・。


ここでいう適正とは、
背伸びをしたレベルの仕事を選択しようとしてはいないか?
ということですね。
『私がNASAで宇宙船の技師として働く』って・・・背伸びしすぎ。
まずは与えられた目の前の仕事に本気で取り組む。
すると自分の本当の適性にかなうものも見えてきますね。
「目の前の今ここ」に集中です。

2020/02/05 2020年2月5日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
2月5日
評定

いかなる聖人君子といえども、完全無欠な人間になるなどということは不可能だと思う。
なぜなら神は、人間を人間としてつくったのであって、
神のごとき完壁なものとしてつくっているとは思えないからである。
だから、お互い人間として、一つのことに成功することもあろうし、
ときには過ちもあるだろう。
それは人間としてやむをえないというか、いわば当たり前の姿だと思う。
しかし、過ちと正しいことを通算して、
正しいことのほうがプラスになるような働きなり生涌をもたなければ、
これは人間として決して望ましい姿とはいえないと思うのである。
たとえば、ある人はあることには非常にすぐれたものをもっている。
しかもそれには生命を打ちこんで成果をあげている。
それを今かりに点数で表し、
一方またその人が他の面で失敗したことも点数に表してみると、はたしてどうなるか。
ぼくは、前者のほうが後者よりも点数が高いというか、
プラスになっているということが少なくとも必要だと思う。
それをみずから評定して、自分はだいたい何点くらいあるかということを、
素直に考えてみることが大事である。
「松風」昭和42年11月号
自問自答
今までの自分の働き方・生き方の“正しさ”はプラスになっているか、
もしやマイナスではないか・・・。


『過ちと正しいことを通算して、
正しいことのほうがプラスになるような働き方。
これは人間として望ましい姿と思うのである』
ストローク貯蓄の法則と同じですね。
『過ち』は生きてるだけで増えていきます、
正しいことだけしっかり意識して生きていきます。
 

2020/02/04 2020年2月4日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
2月4日
自己検討

たとえば、二つの会社がどちらも社会に対する責任ということを考えて仕事をしている。
けれども、その徹し方に紙一枚の差がある。
そうすると、同じようにやっていても、一方は「これで十分だ」と考えるが、
もう一方は「まだ足りないかもしれないぞ」と考える。
もう十分だと考えると、お得意先から苦情があっても、
「ああは言うけれど、うちも十分やっているのだから」
というようなことになって、つい反論したりする。
けれども、まだ足りないと思えば、
そうした苦情に対しても敏感にそれを受け入れ、対処していくということになる。
そういうことが、商品の上に、技術の上に、販売の上に、
さらに経営全般に行われ、それが立派な業績をあげることに結びついてくるわけである。
そのようにして、最初は紙一枚の差にすぎなかったのが、
年月を重ねるにつれて大きな差を生むようになってくる。
だから、経営に携わる者は、その点をよほど心しなくてはならないと思う。
うまくいっていないところは、
どこにその差があるのかをよく反省しなくてはならないのはいうまでもないが、
うまくいっているところでも、それで心許してはならない。
外の人は業績を見て、「君のところはなかなかうまくやっているなあ」というように言ってくれる。
それで自分も、「多少うまくやっているのだな」という気になると、そこについ油断が生まれる。
そうなれば、もう今まであった紙一枚の差は失われてしまう。そのときはわからなくても、
ジリジリと衰退の道を歩むことにもなりかねない。
決して“これでいい〃ということはないのである。
どんな立派な経営をしていても、やはりどこかに足りない点があるのが当然である。
そのことを常に頭において、自己検討というものを絶えずしていくことが大切だと思う。
『経済談義』
自問自答
「これで十分」と考えるか、「まだ足りない」と考えるか一一。
その“紙一枚の差”が未来の盛衰を決定づける。
今の自分の仕事に、足りないものは!?


『完成』
私はすべてのものに完成はあると思っていましたが、
それは瞬間的なものであって、
常に変化し続ける現実の世界にはないのだと知りました。
一瞬の完成を目指し努力し続け、
完成した瞬間から次のステップを目指す。
この繰り返しが人生だと知ったのです。
それでも20年くらい前のことだったでしょうか?
 

2020/02/03 2020年2月3日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
2月3日
人間として成り立たない

あなたがどういう適性に立ち、どの社会で仕事をしていこうとも、
一歩一歩、誠実な歩みを続けられるならば、しだいに地位も向上し、事業の発展も見られるでしょう。
しかし、その基本となるものは責任の自覚ということです。
これなくしては、あなたは人間として成り立たないといっても過言ではないでしょう。
『若さに贈る』
自問自答
責任の所在は承知している。
しかし真に責任を自覚していただろうか。
求められる役割を果たしていただろうか。


『責任』と『自覚』
人間として成り立つためにこの二つが必要なのですね。
私は経営を意識し始めたころから、
『信念』と『継続』
が大切と意識し始めました。
当時毛筆書き常に見ていました。
今も大切にシステム手帳に綴っています。
 

2020/02/02 2020年2月2日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
2月2日
自分の働き

あるとき、若い社員の人たちに、大要つぎのような話をしたことがあります。
「ぼくは、皆さんご承知のように、この会社の最高責任者として、
いちばんたくさんの月給をもらっている。
それがいくらかということはここでは言わないが、かりに百万円なら百万円とする。
その場合、ぼくが百万円の仕事をしていたのでは、会社に何らプラスしない。
ぼくの考えでは少なくとも一千万円の仕事をしなくては、
この会社は立っていかないだろうと思う。
あるいは一億円、二億円の仕事をしなくてはならないだろう。
そういう働きができているかどうかということを自問自答しつつ、
ぼくは自分なりに一所懸命努力しているわけだ。
皆さんについても、それはいえることで、
皆さんの月給がかりに十万円であれば、十万円の仕事しかしなかったら、会社には何も残らない。
そうなれば会社は株主に配当もできないし、国に税金も納められない。
だから、自分の今月の働きが、はたしてどのぐらいであったかということを、
常に自分に間うていく必要がある。
もちろんどの程度の働きが妥当であり、望ましいかということはいちがいにはいえないが、
まあ常識的には、十万円の人であれば少なくとも三十万円の働きをしなくてはならないだろうし、
願わくぱ百万円やってほしい。
そういうふうに自分の働きを評価し、自問自答して自分の働きを高め、
さらに新しい境地をひらいていってもらいたい。
そういう姿が全部の社員に及んでいけば、そこに非常に力強いものが生まれてくると思うのだ」
『社員心得帖』
自問自答
今の自分の働きは「いくら」か。
半年後、1年後には、どれほどの「働き」ができるのか。


『常に給与以上の働きをする』
表現は違っているかもしれませんが、
ナポレオンヒルのプログラムのなかにありました。
「これだけやってこの評価か」
そもそも私の性格ではそうひねくれて考えていました。
・・・が、
『給与以上の働きを続けることが成功への道』
であることを脳裏に焼き付けることでよい意味で、
我慢ができるようになりました。
・・・当時、30歳くらいだったでしょうか。
 

2020/02/01 2020年2月1日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
2月1日
やりたいこと

ここに一つの問題がある。すなわち、“どうして自分の適性をみつけるか”ということである。
これはなかなかむずかしい問題であって、
自分に対する正しい評価を下すということは至難の業であるともいえよう。
私は今日まで、一つの仕事を始める場合に、この仕事が自分に適しているか、
自分の会社に適しているか、また、それをするだけの実力があるかどうかということを、
常に、自問自答して判断するように努めてきたつもりである。
ときには自分の気持ちとして、この仕事はぜひやりたい、と考えたことは幾度もあった。
けれども、やりたいということと、やっていいかどうかということとは、やはり別の問題ではないかと思う。
したがって、自分でやってみたいと思うときは、まずその仕事が自分に適しているかどうか、
自分にはその実力があるかどうかを、静かに自問自答する。
その結果、やりたいけれども自分にはまだその実力がない、と思えばやめる、
また、自分はこの仕事に対する適性をもっている、と判断したときにはやる、という、
いわば融通無碍(ゆうずうむげ)の態度が大切だと思うのである。
「なぜ」
自問自答
新しい企画を立案した。
しかしそれは「今できること」なのか。
いや、「まだできないこと」なのではないか。


私の場合もそうですね。
新しいサービスを見つけたりひらめいたら、
すぐに実行しているわけではありません。
ノートに書きとめ、自問自答を繰り返し、
きちんとしたストーリーが描けたら実行に移しています。
このストーリーが大切だと思っています。
 

2020/01/31 2020年1月31日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

 松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
1月31日
一人がめざめる

私は一人がまずめざめることが必要であると思います。
一人がめざめることによって、全体が感化され、その団体は立派なものに変わっていき、
その成果も非常に偉大なものになると思います。
国の乱れんとするときに、一人の傑物が出て国を救うということがよく昔の物語にありますが、
それと同じような意味をなすものだと思います。
私はそのことを皆さんに十分お考えいただき、なすべきことに情熱を傾けて、
そこに生きがいをもっていただきたいと思います。
そして、
一人がめざめれば皆が幸せになるという境地を考えつつ活動してくださることをお願いしたいと思います。
『松風』昭和53年10月号(昭和40年の発言より)
自問自答
現状を打破したい。みずからの組織に変革を起こしたい。
だからこそまずは、自分がめざめなければ—。


変化、革新、改革、新しいことはすべてスタートは一人から。
最初は『一人ぼっち』からスタートなのです。
フォードモータースの創業者ヘンリーフォード氏は、
創業前に車をばらしては組み立てることを何度も繰り返したそうです。
周りの人たちからは「気が狂った」と言われたそうですが、
その後創業し、
自動車生産ラインを初めて作ったことではあまりにも有名ですね。

2020/01/30 2020年1月30日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

 松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
1月30日
きのうときょうは同じではない

青い空に、ゆったりと白い雲が流れていく。
常日ごろ、あわただしさのままに、意識もしなかった雲の流れである。
めずらしくもあり、なんとなくなつかしくもある。
仕事一筋とよく言われる私だが、それでも雲の流れにふとした感懐はおぼえる。
あるいは人一倍この感情は強いかもしれない。ただ雲を見るまがない、意識するまがない。
そんなあわただしい日々を過ごしているだけである。これは私だけではないであろう。
みんなそれぞれにあわただしく、みんなそれぞれに忙しい。
だから雲の流れなど見るひまもなかろうし、雲に感懐を寄せるいとまもなかろうと思うのである。
しかし、ときには静かに流れゆく雲の姿を仰ぎ見たまえ。
早く遅く、大きく小さく、白く淡く、高く低く、ひとときも同じ姿を保ってはいない。
崩れるがごとく崩れざるがごとく、一瞬一瞬その形を変えて、青い空の中ほどを、さまざまに流れゆく。
これはまさに、人の心、人のさだめに似ている。人の心は日に日に変わっていく。
そして、人の境遇もまた、きのうときょうは同じではないのである。
きょう、安泰であったとしても、それがそのままあすの安泰にはつながらない。
あすは思わぬ災難に、思わぬ悲運を嘆かなければならぬかもしれない。
朝、悲運の心で家を出た人が、夜に思わぬ喜びを抱いて帰らぬとはだれが断言できるであろう。
刻々に移りゆく人の世のさだめに人は喜びもし、嘆きもするのである。
喜びもよし、悲しみもまたよし、人の世は雲の流れのごとし。
そう思い定めれば、あるいは人の心の乱れも幾分かはおさまるかもしれない。
そして、喜べども有頂天にならず、悲しめどもいたずらに絶望せず、
こんな心境のもとに、人それぞれに、それぞれの務めを、謙虚に真剣に果たすならば、
そこにまた、人生の妙味も味わえるのではなかろうか。
『松風」昭和35年6月号
自問自答
あすは、流れゆく雲を仰ぎ見てみよう。
今の自分の心、自分の運命に似た雲はあるだろうか。


「喜びもよし、悲しみもまたよし、人の世は雲の流れのごとし」
『一喜一憂せず』
ということなのでしょう。
「人それぞれに、それぞれの務めを、謙虚に真剣に果たすならば、
そこにまた、人生の妙味も味わえる」
森信三先生の言われる生まれ持った封筒の開封の仕方ですね。
まだまだ妙味を味わいと思います。

2020/01/29 2020年1月29日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
1月29日
死ぬ瞬間までは、永遠に生きる

いつか、禅宗のある坊さんに尋ねたことがあります。
「和尚さんね、禅宗は将来どうなりまんねん」
「そら自然消滅ですな」
それで、ぼくが言ったのです。
「和尚さん、あんた禅宗の坊さんでね、
禅宗は自然消滅ちゅうようなことを言ったら、力入りまへんやないか」
「しかし、松下さん、これが本当です。すべてのものに寿命があります。
だから、禅宗といえども、時が来れば消滅するんです」
「そんなら和尚さん、あんた、せっかく一所懸命布教したり説教したりしても、
何のせいもおまへんな」
「いや、そんなことありません。
それはね、いつ寿命が尽きるかわからんけども、
寿命が尽きる瞬間まで私は禅宗で生きるんです。それが私の務めですからね。
しかし、あなたのように『禅宗は将来どうなる?』と言われたら、
『将来は必ず消滅します』こう答えざるをえませんわ」
「そうすると和尚さん、松下電器もやがてつぶれまんな」
「そのとおりです」
ぼくにも、大いに得るところがありました。その坊さんを偉いと思うのですよ。
結局、
「原則はそうや。けれども、その瞬間まで伝道に努める」
そういう答えが返ってきたわけですよ。
お互い、人間としていずれは必ず死ぬ。
だけど、死ぬ瞬間までは、永遠に生きるようなつもりでベストを尽くす.
ということは意義がありますね。
『道は明日に』
自問自答
すべてのものには寿命があり、消滅する。
それでも、その瞬間ままででベストを尽くすのだ。


いつも車で例えていますが、
モデル末期がそのモデルの完成品。
人間も死の直前が「完成品」ということになります。
完成品であるはずの死ぬ瞬間まで、
しっかりとバージョンアップを繰り返したいですね。
 

2020/01/29 2020年1月28日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
1月28日
諦観と覚悟

いつの時代に生まれあわせても、その時代その時代によって、
それぞれに機会を得て自分なりに活動し、自分を生かしてゆくということはできると思う。
しかし、ある特定の仕事をなすということは、これはその時代に生まれあわせなければできないわけである。
だから、人間は一面では自分の意志によって道を求めることもできるけれど、
反面、自分の意志以外の大きな力の作用によって動かされているということを考えることも大切なのではないだろうか。もし、そのようなことが考えられるならば、私はそこから非常に力強いものが生まれてくると思う。
人間、自分の意志だけで動いているのだと思うと、何か事があった場合にどうしても動揺しやすい。
けれども、もっと大きな力によって自分は動かされているのだと考えれば、
それに素直に従ってゆこうということで、ある種のあきらめというと語弊はあるが、
そこに一つの安心感が生まれてくるのではないだろうか。
自分の小さな裁量によっていちいち是非を決し、事をはかってゆくということも、
それはそれで大事だと思う。けれども人間というものは一面において、
時により日によって心が移り、ものの見方、考え方が変わってくる。
だから、自分の意志だけで一生を動かしてゆくということだけでは、
どこか安定感を欠くものがあるという気がするのである。
それだけではやはりときに迷い、不安動揺することにもなるだろう。
だから、自分の意志で歩んでゆくことはそれはそれで必要だけれども、
同時にそれと同じように、あるいはそれ以上に、一つの諦観(ていかん)というか、
いい意味でのあきらめをもって与えられた環境に没入してゆくことが大切だと思う。
そのような覚悟が一面必要だということである。
「その心意気やよし」
自問自答
いい意味であきらめているか。ある種の、あきらめは必要である。
自分の意志“だけ”で何でもできると思うのは
そろそろやめにしないか。


「自分の意志以外の大きな力の作用によって動かされている」
「自分の意志“だけ”で何でもできると思うのはそろそろやめにしないか」
「私はそこから非常に力強いものが生まれてくると思う」
・・・上記文章からの引用です。
幸せな人生を送るためにこの開き直りはとても大切なのですが、
人生経験を積み重ねるほどにそのことがわかってきますので、
多くを積み重ねていない年代は『勢い』で意思決定をしてしまうのですね。

 

2020/01/27 2020年1月27日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
1月27日
僥倖な人

ぽくはもうあと八十年生きて天寿を全うし、もっと儲けようと思って今一所懸命やってますねん。
若い人はぼく以上にそういう意欲を強くもって、
希望をふくらまして、成功を信じて仕事に取り組んでいくことですな。
小利口に儲けることを考えたらあきません。
世の中にぼろいことはないから、結局流した汗水の量に比例して成功するわけですわ。
汗もかかずして、成功するということもたまにはありますけど、
それはきわめて僥倖(ぎようこう)な人で、普通はない。
だからいちばん熱心にやる。
そうすると部下が熱心にやっている社長の姿を見て、
なんとかわれわれもやってあげないといかんというて、期せずして皆がよく働くようになる。
若い経営者はそれで成功すると思います。
だから成功を信じて、自分が先頭に立って率先垂範してやる。
考え方ややり方はいろいろありましょうけれど、
原則としては、働かざる者は成功しないでしょう。
知恵を働かすか、体を働かすか、何か働かさないといかん。
その働く量に応じて成功するということやと思います。きわめて簡単やと思いますな。
「社長になる人に知っておいてほしいこと」
自問自答
ついつい僥倖を待ち願っていなかっただろうか・・・。
小利口な仕事になっていなかっただろうか・・・。


『世の中にぼろいことはないから、
結局流した汗水の量に比例して成功する』
ですよね。
『棚ぼた』は・・・正直あります。
が、
「棚ぼたが一生続いた人生」というのは聞いたことがありません。
汗水たらして幸せになるしかありませんね。
 

2020/01/26 2020年1月26日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所
2020/01/25 2020年1月25日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
1月25日
天寿

われわれの仕事というものも、それがいつのことかわからないにしても、
やはりそこに一つの寿命というものがあるのである。
しかし、だからといって、努力してもつまらない、と、放棄してしまうようでは、
天寿を全うせしめることはできない。
これは、いわば人間はやがては死ぬのだからと、不摂生、不養生の限りを尽くすのと同じであろう。
それよりもむしろ、寿命に達するその瞬間までは、そこに自分を生かすというか、
全精神を打ちこんでゆくことこそ、大切ではないかと思うのである。
いっさいのものには寿命がある。
ということを知った上で、お互いがそこにすべてを打ちこんでゆくという姿から、
ぼくは大きな安心感というか、おおらかな人生がひらけるのではないか、
と思ったりしているのである。
『松風』昭和39年1月号
自問自答
人間と同じく、仕事にも寿命がある。
“仕事の天寿”を全うさせたい。


『寿命に達するその瞬間までは、そこに自分を生かす』
まずはその意識、気力、迫力。
そのためには、先日も書きましたが心身の『健康』。
特に『心』。
心の病だけでなく体調から気力や迫力を失う場合もあります。
私の場合2年ぶりの気力充実を感じています。
ホルモンバランスを崩すと気力低下から『心』にも影響が出ます。
「うつ」と症状が似ている場合も多く受診する病院を誤ることも多いそうですよ。
 

2020/01/24 2020年1月24日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
1月24日
千載一過の好機

今日の状態は、いってみれば生きた芝居です。
歌舞伎だとか、そういう芝居を見て、
「ああ面白い。役者はうまく演ずるな」といって楽しむことがあります。
しかし今のこの世界、この世の中は、ほんとうに生きた芝居です。
そしてわれわれはほんとうの俳優である。
主人公そのものである。
そういう立役者にお互いがなっているのです。
そういう芝居が始まっているというようにも考えられるわけです。
そのように今の自分というものを考えてみますと、自分は千載一遇の好機に生まれた。
かつてない人生に出会った。
そういう時世に出会ったということは、過去何千億の人々のうち、
だれよりも恵まれた時代に生を得たのだ。
この喜びを素直に喜んで、名優としての芝居をうたないといけない。
そういうような感じをお互いがもつことが大切ではないかと思うのです。
しかも自分が芝居をすると同時に人が見ている。また自分自身も見ている。
全部それは無料である。見料は要らない。
こういうようなことを考えてみますと、血わき肉おどる、
と申してもいいような面白い時代に生まれたとも考えられるのです。
『危機日本への私の訴え』
自問自答
自分は“俳優”として合格点に達しているだろうか。
きよう一日の‘‘芝居”は何点だったろうか。
今月は総じて何点だったろうか・・・・・・。


人間は精子と卵子が私たちが今、
『自分』として存在している確率はどれくらいなのでしょう。

確立思考の転換と言うホームページによると
父親が生涯かけて作る精子の数はおよそ3兆5000億個です。
1日に換算しますと、1億5000万個の精子を作ります。
子供を作れるチャンスを18歳から50歳と考えたとして、
生涯作れる精子の期間の半分が子供を作れる期間と考えます。
そうなりますと、半分になり、1億7500万個が子供を作れる期間の精子の数になります。
そして、母親が生涯かけて作る卵子の数は400個前後と言われています。
母親が子供を作れる期間もありますから、
生涯のすべての卵子が子供を作れるチャンスを16歳から40歳と考えても24年間しかありません。
女性も約半分と考えても200個の卵子が子供を作れる期間の数と言うことになります。
この時点の生涯における父親と母親の確率は、
・父親が1/1億7500万
・母親が1/200
では、あなたが生まれてきた奇跡の確率を求めますと、
1/1億7500万×1/200=1/1400兆
になります。
1400兆分の1です。

「1400兆分の1」
今自分が存在していることはある意味奇跡ですね。
自分の精子や卵子の兄弟から自分以外の人間が生まれていたかもしれないのです。
人間は奇跡の存在です。
『千載一過の好機』をつかんだ人たちばかりなのです。
この奇跡の『命』無駄に使ってはもったいなすぎますね。
 

2020/01/23 2020年1月23日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
1月23日
一瞬一刻、一木一草

何といっても体験が重要ですが、短い一生のうちに何もかも体験することはできません。
ただ考え方次第で、少ない経験でも、多く生かすことはできます。
一ぺんでもやってみると、何かの場合にそれが生きてくるものです。
だから、一瞬一刻といえども、全部修業になるわけです。
そう考えないといけない。
諸君が今の知恵才覚で、たいした効果がないと思うことでも、今わからないだけって、
やがてこれから先に仕事をするとき、きっと生きてくるでしょう。
だから、体験するほど賢くなります。
ただ、何回体験しても、心が入っていなくては何にもなりません。
松下政経塾で政治や経済について勉強している自分が、
どうしてこんなことをしなければならないのかと思うこともあるかもしれない。
しかしそれが政治、経済の要諦(ようてい)の一端をつかむことになるし、
全部先になって、将来生きてくるわけです。
私はそう思って、やってもらっているのです。
だから工場や販売店に行って、つまらんと思ったら、非常に浅薄ということになります。
そんな浅薄なものではありません。
たとえ、わずかに一里なら一里、十分なら十分かかる道を歩いている場合でも、
何かの体験をするはずです。
そこから何ものかをつかんでくる。
ほんの一木一草たりとも、すべて自己の向上に役立つのです。
そのような見方をしなければいけません。
「君に志はあるか — 松下政経塾塾長問答集』
自問自答
心を入れて体験験すするる。。そしてそれを生かす。
きょうの自分は一瞬一刻をムダにしていなかったか。


20年くらい前になるでしょうか?
箕面にある日創研の「明徳庵」で研修合宿で夕食後、
田舞さんから、
「これから箕面の滝まで散歩しましょう」
多くの参加者はメンバー同士話をしながら歩いていましたが、
私はあえて一人離れて『いりいろ見ながら、思考しながら、創造しながら』歩いていました。
川の横には岩や石がゴロゴロしています。
その中でふと目につき、
岩についた苔(こけ)何ということはない風景ですが、
ぐっと近づくと小さな虫が苔の中にいるのを発見。
・・・気づいたのです。
「この苔の中には目に見えないくらいの小さな生物がたくさん生きている。
私たちが普段見過ごしているこの生き物もすべて含めて地球の生き物。
人間だけが地球に存在しているわけではない。
人間だけが偉いのではない。
植物や鉱物もふくめすべてが地球。大自然」
・・・何ということはない話ですが、
私にとっては大きなきづきでした。 
 

2020/01/22 2020年1月22日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
1月22日
青春

私には、十数年前から、いわゆる座右の銘としている一つの言葉があります。
それは、
青春
青春とは心の若さである
信念と希望にあふれ
勇気にみちて日に新たな
活動をつづけるかぎり
青春は永遠にその人のものである
というものですが、これは、私がある成人式で講演をしたとき、
若さというものについて一つの感慨をもったことから、あるヒントをもとにつくってみたものです。
これには、常に若くありたいという希望と、
常に若くあらなければならないという戒めがこめられています。
肉体的な年齢が年々増えていくのは、だれもが避けて通れない事実ですが、
心の若さは気のもちようであり、それは必ず表にあらわれます。
つまり、常に前へ進む気力さえ失わなければ、
若さはいつも向こうからついてくる、というのが私の信念です。
『経営のコツここなりと気づいた価値は百万両』
自問自答
外見や容姿と同様に、
"心の若さ”をを常常にに気気ににしてていたい。


年齢と共に体力も落ち肩や腰、ひざなどが痛くなり、
体調も良くない。
痛みは仕方ないとして風邪ではないのに常にそれに近い症状。
・・・どうにも意欲が出ない。
・・・・・・2年くらい病院に通いそれはかなり改善してきた。
肉体の中にあるのではない『青春』ではあるが、
不健全な肉体では『青春』も育ちませんね。
体調を管理することは、
青春を保ち続ける前提と・・・あらためて。

久々に「サムエルウルマンの青春」フルバージョンです。
青春とは
真の 青春とは
若き 肉体のなかに あるのではなく
若き 精神のなかにこそ ある
薔薇色の頬 真赤な唇 しなやかな身体
そういうものは たいした問題ではない
問題にすべきは つよい意思 ゆたかな想像力 もえあがる情熱
そういうものが あるか ないか
こんこんと湧きでる 泉のように
あなたの精神は 今日も新鮮だろうか 
いきいきしてるだろうか
臆病な精神のなかに 青春は ない
大いなる愛のために発揮される
勇気と冒険心のなかにこそ 青春は ある
臆病な二十歳がいる 既にして 老人
勇気ある六十歳がいる
青春のまっただなか 年を重ねただけで 人は老いない
夢を失ったとき はじめて老いる
歳月は 皮膚にしわを刻むが 情熱を失ったとき 精神は
しわだらけになる
苦悩 恐怖 自己嫌悪 それらは 精神をしぼませ
ごみくずに変えてしまう

誰にとっても大切なもの それは 感動する心
次は何が起こるのだろうと 眼を輝かせる 子供のような好奇心
胸をときめかせ 未知の人生に 挑戦する 喜び
さあ 限をとじて 想いうかべてみよう
あなたの心の中にある 無線基地
青空高くそびえ立っ たくさん 光輝くアンテナ
アンテナは 受信するだろう 偉大な人々からのメッセージ
崇高な大自然からのメッセージ 世界がどんなに美しく 驚きに満ちているか
生きることが どんなに素晴らしいか
勇気と希望 ははえみを忘れず いのちのメッセージを
受信しつづけるかぎり あなたはいつまでも 青春
だが もしあなたの 心のアンテナが 倒れ
雪のように冷たい皮肉と 氷のように頑固な失望に おおわれるならば
たとえ二十歳であったとしても あなたは立派な 老人
あなたの心のアンテナが 今日も青空高くそびえ立ち
いのちのメッセージを 受信しつづけるかぎり
たとえ八十歳であったとしても あなたはつねに 青春
真の 青春とは 若き 肉体のなかに あるのではなく
若き 精神のなかにこそ ある
 

2020/01/21 2020年1月21日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
1月21日
自分の力

いわば五十の力しかない人が七十の仕事をしようとしたら失敗する、ということである。
しかし反対に、もし百の力のある人が七十の仕事をしていたのでは、
これは失敗はしないだろうが、いってみればムダというか、もったいない話である。
やはり、百の力をもった人はそれを適正に認識し、
少なくとも九十五の仕事をやるということでなくては本人のためにも社会のためにも損失である。
そのように常に自分の能力というものを検討し、
その適性に合った仕事をしていくということになれば、そこにおのずから不平不満はなくなり、
むしろ喜びと楽しみをもって仕事ができるようになってくると思う。
大きな仕事をすることが尊いのではない。仕事に成功することが尊いのである。
ただその場合もう一つ大事なことは、
そのような能力なり、適性というものは固定的な不変のものではない。
というより、多くの場合は進歩向上するものであり、
むしろみずからの努力で進歩向上させなくてはならないものなのである。
だから一面に、そのときそのときの自分の力を検討し、
それを超えた仕事をしないということを心がけつつも、つぎにはさらに大きな仕事、
高度な仕事に適応できるように自分を高めていくということが必要であると思う。
そういうことが自分自身にとってその働きが有効に生かされ大きな喜びとなるし、
ひいては会社や世の中にも貢献する結果になると思うのである。
『その心意気やよし』
自問自答
自分の力の100%のうち、
少なくとも95%の仕事ができているか。


「自分の実力以上の仕事をやる」という心掛けが大切。
野球、サッカー等、
『プロと言われる人たちは人並外れているからプロの選手になったのです。
人並外れていてプロになったのだからそこからは楽をすればよい』
・・・そんなわけないですね。
プロだからこそより上を目指して誰よりも仕事(練習+試合)をするのですね。
私たちもガス屋のプロとしてゆとりを持った、
確実な仕事だけやっていてはダメなのです。
 

2020/01/20 2020年1月20日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
1月20日
やりがい

今日のサラリーマンが会社の中にあってそれぞれの仕事につく場合、
確かに一面では、自分の適性というものに立ち、
求めてある職務を担当するとか、
自分はこういう仕事が好きだからやらせてほしい、
といってやるような場合もあるであろう。
しかし、おそらくそういうケースは非常に少ないのではないだろうか。
だいたいは、会社のほうから君この仕事をやりたまえということで、
与えられるというのが現状であろう。
その場合、ときには適性というものが勘案されているかもしれないし、
あるいは別の配慮によって、仕事が与えられるのであろう。
いずれにしても、そのように与えられた自分の仕事というものを、
どのように受け取り、どのような考えをもってこれにあたっていくか、
そこが私には非常に大事なところだと思われるのである。
ただ与えられた仕事だからしかたがないということで、
格別の興味もやりがいというものもないままに、
なんとなくやっていくという人もあるであろうし、
なかにはこんな仕事は自分には向かないから、
ということでかえてもらいたいという人もあるかもしれない。
しかし、私は基本的にはそういうことは、
その人自身のためにならないのではないかと思うのである。
与えられた仕事を自分なりにどう消化し、どのようにして自分のものとしていくか、
そういうことに興味をもって取り組んでいく。
そしてその中から自分の仕事の意義を見出し、やりがいを感じていく。
そういう姿において与えられた仕事を行なっていくということが、
やはり望ましいのではないだろうか。
「その心意気やよし」
自問自答
運命だから、与えられた仕事だから、といって
真正面から向きあうことを避けていたのではないか・・・・・・。


『与えられた仕事』と思っているうちは『やりがい』も感じません。
やりがいを感じるためには、
一所懸命に、そして必死に取り組むことです。
『何』をやるかではなく、
『どんな姿勢』で取り組むかが大切なのです。
嫌なことも一所懸命に必死で取り組むと楽しくなります。
『ふり』をしている人には一生味合うことはできませんよ。
配送担当者3名は一日の数過去最高件数を配送し、
配送遅れも0状態を維持してくれ、
充実をしてイキイキと仕事ををしてくれています。
 

2020/01/19 2020年1月19日 ・松下幸之助成功の金言365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
1月19日
素直に承認する

私は今でも三時間ないし三時間半、具合のいいときは四時間ぐらい眠れますが、
それでもう目があいてしまいます。 
それから床を離れるまでのあいだ、時間がありますから雑念がパーツと湧いてくるのです。
非常に面白くないなという感じもするのですが、それをどうすることもできません。
そういう人間になっているのです。
まあよく考えてみますと、やはり生まれつきなのです、これは。
どうにもしかたがないと思っているのです。
皆さんはそれぞれに特色をおもちです。
いま睡眠の話をしましたが、非常によく眠られる方もあるでしょうし、
私と同じようにあまり眠られない方もあるでしょう。
それを取り替えるというわけにはいきませんね。
甲君は夜、寝られないたちである。乙君はよく寝られるたちである。
それでお互いに話をして、
「君の睡眠を少しこちらへ分けてくれないか」「それはいくらでも分けてあげる」
ということで、「君こうして寝たまえ」と教えられても、そのとおりにはいきません。
生まれつきそうなっているのですから。
だから、そのことを悔やんでもしかたがないということです。
まあ、あきらめとでも申しますか、そういうものを私は感じるわけです。
これまで多少はそうしたことを苦にやんだこともあるのですが、
結局は、先ほども申しましたように、素直にこれを承認しよう、
これは自分がもともとそういう生まれつきなのだ。
生まれつき非常に肥満した人もあれば細い人もあるように、人にはいろいろな体質がある。
それをいちいち苦にやんでいてはならない、
素直にこれを承認しよう、ということがだんだんわかってまいりました。
そういうことで、お互いそうした体質と申しますか、
あるいはもっと違った言葉でいえば運命と申しますか、
そういうものをみんな違ったかたちにおいて与えられている。
これは、皆さんの意志ではないわけです。
皆さんの意志以外のものだと思います。
「社員稼業」
自問自答
"自分の意志以外のもの”で、
考えてもしかたがないことにとりつかれていないか・・・。


私も子供のころから基本寝付きは悪いのです。
何かが気になり始めると全開で頭の中を駆け巡りますます寝れません。
・・・これが『雑念?』。
今では素直に承認し?、
・・・開き直って本を読んだりもしています。
・・・寝不足覚悟で。
・・・・・・が、
翌日のスケジュールによっては睡眠導入剤を使うこともあります。
 

2020/01/18 2020年1月18日 ・松下幸之助成功の金言 365 PHP研究所

松下幸之助 成功の金言365
松下幸之助[著]
PHP研究所[編]
1月18日
積極的に受けとめる  

何ごとでも、いい指導者、先生につけば、その技が上達するし、
だから先生を選ぶことが肝心だと一般にいわれますが、
私もそのとおりだろうと思います。
非常にうまく指導してくれる師匠、 
世間で「非常にいい先生だ」といわ れるような理解のある人について習っていくことは、
きわめて好ましいことだと思うのです。
けれども、
その反面に、そういうところからは、いわゆる“名人”は出にくいとも考えられます。
というのは、
先生がよければ、どうしても先生のとおりにやるということになってしまいますから、
ある程度のところまでは 一様に上達するけれども、
それ以上に画期的なものは生まれてきにくいという一面があると思うのです。
その点、むしろ非常に無理解というか、
非常識ともいえるような先生のもとで修業した人の中からは、
名人といわれる人が出る場合が多いようです。
当然ほめられていいことに対してでも、めちゃくちゃに言われる。
「ばかばかしい。もうやめてしまおう」と思う場合が何度もある。
しかし、それでも耐えしのびつつ辛抱してやっていく。
そして何ものかをみずから会得した人に、
先生を超えるような名人が 出てくるということでしょう。
これは非常に面白い点だと思いますが、
そういうこともまた人間の妙味といえるのではないでしょうか。
ですから、理解ある立派な先輩についた人は、それはそれで感激し、
そのことを喜んでいいと思いますが、
一見無理解と思われる先輩にぶつかった人も
『これは、自分が名人になれるなれるチャンスだ』というように、
積極的に受けとめてはどうでしょうか。
そこに自分を大きく伸ばしていく道があるのではないか、そんな気がするのです。
『社員 心得 帖』
自問自答
無理解な上司を喜ぶだけの積極性が今の自分にあるか!


長い文章ですが重要なところを抜き取ると、
一見無理解と思われる先輩にぶつかった人も、
『これは、自分が名人になれるなれるチャンスだ』というように、
積極的に受けとめる。
というところだと思います。
『偶然はない。すべては必然。
人間は必要なとき必要な人と出会うようになっている』
すべては成長のチャンス。
・・・これは本当だと信じています。
 

2020/01/17 2020年1月17日 ドラッカーの名言 仕事の哲学 P・F・ドラッカー...

 ドラッカーの名言 仕事の哲学
P・F・ドラッカー(訳:上田惇生)
ダイヤモンド社
1月17日
第二の人生に備えるたった一つの条件

第二の人生をもつには、一つだけ条件がある。
本格的に踏み切るかなり前から助走しなければならない。
「明日を支配するもの」


何度か書きましたね。
・・・「準備」という表現だったと思います。
助走という表現は非常に分かりやすい。
しっかりと助走をとって高く飛び上がってください。

2020/01/15 2020年1月16日 ドラッカーの名言 仕事の哲学 P・F・ドラッカー...

ドラッカーの名言 仕事の哲学
P・F・ドラッカー(訳:上田惇生)
ダイヤモンド社
1月16日
成功の機会をもち続ける

第二の人生、パラレル・キャリア、社会的起業家としての仕事、
そして仕事以外の関心事をもつということは、
社会においてリーダー的な役割を果たし、
敬意を払われ、成功の機会をもてるということである。
「明日を支醍するもの」


仕事以外、社会においてリーダー的な役割を果たすことが、
第二の人生での成功機会ということですね。
先日も書きましたが、
NPO法人を立ち上げ、
介護施設などを訪問しコンサートをしている先輩を見ていると、
本当に生き生きと第二の人生を送られています。
私も仲間に入れてほしいという思いがあるのですが、
・・・第二の人生も扉を開いてからお願いしてみます。
 

2020/01/15 2020年1月15日 ドラッカーの名言 仕事の哲学 P・F・ドラッカー...

ドラッカーの名言 仕事の哲学
P・F・ドラッカー(訳:上田惇生)
ダイヤモンド社
1月15日
ひとかどの存在となる意味

知識社会では、成功が当然とされる。
だが、
全員が成功することはありえない。
失敗しないことがせいぜいである。
成功する人がいれば、失敗する人がいる。
そこで、
一人ひとりの人間およびその家族にとっては、
何かに献し、意味あることを行ない、
ひとかどとなることが決定的に重要な意貢献し、意味をもつ。
「明日を支配するもの」


『ひとかどの存在となる』為には、
転職を繰り返さないこと。
というよりも、
・・・成功しないを超えて、
失敗の道を歩んだ人の方が多いように感じます。
『ひとかどの存在となる』ためのヒント、
何度もつぶやきメールに登場している、
森信三先生の、
人間の一生(人生二度なし)です。
職業に上下もなければ貴賤もない。
世のため人のために役立つことなら、
何をしようと自由である。
しかし、
どうせやるなら覚悟を決めて十年やる。
すると、
二十からでも三十までには一仕事できるものである。
それから十年本気でやる。
すると、
四十までに頭をあげるものだが、
それでいい気にならずにまた十年頑張る。
すると、
五十までには群を抜く。
しかし、
五十の声をきいた時には、
大抵のものが息を抜くが、それがいけない。
「これからが仕上げだ」と、
新しい気持ちでまた十年頑張る。
すると、
六十ともなれば、もう相当に実を結ぶだろう。
だが、
月並みの人間はこの辺で楽隠居がしたくなるが、
それから十年頑張る。
すると、
七十の祝いは盛んにやってもらえるだろう。
しかし、
それからまた、十年頑張る。
すると、
この十年が人生で最も面白い
 

2020/01/14 2020年1月14日 ドラッカーの名言 仕事の哲学 P・F・ドラッカー...

ドラッカーの名言 仕事の哲学
P・F・ドラッカー(訳:上田惇生)
ダイヤモンド社
1月14日
できることが仕事だけならば

できることが仕事だけならば、問題が生じる。
知識労働者たる者は、
若いうちに非競争的な生活とコミュニティをつくりあげておかなければならない。
コミュニティでのボランティア活動、地元のオーケストラへの参加、
小さな町の公職など、仕事以外の関心事を育てておく必要がある。
「ネクスト・ソサエティ」


『幸せな人生』のための第二の人生をどう充実させるか?
昔は尺八や琴、三味線などの邦楽器を含め、
いろいろな習い事が成り立っていたようです。
ピアノ教室は田舎の町にもあちこちにありましたが、
今ではほとんど見かけなくなりました。
ゆとりをなくしている時代ともいえるのでしょう。
とは言えゆとり教育は・・・日本の大きな失敗ですね。
第二の人生を早いうちから考え始めることは大切です。
 

2020/01/13 2020年1月13日 ドラッカーの名言 仕事の哲学 P・F・ドラッカー...

 ドラッカーの名言 仕事の哲学
P・F・ドラッカー(訳:上田惇生)
ダイヤモンド社
1月13日
組織だけが人生である弊害

仕事オンリーでは、
組織だけが人生であるために、組織にしがみつく。
空虚な世界へ移るという恐ろしい退職の日を延ばすために、
若い人たちの成長の妨げになってでも、
自らを不可欠な存在にしようとする。
「現代の経営」


そのために私たちが取り組んでいるのが『3KM』です。
仕事だけが人生ではない。
個人、家庭、会社の3Kのバランスさせることで幸せな人生を探っていくのですね。
もう一つここで言われている、
『若い人たちの成長の妨げになってでも、
自らを不可欠な存在にしようとする』
最も避けなければならないことです。
これからの年金受給高齢化社会を考えると、
若い人の成長を妨げず活躍をし続ける、
『一匹狼』的な仕事、
『作業』的な仕事。
なのかもしれませんね。

2020/01/12 2020年1月12日 ドラッカーの名言 仕事の哲学 P・F・ドラッカー...

ドラッカーの名言 仕事の哲学
P・F・ドラッカー(訳:上田惇生)
ダイヤモンド社
1月12日
トピラを開く三つの方法

問題の解決には三つの方法が助けとなる。
第一の方法は、
文字どおり第二の人生をもつことである。
たんに組織を変わることでもよい。
第二の方法は、
パラレル・キャリア(第二の仕事)、
すなわち本業にありながらもう一つ別の世界をもつことである。
第三の方法は、
ソーシャル・アントレプレナー(社会的起業家)になることである。
仕事は好きだが、もはや心躍るほどのものではない。
そこで、仕事は続けるが、時間は減らしていく。 
そして新しい仕事、とくに非営利の仕事を始める。
「明日を支配するもの」


「第二の人生」のトビラの開き方のことですね。
NPO法人を立ち上げる人もいます。
私の知人は、
定年後音楽活動のNPO法人を立ち上げ、
毎月広島駅前の地下広場でコンサートをしています。
うらやましい人生です。
 

2020/01/12 2020年1月11日 ドラッカーの名言 仕事の哲学 P・F・ドラッカー...

ドラッカーの名言 仕事の哲学
P・F・ドラッカー(訳:上田惇生)
ダイヤモンド社
1月11日
老いてをお最高の仕事をする

人は皆同じように老いるのではない。
エネルギッシュに働くことはできなくとも、
判断力に狂いがなく、
20年前よりも優れた意思決定を行なう人がいる。
助言者としても、年とともに欲を離れ、
かつ知恵と親身さを併せもつならば、最高の仕事をする。
「断絶の時代」


『年とともに欲を離れ』
ここは大切ですね。
言い方を変えると、
「若いときは欲にあふれいてよい」ということです。
若いときはこの欲こそが最高の仕事をする源泉。
そして、年とともに欲を離れるのです。
老いて最高の仕事をするためには欲から離れる、
「足るを知る」ということですね。
 

2020/01/10 2020年1月10日 ドラッカーの名言 仕事の哲学 P・F・ドラッカー(...

 ドラッカーの名言 仕事の哲学
P・F・ドラッカー(訳:上田惇生)
ダイヤモンド社
1月10日
第二の人生で再び成長する

仕事に挑戦を感じなくなった者は、成長が止まったと思う。
たしかに現在の仕事では、成長が止まったかもしれない。
だが、
有能であり、病気でないならば、仕事さえ変えれば再び成長する。
第二の人生は、
仕事への不満や倦怠から逃れるための酒や、
火遊びや、精神分析医よりも、はるかに面白いはずである。
「断絶の時代」


清水さんのような第二の人生は私たちの参考になるのかもしれません。
・・・ただし、
「第二の人生」は、定年年齢、年金支給年齢の引き上げにより、
大きく変わりつつありますので、
定義そのものも大きく変わってくるのかもしれません。
・・・そこは予測がつきません。

2020/01/09 2020年1月9日 ドラッカーの名言 仕事の哲学 P・F・ドラッカー(...

ドラッカーの名言 仕事の哲学
P・F・ドラッカー(訳:上田惇生)
ダイヤモンド社
1月9日
第一の人生の限界

順調にやってきた四五歳あるいは五○歳といえば、
心身ともに働き盛りである。
その彼らが仕事に疲れ飽きたということは、
他への貢献、自らの成長のいずれにおいても、
第一の人生では行き着くところまで行ったということであり、
そのことを知ったということである。
『断絶の時代』


確かに感じますね。
50歳を超えたころから、
記憶力は低下、体力はもがた落ち、
持病加速度的に進行していきました。
・・・先輩の話では、
「60歳で50歳で感じたよりもさらに身に染みるよ」
とのことです。・・・怖い。
何より怖いのは体調を崩し気力が落ちること。
私の場合は56〜57歳で体調を崩し原因探しで毎月検査。
原因らしきものがわかり、現在は毎月治療通い。
気力も戻ってきたところです。
・・・簡単に言うとホルモンバランスを崩した更年期障害。
健康第一ですね。
 

2020/01/08 2020年1月8日 ドラッカーの名言 仕事の哲学 P・F・ドラッカー(...

 ドラッカーの名言 仕事の哲学
P・F・ドラッカー(訳:上田惇生)
ダイヤモンド社 
1月8日
働く者は組織よりも長命

これまでの社会は、二つのことを当然とする社会だった。
第一に、組織はそこに働く者よりも長命であって、
第二に、そこに働く者は組織に固定された存在だった。
これに対し、自らをマネジメントするということは、
逆の現実に立つ。
働く者は組織よりも長命であって、自由に移動する存在であるとする。
「明日を支配するもの」


まさに現代社会を予言していたかのような文章ですね。
世界の優秀人材を中国が集めAI技術の世界最先端を進もうとしています。
先日TV番組で、
「中国国内で子供のころ誘拐された人の捜索をAIが行い
どんどん解決している」と言っていました。
トヨタなど日本の企業でも人材流出が問題になっているそうです。

2020/01/07 2020年1月7日 ドラッカーの名言 仕事の哲学 P・F・ドラッカー(...

 ドラッカーの名言 仕事の哲学
P・F・ドラッカー(訳:上田惇生)
ダイヤモンド社
1月7日
第14章
第二の人生

歴史上初めて、人間のほうが組織よりも長命になった。
そこでまったく新しい問題が生れれた。
第二の人生をどうするかである。
「明日を支配するもの」


平均寿命が延び続け、
定年後の人生がずいぶんと長くなりました。
年金支給を75歳に引き上げるという案まで出ています。
「仕事をやり続ける第二の人生」もありでしょう。
「ボランティアや趣味を生かす第二の人生」もありでしょう。
注意しなくてはならないことは、
同じ仕事をやり続けること以外の選択には、
準備期間が必要になるということです。
走り幅跳びは助走があるから飛べるのですね。

2020/01/06 2020年1月6日 ドラッカーの名言 仕事の哲学 P・F・ドラッカー(...

 ドラッカーの名言 仕事の哲学
P・F・ドラッカー(訳:上田惇生)
ダイヤモンド社
1月6日
汝の時間を知れ

汝自身を知れという昔からの知恵ある処方は、
悲しい性の人間にとっては、不可能なほどに困難である。
だが、
その気があるかぎり、汝の時間を知れという命題には、
誰でも従うことができる。
その結果、
誰でも貢献と成果への道を歩むことができる。
「経営者の条件」


年末に出てきた
「成功へのスケジュール管理」ですね。
実はこのスケジュール管理こそが成功の秘訣であり、
ターニングポイントであるということなのですね。
「言うは易く行うは難し」
でここが『成功』の分かれ道ということなのです。

2020/01/05 2020年1月5日 ドラッカーの名言 仕事の哲学 P・F・ドラッカー(...

ドラッカーの名言 仕事の哲学
P・F・ドラッカー(訳:上田惇生)
ダイヤモンド社
1月5日
まとまった時間をつくる方法

ある人たち、
なかでも年配の人たちは、
週に一日は家で仕事をしている。
編集者や研究者がよく使う方法である。
ある人たちは、
会議や打ち合わせなど日常の仕事を週に二日、
たとえば月曜日と金曜日に集め、
他の日とくに午前中は、
重要な問題についての集中的かつ継続的な検討にあてている。
「経営者の条件」 


タイトルと解説が一致していないような・・・。
私の場合は手帳にタイトルを入れスケジュール化すること。
空いた時間で仕事をこなそうとすると、
目先の仕事だけで一日が終わり、
数年後を支える創造的な仕事ができないのです。
もう一つは、セミナーや講演です。
講師のお話にはヒント満載で、
ノートを取りながら、
その周りにはヒントから創造したメモがいっぱいになります。
 

2020/01/04 2020年1月4日 ドラッカーの名言 仕事の哲学 P・F・ドラッカー(...

ドラッカーの名言 仕事の哲学
P・F・ドラッカー(訳:上田惇生)
ダイヤモンド社
1月4日
こま切れの時間では意味がない

仕事のほとんどは、
わずかの成果をあげるためでも、
かなりのまとまった時間を必要とする。 
こま切れでは意味がない。 
「経営者の条件」


尺八の練習をしていて強く感じます。
尺八奏者のプロは、
「やるときは集中して1日5時間とか10時間やらないと・・・」
「まあ、プロを目指しているわけじゃないから必要はないだろうが・・・」と言われます。
私は日々こま切れ時間で練習をしていますが、
練習開始からいきなり尺八がなるわけではなく、
いい感じになるためのウオームアップが必要です。
というわけで、ウオームアップを繰り返す毎日です。
・・・やらないよりはずいぶん成長します。
 

2020/01/03 2020年1月3日 ドラッカーの名言 仕事の哲学 P・F・ドラッカー(...

ドラッカーの名言 仕事の哲学
P・F・ドラッカー(訳:上田惇生)
ダイヤモンド社
1月3日
ともに働く人が多いほど

仕事の関係に人間関係がからむと、
時間はさらに必要になる。
急げば摩擦を生じる。
あらゆる組織が、
仕事の関係と人間関係の複合の上に成り立つ。 
ともに働く人が多いほど、
その相互作用だけで多くの時間が費やされる。
仕事や成果や業績に割ける時間がそれだけ減る。 
「経営者の条件」


『強い組織は少人数』と言われますね。
ことわざの『船頭多くして船山に登る』は逆の意味です。
共同経営は失敗することが多いというのもうなずけます。
小山さんは、
「ワンマン経営が正しい」と言い切っています。
『聞く耳を持ってのワンマン決定』の意味ですね。
「もちろん聞く耳は持つがあくまでも意見として聞く。
その通り決定するという意味ではない」
と言われています。
 

2020/01/02 2020年1月2日 ドラッカーの名言 仕事の哲学 P・F・ドラッカー(...

ドラッカーの名言 仕事の哲学
P・F・ドラッカー(訳:上田惇生)
ダイヤモンド社
1月2日
ゆとりある話し合いが近道

組織内の話し合いはくつろいで行なわなければならないだけに、
膨大な時間を必要とする。
ゆとりがあると感じられなければならない。 
それが結局は近道である。
『経営者の条件』


経営品質勉強会での『企画住宅』プロジェクトがそれですね。
いつからするのか。
どこでするのか
誰がするのか。
何をするのか。
なんとためにするのか。
いくらお金をかけるのか。
今回は日創研の社長研修に合わせたセミナーで、
じっくり共有しながら、
1月より並行して販売に向け具体的活動に入ります。
 

2020/01/01 2020年1月1日 ドラッカーの名言 仕事の哲学 P・F・ドラッカー(上...

明けまして
おめでとうございます

本年もよろしくお願いします。

ドラッカーの名言 仕事の哲学
P・F・ドラッカー(訳:上田惇生)
ダイヤモンド社 
1月1日
じっくり耳を傾ける

成果をあげる組織では、
トップマネジメントが意識して時間を割き、 
ときには新入社員に対してまで、
あなたの仕事について私は何を知らなければならないか、 
この組織について何か気になることはないか、
我々が手をつけていない機会はどこにあるか、
気づいていない危険はどこにあるか、
私に聞きたいことは何かとじっくり聞いている。
「経営者の条件」


まさに新春にふさわしいドラッガー氏からのお年玉です。
令和2年のテーマとして、
経営計画書、3KM手帳に毛筆にて清書します。