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2013年

2013年

2013/12/31 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     12月31日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
12月31日
父母は我身

 父母もその父母も我身(わがみ)なり
           われを愛せよわれを敬せよ
               (二宮翁道歌)
【略解】
 このわが一身は、
父母から授かったものであり、
言うなれば祖父母のいのちであり、
もっと遡(さかのぼ)れば先祖のいのちがこめられたものです。
こうした連綿たるいのちの系列伝統そのものですから、
この一身を粗末にしないで敬愛し、
慎しみ深くあらねばならぬとのことです。


これまでに何度となく書いてきました、
私たちがこの世に存在する“奇跡”。
にもかかわらず、
このような文章に出会わなければ、
“感謝”を意識できない。
時々思い出すだけましともいえるが、
自分の中心に“感謝”が固定されて初めて、
周りのことを本当に気に掛けることができるのでしょう。
2013年の締めくくりに、
“感謝を我が身の中心に”
を2014年のテーマに掲げます。
・・・重いな。 

2013/12/31 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     12月30日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
12月30日
不朽の業績

 翁の安政二年晦日の記事に「千秋万歳楽」と記し、
その次に
「予が足を開け、
 予が手を開け、
 予が書翰を見よ、
 予が日記を見よ、
 戦々兢々(きょうきょう)として深淵に臨むが如く、
 薄氷をふむが如し」
とある。
偉なる哉(かな)、
尊き哉、
一日と雖(いえど)も私念なく、
興国安民のために、
その偉大なる一生を捧げ尽くして、
不朽なる実践的業績を地上に残す。
嗚呼(ああ)。
         (逸舌集)
【註】
 細心の深慮をもって「一日生涯」の日々を送られた尊徳翁のご生涯を思えば、
仰げばいよいよ高しの感がいたします。


 私たちは、
  豊かで健善な「暮らし」を提案実現することで、
                     お客様の笑顔を創ります。
 私たちは、
  子供や孫たちの明るい将来(みらい)を願い、
                 豊かで健善な「環境」を創ります。
 私たちは、
  仕事を通し「成長」を継続(つづ)けることで、
   豊かで健善な社会、企業、そして暖かい家庭を創ります。

広ガスたかたの経営理念です。
・・・が、
若いころからこう考えていたわけではありません。
もっと言うなら、
つくった時にも、まだまだ大義名分の位置から抜け出ません。
毎日唱和しながら一歩一歩歩むうちに、
少しずつ身体に浸み込んできはじめたように思います。 

2013/12/29 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     12月29日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
12月29日
分を超ゆる事勿れ

 翁が今市陣屋において病重りて再び起つことが出来ないことを自覚され、
門人一同を枕頭に侍らし「我が死近きにあらん、
我を葬るに分を超ゆる事勿(なか)れ、
墓石を立てる事勿れ、
碑を立てる事勿れ、
只土を盛り上げてその傍に松か杉かを一本植え置けぱそれでよろしい。
必ずわが言に違う事勿れ」と遺命せられた。
忌明けとなって門人たち議論區々(くく)として容易に決せず、
未亡人の意志により墓碑が建立されたのみである。
                      (逸舌集)
【註】
 翁最後の遺言「分を超ゆる事勿れ」日の一言、
一代を貫く思想信念と言えよう。


歳を重ねていくと自分の歴史を残したくなるものだそうです。
自ら銅像を建てる人もいるくらいです。
立派な墓石にもそういう意味もあるでしょうか。
一時期“自分史”がはやったことがありますが、
それも同じ意味なのかな?
最近では葬儀も家族葬が多いと聞きます。
が、
それは人間関係が希薄な時代になってしまったことが原因?

2013/12/28 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     12月28日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
12月28日
偉大なる土木家

 翁は土木エ事をする時、
多く目測を以てしたが、
遠近高低、
寸分もあやまらなかったとの事である。
翁は大工のように物を拵(こしら)えたり、
土木の設計をしたり、
ふしぎな才腕をもっていたことは、
むしろ天才と言うべきで、
翁の一面は大土木家でもあつた。
これ性来計数に長け、
且(か)つ体験に富んでいたがためであろう。
                    (逸話集)
【註】
 尊徳翁の特異な天才的一面を知るにふさわしい逸話です。


残念ながら私は天才的なものは持ち合わせていません。
多くの人がそうだと思います。
私たちにできるのは、
“信念”をもって“継続”することではないかと考えます。
これは誰にでもできます。
止めなければいいのです。
・・・日々修行。

2013/12/27 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     12月27日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
12月27日
斃れて後止む

 翁は病後なお衰弱が甚しかったので、
家人はこれを心配して、
しきりに療養をすすめられると、
翁は頑としてこれをしりぞけ、
「いやしくも身公命を奉じて民衆を率いるもの、
たとえ病を養うとは云え、
安眠美食をむさぼるのは、
予が主義の許す処ならず、
予は斃(たお)れて後止むものなり」と云われたとのことである。
                           (逸話集)
【註】
 「斃れてのち止む」の精神の権化ともいうべきお方です。


悲しくなるほど心が弱い。・・・私の場合。
精神的な病も幾度となく乗り越え、
それなりに頑張ってきたつもりではありますが、
それも体力的に無理のきく時代の話。
現在では“健康ありき”で歩んでいます。
・・・人間が小さいと言うことでしょうか。
まだまだ老いる年齢ではありませんね、
頑張ります。

2013/12/26 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     12月26日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
12月26日
賞品の授与

 家業の勉不勉、
品行の良否等を調査せられ、
時々賞を与えられた。
農業精勤者に対しては、
農具(鎌鍬の類)に二宮の焼印を捺して与え、
学問勉強家に対しては、
修身に関する書(四書五経)に二宮の印を捺して与えた。
その他これに准じて賞せられた。
            (逸話集)
【註】
 尊徳翁は農業精勤者に、
また学問勉強家にそれぞれ適した賞品を授けられたが、
これも尊徳翁の督励の一法であります。


“広ガスたかた”にもいろいろな表彰があります。
年間キャンペーン、
月刊キャンペーン、
車の環境整備表彰、
改善表彰、
サンクスカード表彰
75回帳表彰・・・その他も、
営業表彰だけでなく、
多くの人を表彰して行きたいですね。

2013/12/25 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     12月25日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
12月25日
全功の道

 国を興し民を安ずることは大業であって、
名利を追うともがらの企て及ぶところではない。
いやしくもこれに従事する者は、
禄位名利の念を絶ち、
わずかに飢寒を免れるだけを生涯の限度とするのでない限り、
その功を全うすることはできないのである。
              (報徳外記)
【略解】
 興国安民の大業に従事する者がまず心すべきは名利の念を絶つことです。


“過ぎたるは及ばざるがごとし”
分度を知ると言うことなのでしょう。
“企業のトップがフェラーリに乗って出社”
って行き過ぎですよね。
・・・先日そんな社長がTVで紹介されてましたけど。
「それなり」「相応」
と言うのがとても大切なのだと思います。

2013/12/24 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     12月24日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
12月24日
分けあえば余る

 八人暮しの貧家が、
たまたま一枚の着物を得た。
一人がこれを取れば七枚分足りない。
そこでこれを祖父に献じた。
祖父は、
「老骨がこんな新しい着物を着る必要がない」といって、
長子に与えた。
長子はこれを弟に譲った。
弟は又これを甥に推し譲った。
ついに七人をもれなく回って、
みな辞退した。
すなわち、
これを取れば七衣が足りず、
これを譲れば一衣でも余りがある。
            (報徳外記)
【略解】
 推譲の心がけが七人の人たちの心を豊かにすることが出来た実例です。


宴会でのオードブル。
何故だか最後の一つがぽつんと残っている。
・・・いかにも日本人ですね。
「遠慮のかたまり」と言う言葉もあるくらいです。
“分け合えば余る”そして心が豊かになるのですね。 

2013/12/23 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     12月23日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
12月23日
身自ら先に

 孔子は「これに先んじこれに労す」と言い。
また、「倦(う)むことなかれ」と言った。
自分が早起きしてのちに民にこれを教え、
自分がおそく寝てのちに民にこれを教え、
自分が精励してのちこれを民に推しひろめ、
自分が節倹を行ってのちこれを民に及ぼし、
自分が推譲してのちこれをさとし、
自分が忠信孝俤であってのち民を導く。
百行みな同様である。
      (報徳外記)
【略解】
 「率先垂範」こそ指導者のあるべき態度であることを改めて教えられました。


50歳を越え言い訳が増える今日このころ・・・。
会社全体で環境整備に取り組むまでは、
トイレのは私の聖域だと思ってい、
15年以上掃除を続けておりましたが、
明け渡して何年でしょう・・・。
毎日のこのメールは14年目に入りました。
これだけは今後も続けつつ、
+で、
早朝に仕事進める仕組みをもくろんでおります。
何とか形にしたいと考えています。

2013/12/21 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     12月22日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
12月22日
貧民を賑わす

 国家の憂いは、
荒地と負債とにある。
憂いを除こうとするなれば、
貧民を賑わさねばならぬ。
貧民を賑わすためには、
財を施さねばならぬ。
しかし、
みだりにこれを施せば、
財が尽きて広く救済することはをできなくなる。
これがわが助貸法の創設されたゆえんである。
                 (報徳外記)
【略解】
 尊徳翁の「助貸法」こそ貧民救済の福水厚生の便法だったのです。


低金利または無金利で融資で、
“国家一丸”を目指したのですね。
広ガスたかたでは、
現在子育て支援の手当てがあります。
負担のかかる保育費や、
もっと負担の大きい大学生の学費などを支援する手当です。
これからもず~と続けることができるよう、
“全社一丸”で頑張り続けます。 

2013/12/21 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     12月21日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
12月21日
開墾の道

 天下の利益は、
開墾より大きなものはない。
そして天下の病患は、
荒地よりはなはだしいものはない。
田地一反を荒せば米二石を失い、
一町を荒せば二十石を失い、
一町を荒せば二百石を失う。
二百石といえば二万人の一日分の食糧である。
これをひらいて耕せば二百石の米を生じて二万の民命を養う。
                            (報徳外記)
【略解】
 荒地開墾より急務はない。
将来の食糧難に備えて今こそ心すべきと思われます。


企業も業績が悪くなってから手を打とうとするのは、
すでに手遅れです。
常に10年後に花咲く種をまき続けるのです。
・・・が、
すべての種が芽吹くわけではありませんので、
常に“耕しては種をまく”を繰り返さなくてはいけませんね。 

2013/12/20 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     12月20日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
12月20日
縄ないのこと

 縄ないというものは至ってたやすい仕事である。
いやしくもこれを心掛けさえすれば、
ひとり身の者でも、
飯たきのひまにもできることであり、
女こどもでもできることである。
このように至ってやさしい事柄でさえ、
なお勉励の心がないならば、
何をもってその家を立て直し、
その村を復興することができようか。
         (報徳外記)
【註】
当時の農家にとって「縄ない」という誰でもできる凡事を奨励されたところに尊徳翁の偉大さがあります。


「凡事徹底」ですね。
平凡なことを非凡に取り組む。
武蔵野の小山さんの仕事ぶりがまさにそうです。
やっている一つ一つの仕事は、
私がやっている仕事とそんなに違う訳ではありません。
時間の活用方が半端ではなく違いすぎます。
電車での立ち乗り移動、
新幹線などでの座っての移動、
もっと言うと、
歩いての移動時も仕事をしています。
ITを活用した仕組みがすごい。
・・・しかも一つ一つが効率的にこなされているので、
同じ時間での仕事量は何倍も違います。
・・・頑張ります。

2013/12/19 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     12月19日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
12月19日
教化の道

 指導者は鶏鳴に起きて、
寒暑となく風雨となく日に順待をして早起きを導き、
あるいは日掛縄綯(ひかげなわない)の法を示して怠惰をふるい起し、
あるいは善を勧め悪を戒め、
孝悌忠信を教え、
人倫推譲の道をさとし、
そうして民風を移しかえる。
これが教化を布(し)くみちである。
            (報徳外記)
【略解】
 民風教化の指導者のとるべき方針を示されている。


“価値観を成長させ続けることが人生”
だと考えるようになりました。
価値観を成長させるためには、
自分の思うように進んでいては成長はありません。
障害や抵抗を乗り越えながら成長があります。
“社長は決定する人”
“幹部、社員は実行する人”
と言います。
幹部や社員は自分とは違う“社長の決定”が立ちはだかる障害ともいえるでしょう。
それを実行する役割であることを踏まえ、
実行することで乗り越えていくことなのですね。
一方社長は、
自分の思いで進んでいく役割にある人ではなく、
自分の決定で社員やお客様が路頭に迷うことの無いよう、
お客様の思いを実現することを念頭に、
決定を何度も繰り返しつつ障害を乗り越えていくという役割だと考えています。

2013/12/18 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     12月18日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
12月18日
農は国の本なり

 古へより国本たる農業盛なる時は国豊富にして、
仁義礼譲行はれ、
四民各その生を楽めり、
この業衰ふる時は国衰貧にして災害起り、
四民手足を措(お)く処なく敗亡を免れず、
天下国家の治乱盛衰は多端なるが知しと雖(いえど)も、
要するに本糧の盛衰に由らざるはなし。
             (報徳論)
【略解】
 「農は国の本なり」を今一度、
日本全土にわたり再検討すべき時機が来たという感じがします。


   「農は国の本なり」を今一度、
  日本全土にわたり再検討すべき時機が来たという感じがします。
まさに「今でしょ」。
TPPで日本の農業はどこに行くのか?
って騒いでいますが、
「JAが自分のポジション守りたいだけでしょ」
なんてことを言う人もいます。
が、
私にはよくわかりません。
しかし、
日本人はこれまでも、
多くの障害を乗り越え乗り越え今日までやってきました。
これからもそうだと信じています。

2013/12/17 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     12月17日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
12月17日
深酒の戒

 右にもつはしにカを入れて見よ
       左の酒がやむかつのるか
          (二宮翁道歌)
【略解】
 右にもつ箸とは、
生活や仕事のことという説もあれば、
実際に箸は右手に盃は左手にという説もあります。
いずれにせよ、
深酒を戒められた一首にはちがいありません。


“酒は百薬の長”と言います。
が、
前提は「適量」です。
越えてしまうと、
「きちがい水」とも聞きますね。
多くの人がその経験もあることでしょう。
・・・私も多くの人の一人です。

2013/12/16 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     12月16日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
12月16日
飛鳥川の丸木橋

 きのふけふ、あすかの川の丸木ばし
          よくふみしめてわたれ諸人(もろびと)
             (二宮翁道歌)
【略解】
 飛鳥(あすか)川は明日香の地を流れ、
大和川に注ぐ川で、
古来、
水流の変化が甚だしいため、
無常のたとえにされたもの。
その飛鳥川にかけられた丸木橋をわたるときは、
用心の上にも用心をし、
よく踏みしめてすべり落ちないよう心すべきものです。


現代社会も同じですね。
10年ひと昔なんて嘘です。
3年も何もしないでいると、
世の中の流れから取り残されてしまいます。
岸に接する岩の裏側あたりの、
流れのないところに入り込んでしまった笹舟のようになってしまいます。
足の裏で丸木橋を感じながらわたるように、
社会の環境変化を常に感じていなくてはならないですね。

2013/12/15 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     12月15日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
12月15日
身を助ける原点

 飯と汁木綿着物は身を助く
         その余は我をせむるものなり
             (二宮翁道歌)
【略解】
 ご飯と味噌汁、
それに木綿の着物、
この三つの原点を守りぬく決心覚悟が何より大事です。
この原点を忘れて、
奢侈(しゃし)放縦な暮らしぶりは、
結局、
身を損ね害となるものだから、
くれぐれも用心すべきものです。


年長に近づくほどに、
生意気になっていきます。
生活ぶりも若いころと比べると、
年齢なりの暮らしぶりになっていきます。
これは自然のことですね。
・・・しかし、
どのレベルが自然のうちなのか?
どこからが行き過ぎの領域なのか?
誰も指導はしてくれませんので、
自身をしっかりと管理するしかありません。
・・・ついつい甘くなりがちです・・・反省。
 
 

2013/12/14 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     12月14日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
12月14日
早起き励行

 はや起きにまさる勤めぞなかるべし
          夢で此の世をくらしゆく身は
            (二宮翁道歌)
【略解】
 まず朝の早起きの励行を第一に守るべしとのお教えです。
人はややもすれば、
怠惰な生活に陥りやすく、
酔生夢死の生涯に終りがちですから、
せめて、
早起きしようと日々心がけ、
夢の実現に向かい勤め励まねばなりません。


起きる時間が、
年齢を重ねるごとに、
少しずつ早くなっていきます。
・・・ならざるをえないだけですが。
行動の俊敏性は失われ、
何をするにも時間がかかるのです。
それを調整するために少しずつ早くなっているのです。
これからは、
武蔵野の小山さんやプリマベーラの吉川さんのように、
早朝に仕事をやる仕組みを導入しようと考えています。 
 

2013/12/13 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     12月13日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
12月13日
なつかしい明日

 昨日より知らぬあしたのなつかしや
            もとの父母ましませばこそ
        (二宮翁道歌)
【略解】
 過去のことがなつかしいのは、
われわれ人情の常ではありますが、
まだ知らぬ明日の未来がなつかしく思われるのはどうしてだろうかと思いめぐらせば、
それは宇宙創造の大父母神がおられ、
生々発展加護を司(つかさど)っていてくださるからです。


妄想大好き人間の私なりにわかる気がします。
明日の妄想、
明後日の妄想。
一か月後、半年後、一年後、三年後・・・・・・妄想は大きくなっていきます。
単なる空想ではなく、
未来に向かう筋道が見えるほどに、
「なつかしい」のです。
・・・とらえ方が違うかもしれませんが、
私の感覚ではそうなのです。
・・・・・・「いとおしい」かな?。
 

2013/12/12 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     12月12日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
12月12日
家を斉える

 家斉ひて而(しか)して後村治まる。
村治まりて而して後郡里平なり。
村長より以て細民に至るまで一にこれ身を修むるを以て本となす。
その本乱れて末治まるものはあらず。
               (金言集)
【註】
「修身・斉家・治国・平天下」という中国古典「大学」の名言がある。


「修身・斉家・治国・平天下」
  天下を治めるには、
  まず自分の行いを正しくし、
  次に家庭をととのえ、
  次に国家を治め、
  そして天下を平和にすべきである。
と言う意味だそうです。
何をするにしても、
“全ては自分の行いを正すことから”
私の場合は、
29歳の時にタバコをやめて、
そのお金でローンを組み、
ナポレオンヒルのプログラムをスタートしました。
それまでの29年間を正し始めたのです。 
 
☆☆★★_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
 広島ガス高田販売株式会社
               住吉 峰男
 TEL:0826-42-3331  
 FAX:0826-42-3445
 携帯:090-6836-2701
 http://hirogas-t.co.jp/
 isaribi@bronze.ocn.ne.jp

 

 

2013/12/11 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     12月11日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
12月11日
民枯るれば国家危し

 国家の安危は下民の的栄枯に在り。
下民の栄枯は租税の軽重に在り。
租税軽ければ民栄ゆ。
民栄ゆれば国家安し。
租税重ければ民枯る。
民枯るれば国家危し。
      (金言集)
【註】
 租税の徴収には細心の注意と配慮を要する。


大企業だけ“円安バブル”に浮かれる師走のようです。
「忘年会会場が抑えられない」
とTVで言ってました。
“上級下民”だけでは国家は成り立ちませんが、
なかなか“下級下民”まで降りて来るには時間のかかるものです。
2014年は私たちも実感できる年になるといいですね。
もちろん“楽して儲ける”ようなことは考えません。
お客様の喜びを探し続けます。
・・・広ガスたかたへの影響は、
円安でLPガス輸入価格が天井付近に急上昇です・・・。

2013/12/10 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     12月10日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
12月10日
分度は仁の大本

 分度は仁の大本なり。
苟(いやしく)も其の本立たずして、
徒(いたず)らに末を挙げんとせば、
是れ民を惑はし遂に聚斂(しゅうれん)の災を開き、
国を興さんとして、
却って其の国を亡ぼすの大患を生ぜん。
これ故に分度を立つる時は大仁を行ふに足り、
分度なき時は国を廃する殃(わざわい)となれり。
                    (金言集)
【註】
 聚斂とは人民からの租税のとり立て。
分度こそ興亡の本なる所以(ゆえん)である。


消費税率8%に伴い自動車取得税は廃止のようですね。
に伴い、
軽自動車の税金が上がるようです。
軽自動車も360㏄時代から比べるとかなり大きくなっており、
昔の普通自動車よりも社内はゆとりがあるくらいです。
そう考えると“増税やむなし”と言えるかもしれませんね。
・・・その場合は、
新たな自動車区分を追加するというのはどうでしょう。
昔あった“オート三輪”や、
スマートなどの“二人乗り自動車”を「軽・軽自動車」と言う区分にし、
税金を安く抑えるなんていかが?。 

2013/12/09 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     12月9日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
12月9日
君民一体

 君民は一なり。
なお一樹のごとく然り。
君は幹なり。
民は根なり。
 (中略)
然して水気を吸うは細根なり。
稼穡(かしょく)を務むる者は細民なり。
細根なければ則ち幹枝花葉を養う能(あた)わず、
細民なければ則ち経国の用度を給する能わず。
国君たる者は宜(よろ)しく君民一体の理を悟り以て細民を恤(あわれ)むべきなり。
                                (語録四六二)
【略解】
 稼穡とは、
穀物の植付けと取り入れすなわち農業のこと。
農業は国の本なり、
この大本を忘れてはならない。


社会主義の国の中で、
成果を出している国の一つが「キューバ」と聞きます。
キューバは国を挙げて農業に力を入れることで、
うまく成り立っているのだそうです。
「食を支えることが国の一大事である」
と、TV番組で偉い先生が言ってました。
最近、私もそうだと思い始めました。
これから日本はどうなっていくのでしょう。
TPPは日本の農業をどう変えていくのでしょう。
日本向けの食糧輸出が止まってしまったら、
日本はどうやって食糧を確保するのでしょう???。

2013/12/08 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     12月8日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
12月8日
人の窮乏を助く

 余幼少より敢(あ)えて招飲(しょういん)に赴(おもむ)かず。
索綯作籃(さくとうさくらん)を以て人の窮乏を助くるを楽と為す。
爾来孜孜(じらいしし)として事に斯(これ)に従う。
敢えて自己の衣食を計らず。
以て今に至る。
          (語録四五五)
【略解】
 索絢作籃とは、
なわないとかごつくりのこと。
寸暇を惜しんで撓(たゆ)まず微善を積むという生活がうかがえます。


武蔵野の小山さんは、
「小さな改善をたくさん積み重ねることで会社は変わる」
と言われています。
「大きなことをやろうとするから一歩が出ない。
 小さな改善とは、
 人がやってることをそのまま真似すること。
 手を加えてはいけない、そのままパクる」と。
広ガスたかたも5年前とは全く違う会社になってしまいましたね。
先日、
大前醤油の社長さんから、
「ファンヒーター設置できてくれた、
 君のところの社員さんは、
 みんな礼儀正しくてハキハキしているいい社員さんばかりだね」
と褒めていただきました。
社員の皆さん本当にありがとうございます。

2013/12/07 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     12月7日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
12月7日
報徳勤勉

 苟(いやし)くも人たる者は徳に報ずるの心を懐(いだ)き勤勉にして懈(おこた)らずんば、
則ち智力乏しと雖(いへど)も、
而(しか)も其の功必ず以て家を興し、
身を安んずるに足らん。
三才の徳、
豈(あに)其れ一日も遺(わす)るべけんや。
                 (語録四一六)
【略解】
 三才の徳とは、
天・地・人の徳を言う。
この三才の徳に報ずるは人道の極なりと教えている。


昨日につづき、
芳村思風先生の感性論哲学が頭に浮かびますね。
思風先生の「生きるとは」を紹介します。

 

 人間において生きるとは、
ただ単に生き永らえる事ではない。
 人間において生きるとは、
何のためにこの命を使うか、
この命をどう生かすかということである。

 命を生かすとは、
何かに命をかけるということである。
だから生きるとは命をかけるという事だ。
 命の最高のよろこびは、
命をかけても惜しくない程の対象と
出会うことにある。
 その時こそ、
命は最も充実した生のよろこびを味わい、
激しくも美しく燃え上がるのである。

 君は何に命をかけるか。
君は何のためになら死ぬことができるか。

 この問いに答えることが、
生きるということであり、
この問いに答えることが、人生である。

2013/12/06 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     12月6日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
12月6日
一に譲道

 禽獣(きんじゅう)争奪を専らにし、
僅かに生活を得て礼譲の道なし。
故に古(いにし)へより以来一日も安んずるを得ざる人なり。
人は則ち此れに異り、
神聖建つる所の譲道に依り、
五倫の道を行い、
各々父母妻子を保(やす)んじ、
以て其の生を楽しむ。
         (語録四一四)
【略解】
 人が禽獣に異なる所以(ゆえん)のものは、
この譲道にありと教えられる。
かくして五倫の道とは、
父子間の親、
君臣間の義、
夫婦間の別、
長幼間の序、
朋友間の信を指す。


感性論哲学の芳村思風先生は、
人間と動物の違いは、
“理性”だと言われています。
感性だけでやりたいことをするのは人間ではない。
自分の欲情だけ優先させた痛ましい事件、
光市の母子殺人を思い出します。
「人は感性を理性でコントロールしているから“人間”なのだ」
しかし、
「人間は不完全な存在である。
 完全は神だけだという自覚を持ち謙虚でいるから学び続けることができる」
とも言われていました。
私は、
たまにふと思い出し感性論哲学を手に取ります。
普段はベッドの横でホコリをかぶってますが…。

2013/12/05 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     12月5日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
12月5日
白盃白酌たるべし

 翁折々補労(ほろう)のために、
酒を用ひららる。
曰く銘々酒量に応じて、
大中小適意の盃を取り、
各々自盃自酌たるべし。
献酬する事勿(なか)れ。
是れ宴を開くにあらず。
只労を補はんがためなればなりと。
或いは曰く、
我が社中是れを以て、
酒宴の法と為すべし。
        (夜話一二五)
【略解】
「自盃自酌たるべし。
 献酬する事勿れ」
という酒宴の方法には大いに共鳴するものがある。


忘年会のシーズンです。
楽しくなっるとついつい飲みすぎてしまいますので、
注意しましょう。・・・します。
お酌をしあうと気づくと適量を越えていることもしばしばです。
尊徳翁が言われるように、
特に補労の場合は適量を越えずに、
“疲れを癒す”量を自らが計りながら酌することがよいのですね。
・・・計ります。 

2013/12/04 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     12月4日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
12月4日
回村の行の威力

 予昔桜町陣屋に来る。
配下の村々至惰(しだ)、
至汚(しお)、如何共すべき様なし。
之に依って予深夜、
或は未明、村里を巡行す。
惰を戒(いまし)むるにあらず、
朝寝を戒むるにあらず、
可否を問はず、
勤惰を言はず、
只自らの勤めとして、
寒暑風雨といへども怠らず、
一二月にして、
初めて足音を聞きて驚く者あり。
又足跡を見て怪しむ者あり。
又現に逢ふ者あり。
是より相共に戒心を生じ、
畏心を抱き、
数月にして、
夜遊(よあそび)・博奕(ばくえき)・闘争等の如きは勿論、
夫婦の間、
奴僕(ぬぼく)の交り、叱咤(しった)の声無きに至れり。
                      (夜話一三五)
【略解】
 先ず着手せられし回村の行の威力。


仕事で言うなら“チェック”に当たるのでしょう。
計画をつくり、
実行に移す。
チェックが甘ければ、
時の流れと共に計画自体が無かったことになってしまいます。
名前は覚えていませんが、
「夜回り先生」をTVで紹介していました。
計画通りの成果を出すための“チェック”は、
半端なもののではないのです。
「無理をおして、体を壊してでもやり遂げる」
と言う覚悟がないとできないのかもしれません。 

2013/12/03 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     12月3日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
12月3日
この覚悟、事を成す大本

夫(そ)れ開闢(かいびゃく)の昔、
葦原に一人天降りしと覚悟する時、
流水に潔身(みそぎ)せし如く、
潔(いさぎよ)き事限りなし。
何事をなすにも此の覚悟を極むれば、
依頼心なく、
卑法卑劣の心なく、
何を見ても、
羨(うらや)ましき事なく、
心中清浄なるが故に、
願ひとして成就せずと云ふ事なきの場に至るなり。
この覚悟、
事を成す大本なり。
我が悟道の極意なり。
此の覚悟定まれば、
衰村起すも、
廃家を興すもいと易し。
只此の覚悟一つのみ。
(夜話一三四)
【略解】
 この天上天下にただ一人、
天の使命を帯びて派遣せられし覚悟なるか。


森信三先生の言われる、
持って生まれた「使命」の書かれている封筒。
開封するための「覚悟」のことなのでしょう。
言い換えると「信念」だと思います。
「信念」を持ち、人生を歩んでいくには、
森先生の次の詩が参考になるのです。
何度も登場する
 人間の一生(人生にどなし)

職業に上下もなければ貴賤もない。
世のため人のために役立つことなら、
                何をしようと自由である。
しかし、
 どうせやるなら覚悟を決めて十年やる。
すると二十からでも三十までには一仕事できるものである。
それから十年本気でやる。
すると四十までに頭をあげるものだが、
      それでいい気にならずにまた十年頑張る。
すると、
五十までには群を抜く。
しかし五十の声をきいた時には、
       大抵のものが息を抜くが、それがいけない。
「これからが仕上げだ」と、
            新しい気持ちでまた十年頑張る。
すると六十ともなれば、
           もう相当に実を結ぶだろう。
だが、
 月並みの人間はこの辺で楽隠居がしたくなるが、
                     それから十年頑張る。
すると、
 七十の祝いは盛んにやってもらえるだろう。
しかし、
 それからまた、十年頑張る。

するとこの10年が一生で一番面白い。

2013/12/02 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     12月2日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
12月2日
我が道は至誠と実行のみ(二)

 仮令知謀(たとえちぼう)孔明を欺(あざむ)き、
弁舌蘇張(べんぜつそちょう)を欺くといへども、
弁舌を振(ふるつ)て草木を栄えしむる事は出来ざるべし、
故に才智弁舌を尊まず、
至誠と実行を尊ぶなり、
古語に至誠神の如しと云といへども、
至誠は則神と云も、
不可なかるべきなり、
凡(およ)そ世の中は智あるも学あるも、
至誠と実行とにあらざれば事は成らぬ物と知るべし。
                     (夜話一三九)
【略解】
 いかに才知あり弁舌ありといえども、
至誠と実行がなければ、
事は運ばず成立しないとの一大信条の表明です。


私は、
ホリエモンは天才経営者だと思っています。
素晴らしい戦略と実行力。
逮捕される事態になったのは、
“至誠”の不足だったのかな???
もったいない。

2013/12/01 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     12月1日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
12月1日
我が道は至誠と実行のみ(一)

 我が道は至誠と実行のみ。
故に鳥獣虫魚草木にも皆及ぼすべし。
況(いわ)んや人に於けるをや。
故に才智弁舌を尊まず。
才智弁舌は、
人には説くべしといへども、
鳥獣草木を説く可からず。
鳥獣は心あり。
或は欺(あざむ)くべしといへども、
草木をば欺く可からず。
夫(そ)れ我が道は至誠と実行となるが故に、
米麦菰菜(そさい)瓜茄子にても、
蘭菊(らんきく)にても、
皆是を繁栄せしむるなり。
        (夜話一三九)
【略解】
 まこと再三再四、
復誦すべき至言である。


「至誠の道」
広ガスたかた流に言い直すと、
「健善の道」ですね。
ただし、
鳥獣草木にまで影響するほどではありません。
そう考えると。
「健善の道」への道はまだまだ果てしないですね。
力をつけながら一歩一歩前進。

2013/11/30 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     11月30日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
11月30日
流汗悟道

 翁が身を以て人を導かれたことは、
世人の知る所であるが、
荒地開墾に従事する役夫取締のため出掛けらるるにも必ず鍬鋤(くわすき)を手にせられた。
ある時、
今市在の庄屋が用事があって今市よりの帰途開墾しつつある土地を通りかかると、
羽織を松の枝に掛け、
軽装して手に鍬を持ち、
汗を流して役夫の手助けをして居られる翁を見うけたということである。
                              (逸話集)
【註】
 鍬鋤持参の出張、
そして帰途の手助けの労作業には頭の下がる思いがします。


本当に頭が下がります。
残念なことに、
私はずいぶん以前にここは断念しました。
手助けの労作業で、
持病の椎間板ヘルニアが悪化、
本来の担当業務に穴をあけ、
かえって大きな迷惑をかけてしまいました。
本来業務を頑張って、
トータルでサイン満足度の高い職場づくりを進めます。

2013/11/29 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     11月29日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
11月29日
心田の開発こそは

 翁が嘉永六年二月に日光神領地の仕法を命ぜられた時、
涙を流して曰くには「俺は土地の開拓より人間の開拓をする積りであるのに、
まだ土地の開拓を申付けるのか」と歎息せられた。
翁は荒地の開発を最も大切にせられたが、
更に大切なことは心田の開発であるとせられた。
                  (逸話集)
【註】
 「心田の開発」と「荒地の開発」こそ尊徳翁の二大心願ですが、
しいて言えば、
「心田の開発」を優先なさった。


少しだけわかるようになってききました。
社長になりたてのころは、
会社を成長させようとしていました。
そのためには人の成長が必要だと考えたのです。
今は、
仕事を通して人が成長する。
そして会社が成長するのだと。

2013/11/28 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     11月28日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
11月28日
天地開闢

 いにしへは草木も人もなかりけり
        高天(たかま)が原に神いましつつ
          (二宮翁道歌)
【略解】
 太古の昔は、
草木も人もなく、
まことに荒涼たるものでしたが、
こうした高天が原に、
天の御中主(みなかぬし)の神、
高見産霊(むすび)の神、
神見産霊(むすび)の神の三種のご神徳により世界が出来たものであると天地開闢(かいびゃく)の恩徳を詠まれたものです。


人間と言うのは、
本当にすごい生き物ですね。
人類の始まりは化学なんてありません。
鉄もなければプラスチックもあるはずありません。
動力と言えば人間の足くらいでしょう。
少しづつ少しづつ、
何千年?も何万年?もかけて現在に至ったのです。
今や人間は、
自分たちで収拾させることすらできない原発まで開発し、
私たちの子供や孫の時代に何を残そうとしているのでしょう。
人間が神を越えようと無理をした結果なのでしょうか・・・。

2013/11/27 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     11月27日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
11月27日
大木も一本の苗木から

 むかしまく木(こ)の実大木と古成りにけり
             今まく木の実のちの大木ぞ
                  (二宮翁道歌)
【略解】
 因果応報の真理を、
大木の成長を例にとって諭(さと)されたものです。
殿堂の支柱となる大木も元はといえば一本の苗木であったが、
長い年月の間に年輪を重ねて大木に成長したものですから、
将来の成長を夢みて年ごとに植樹を心がけるべきです。


早いスピードで成長することだけがよいわけではありませんね。
屋久杉もゆっくりと成長した結果、
年輪が詰まった美しい木目の風合いが生まれます。
私は屋久杉のように成長したいと考えます。
ゆっくりですが、
色々な困難を乗り越えつつ、
“円熟”ではなく“角熟”した人間になりたいですね。

2013/11/26 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     11月26日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
11月26日
稲の花なみ

 桃桜八重山吹に勝りけり
       只楽もしき稲の花なみ
           (二宮翁道歌)
【略解】
 春らんまんに咲き乱れる桃、桜、
山吹の花もまことにありがたい眺めでありますが、
秋の田の稲の花の咲き揃った真盛りの眺めも、
またえも言えぬほど美しいものです。


“稲の花なみ”が、
ただただ“桜と同じように美しい”と、
言うことではないのだと思います。
私たちの“食”を支える“米”の花としての美しさ、
輝きではないでしょうか。
お金さえ出せば、
いくらでもおいしい物が食べられる現代社会とは違い、
米の一粒がとても大切だった時代です。
しかも、
手間ひまかけて育てた稲ですからなおさらでしょう。

2013/11/25 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     11月25日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
11月25日
親子の情愛

 餌(え)を運ぶ親のなさけの羽音には
           目のあかぬ子も、ロをあくなり
               (二宮翁道歌)
【略解】
 これは親子の間の真情を詠まれた一首です。
小鳥の子は生れてニ、三日は目を閉じたままですが、
餌を運ぶ親鳥の羽音にロを開けると、
母鳥がその子のロに餌を入れる。
この親子の情愛ほど、
いとしきもの美しきものはございません。


広ガスたかたの倉庫でも、
毎年ツバメが育って旅立ちます。
ヒナたちは親が餌を持って帰ってくると、
突然巣の上から顔を出し、
くちばしを思いきり広げ、
ピーピー鳴いています。
この世に生を受けたすべての生き物は、
植物であれ、動物であれ、
子孫を残すために目いっぱいの愛情を注いでいくのですね。

2013/11/24 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     11月24日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
11月24日
徳を得る者、得ない者

 父子君臣夫婦朋友長幼その徳を報ずる者はその徳を得、
報ぜざればその徳を得ず。
           (金言集)
【註】
 「感恩報徳」の一力条こそは尊徳翁の中心眼目である。


感謝の心を持つ人が徳を得、
感謝の心を失った状態であると徳を得られない。
・・・と言われているのだと思います。
感謝の心がしっかりしている人は、
人を責めることはないのでしょう。
本人は、
「攻めているのではない」 
と言いつつも、
声は攻めのトーン。
周りは冷ややかに見ています。
成果をつくるだけでは徳を得ることはできませんね。 

2013/11/23 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     11月23日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
11月23日
後世を楽しむ

 古へ徳を積みし者は今貴し。
今徳を積む者は後世貴し。
勤めて徳を積み子孫に伝へ、
後世を楽しむ他あるべからず。
            (金言集)
【註】
 積善の余徳は子孫の繁栄にもつながるとの教えである。


「若い時の苦労は買ってでもしろ」
と言います。
若いときに徳を積み、
ひと年とってから楽しむ人生。
「楽しむ=らくをする」ではないと考えます。
成功者の本を読んで共通していることに一つに、
経済的破綻などの苦しい体験を乗り越えてきていることです。
ある意味“徳を積んだ時期”と言ってよいのかもしれませんね。 

2013/11/22 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     11月22日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
11月22日
徳を積む道

 徳を積むの道はたとへば豆腐十五文ならば、
買ふときは十六文、
売るときは十四文にすることなり。
               (金言集)
【註】
 徳を積むとは、
自己の利害損得を先にせずして、
相手の利を優先するという一語に尽きると言えましょう。


本日の「徳を積む道」を読み考えました。
徳を積むために必要なものは何でしょう。
徳を積むための“蓄え”のようですね。
利益無くして蓄えなし。
「蓄え無くして徳行なし」
利益の還元が徳行ですね。

2013/11/21 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     11月21日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
11月21日
譲道は人道の精髄

 我が道は分度に在り。
分は天命なり。
度は人道なり。
分定まり度立って、譲道生ず。
譲は、人道の粋なり。
          (金言集)
【註】
 「天道に従い人道の誠を尽くす」という一語の示す通り、
譲道こそ、人道の精髄です。


一言。
「謙虚でいなさい」
と言うことですね。
人間は、
年齢と共に生意気になっていくのですね。
・・・気を付けます。

2013/11/20 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     11月20日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
11月20日
春なければ秋なく

○春なければ秋なく 秋あれば春あり
  夏なければ冬なく 冬あれば夏あり
  春夏秋冬これを合して 年と名づく。
○東なければ西なく 西あれば東あり
  南なければ北なく 北あれば南あり
  東西南北これを合して 方と名づく。
           (一円一元論)
【註】
 四季とは対極的循環であり、
四方とは対極的思考を示すものです。


振り子も左右同じように振れます。
やじろべえも左右同じように振れます。
自転車も左右に振れながらバランスを取ります。
完璧な一点を保つ人間なんていません。
完璧な一点を探しながら、
行ったり来たりでバランスが取れるのでしょうね。

2013/11/19 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     11月19日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
11月19日
万物知止

○日本国土ニ生タル人ハ日本国土ニ
               生タル所則チ天命ナリ。
   故ニ日本国土ハ日本国土ニ生タル人ノ止(とど)マル所ナリ。
○一山村ニ生タル人ハ山村ニ生タル所則チ天命ナリ。
○一百石ノ家ニ生タル人ハ百石ノ家ニ主夕ル所則チ天命ナリ。
○一農家ニ生タル人ハ農家ニ生タル所則チ天命ナリ。
                    (一円一元論)
【註】
 万物万人その天命により止まるところを知らねばなりません。


???は今日も続きます。
自分の居場所と言うお話だと思いますが、
今回も適当に感想。
武蔵野の小山さんは鉄人かと思っておりましたが、
過労で12月いっぱい休養を取られれることになりました。
止まるところでは止まって、
しっかりと休養も必要です。

2013/11/19 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     11月18日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
11月18日
問う者の精粗

 孔子の問に答うるや、
一を問えば則ち一を答うるのみ、
甚だ言に悋(りん)なるが如し。
蓋(けだ)し其の深浅は問う者の精粗にあるなり。
余も亦善く問う者なれば則ち理を尽す能(あた)わず。
小子の問は譬(たと)へば、
一髪を以て洪鐘(こうしょう)を撞(つ)くが如し。
いずくんぞ真音を発するを得ん。
             (語録二〇一)
【註】
 洪鐘とは大きな釣鐘。
真音は撞き方の如何にある。


相変わらず???の連続。
本日も勝手な解釈での感想。
お寺の釣鐘は一突きで、
ゴーン~ ウォン ウォン ウォン ・・・・・・・・・・・・
と、鳴り響きます。
問答も、
一つの問に対し一つの答えを出すのではなく、
頭がちぎれるくらいいくつもの答えを出してみる。
すると、
人間の幅がとって広がりますよ。
ってことかな。
私がやっているもう一つ。
師匠の結論が私と違った場合。
「師匠の結論だから正しいに違いない」
と、
まずは信じる。
そして、
正しい理由を無理やりいくつも出しまくる。
すると、
「なるほど」と思えてくるのです。

2013/11/17 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     11月17日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
11月17日
招飲に赴くを好まず

 他人の酒食を貪る者は国家の用を為すに足らざるなり。
好んで招飲(しょういん)に赴く者は与に議(はか)るに足らざるなり。
我幼より筵(むしろ)に赴くを好まず。
其の筵に赴き徒らに光陰を費やすよりは、
提籃(ていらん)を造り以て之を人に施すの楽しきに若(し)かざるなり。
                          (語録一七六)
【註】
 招飲とはご馳走に招かれること。
提籃とは、手さげのかご。


ただ酒をごちそうになり、
その上見上げ間でもらって帰る。
ってことかな?
中国では今でもありそうですね。
日本でも、
公共工事などの談合が日常であって時代にはありましたね。
タクシーも、
「昔は市の職員さんの会合が多かったが、
 最近ではまったくなくなって、暇だよ」
と、言ってした。

2013/11/16 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     11月16日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
11月16日
日用の徳

 報徳の心を存する者は必ずその家を富ます。
報徳を忘るる者は必ず貧困を免れず。
是れ理の必然なり。
人の食するや、
目々炊器盤盌(すいきばんわん)を用うるに、
食し終って之を洗う者はまた之を用うる為か。
若(も)し食米すでに尽き、またこれを恝置(かいち)す。
之れ日用の徳を忘るるなり。
                 (語録一四一)
【註】
 盤盌とは、食器類。
恝置とは、
放りっぱなしにしておくこと。


「放りっぱなしにしておく」
これはすべてに通じますね。
仕事で活躍しているが評価に結び付かない人。
これは最後が甘いのです。
“~っぱなし”状態が原因です。
・・・って妻に言われてます。
仕事がんばってるけど評価は低い。
「まさに、大どんでん返し」・・・とんねるず 

2013/11/15 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     11月15日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
11月15日
居所を定む

 争論の生ずる、
其の居処を定めざるにあるなり。
熱地に居る者は清涼を喜ぶ。
是れ清涼を好むにあらず。
熱地に居るが故なり。
寒地に居る者は温暖を喜ぶ。
是れ温を好むにあらず。
寒地に居るが故なり。
苟(いやし)くも其の居処を定むれば、
則ち何の争論か之あらん。
          (語録三七四)
【略解】
 おのが立脚の地を確認するを要す、
自ら寒地にあるか熱地にあるか。
自ら悟道にあるか、
人道にあるか。
その立脚の如何を問うべきである。


「敵を知り己を知れば百戦危うからず」
孫子でしたでしょうか?
居所とは場所の意味もあるのでしょうが、
考え方や価値観、思想などともいえるかもしれませんね。
まずは、
己の居所を自分自身が知ることは大切なことですね。
・・・実はそれが一番難しい。

2013/11/14 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     11月14日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
11月14日
報徳現量鏡

 孔子我が報徳現量鏡を見ば、
則ち必ず歎称すべし。
何となれば五銭十銭の微と雖(いえど)も、
而(しか)も飲食を菲(うす)うし、
衣服を悪(あし)うし宮室を卑(ひく)うするに出でて窮民救助、
荒蕪(こうぶ)開墾、
道橋修繕、
家屋造営の資と為ればなり。
豈(あに)間然するなきにあらずや。
            (語録三五五)
【略解】
 「分度」を全て図示し、
分度の実際観察の便を計られた。
このように微に入り細にわたり分度生活の根拠を示された。


いまさらですが、
分度とは、“分限度合”ですね。
「経済面での自分の実力を知り、
 それに応じて生活の限度を定めること」
尊徳翁はその限度を細かく示されていたと言うことなのでしょう。
私たちはなかなかそこまでできていません。
まずは、
「やらないことを決める」
ことから明確にすることからですね。

2013/11/13 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     11月13日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
11月13日
公事急にして

 余君命を奉じて野州の廃邑(ゆう)を興す。
荒蕪(こうぶ)を墾(ひら)き溝渠をほり、
経路を造り、
橋梁を架し、
家屋を営み、
厩厠(きゅうし)を作り、
衣食を給し、
農器を班(わか)ち、
善を賞し窮を恤(あわれ)み、
撫循(ぶじゅん)教導、
事務百端、
費用無算、
未だ考妣(こうひ)の墓標を建つる能(あた)わず。
況(いわ)んや其の他に於てをや。
何となれば公事急にして私事を営むの暇なければなり。
(語録三四七)
【略解】
 全身全霊を公事に尽され、
考妣(亡き父母)の墓標さえ建てていない心境の一端がうかがわれて、
言うべき言葉がない。


人は成長するに従い、
社会と共に生きていることを自覚するようになるのでしょう。
若いころは、
「自分は自分。
 誰の世話にもならずに生きていく」
なんて考えることもありますね。
社会とかかわらずに生きていくなんて、
ほぼありえません。
TVで、
沖縄の無人島で生活しているという人の番組をやっていましたが、
「カニを取り、それを売って米などを買う」
って言ってました。 
地域のお手伝いや、
業界や商工会、青年会議所・・・
年齢と共に社会とのかかわりが増え、
最後は社会へ恩が良しと言う形でかかわれると、
「良い人生だった」
と言えるのかもしれませんね。

2013/11/12 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     11月12日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
11月12日
まず居処定むべし

 万事万物、
悉(ことごと)く偶に由りて立つ。
(中略)
苟(いやし)くも之を問わんと欲する者は宜(よろ)しく先ず居処を定むべきなり。
居処を定めずして善悪得失、
之を問わば則ち余が答えて可と曰(い)うの外、
豈(あに)他道あやんや。
故に何に因って善、
何に因って悪なるかは其の居処を定めて、
而(しか)る後之を論ずれば、
則ち其の事理明了、
奇偶の理も亦判然たり。
(語録三四五)
【略解】
 質問論議の前に、
自己の孝えの立場を明確にすべしとの説である。


企業で言うと、
“事業ドメイン”なのかな?
私たちがはみ出してはいけない事業領域。
根なし草のように利益につながりそうだからと、
何にでも手を出していると、
信用を失い帰るところを失ってしまいます。
広ガスたかたの事業ドメインは、
“暮らし”です。
「豊かで健善な暮らしをつくります」 

2013/11/11 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     11月11日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
11月11日
日課綯索法(とうさくほう)

 東海道を称して大路とさ為すとは何ぞや。
上(かみ)王侯より下士民及び瞽者乞人(こしゃこつじん)牛馬に至るまで、
みな通行すればなり。
夫(そ)れ一人行きて、
十人行く能(あた)わざるは大道にあらざるなり。
我が日課絢索(とうさく)法の如きは、
則ち児女子と雖(いえど)も、
而(しか)も行う能わざるなきは豈(あに)大道にあらずや。
                      (語録三五)
【略解】
 綯索とは、
縄(なわ)をなうこと。
この誰にでもできる縄のない方という大道の提唱は、
大いなる慈悲心によるもの。


「“王道”あり」
と、言うことが書かれているのかな?。
「あると思います」
ナポレオン・ヒルの“成功哲学”もその一つでしょう。
“論語”や“孫子”などに書かれていることも同じだと思うのです。
真理は一つ。
真理の上に差別化戦略が乗っかって成り立つのですね。

2013/11/11 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     11月10日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
11月10日
助貸法の効用

 我が助貸の法、
無息の金は債主に於て何の益ぞ。
亦無用に似たり。
然れども貧乏之を得れば、
則ち其の一日も欠くべからざる者を全うし、
以て其の生を安んじ、
以て其の家を保つ。
其の有用たる、
亦大ならずや。
 (語録二八)
【略解】
 尊徳翁独特の無利息年賦の貸付法で、
貧民救済にあてられました。


給与や賞与の受け取り予定に関係なく、
緊急に必要な場合もあります。
無い袖は振れませんが、
事情によっては、
これまでも何とかさせていただく場合もありました。
これからもあるかな?
常に袖がある状態を作っておきます。 
 

2013/11/11 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     11月9日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
11月9日
至道は卑近にあり

 大名の城の立派なるも、
市民の繁華なるも、
財源は村落にあり。
是を以て至道は卑近にありて、
高遠にあらず。
実徳は卑近にありて、
高遠にあらず、
卑近決して卑近にあらざる道理を悟るべし。
               (夜話二三〇)
【略解】
 「至道は卑近にあり、
実徳は卑近にあり」。
まさに身近な凡事の徹底にこそ、
まことの道があると言うべきか。


私たちの社屋も、
検査場も製造設備も車も、
その他すべての施設は、
お客様からの財源なのですね。
粗末に扱ってはばちが当たるのは当たり前ですね。
長~く、大切に使っていかなくてはいけません。 

2013/11/08 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     11月8日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
11月8日
己に克つの功

 釈氏は王子かなれれども、
王位を捨て鉄鉢一つと定めたればこそ今此の如く、
天下に充満し、
賤山勝(しづやまがつ)といへども尊信するに至れるなれ。
則ち予が説く所の、
分を譲るの道の大なる物なり。
則ち己に克つの功よりして天下是に帰せしなり。
凡(およ)そ人の長たらん者何ぞこの道に依らざるや。
                    (夜話二二五)
【略解】
 山中に住む身分の低い人でさえ釈尊の教えを尊崇するに至ったわけを端的に示してくださっている。


地球上のすべてのものは、
私たち人間も含め「借り物」と言われます。
私たちの身体も命も借り物なわけです。
その借り物の私たちは、
命ある限り「欲の塊」です。
しかし、
欲と言うのが意欲のもとになる場合もあります。
やはり「足るを知る」問ことが重要なのでしょう。

2013/11/07 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     11月7日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
11月7日
天下仁に帰す

 己(おのれ)に克ちて礼に復(かえ)れば、
天下仁に帰すと云へり。
是の道の大意なり。
夫(そ)れ人、
己が勝手のみを為さず、
私欲を去りて、
分限を謙(へりくだ)り、
有余を譲るの道を行ふ時は、
村長たらば、
一村服せん。
国主ならば一国服せん。
    (夜話二二五)
【略解】
 長やリーダーたるべき者のあり方の大事さが痛切に感じられてなりません。


お釈迦様は常に自分を律しているのでしょう。
人間ですからね私たちは。
欲をなくすなんて無理です。
でも時々初心に帰り、
せめてそのタイミングでは私欲を捨てることですね。
捨てて捨てて捨てまくるのです。
腹をくくって捨てますよ、私も。

2013/11/06 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     11月6日

二宮尊徳

  一日一言

        (致知出版)

        寺田一清編

116

驕奢(きょうしゃ)慢心の怖れ

 たとひ何百万金の貯蓄あり、

何万町の領地あり共、

暴君ありて、

道を踏まず、

是も不足、

彼も不足と驕奢(きょうしゃ)慢心、

増長に増長せば消滅せん事、

秋葉の嵐に散乱するが如し、

恐れざるべけんや。

  (夜話一六八)

【略解】

 尊徳翁は長たる者のおごり・高慢・増長の怖さを指摘され、

恭謙でいることがおのれを持すとし、

分度推譲の道を説かれた。

「足るを知る」

・・・の前に分度を知る。

自分の力を勘違いしてるから、

何でもかんでももてる気になってしまうのですね。

やっぱり、

あえて「環境整備」、

整理整頓ですね。

整理とは捨てることです。

まずはどんどん捨てましょう。・・・はい、捨てます。

 

2013/11/05 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     11月5日

二宮尊徳

  一日一言

        (致知出版)

        寺田一清編

115

天地の令命による

 道の行るる行れざるは天なり、

人力を以て如何とも為し難し。

この時に至りては、

才智も益もなし。

弁舌も益なし。

勇あるも又益なし。

  (中略)

 夫(そ)れ小田原の仕法は、

先君の命に依りて開き、

当君の命に依りて畳(たた)む。

皆是までなり。

凡(およ)そ天地間の万物の生滅する、

皆天地の令命による。

私に生滅するにはあらず。

春風に万物生じ、

秋風に枯落する、

皆天地の命令なり。

豈(あ)に私ならんや。

    (夜話六〇)

【略解】

 小田原藩の仕法は先君の命により始まり、

現君の命により終わった。

これは天意である。

悲しいが、

・・・・・・私には意味不明。

 始まりがあれば、

    必ず終わりがある。

 人間は生を受ければ、

       必ず死がある。

と言うことでしょうか???

このことはとても大切なことですよね。

この自覚がなければ“感謝”の心は育たない。

今日も目が覚め息をしていることが奇跡。

決して当たり前ではないのです。

病気や事故などで死の淵を感じた人には、

わかっていただけると思います。

妻と子供たちを事故で殺仕掛けた経験者より。

・・・車だけは身代わりで死んでくれました。

2013/11/04 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     11月4日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
11月4日
荒地は荒地のカあり

 荒地は、
荒地のカを以て開き、
借金は、
借金の費(ついえ)を以て返済し、
金を積むには、金に積ましむ。
教へも又しかり。
佛教にて、
この世は僅(わずか)の仮の宿、
来世こそ大事なれと教ふ。
これ又、
欲を以て欲を制するなり。
       (夜話五四)
【略解】
 カを以てカを制するのではなく、
相手のかくれたカを引き出す仕法こそ、
尊徳翁の改革仕法の一番の特徴である。


自身、この文章の
正しい理解はできていないと思います。
が、
私なりの理解で感想を書来ます。
私が新しい仕組みや戦略、戦術を進める場合、
組織の「困った」を待っていました。
上から押し付けるやり方では、
反発も多く定着しないからです。
「困った」を解決することには積極的ですので、
それに乗じて仕組みや戦略、戦術をスタートさせていました。
過去形で書いたのは、
現在は「困った」を待たなくても、
次なるステージへの挑戦意識が、
全体で高まったと感じているからです。

2013/11/03 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     11月3日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
11月3日
明目のために、来年のために

 富と貧とは、
元遠く隔(へだ)つ物にあらず。
只少しの隔(へだて)なり。
其の本源只一つの心得にあり。
貧者は昨日の為に今日勤め、
昨年の為に今年勤む。
故に終身苦しんで其功なし、
富者は明日の為に今日勤め、
来年の為に今年勤め、
安楽自在にして、
成す事成就せずと云ふ事なし。
        (夜話一ニ七)
【略解】
 富者と貧者の差は、
根本的にわずかな心構えの違いによる。


“凡事徹底”ですね。
誰でもできることですから、
当然、誰にでもできるのです。
広ガスたかたで言うと「車の清掃」。
当然誰でもできることです。
が、
広ガスたかたの車清掃ほど非凡にやってる会社は、
日本中探してもないと思います。
心構えの問題です。
「形から入って心構えが変わる」
やってることは車清掃、
されど車清掃なのです。
すごいですよ広ガスたかた「車の清掃」。

2013/11/02 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     11月2日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
11月2日
村里の興復

 山林を開拓するに、
大なる木の根は、
そのまま差置きて、
廻りを切り開くぺし。
而(しか)して三四年を経れば、
木の根自(おのずか)ら朽ちてカを入れずして取るるなり。
是を開拓の時一時に掘取らんとする時は労して功少し。
百事その如し。
村里を興復せんとすれば、
必ず抗する者あり。
是を処する又この理なり。
決して拘(かか)はるべからず障るべからず。
度外に置きてわが勤めを励むべし。
             (夜話ニ八)
【略解】
 正に現実洞察の智慧と言うべきである。


通常の場合、
核心の部分を一気につくのではなく、
周りからきっちりと進めることで、
水が上から下へ流れるように無理なく核心をつけるのですね。
・・・通常ではない場合もあります。
小さな会社が大きな会社と戦わなくてはならないような場合です。
織田信長率いる2千の軍と、
今川義元率いる3万の軍が闘いで、
織田軍が勝った“桶狭間の戦い”ですね。
この場合は“核心”一点に集中し攻撃をすることで、
小が大に勝利しました。
そのための戦略はたくさんありますが、
興味のある人は自分で文献を読んでください。
リスクを考えると、
基本はもちろん「通常の場合」の方ですね。 

2013/11/01 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     11月1日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
11月1日
神聖の賜もの

 蓋(けだ)し人の人たる所以(ゆえん)のもの推譲の道あるが故なり。
一日も推譲の道なくんば何を以て禽獣(きんじゅう)に異ならん。
禽獣虫魚は譲道なし。
故に開闢(かいびゃく)より以来幾万歳の末に至るまで、
富優安寧を得る能はず。
人は万物の長となり、
永く盛富安栄を得て患害危亡の憂なきもの、
神聖譲道を立て万世を安んじ玉ふが故なり。
人たるもの豈(あに)一日も神聖の賜もの、
譲道の貴きを忘るべけんや。
          (報徳論)
【略解】
 神佛や聖人の教えの根本はこの譲道であることを忘れてはなりません。


「背中を見せる」
は、“推譲”のお手本と言えるでしょう。
口に出したとたんに、
見せかけの“推譲”は音を立てて崩れてしまいます。
言葉に出さなければ伝わらないものもあることは事実です。
が、
どの言葉を使って伝えるかで、
「“見せかけ”と“本物”を判断される」
と言うこともあります。
“基本は口に出さずに行動するのみ”
それには“忍耐”。
人の上に立つ人、
それなりの年齢の人は“我慢”が大切ですね。

2013/10/31 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     10月31日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
10月31日
禄を受ける水

 富田高慶が翁の志を受け相馬の仕法をする時、
藩主は百五十石を以て高慶を抱えようとしたが、
翁は高慶に向って、
「禄を受けると報徳の主義を実行することがむずかしくなるから受けるな。
要るだけ俺が送ってやる。
荒地を興してそれから生活の道の立つようにして行け」と。
蓋(けだ)し、
翁の意は自己のカを以て生活することが人を導く根本的態度とするわけである。
(逸話集)
【註】
富田高慶が相馬の仕法を実践着手するに当たっての尊徳翁の一言。
正に頂門の一針ともいうべきものです。


“生活保護”などの仕組みの難しいところでしょうか。
利用しなければ“損”だと考える人は、
日本の行く末など考えていないことでしょう。
“偽装離婚”なんて言葉もあるくらいです。
「自己のカを以て生活すること」
人間の基本ですよね。
そのうえで支援が必要な人には、
喜んで力を貸すことは惜しまないはずです。

 

2013/10/30 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     10月30日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
10月30日
髙弟への訓戒

 翁の高弟福住正兄翁は、
まだ政吉と呼ばれて翁に仕えておった時、
小田原の素封家と、
福住という貧家から同時に養子に所望された。
それで翁に何れの養子に行ったらよかろうと相談したところ、
翁曰く、
資産家よりも、
貧家の方が、
報徳の実践がし易いからと、
福住の方をすすめられた。
身代の傾いた福住家を今日のように箱根でも屈指の温泉宿に回復されたのは、
正兄その人も偉かったに違いないが、
翁の眼識の高かった事はこれでよくわかる。
                    (逸話集)
【註】
 まことに選択の岐路に立った時の選び方について大いに教えられる逸話です。


このようにアドバイスされた尊徳翁もすごいですが、
卑屈にならない本人も素晴らしい。
私がその立場であったと考えたら・・・。
根が勤勉でないものですから、
それは怖いものがあります。
私の場合死ぬまで、
「修行、修行」と、
口に出していなければすぐに楽な方に走ります。
・・・残念な人ですね。・・・頑張ります。

2013/10/29 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     10月29日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
10月29日
三つの恩

 あめつちときみと父母との三つの恩
           忘るる時ぞ身はせまりけり
               (二宮翁道歌)
【略解】
 天地大自然の恵みと、
君(きみ)をいただく大恩と、
父母祖先のご恩を忘れるようでは、
しだいに一身は窮乏困苦の境遇にさし迫ってくるものです。
報恩の道を考えなおさねばなりません。


このような文章を読むたびに感じます。
「“感謝”が足りていないな」・・・と。
読んでる時だけ我が身を振り返り、
席を立った途端に忘れてしまう。
・・・悲しい。
・・・・・・と、思いつつもまた忘れる。
情けない。
・・・・・・と、思いつつもまた忘れる。
・・・・・・・・・人間としての性能が相当悪いな。 

2013/10/28 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     10月28日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
10月28日
神佛あるや無しや

 無きといへば無きとや人の思ふらん
       呼べばこたふるるヤマビコの声
                (二宮翁道歌)
【略解】
 この世に神や佛のあるとか無いとかいろいろと思うでありましょうが、
向こうの山に向かって大声で呼べば、
ちゃんと山彦となって帰ってくるじゃありませんか。
これが神であり佛であり、
元の理というものです。


論語や孫子をかじってみて思うのです。
「大昔から真理は一つなのだと」
そう考えると神様と言うのは後付けですね。
真理が先で神が後。
神様を作ることで、
人間と言う弱い動物は、
すがるものができ、
気持ちが楽になるのでしょう。
たぶん。
 
 

2013/10/27 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     10月27日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
10月27日
天地の神と皇

 天地の神(かみ)と皇(きみ)とのめぐみにて
              世をやすくふる徳に報えや
                     (二宮翁道歌)
【略解】
 天地宇宙の根元神と万世一系の皇統が連綿としてましませばこそ、
こうして世の中は安泰に保たれているのです。
その恩徳に報いる報徳の精神を忘れてはなりませんとの教えです。


学生の就職率はアベノミクスで、
一時期よりは良いようです。
とは言え70%には満たないようです。
食がなければあるだけでもありがたい。
しかし、
就職できれば、なれるに従い不満が出る。
人間だから仕方ないのですが、
ある時点ごとでは初心に帰り、
現状に感謝することが大切なのだと思います。
先日、
伊與田 覺先生から論語を学んでいるときに、
それを感じました。
現状に感謝し初心に戻る為、
ためてきたものを捨てる決意をしました。
人間はあればあったでもっと欲しくなる。
・・・当然お金ではありませんが、
そうして知らぬ間に過去にすがろうとする。
情けないですね。・・・もちろん私のことです。

2013/10/26 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     10月26日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
10月26日
安楽国

 春植えて秋のみのりを願ふ身は
         いく世経るとも安き楽しさ
            (二宮翁道歌)
【略解】
 秋の実りの取入れほど楽しいものはありません。
この収穫の楽しみは時代が変わっても変わりようがありません。


秋の実りだけではありませんね。
営業マンも、
市場を耕し種をまき、
育ててからか収穫です。
時代が変わろうと、
職種が変わろうと同じですね。

2013/10/25 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     10月25日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
10月25日
大宇宙大和楽

 咲けばちりちれば又さき年毎に
        ながめ尽きせぬ花の色々
            (二宮翁道歌)
【略解】
 咲けば散り、
散ればまた咲く。
千転万化、
循環変化窮(きわ)まりない天地間では、
時々刻々ながめが変わって、
面白くもあり、
楽しくもある。
思えば大字宙大和楽の世界なのであり興趣尽きないものであるとの意。


何度も書いていますが、
春の桜ってきれいですよね。
それと秋の紅葉。
なかでももみじの“紅”ですね。
若いころには何の興味も持ちませんでした。
それなりの年齢にならないと感じないのでしょうか?。
・・・私だけかな???。
一年に一回の繰り返しだからかな?
残り人生の量が減っていくから感じるのかな?
関係のない話ですが、
家の庭で毎年いい香りを漂わせてくれる“きんもくせい”ですが、
年々時期が遅れていくように思います。
温暖化の影響でしょうか。

2013/10/24 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     10月24日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
10月24日
春は花秋は紅葉

 春は花秋は紅葉と夢うつつ
        ねても覚(さめ)ても有明の月
              (二宮翁道歌)
【略解】
 春は桜、
秋は紅葉と、
夢まぼろしと変化の世の中でありますが、
そうした四季循環変化の中にあって、
一年中変わらぬものは、
夜あけになっても、
まだ空に残っている月の姿であります。
変幻と常住の世界があるということをわきまえる必要があります。


私たちが提供するサービスも、
季節に応じたものを提供しなくてはならないのです。
もっと言うと、
時代に応じたものやサービスの提供です。
が、
日々のお客様対応は、
変わることのない“明るさ”と“誠実”、
そして“スピード”をもってさをもって対応します。

2013/10/23 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     10月23日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
10月23日
興国安民は大業なり

 興国安民は大業なり。
豈(あに)名利の徒の企て及ぶ所ならんや。
苟(いやし)くもこれに従事する者禄位名利の念を絶ち、
僅かに飢寒を免かるるを以て自奉の度となすにあらざればその功を全うする能はざるなり。
                      (金言集)
【註】
 大業に従事しようとする者の心構えを説かれた。
(一) 名利の念を断つこと
(二) その念を堅く守ること。


「名利の念を断つこと」
「その念を堅く守ること」
スタートするときにはみんなそう思うのです。
が、
それを持ってしまうと守りたくなる。
これが普通の人間なのだと思います。
・・・だから本当に成功している人と言うのは、
普通を越えた一握りの人なのですね。
そこそこ前進し、
それなりに成果が見えてきたときこそ、
「自らを律す」を再度確認し、
「初心に戻る」ことを心掛けなければならないですね。

2013/10/23 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     10月22日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
10月22日
推譲と分度

推譲は創業の道なり。
分度は守成の道なり。
推譲に因(よ)って興らざる者はあらず。
分度に因って保たざる者はあらず。
(金言集)
【註】
推譲とは、
要するに人のため世のための志と、
その実践へ一歩踏み出すことである。


「周りの人に喜んでいただく」ことが、
創業の道。
「分度をわきまえ無茶はしない」ことが、
継続の道。
と言うことなのでしょう。
・・・もののあふれている現代社会で、
新たな物やサービスを提供することは、
それ自体、
「無理しないと前進できない」
とも言えますね。
無理は必要だが、
無茶はいけない。 

2013/10/21 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     10月21日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
10月21日
万物の徳を報ずる

 万物の徳を報ぜざる者は日夜万物の徳を失ひ、
万物の徳を報ずる者は、
日夜万物の徳を得る。
          (金言集)
【註】
 万物万象への感恩報徳の心がけと実行を促す一語です。


「万物の徳に報ずる」
具体的にはどうすることなのでしょう?
あくまでも私的にではありますが、
「凡事徹底」だと思うのです。
“誰にでもできることを、
 誰もやらないくらい非凡に行う”
感謝の心がなければできないことです。
そういえば、
30年前に他界した祖父はいつも、
「なまんだぶ、なまんだぶ」
と口癖のように唱えておりました。
ありがたい、ありがたい。
もったいない、もったいない。
と、いつも感謝していたのだと思います。 

2013/10/19 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     10月20日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
10月20日
分度を守る

 盛衰治乱存亡の本源は分度を守ると守らざるとのニつにあり。
我この分度を守りて領中の衰廃を興し百姓を安んじ上下百年の艱難(かんなん)を免れしむ。
子孫永く我が志を継ぎ、
富優の時に居ると雖(いえど)も本源たる分度を確守して戻らざるときは、
永世上下の福(さいわい)余りありて衰微の憂いなし。
                           (報徳論)
【註】
 尊徳翁の心願はこの一語にこめられています。
志を継ぐ者への明訓です。


ある会社で起った本当の話。
創業社長から経営を引き継いだ二代目社長、
なんとsy帳になった途端に生活態度が一変。
大きな車に乗りかえ、ゴルフ三昧。
さらには社員を連れて飲み歩く等々。
あっという間に先代社長から、
三下り半を突き付けられ関連会社に出向。
当時、
新米社長だった私はとても良い勉強になりました。 

2013/10/19 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     10月19日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
10月19日
明君の徳政

 鳴呼(ああ)人の憂を憂ひ、
人の安きを願ふものは己の幸ひ求めずして来り、
己の幸を求め人の憂を顧みざるものは常に亡ぶ。
故に明君の人を利して己の利を計らず、
恩を施してその報(むくい)を求めず、
唯わが心労の足らざるを憂ひ、
仁恤(じんじゅつ)の至らざるを恐る。
故に一世の間徳政の顕然たるのみにあらず、
美名千歳に光輝す。
              (報徳論)
【註】
 明君とはいかなる人かについて教えられた正に簡素明解の一文です。


「掛けた恩は水に流し、
 受けた恩は石に刻め」
利他の心もって進みなさい。
と言うことでしょうか? 

2013/10/18 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     10月18日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
10月18日
嫁と姑の問柄

 翁の家に親しく出入する某なる者の家、
嫁(よめ)と姑(しゅうとめ)と中悪しし。
一日その姑来て、
嫁の不善を並べ喋々(ちょうちょう)せり。
翁曰く是れ因縁にして是非なし。
堪忍するの外に道なし。
それともその方若き時、
姑を大切にせざりし報(むくい)にはあらずや。
とにかく嫁の非を数えて益なし。
自ら省みて堪忍すべしと。
          (夜話一五六)
【註】
 現代にも通用する訓戒です。
とにかく、
大いに自ら内観し、
忍耐の一字あるのみです。


忍耐は成長の元ですね。
子供のころ勉強ができなかったのも、
忍耐の無さが大きく影響しています。
注意散漫で何をやっても集中しない。
・・・成長するわずないですよね。

2013/10/17 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     10月17日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
10月17日
貴たり富たる者

 若(も)し夫(そ)れ貴たり富たる者、
各々其の分を守り、
以て余材を推し、
諸(これ)を賤貧に及さば猶(な)ほ天気下り地気上り、
天地和し万物育するがごとし。
貴賤貧富相和し貨財以て生じ、
両両相須(ま)ち、
治生日に優して、国家必ず治まる。
             (語録四〇五)
【略解】
 尊徳翁は、
「身分が高く裕福な人が人をすすんで助けなかったら、
 身分が低く、
 貧しい人は、
 どうして人を助けようという思いを持てるだろうか」
と言われている。


何故だか思い出しました。
「中東の笛」
アジア・ハンドボール連盟を牛耳っている、
クエートンの王族。
もちろんオイルマネーで。
北京オリンピックの予選やり直しましたものね。
正に、
“我利我利亡者”
私たちは、
集会所掃除などのできることから取り組みます。
気持ちだけはいつでも、
“他利他利豊者”
ですね。

2013/10/16 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     10月16日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
10月16日
万理一元

 天地は一なり、
日月は一なり、
陰陽は一なり、
寒暑は一なり、
昼夜は一なり。
人間万事皆然らざるなし。
万事は畢竟(ひっきょう)一理のみ。
一理万理と為り、
万理一元に帰す。
一元は則ち空空寂寂、
此れを之れ悟道と謂う。
     (語録四〇三)
【略解】
 万理一元、
その一元の実体、
有るが如く、
無きが如く、
無きが如く、
有るが如くにして、
根元大極の一語に尽きると言ってよかろうか。


この年になってやっとですが、
「論語」
「三国志」
「戦国武将」
「大学」
などをかじり始めております。
松下幸之助
本田宗一郎
藤沢武夫
稲盛和夫
P・Fドラッガー
そのほか多くの経営者、
研究者の書かれていることと同じ内容のことがらが書かれています。
ナポレオン・ヒルの本では「成功には法則」がある。
と言っておりますが、
大昔から、
真理は一つなのだということがよく分かります。 

2013/10/15 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     10月15日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
10月15日
棄苗を拾い之を種元にす

 余幼にして父母を喪い、
且(か)つ洪水に遇い、
世襲の田産を失い、
外家に寄食し、
仮日には廃地を墾(こん)し、
棄苗を拾い、
以て之を種(う)え、
僅に産粟(ぞく)一苞を得。
此を以て資本と為し、
二十二年を積み、
田産を再復し、
小屋を結び之に居。
歳入百有余苞、
殆(ほと)んど膝を容るる所なし。
         (語録三八八)
【略解】
 尊徳翁の幼少青時代の辛酸苦労がうかがわれ、
お家再興の一端を知らしめられる。


 ニ宮尊徳翁は天明7年(1787)、
 相模国栢山村(今の小田原市栢山)の豊かな農家に生まれました。
 再三にわたる酒匂川の氾濫で田畑を流され、
 家は没落し、
 過労により両親は亡くなり、
 兄弟はばらばらに親戚の家に預けられました。
 金次郎は 、
 朝暗いうちから夜遅くまで汗と泥にまみれて一生懸命働き、
 その間余裕ができればわずかな時間も無駄にせず勉強をして、
 先人の教えを理解しようとしました。
 荒地を開墾して収穫を上げお金を貯め、
 質に入れていた田畑を少しずつ買い戻し、
 一生懸命努力して24歳までに一家を再興しました。
          (報徳二宮神社 ホームページより) 
・・・ちゃらんぽらんであった私は、
結婚を意識するようになり、
やっと方向を定め始まました。
ちなみに結婚は26歳です。

2013/10/14 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     10月14日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
9月14日
仁の一字

 古人仁字を製す蓋(けだ)し深意あり。
右旁(つくり)の二画はすなわち是天地なり。
(中略)
二画を斜合すれば則ち人字と為る。
人字の二画間にあるは、
則ち天人地なり。
           (語録三三〇)
【略解】
 「仁」の一字の意味を解明なさったのはさすがである。
天人地の全宇宙生命を指すとは、
大いに教えられるものがある。


なるほど、
人と天、地なのですね。
この三つの何が欠けても私たちは生きて行けない。
天の恵み、
地の恵み、
それに人が携わって初めて、
人が生きていくための作物という恵みを得られるのです。
本当の仁、「つくす」とはそういうことなのですね。 

2013/10/13 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     10月13日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
10月13日
利他の心

 世の中刃物を取(と)り遣(や)りするに、
刃の方を我が方へ向け、
柄の方を先の方にして出すは、
是れ道徳の本意なり。
此の意を能(よ)く押し弘めば、
道徳は全かるべし。
人々此の如くならば、
天下平らかなるべし。
夫(そ)れ刃先を我方にして、
先方に向けざるは、
其心、
万一誤りある時、
我身には疵(きず)を付けるとも、
他に疵を付けざらんとの心なり。
         (夜話一四三)
【略解】
 万事このような利他優先の心がまえであれば道徳の本体は間違いなし。


京セラ創業者の稲盛和夫氏の著書にも再々登場する、
「利他の心」ですね。
“JALの再生も「利他の心」ありき”
と本に紹介されています。
私は勝手に、
“他利他利豊者”と言う言葉を使っています。
“我利我利亡者”の反対言葉・・・のつもりです。

2013/10/11 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     10月12日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
10月12日
天禄の範囲内で

 予が人を教ふる、
先づ分限を明細に調べ、
汝が家株田畑何町何反歩、
この作益金何円、
内借金の利子、
何程を引き、
残何程をなり。
是れ汝が暮すべき、
一年の天禄なり。
此の外に取る処なく、
入る処なし。
此の内にて勤倹を尽くして、
暮らしを立て、
何程か余財を譲る事を勤むべし。
是れ道なり。
     (夜話一ニ八)
【略解】
 分限分度これが天禄である。
この範囲で勤倹を尽くし、
余財を推譲すべく努カする、
これが人間の道である。


無能唱元氏の話を思い出します。
 湯船からあふれるお湯は、
 そのままだと流れて終わり。
 流れてしまうお湯なら分けても惜しくない。
 これはお湯に限ったことではなく、
 全ての物みな同じ。
 だからまず、
 あふれるほど集めること。
前提に、
「足るを知る」
と言うことでしょうか、
“あふれそうになると大きな浴槽を買ってくる”
を繰り返していては、
「ろくな死に方をしない」
と言われてしまいます。
 

2013/10/11 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     10月11日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
10月11日
先君の絶対信

論語に曰く、
信なれば則ち民任ずと。
(中略)
予が先君に於ける又同じ。
予が桜町仕法の委任は、
心組みの次第一々申し立てるに及ばず、
年々の出納計算するに及ばず、
十ヶ年の間任せ置く者也とあり。
是れ予が身を委(ゆだ)ねて、
桜町に来りし所以(ゆえん)なり。
(夜話一三四)
【略解】
先君大久保侯(小田原藩主)の翁に対する絶対信あればこそ、
身命を堵して、
桜町復興に尽くされたのである。


部門別損益計算を大幅に修正中です。
頓挫していた、
「部門別経営」に再挑戦です。
以前は「形を作って魂入れず」で終わっていました。
今度こそ「は形から入って心に至る」です。
個人、組織ともに成長している、
今の広ガスたかたなら、
心に至るはずです。

2013/10/10 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     10月10日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
10月10日
戦場の覚悟

 武士の戦場に出で野にふし山にふし、
君の馬前に命を捨つるも、
一心決定すればこそ出来るなれ。
されば人は天命を弁(わきま)へ天命に安んじ、
我を去って一心決定して動かざるを尊しとす。
                 (夜話七五)
【略解】
 「安心立命」「滅私奉公」「一心決定」はロには容易ですが、
なかなか至難なことです。
しかしながらここに不断の錬磨があるようです。


ゆっくりではありますが、
私たち広ガスたかたの仲間には、
その覚悟が育ち始めていることを実感します。
目先の繁栄だけでなく、
200年続く企業をめざし、
高すぎるハードルと感じていた新規獲得目標を、
51期一ヶ月目の9月から達成。
10月も順調な立ち上がりです。
子供や孫たちの世代に引き継げる、
しっかりとした仕組みとベースを作るのは私たちのやりがいです。

2013/10/10 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     10月9日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
10月9日
一心の決定

 茶師利休が歌に
「寒熱の地獄に通ふ茶柄杓(びしゃく)も、
           心なければ 苦しみもなし」
と云へり。
此の歌未だ尽くさず。
 (中略)
夫(そ)れ心とは我心の事なり。
只我(が)を去りしのみにては、
未だ足らず、
我を去って其の上に、
一心を決定し、
毫末も心を動かさぎるに到らざれば尊むにたらず。
                   (夜話七五)
【略解】
 我を去ると共に一心の決心覚悟の不動心が、
何事にあれ、いかに大事かを教えている。


覚悟を決めるとは、
「人生の目標を明確にする」
と言うことではないかと考えます。
「継続は力」
と言うことを考えると、
できるだけ若いうちに、
「人生の目標を明確にする」
事がよりよい人生を送るコツの一つかもしれません。
森信三先生は、
40歳くらいまでに人生の使命を明確にすることと言われています。 
 

2013/10/08 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     10月8日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
10月8日
一心の覚悟決定を期す

 翁床の傍(かたわら)に、
不動佛の像を掛けらる。
山内董正(ただまさ)曰く、
卿(きみ)不動を信ずるか。
翁曰く、
予壮年、
小田原侯の命を受けて野州物井に来る。
人民離散土地荒蕪、
如何ともすべからず、
仍て功の成否に関せず、
生涯此処を動かじと決定す。
たとへ事故出来、
背に火の燃えつくが如きに立ち到るとも、
決して動かじと死を以て誓ふ。
(中略)
不動佛、
何等の功験あるを知らずといへども、
予が今日に到るは、
不動心の堅固一つにあり。
         (夜話五〇)
【略解】
 不動佛の像をかかげて決心覚悟の徹底を誓われたのである。
野州とは下野の国。


なるほど。
不動明王が火を背負っているように見えるのはそういう理由だったのですね。
・・・その前に、
不動佛の像って不動明王のことで良いのすよね?
あの怖い顔は、
決死の覚悟の表れなのですね。
・・・私の顔はまだまだ怖さが足りていない。
覚悟がまだまだ半端と言うことなのでしょう。
不動明王の顔で目標を達成し、
その後、
お釈迦様の顔になるというのは理想的ですね。

2013/10/07 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     10月7日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
10月7日
不二講行者の三志

 諺に聖人々々といふは、
誰(た)が事をを思ひしにおらが隣の丘(きゅう)が事かといへる事あり。
誠にさる事なり。
我れ昔、
鳩ケ谷駅を過(すぎ)し時、
同駅にて不二講に名高き、
三志と云ふ者あれば尋ねしに、
三志といひては誰もしるものなし。
能々(よくよく)問ひ尋ねしかば、
夫(そ)れは横町の手習師匠の庄兵衛が事なるべし、
といひし事ありき。
      (夜話三二)
【略解】
 不二講の行者であり祖師であった三志と尊徳翁とは肝胆相照の間柄と聞いています。


本日の一言、正しく理解できておりません。
が、思ったことを書きます。
「ハガキ道の神様」
と言えば坂田道信先生です。
その名を全国に轟かせておられ、
武蔵野の矢島常務は年に何度か食事をご一緒されるそうです。
・・・しかし、
坂田信道先生、
寺もとの安芸高田市ではあっとく無名です。
安芸高田市どころか向原町でも無名。
全国の評価と地元の評価は同じではないのです。 
実は坂田先生に限ったことではなく、
案外地元では無名な超全国区の有名人は多いようですよ。

2013/10/05 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     10月6日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
10月6日
心田の荒蕪を開く

 我が道は先づ心田の荒蕪(こうぶ)を開くを先とすべし。
心田の荒蕪を開きて後は、
田畑の荒蕪に及びて、
此の数種の荒蕪を開きて熟田となさば、
国の富強は掌に運らすが如くなるべきなり。
               (夜話続二四)
【略解】
 さて数種の荒蕪とは、
(一)文字通り荒れた耕地、
(二)家禄がありながらも利息ずくめの荒地、
(三)やっと公租の収入のみを得られる作益なき田畑、
(四)身体強壮なるも怠惰な人、
(五)資産にめぐまれながら、
国家社会に尽くさない人等を指す。


広ガスたかたでは、
「形から入って心に至る」
と言う手法を用いています。
「心が変われば形が変わる」
と言われる人もいることでしょう。
どちらも正しいと思います。
その人にあっているのはどちらなのか?
そこのところだけでしょうね。
広ガスたかた社長のレベルでは、
“形から入る” が正しいので、
会社もそうしています。
“心”から入ろうとすると、
宗教にどっぷりはまるタイプですから、
社員さんやお客様にとっても迷惑です。

2013/10/05 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     10月5日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
10月5日
よく混和融合したる丸薬

 衣笠兵太夫、
神儒佛三味の分量を問ふ。
翁日く、
神一さじ、
儒佛半さじづつなりと。
或傍(かたわ)らに有り、
是れを図にして三味分量は、
神儒佛の如きかと問ふ。
翁一笑して曰、
世間此の寄せ物の如き丸薬あらんや。
既に丸薬と云へば、
能く混和して、
更に何物とも分らざるなり。
        (夜話一三二)
【略解】
 よく混和し、
融合した神儒佛正味一粒丸の施薬にあずかる教えの恩恵を思うばかりです。


キューピー3分クッキングの要領で、
昨日の一言と合わせると。
 国を開く、大さじ一杯。
 国を治める、大さじ1/2。
 心を治める、大さじ1/2。
と言うことになりますね。
これをよく混ぜて頂くと美味しいくなる。
なるほど。
・・・良薬なのでニガイのかもしれない。

2013/10/04 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     10月4日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
10月4日
神儒佛正味一粒丸

 神道は開国の道なり。
儒学は治国の道なり。
佛教は治心の道なり。
故に予は高尚を尊ばず。
卑近を厭(いと)わず。
此の三道の正味のみを取れり。
正味とは人界に切用なるを云ふ。
切用なるを取りて、
切用ならぬを捨て、
人界無上の教を立つ。
是を報徳教と云ふ。
たはむれに名付けて、
神儒佛正味一粒丸と云ふ。
其の功能の広大なる事、
挙げて数ふべからず。
     (夜話一三二)
【略解】
 神道・儒教・佛教の正味のみを取られ、
無上の教えを授けてくださった。
正に日本教の粋と言うべきでしょう。


?、どういう意味でしょう。
「宗教や哲学、学問等々、
 正しくないものはない。
 が、
 一つの考え方にどっぷりはまってはいけない」
ということかな?
いいとこどりをしなさいと言うことでもありませんね。
いいとこどりをしようとすると、
自分の価値観に合わないものは早い段階で排除してしまいます。
“試してみる”
と言うのは大切なところですね。
・・・新興宗教にはいろいろあるらしいので、
そこは入口から注意が必要そうです。

2013/10/03 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     10月3日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
10月3日
「思レ之思レ之不レ止」

 古歌に
「滝のおとは絶へて久しく成りぬれど
  名こそ流れて猶(なお)聞こえけれ」
とあり。
(中略)
おおよそ人の勲功は、
心と体とのニつの骨折に成る物なり。
その骨を折って已まざる時は、
必ず天助あり。
古語に「之を思ひ之を思ひてやまざれば、
天、之を助く」と云へり。
之を勤め勤めて已まざれば、
又天之を助くべし。
世間心力を尽くして、
私なき者必ず功を成すは是が為なり。
             (夜話二〇五)
【略解】
 古語は中国古典の言葉。
苦節三十年、辛労三十年あれば、
必ずや天佑神助ありとのこと、
隠忍自重あるのみである。


30年後の株式会社生存率は、
なんと0.02%だそうです。
30年たっても「なおきおえけれ」
は極めてわずかです。
広ガスたかたは、満50歳。
200年続く企業をめざし、
「耳鳴り集団、
 いまだなお、ひつこく、きこえけれ」
と言われ続けます。

2013/10/02 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     10月2日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
10月2日
至孝

 世間の親たる者の深情は、
子の為に無病長寿、
立身出世を願ふの外、
決して余念なき物なり。
されば子たる者は、
其の親の心を以て心として親を安んずるこそ、
至孝なるべけれ。
        (夜話一八三)
【略解】
世間一般の親の深情は、
わが子の無病長寿と立身出世を、
ひたすらに願うばかりである。
その親の思いにお応えしようとするのが、
子たる者の道である。


親の思いを理解しはじめたのは、
子供ができてからです。
しかも子供の成長に合わせてゆっくりと。
・・・当時、
親の思いに応えることはできませんでしたが、
これから先、私のことで、
心配をかけることなく暮らして行くことが、
最大の親孝行であると信じ、
修行の日々を歩み続けます。
・・・・・・言い訳の日々ともいうらしい。・・残念。

2013/10/01 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     10月1日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
10月1日
天地は大父母

 能(よ)く其の根元を押し極めて見よ。
身体の根元は、
父母の生育にあり。
父母の根元は、
祖父母の丹誠にあり。
祖父母の根元は、
其の父母の丹誠にあり。
斯くの如く極むる時は、
天地の令命に帰す。
されば天地は大父母なり。
故に元の父母と云へり。
        (夜話一八〇)
【略解】
 このように生命の根元を窮めていくと、
天地の令命すなわち大宇宙の意志に帰着する。
ありがたきかな天地の大父母。


私が、
今この地球に人間として存在する“奇跡”
精子の数だけでも、
一回の射精で1億~4億。
一生のうちに射精される精子は500億以上???
この中の一つが自分です。
これだけで十分奇跡ですが、
卵子の数や出会うタイミング。
しかも、
それが代々途切れることなく続いているのです。 
もう宇宙と同じくらい奇跡ですね。
人生を粗末にするとばちが当たります。

2013/09/30 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     9月30日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
9月30日
困苦を厭わず

 先生高山を越え、
深谷を渉り、
疲労極(きわま)るに至っては路傍の石上に休し、
又は草原に息して推歩せり。
従者手に汗を握り病ひの発せんことを恐るると雖(いえど)も、
先生自若として困苦を厭(いと)はず。
惟(ただ)下民を安んずる事のみに労せり。
人々その誠心慈仁の至れることを感歎す。
                    (報徳記)
【註】
 先生はもとより身体強健でしたが積年の疲労の蓄積が原因となり、
いたましき次第となりました。


JAL再生、
京セラ創業者の稲盛和夫氏を思い浮かべます。
“強い意志と闘魂”
“不撓不屈”
“あきらめない心”
などが著書に書かれています。
「社員を幸せにできない会社に、
 好機としての役割は果たせない」
ぶれない発言と行動があったればこそですね。

2013/09/29 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     9月29日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
9月29日
善人を賞美す

先生年すでに六十七歳病後いまだ快然たらず。
食もまた平生に復せず。
炎暑燃ゆるが如くなるに、
この険路を推歩し、
村々の盛衰を鑑み厚く善人を賞美し、
鰥寡(かんが)孤独身に便りなきもの又は困窮のものを恵みたり。
各々その次第に由って或は金一両より五両に至る。
又は農業を勤め衰貧に陥(おちい)らざるの村に至りては、
或は金十金十五金を以て邑中の民を賞す。
(報徳記)
【註】
尊徳先生はよく善人表彰にカを尽くされた。
鰥寡とは妻を失った男と、夫を失った女。
そうした人たちへも心を配られた。


現代で言う「年金」の一時金のようなものでしょうか?
過去の成果によって一時金額も変わると言うことなのでしょうね。
現代社会での年金の原資問題は年を追うごとに多くなっており、
年金は減る、支給年齢は上がるという二重苦です。
医療費問題や国の借金・・・
全ての元凶は人口の減少。
どこまで苦は積み重なるのでしょう。
話は変わりますが、
義務を怠る人ほど権利を主張しているように感じているのは私だけでしょうか 

2013/09/28 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     9月28日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
9月28日
善人顕彰

先生曰く、
それ仕法の道は善を賞し不能を教ふるを以て主とせり。
善人を挙げて大いに賞を行ふ時は、
不善者みな善に化す。
語に言はずや、
直(なおき)を挙げて、
枉(まが)れるを措く時は、
枉れるものをして直からしむと、
一邑を風化するも此の道を要とせり。
況(いわ)んや領中に選びて一番に仁沢を希(し)き、
之を安撫するは豈(あに)大賞にあらずや。
(報徳記)
【註】
一村を立て直す仕法の道として翁は善行者の表彰にカを尽されました。


・・・本文は私の語学力では理解に苦しみます。
【註】を読んでみると、
広ガスたかたの表彰制度と同じではなかろうかと思うのです。
広ガスたかたの組織、個人の成長こそが、
“お客様の満足”だと考えます。
ただ頑張ったことをほめるのは、
入社後長くても3年でしょうか。
この3年でお客様の満足は、
成果がすべてではないことをしっかり学びます。
その上で、
最終的には成果が表彰の対象になるのです。

2013/09/27 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     9月27日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
9月27日
茄子という字

不退堂という男は京都の北面の武士で書を能(よ)くかいた人であるが、
翁のことを聞き態々野州桜町に行って面会を求めた。
ところが例の如く面会を謝絶したので、
七日間飲まず食わすで翁の門前に座ったまま動かなかったので、
七日目に初めて面会を許された。
その時翁が「お前は学者だそうだが茄子という字を知って居るか」と問われたので、
不退堂は筆を執って書いたところ、
「茄子が先に出来たか字が先か」と言われ、
出鼻をまず挫かれた。
(逸話集)
【註】
現物(現場・現実)を重んじられた尊徳翁の流儀の一端を示す話です。


昨日の続きですね。
広ガスたかたの社員研修は、
「武蔵野」
で繰り返し学んでいます。
何故でしょう?
それは、
武蔵野の研修は座学ではなく、
“現実”の「経営、組織」を“現実”“現場”を通して学べる、
泥臭い研修だからです。

2013/09/26 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     9月26日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
9月26日
豆という字

相馬の藩士富田高慶は江戸の聖堂で十年も儒教を学んだ人であるが、
野州桜町にきて二宮翁に面会を求めたが、
断乎として面会を謝絶された。
しかし高慶もさるもの、
今でいう青年夜学校を開いて若い者を教育しながら翁への入門の叶うのを待った。
約半年後、
面会の許される機会が来た。
高慶が翁の前に出ると、
翁はいきなり「お前さんは豆という字を知って居るか」と問いかけ高慶は
「左様心得ております」と申上げると門弟に紙と筆とを用意させた。
高慶は筆を揮って豆という字を明瞭に書いた。
ところが翁は「お前の書いた豆は多分馬が食うまい」と言いつつ門弟に倉から一掴みの豆を持ち来らせ、
「俺の作った豆は馬が食う」とそれを高慶の前に置かれたということである。
高慶はいたく理窟の国家天下を救うに足らないということを知って、
誠心誠意を尽くして翁の弟子になったということである。
(逸話集)
【註】
尊徳翁と富田高慶との出会いの一節は、
心にのこる逸話です。
尊徳翁独特の導き方の一例です。


「経営者」と「経営学者」との違いですね。
「経営者」は現場で経営を学び、
「経営学者」は机で経営を学ぶ。
とはいっても、
本物の「経営者」は、
論語、孫子、ドラッガー、戦国武将などなどから、
理論的にも経営学を学び、
実践で落とし込んでいくのだと考えます。
 

2013/09/25 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     9月25日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
9月25日
一挺の鍬

ある時青木村を去ろうとする貧民に、
一挺の鍬(すき)を与えて言われるのには
「この鍬を以て貧苦を除き、
負債を償却し、
一家の福を得なさい」と。
貧民は答えて
「鍬一挺が翁の言の如くならばどうして他村に流浪寸るまでの窮乏に陥ろうか」
と申したので、
翁はこの鍬の破れるまで日夜の勤勉、
荒地の耕耘(こううん)にあたることを諄々(じゅんじゅん)と諭された。
(逸話集)
【註】
翁の懇篤なること誠にかくの如しと言うべし。


成功を勝ち取る人と、
そうでない人の違いは、
「成功するまで続けるか」
「途中で投げ出すか」
の違いと聞きます。
イエローハットの創業者、
鍵山秀三郎氏は、
「掃除」をやり続け、
今や“掃除の神様”と言われています。
平凡なことを非凡に行う、
“凡事徹底”ですね。
・・・書きながら、
自分が凡人であることの自覚が深まります・・・。
修行を続けます。
 

2013/09/23 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     9月24日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
9月24日
一輪の福寿草

天地(あめつち)の和して一輪福寿草
さけやこの花いく世ふるとも
(二宮翁道歌)
【略解】
春の始めに咲く一輪の福寿草には、
まことにめでたい万物生々の息吹を感ずるものです。
天地和楽のシンボルともいうべきで、
子々孫々の繁栄を象徴するものです。


“天”の恵みと“地”の恵みの「和」。
それが一輪の福寿草。
さらに“人”の手が加わって、
米や野菜ができるのですね。

2013/09/23 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     9月23日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
9月23日
命綱を編む

 天地の捫(もじ)り尽(つ)きせぬ命綱
           ただ長かれとねがふ諸人(もろびと)
                        (二宮翁道歌)
【略解】
 捫(もじ)るとは、
綱をよるのに右に左に交互によって編んでゆくことで、
ただその綱が長ければいいというものではない。
そのもじり方が問題であって、
しっかり丹誠こめて結んでいくことが大事である。
せっかく天地の命綱をいただいているのだから、
日々の誠実な生き方こそ大切である。


思いだしました、
・・・40年以上前のお話です。
亡き祖父も元気でした。
祖父は時々“わら”で縄をなっていました。
【略解】では、捫ると表現されていますね。
小学生だった私も手伝いをしていましたが、
(・・・実は邪魔)
できあがった縄は太さも安定せず、
何よりも、
物を縛れるほどの強度がありませんでした。
ティッシュを使ってこよりを作って見るとよくわかりますね。
「よく締まって細いほど強い」
そんな人間になりたいですね。
それにしても懐かしい思い出です。
私はお手伝いのつもりでしたが、
祖父は子守をしてくれていたのですね。

2013/09/22 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     9月22日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
9月22日
一身保存の根元

 我(われ)と云ふ其の大元(おおもと)を尋(たず)ぬれば
                       喰ふと着るとのニつなりけり
                             (二宮翁道歌)
【略解】
 一身の保存の根元をつきつめていくと、
衣食住の三大恩恵に帰着しますが、
とりわけ、衣食こそ、
二大根元と申せましょう。
別の道歌に「飯と汁木綿きものは身を助く、
その余は我をせむるものなり」とあります。
辛酸痛苦の体験者にして知る真理でありましょう。


動物にとって一番大切なのは、
「食」です。
・・・しかし、
毛皮を着ていない人間には、
「衣服」は食と同じくらい大切ですね。
・・・が、
現代では、
「食」はカロリーオバーでっ病院通い。
「衣」は体温調整のためではなく、
おしゃれに着るという意味合いが大きいですね。
時代が変わり、
・・・本質とは離れてきていますが、
それでも無くてはならない「衣」と「食」です。 

2013/09/21 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     9月21日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
9月21日
誠心・勤労・分度・推譲

 誠心を以て本と為す。
 動労を以て主と為す。
 分度を以て体と為す。
 推譲を以て用と為す。
        (金言集)
【註】
 誠心・勤労・分度・推譲の四綱領こそ翁の説かれる「生き方」の根幹である。


広ガスたかたの「生き方」の根幹は、
  “社是” 
顧客ありて会社あり
   和、秩序、誠、熱意揃って発展する
 小さな事故も起こせば破滅
   誠実は信用のもと  健康は幸福のもと
   質素は安定のもと  反省は向上のもと
   努力は発展のもと
です。
 

2013/09/20 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     9月20日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
9月20日
農民の耕耘、工匠の勤労

 農民の耕耘なかれば次年の衣食なし。
 次食の衣食は農民の耕耘に在り。
     ○
 工匠の勤労なければ諸舎造建されず。
 諸舎の造建は工匠の動労に在り。
                (金言集)
【註】
 われわれの生活は、
農民の耕耘、
工匠の勤労に負うところが大きい。


野球の強い国“キューバ”
共産主義で給与は世界の中でも低いのです。
が、
“有機農業”に力を入れることで、
共産主義の国な中で、
成功している国に入っています。
人間が生きていくために無くてはならない、
「食」に国を挙げて取り組むことで、
国民の生活は豊かになり始めたのです。
・・・って、
ずいぶん以前にTV番組でやってました。
日本の「食」はほぼ国外依存・・・って、
どうなんだろう???
・・・正直不安です。

2013/09/20 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     9月19日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
9月19日
職業に貴賤なし

 人皆その職を貴ぶべし。
家老が代々官録を以て勤仕するも、
豆腐屋が豆挽(ひ)くも同じことなり。
然るに豆腐屋は恥(はず)かし思ひ、
家老は楽なりとするは誤なり。
(金言集)
【註】
「職業に貴賤なし」。
その職に対する誠心誠意の如何こそ一番大事である。


そもそもすべての人が、
人気ナンバーワンの企業で働けたとしたら・・・・。
米もなければ、野菜もない、
車はトヨタ車ばかり・・・、
走る道は保守もされない。
・・・暮らしは成り立ちません。
「職業に貴賤なし」ですね。
     ・
職業に貴賤なしと言えば、
森信三先生のこの詩です。
     ・
職業に上下もなければ貴賤もない。
世のため人のために役立つことなら、
何をしようと自由である。
しかし、
どうせやるなら覚悟を決めて十年やる。
すると、
二十からでも三十までには一仕事できるものである。
それから十年本気でやる。
すると、
四十までに頭をあげるものだが、
それでいい気にならずにまた十年頑張る。
すると、
五十までには群を抜く。
しかし、
五十の声をきいた時には、
大抵のものが息を抜くが、それがいけない。
「これからが仕上げだ」と、
新しい気持ちでまた十年頑張る。
すると六十ともなれば、もう相当に実を結ぶだろう。
だが、
月並みの人間はこの辺で楽隠居がしたくなるが、
それから十年頑張る。
すると、
七十の祝いは盛んにやってもらえるだろう。
しかし、
それからまた、十年頑張る。
するとこの十年が一生で一番面白い。
 

2013/09/18 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     9月18日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
9月18日
鍬鎌(すきかま)の宝器

 夫(そ)れ鍬鎌(すきかま)は農をいとなむの重宝、
民を救ひ国を安んずるの宝器、
一日もなくてはかなわず。
そもそも古を考ふるに、
わが神代のむかし豊葦原を安国と治め給ひしより、
今日只今に至るまで、
国を富し、
家を斉ひ人命を養ふ、
是より尊きはなし、
能(よ)くカを尽せば、
天地の感応目前に顕れ、
米麦雑穀湧出し、金銀財宝功徳を照らす。
  天津日の恵み積みおく無尽蔵
     鍬(すき)でほり出せ鎌でかりとれ
                   (遺副集)
【註】
 鍬鎌の宝器たる所以(ゆえん)をおさえられた哲人尊徳翁の風格ある論説です。


 天地からの恵みは無尽蔵です。
それをどうやって掘り出すかが問題。
「無い」と考えている人は最初から努力しませんから、
掘り出せませんね。
出来ないと決めてかかれば出来ない。
が、
どうすれば出来るか、
打つ手を考えてチャレンジすることで、
かならず掘り出せるのです。・・・と信じて前進ですね。

2013/09/17 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     9月17日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
9月17日
三才の徳

 我が道は天地人三才の徳に報いるにあり。
三才の徳とは、
日月が遂行し、
四季循環し、
万物を生滅してやまないのが天の徳なり。
草木百穀を生じ、
鳥獣魚類繁殖し、
人をして生命を養わしめるが地の徳なり。
祖宗が人道を設け、
王侯が天下を治め、
家老武士が国家を護り、
農民が農業に勤め、
工人が大小建築物を造り、
商人が有無を通じて、
人生を安らかにする。
これ人の徳なり。
(報徳外記)
【略解】
それゆえ我々の本務は天地人三才の徳に報いることこある。


今年は“天の徳”が荒れまくっていますね。
“地の徳” “人の徳”も、
それに振り回され荒れまくりです。
災害ではなく、
“原発事故”などの人災が、
天、地の徳を「ぼうとく」してしまったからでしょうか。
・・・そうかもしれない。

2013/09/16 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     9月16日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
9月16日
心・枝・体

 余かつて鍛冶(かじ)を視るに、
その槌(つち)を執る者腰肩手一と為り以て震撃す。
心と槌と亦一と為り、
他心あるなし。
二三子我が道を学ぶも、
亦斯(かく)の如くんば、
則ち何ぞ成らざるを患えんや。
(語録三四二)
【略解】
 鍛冶打つ手と槌、
腰と肩の身心一如の集中力に学ぶべきを教えられる。


私たちの日常的な身体な動きも、
“心・枝・体”
「たとえばボールを投げる」
と言う身体の動き、
利き腕だけ自由になるように、
身体を椅子にくくりつけると、
遠くまでうまく投げることがで来ません。
“心・枝・体”
を実感できますね。
首を寝違えると、
日常生活のほとんどい影響しますよね。
そう考えると、
人間と言うものは絶妙なバランスを与えられたのだと思います。

2013/09/15 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     9月15日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
9月15日
富貴貧賤

 富貴を好み貧賤を悪(にく)むは人の情なり。
然れども富貴貧賤は天にあらず、
地にあらず、
又国家にあらず、
唯々人々の一心にあるのみ。
身を修め人を治むる者は富貴を得、
懶惰(らんだ)にして人に治めらるる者は貧賤を免れず。
                        (語録三三三)
【略回】
 富貴貧賤は、
ただ人々の一心にありという一語こそまさに痛切な戒めである。


「楽して儲けたい」
これが普通の人間です。
“悟り”を開いた人間だけがそこから抜け出すのでしょうか?
普通の人間は、
“楽したいか”
“儲けたいか”
どちらかに優先順位をつけ、
どちらかを捨てるしかありません。
“悟りを開く”とは、
“儲けたい”の先にあるのだと思います。
木野親之先生によると、
悟りを開いた経営の神様、
松下幸之助翁も、
若いときは“儲けたい”だったそうです。 
 

2013/09/14 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     9月14日

一ヶ月間違ってしまいました。

 

 

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
10月14日
循環して止まず

日月星辰寒暑昼夜循環して止(や)まざるは天地の常道なり。
人世の万事も亦然り。
(中略)善悪邪正、
禍福吉凶貧富存亡の類、
循環して窮尽することなし。
是れ循環の世に在って、
其の循環を知らざるは哀むべきなり
(語録三八五)
【略解】
循環は天理なれど、
人の世の栄枯盛衰をまぬがれる道がある。
これ人道にして、
勤労に努め分度を守り譲を計る道なりと教えられる。


宇宙も地球も一瞬たりとも止まっていません。
しかし、
人間が作った道具は何かの力が加わらないと止まったままです。
コンクリートなどは、
変化し続けようとする自然を押さえつけているようなものです。
田んぼだって水を止めることで稲が育ち、
そうすることで人間は便利に暮らせています。
一瞬たりとも止まらない大自然と、
固めることで豊かさを求める。
・・・矛盾の中で共存しているのだと思います。
お客様(マーケット)と会社の関係も同じではないかとも思っています。
 

2013/09/13 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     9月13日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
9月13日
迷悟一体

 佛に所謂(いわゆる)
「本来東西なし、
 何処に南北あらん、
 迷うが故に三界城(さんかいじょう)、
 悟るが故に十方空」とあり。
佛家この語を書し、
之を死人に付すれば、
則ち天魔も襲う能(あた)わず、
狐狸(こり)も犯す能わず、
何ぞや。
天魔狐狸以前の空に帰すればなり。
           (語録三二六)
【略解】
 尊徳翁はこの佛語をよく引用せられた。
この一隻言こそ、
相対界と絶対界につき鮮明に表現せられたもの他に類なしと言えましょう。


???
・・・???です。
絶対評価と相対評価ならわかります。
絶対評価
 A評価は2人と決められていれば必ず2人。
相対評価
 90点以上はA評価と決めれれていれば、
 90点以上の人は何人でもA評価。
絶対世界と相対世界とは、
 北極点、南極点と言うのは決まっていますが、
 東極点、西極点はないので、
 基準のはっきりしている南北は“絶対世界”。
 基準のない東西は見る位置によって、
 東になったり西になったりする。
 これが相対世界かな・・・。
そうだ、そういうことだ。

2013/09/12 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     9月12日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
9月12日
変に備える為なり

 人は云ふ、
我教へ、倹約を専(もっぱ)らにすと。
倹約を専らとするにあらず。
変に備へんが為なり。
人は云ふ、
わが道、積財を勤むと。
積財を勤むるにあらず、
世を救ひ世を開かんが為なり。
        (夜話一三)
【略解】
 尊徳翁の教えの真義を承り、
なるほどと全面納得するものがある。


お年寄りは、
“変”に備えて、
節約しながら蓄えていきました。
日本は“953兆円”も借金があるのに、
国民の貯蓄高のおかげで、
IMFは黙っています。
現代社会では便利な道具だらけで、
貯蓄にお金が回っていません。
お年寄りの“備える精神”に、
私たちは助けられているのですね。

2013/09/11 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     9月11日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
9月11日
太陽の徳(ニ)

 故に如何なる大借と云へ共、
人情を失はず利足を滞(とどこお)りなく済(すま)し居る者、
又是非とも皆済して他に損失を掛(かけ)じ、
と云念慮ある者は、
譬(たと)へば、芽を出したい、
育ちたいと云う生気ある草木に同じければ、
此無利子金を貸して引立べし、
無利子の金と云へども、
人情なく利子も済さず、
元金をも踏倒(ふみたお)さんとする者は、
既(すで)に生気なき草木に同じ、
所謂(いわゆる)縁無き衆生なり、
之を如何ともすべからず、
捨置(すてお)くの外に道なきなり。
           (夜話六五)
【略解】
 「無利足貸付の法」は翁独特のに慈の法で、
再起開拓の気力を増進せられた。


キチンと成果をつくる人は、
毎月遅れることなく返済し続ける人。
返済の滞る人は成果をつくることはできない人。
と言うことですね。
現代社会においても、
銀行の借り入れに、
毎月きちんと返済する企業は、
信用ポイントが上がり、
「次も借りてください」
と言ってもらえます。
滞る企業へは、
一括返済をせまられますね。 

2013/09/09 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     9月10日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
9月10日
太陽の徳(一)

 此の如く太陽の徳は、
広大なりといへども、
芽を出さんとする念慮、
育んとする気カなき物は仕方なし、
芽を出さんとする念慮、
育たんとする生気ある物なれば、
皆是を芽だたせ、
育たせ給ふ、
是太陽の大徳鳴り、
夫(そ)れ我が無利足金貸付の法は、
此太陽の徳に象(かたど)りて、立たるなり。
             (夜話六五)
【略解】
 太陽の徳とは大慈大悲の万物をいつくしむ心です。
尊徳翁の「無利息貸付の法」も、
この太陽の徳の実践の一つです。


要するに、
だれにでも無利息で貸付をすると言うことではないのですね。
“芽を出そうとする者”
への限定の特別キャンペーンなのです。
チャンスはすべての人に、
平等ですが、
このチャンスをつかむのは限られた人だけなのです。

2013/09/09 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     9月9日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
9月9日
実地実行を尊ぶ

 朝夕に善を思ふと云へども、
善事を為ざ座れば、
善人と云ふべからざるは、
昼夜に悪を思うと云へども、
悪を為さ座れば、
悪人と云べからざるが如し、
故に人は悟道治心の修行などに暇(いとま)を費さんよりは、
小善事なりとも、
身に行うを尊(とうと)しとす、
善心発(おこ)らば速(すみやか)に是を事業に表すべし、
親ある者は親を敬養すべし、
子弟ある者は子弟を教育すべし、
飢人を見て哀(あわれ)と思はば、
速に食を与ふべし、
悪(あし)き事仕たり、
われ過(あやま)てりと心付とも、
改めざれば詮(せん)なし、
飢人を見て哀と思ふとも、
食を与へざれば功なし、
故に我が道は実地実行を尊ぶ、
夫(そ)れ世の中の事は実行にあらざれば、
事はならざる物なればなり。
         (夜話一四〇)
【略解】
 観念的なキレイごとに終わらず実地・実行・実践を重んずる尊徳翁の考えが端的に示されております。


中学生くらいだったかな?
親から、
「勉強しなさい」
と言われ、
「今やろうと思っていたのに、
 “やれ”と言われてやる気を失った」
と、反抗していました。
最近は小山さんに、
「行動こそ真実」
と言われています。
行動はしているのですが、
小山さんと比べると遅い。
・・・業界の中では早いと言われますが、
・・・・・・業界自体体質変わってないものなー。
現実・現場・現物の三現主義に徹し、
スピードを増しつつ前進します。

2013/09/08 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     9月8日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
9月8日
天に善悪なし(二)

 爰(ここ)に到(いたり)ては天理と異なり、
如何となれば人道は人の立てる処(ところ)なればなり、
人道は譬(たとえ)ば料理(りょうり)物の如く、
三倍酢(ばいず)の如く、
歴代(れきだい)の聖主賢臣(せいしゅけんしん)料理し塩梅(あんばい)して拵(こし)らへたる物なり、
されば、
ともすれば、
破れんとす故に政(まつりどと)を立て、
教を立て、刑法を定め、礼法を制し、
やかましくうるさく、世話をやきて、
漸く人道は立っなり、
然るを天理自然の道と思ふは、
大なる誤(あやまり)なり、
能(よ)く思ふべし。
         (夜話二)
【略解】
 天道に従って人道の誠を尽くす、
これが人間の生き方です。
それ故、政治、教育、法律ならびに礼儀作法が必要となります。


人が2人以上集まると、
必ず“決め事”が必要になってきます。
夫婦、親子でも同じですね。
それぞれが好きな時間に食事をとるなんて困ってしまいます。
料理だって買い物だってそれぞれが勝手にする。
お金もそれぞれが稼いで使う。
そうなると、
家賃やローンはどうするのだろう???
ありえませんね。
“天道に従って人道の誠を尽くす”とは、
社会生活のためのルール、
会社生活のためのルール、
家庭生活のためのルールなのですね。

2013/09/07 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     9月7日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
9月7日
天に善悪なし(一)

 天に善悪なし故に、
稲(いね)と莠(ほくさ)とを分(わか)たず、
種(たね)ある者は皆生育(せいいく)せしめ、
生気(せいき)ある者は皆発生(はっせい)せしむ、
人道はその天理に順(したがう)といへども、
其内に各区別(くべつ)をなし、
稗莠(ひえはぐさ)を悪とし、
米麦を善とするが如き、
皆人身に便利(べんり)なるを善とし、
不便(ふべん)なるを悪とす。
             (夜話二)
【略解】
 「天に善悪なし」
とは生々化育を旨とする天意の働きを指すが、
誤解なきように願いたい。
「天網恢々疎(てんもうかいかいそ)にして漏らさず」
の語あり、
天罰覿面(てきめん)を意味する。
この場合の天は天道人道を総合したものである。


私は蛇が大嫌いです。
いなくなってくれればよいと思います。
が、
自然環境のの循環を考えると、
いなくなってはいけない。
捕獲しすぎても、
保護しすぎても良くない。
と考えると、
確かに
天に善悪はありませんね。
・・・でもやっぱり蛇は嫌い。
 

2013/09/06 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     9月6日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
9月6日
智・礼・義・仁の次第

 夫(そ)れに仁義礼智を家に譬(たと)ふれば、
には棟(むね)、義は梁(はり)なり。札は柱なり、智は土台なり。
(中略)
家を作るには先づ土台を据え、
柱を立て梁を組んで、
棟を上げるが如く、
講釈のみ為すには、
仁義礼智と云ふべし。
之を行ふには、
智礼義にと次第して、
先づ智を磨き礼を行ひ義を蹈みにに進むべし。
                  (夜話二一八)
【略解】
 修身は仁義礼智に尽きるが、
その順序次第としての智礼義ににも尊徳翁の洞察眼が光っている。


まず最初に、智
物の道理を知り、正しい判断を下すこと。
次に、礼。
動作や言行、服装などです。
その次が、義
正しい行い、「正義の道を守ること」ですね。
そして最後に、仁
人に対する優しさ、同情心。
確かに、
ただの“いい人”で終わってしまいます、
物の道理知らず同情心が先行すれば、
詐欺師の恰好の餌食にもなってしまいますね。
納得。

2013/09/05 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     9月5日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
9月5日
恩あればなり

 たとひ明日食ふべき物なしとも、
釜を洗ひ膳も椀も洗ひ上げて餓死すべし。
是れ今日まで用ひ来りて、
命を繋(つな)ぎたる、恩あればなり。
これ恩を思ふの道なり。
この心ある者は天意に叶ふ故に長く富を離れざるべし。
                      (夜話二〇一)
【略解】
 いただいた恩を忘れず少しでも報いようとする心がけは、
天意に叶う第一条件ではないだろうか。


「かけた情けは水に流し、受けた恩は石に刻め」
と言う格言がありますね。
世の中の大多数の人は、
「かけた情けは石に刻み、受けた恩は水に流す」
ですね。
本人に自覚があるかどうかは別として。
棚に上げている自覚も含め・・・。
尊徳翁は、
受けた恩を、
石どころか“命”に刻めといわれいるのに・・・。

2013/09/04 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     9月4日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
8月4日
婦女子の教訓書

 若(も)し男子にして「女大学」を読み、
婦道はかかる物と思ふは以ての外の過ちなり。
女大学は女子の教訓にして、
貞操心を鍛錬するための書なり。
夫(そ)れ鉄も能々(よくよく)鍛錬せざれば、
折れず曲らざるの刀とならざるが如し。
総て教訓は皆然り。
されば男子の読むべき物にあらず、
誤解する事勿(なか)れ。
世に此の心得違ひ往々あり。
          (夜話一五五)
【略解】
 貝原益軒の「女大学」に対する評価と共に男性の誤解をとかれる細心の用心に頭が下がります。


私は「女子大学」と言う本を知りませんので、
本日の内容がよくわかりません。
・・・が、
男性と女性は生まれながらにして、
役割が違います。
私は子供を産めませんし、
母乳も出ません。
女性は偉大な存在です。
しかし、
女性だけでは娠もできません。
人間は男と女で初めて“1”なのですね。

2013/09/03 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     9月3日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
9月3日
大海の家台船

 家屋の事を、
俗に家船(やぶね)又家台船(やたいぶね)と云ふ、
面白き俗言なり。
家をば実に船と心得べし。
是を船とする時、主人は船頭なり。
一家の者はみな乗合ひなり。
世の中は大海なり。
然る時は、
此の家船に事あるも、
又世の大海に事あるも、
皆遁れざる事にして船頭は勿論、
この船に乗り合せたる者は、
一心協カこの家船を維持すべし。
                (夜話八八)
【略解】
 この家台船の説には衷心より納得するものがある。
慎まなければならない。


あなたは、
船の中で営業をするお店の店主です。
今まさにお客様が殺到し、
押すな押すなの大盛況です。
そんな時、
船長からの連絡で、
「船底に穴が開きこのままでは沈没してしまう」
と連絡が入りました。
あなたはどうする?
・・・沈没する船で目先の大儲けをしても仕方ないですよね。
会社と言うのは船と同じです。
一旦出向してしまえば、
目的は仕事を完了した後、
安全に帰港することです。
しっかりと、
乗員全員が目的共有し、
“一心協カ”することなのですね。

2013/09/02 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     9月2日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
9月2日
仁義礼智の徳性を

 人心は譬(たと)へば、
田畑に生ずる莠草(はぐさ)の如し、
勤めて耘(くさぎ)り去るべし。
然(しか)せざれば、
作物を害するが如く、道心を荒す物なり。
勤めて私心の草を耘り、
米麦を培養するが如く、
工夫を用ひ、
仁義礼智の徳性を養ひ育つ可し。
              (夜話一三三)
【略解】
 人心の雑草を除去し、
道心の徳性を培養すべしとの教えである。
道心とはに義礼智の心をいう。


「人の心の草を取る」
いい言葉ですね。
雑草っていくらでも増え続けます。
取っても取っても次が成長します。
私たちの心と邪心と同じです。
取っても取っても湧いて出てくるのです。
どこかで終了しません、
「もういい」と思った瞬間から心の中で増え続けます。
私の場合“研修”です。
研修が楽しいから通っているわけではなく、
心の草を取り続けるための実践なのです。

2013/09/02 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     9月1日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
9月1日
天に勝つ事あたわず

 俗歌に「箱根八里は馬でも越すが馬で越される大井川」と言へり。
其の如く人と人との上は智力にても、
弁舌にても、威権にても通らば通るべけれど、
天あるを如何せん。
智力にても、弁舌にても、
威権にても決して通る事の出来ぬは天なり。
                  (夜話一四七)
【略解】
 いかなる知力・権力にても勝つことが出来ないのは、
天の支配力である。


“宇宙根源の法則”ですね。
“自然の摂理”言い方はいろいろです。
広ガスたかたでは“健善”と言っております。
「人生は“健善”探しの旅」
知識なんていうのはあくまでも道具ですね。
法則さがしの人生を楽しみましょう。
 

2013/08/31 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     8月31日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
8月31日
一鍬一邑

 先生曽(かつ)て日く、
凡そ事を成さんとして成就せざるものは速(すみや)かなることを欲し、
一挙にその業を遂げんとするが故なり。
幾万の廃地を開かんとするも一鍬(しゅう)より始め、
幾百邑を再復せんとするも必ず一邑より始む。
一邑全く成りて然る後そのニに及び、
順を以て十百千万に至る。
譬(たと)へば一歩を積みて千里の遠きに至るが如し。
                   (報徳論)
【註】
 一邑とは一村落。
幾百村の再興はまず一村の再興から始めよとの教えである。


カメさんのような着実な歩み。
そして、
“二兎を追うものは一頭も得ず”ですよね。
・・・とは言いながら、
以前は営業一人での、
“暮らしのワンストップ”を目指そうとしていました。
住宅、アパマン、暮らしの支援など、
組織、担当を分け、
それぞれが一兎を追う仕組みをつくっていきます。

2013/08/30 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     8月30日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
8月30日
一鍬を重ねる

 先生曰く凡そ細を積みて大を為し、
微を積みて広大に至るもの自然の道なり。
譬(たと)へば天下の耕田の如し。
幾億万町といへども春耕秋收一畝(せ)の余すことなき者何ぞや。
他なし一鍬(しゅう)を重ね以て耕し一鎌を重ねて以て苅り怠らざるに在るのみ。
況んや荒蕪(こうぶ)の地一鍬を積みて以て怠らざれば、
幾万の廃地といへども之を挙ぐるに何の難きことかえあらん。
                         (報徳論)
【註】
 「荒地の開拓は一鍬を重ねるよりほかなし」の語は心に銘ずるものがある。


「人の成長は“一鍬を重ねる”しかない」
って、気づいたのはいつころだろうか。
若かりし頃の私は、
“楽をしながら成果をつくる方法”を本気だ考えていました。
中学生くらいから考えていましたので、
一鍬(くわ)づつの勉強している暇はありませんでした。
・・・皆さんの想像通り、
成果を出し続けていました。
・・・もちろん悪い方の成果ですが。
学校と言うのは、
中間試験や期末試験で結果を出さなくてはならないのですが、
私の鍬は細く、
五鍬で皆さんの一鍬分です。
学期ごとでは遅れるばかり。
社会は学期がありませんので、
止まらず歩み続けると周りが勝手に立ち止まります。
・・・不思議ですよね。(でも本当です)
「能力が高いに越したことはありませんが、
 止まらない人が一番遠くまで行くのです」 
と、ウサギに勝ったカメさんが言ってました。

2013/08/29 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     8月29日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
8月29日
聖人の政

 施(ほどこ)すことを先んずる時は国盛んに民豊かなり。
人民之に帰し上下富饒(ふじょう)にして百世を経(ふ)るといへども国家益々平穏なり。
聖人の政(まつりごと)は仁沢を施すを以て先務として、
敢て心を取ることに用ゐず。
暗君は取ることを先として施すことを悪(にく)む。
治平乱暴の由つて起る所皆斯にあらざるものなし。
今相馬の政、
施すを以て先と為すか、取るを以て先と為すか。
                       (報徳論)
【註】
 「仁沢を施すを先務とす」。
この一語は味わい尽きざるものである。


イソップ物語の「アリとキリギリス」のお話に近いのかな?
楽しいことが先ではないのですね。
“後に備える”
いかにも日本人の思想です。
だから世界の中でも国民の預金残高がトップなのですね。
ほぼお年寄りの預金残高ですが。
ゆとりがあったからではなく、
“爪の先に明かりをとぼす”ような生活で蓄えたのですね。
しかし、
タイトルに“聖人”とあります。
その域に達するには時間がかかるのです、
とくに世界の中で豊かな国とされる日本では。
まずはがむしゃらに目先の豊かさを追いましょう。
結婚し子供ができたころには、
“足るを知る”と言う言葉を意識し始めることでしょう。
子育てにはお金がかかりますから。
経験体験の中から“聖人”にゆっくりと近づくのではないか?
と、思う年齢になってきました。

2013/08/28 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     8月28日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
8月28日
上に立つ者の覚悟

 翁日く、
この艱難(かんなん)の時に当り太夫たるもの上下の為に一身を責めて人を責めず大業を行ふの道なり。
然しただ之を行ふ事のあたはざるを憂いとせり。
この道を行はずして、
人の上に立ち高禄を受け、
弁論を以て人を服せしめんとせば、
益々怨望盛んにして国家の殃いよいよ深きに至らん。
何を以て衰国を挙げ上下を安んずることを得んや。
                       (報徳論)
【略解】
「わが身を責めて人を責めず」この一力条は大業に従事する者は心すべきことです。


上に立つ者の覚悟
“酒は飲んでも飲まれるな”
酒に飲まれていたた先輩を思い出してみよ。

2013/08/27 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     8月27日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
8月27日
終日督励

 物井桜町より青木村までは道程三里余りであるが、
翁は六十余歳の老体にして矍鑠(かくしゃく)たること壮者に劣らず、
徒歩未明に青木村に至り自ら鍬をとって役夫を指揮しつつ荒地の開墾に従事し終日督励して倦まず、
日没頃疲労せる様子もなく桜町に帰るのを常とせられた。
                          (逸話集)
【註】
 超人的労作の陰に不撓不屈の強靭な意志力を感ぜしめられる逸話です。


・・・信じられない。
52歳の私は、
朝夕の数種類の薬を飲み続け、
月に一回ペースで病院通い。
少し体がしんどくなると、
とにかく睡眠をとりまくることにしています。
7~8年前は少々しんどくても無理すれば動けてましたが、
今は無理すると寝込んでしまう危険があるので、
それを回避しています。

2013/08/26 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     8月26日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
8月26日
神棚に銘記すべし

 人は誰でも借金が出来ると、
隠したがるもので、
そのうちだんだん殖えて行くのである。
それ故翁は、
「負債の出来たときは、
 大神宮の神棚へ其の負債の総額を書いて張りっけておけ、
 之れ負債を滅却する方法である」
といわれたとのこと。
これならば必ず負債が償還できるだろう。
さすがに穿つた着目である。
             (逸話集)
【註】
 この着想も尊徳翁の慈言にして借財返済を第一に心がけるべきという教えである。


多くの企業が“無借金経営”を目指して経営をしています。
私も無借金経営こそが正しい姿と思っていました。
が、
企業を“継続”するためには、
借金をしつついつでも返済できる蓄えを持つ、
“実質無借金経営”が正しい事を知りました。
「雨が降ったら傘を取り上げるのが銀行」
と、ドラマ半沢直樹でもそういってます。
雨が降る前から実績を積み上げていくことが大切ですね。
・・・話の方向は本日の一言とはずれましたが。

2013/08/25 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     8月25日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
8月25日
一汁一菜

翁は巡視中、
時々民家に泊まられることがあった。
当時農民が官吏に対する取扱いは、
極めて叮重であり、
翁に対しても、官吏同様に、
相当の膳部(ぜんぶ)を供するものがあり、
翁はいかにも不機嫌な様子で、
「予は一汁一菜に甘んずべきことを奨励しているから、
予に対してはかかる馳走を設くるに及ばず」
と言われ、
一菜のみ箸をっけられ召し上がられた。
              (逸話集)
【註】
 尊徳翁の面目躍如たる感あり。


社長就任時、
私の車は1,000㏄のホンダ車“ロゴ”でした。
まわりから、
「もうちょっと社長らしいのへ乗ったら?」
と言われましたが、
“就任後も一年間は乗り続ける”
と決めていました。
自分自身が勘違いをしないためです。
その後の車歴は、
初代インサイト…6年間(その後営業車にしましたが、洪水で水没)
シビックハイブリッド…8年間
アコードハイブリッド…現在
です。
燃費と環境を考えハイブリッドにこだわりつづけています。 

2013/08/24 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     8月24日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
8月24日
心の浄化法

 日々(にちにち)に積る心のちりあくた
              洗いながして我を助けよ
                 (二宮翁道歌)
【略解】
 毎日毎日知らないうちに心の塵(ちり)や垢がっもりっもっているものです。
この心の浄化に心がけねばなりませんが、
身の回りの整理・整頓・清掃こそ一つの重要な心の浄化にっながることを知り、
実行すべきでありましょう。


昨日の感想のまんまですね。
“環境整備で会社が変わる”
“トイレ掃除で心も磨く”
「掃除こそ心の浄化」
・・・社長の机汚いな、
反省。

2013/08/23 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     8月23日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
8月23日
天はこれを知る

 丹誠は誰しらずともおのづから
          秋のみのりのまさる数々
               (二宮翁道歌)
【略解】
 百姓が農事に精魂を傾け、耕作し、
手入れをしたならば、
誰れ知る者がなくとも、
天は彼の行いを知るゆえに、
秋の収穫において歴燃たる差がみられることは明らかである。
これは農業だけの問題でなく、
世上百般、みな同様のことであるという理を示されたものです。


“環境整備で会社が変わる”
小山さんの本にあったかな?
矢島さんの本かな?
荒廃していた安西高校は、
トイレ掃除をきっかけに体育祭が復活しました。
10年くらい前の話です。
テレビや新聞にも紹介され全国区で取り扱われましたね。
“トイレ掃除で心も磨く”
ですね。
上岡さんは毎日、
松下幸之助日めくりカレンダーをめくりながら、
心も磨いています。
・・・昨日はお休みの日?
……そのままにしておきます。

2013/08/22 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     8月22日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
8月22日
共生共楽こそ真

 ちうちうと歎き苦しむ声きけば
       鼠(ねずみ)の地獄猫の極楽
              (二宮翁道歌)
【略解】
 この歌は、
鼠と猫の関係のように、
一方の憂患が一方の喜楽となるような、
禍福憂歓は、真の福でもなく、
真の吉でないということを示されたものです。
彼の喜びが我の喜びであり、
彼の悲しみが我の悲しみであるというのがあるべき姿で天地と親子と夫婦と農業の道のように共生共楽がこれを示しております。


“喜び”、“悲しみ”の和は一定量なのですね。
先日も書いた、
「市場にはお客様とライバルしかいない」
市場一定量の法則と同じです。
地球上の物質一定量の法則と同じです。
我が家では食事の前の、
「いただきます」
のさらに前に、
「ありがとうございます」
と手を合わせます。
野菜や魚、鳥や豚や牛さんたちの命と引き換えに、
私たちは生きているのですから。
せめてもの“感謝”の言葉です。
 
 

2013/08/21 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     8月21日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
8月21日
仁徳の道

古道(ふるみち)につもる木の葉をかきわけて
              天照す神のあしあとをみむ
                     (二宮翁道歌)
【略解】
 古道とは、
天照大御神の大道すなわち日本の道です。
木の葉とは儒教佛教をはじめ、
もろもろの教えの書籍をたとえております。
そうした教えの数々も大切であるが、
日本古来の大道である古神道の示すご仁徳の道を忘れてはなりません。


戦後のお話ですが、
日の丸や君が代が問題視され、
道徳と言う教育がなくなり、
“ゆとり教育”なるものが出てきました。
全てがよくなかったとは言いませんが、
・・・・・・本音は言いたい・・・。
ゆとり教育どっぷり時代、
君が代を知らない若者もたくさん出てきました。
日本人選手は国際大会で国歌を歌いません。
この数年でしょうか、
道徳教育も復活したと聞きます。
先日のサッカーの国際試合や、
ボクシングの世界戦などでも君が代を歌っていました。
“古来”のお話ではありませんが、
100年に満たない中でも同じようなことが起こっているようです。

2013/08/20 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     8月20日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
8月20日

借金の禍

 借金を隠蔽(いんぺい)するは益々借金を増長せしむるの途なり。
宜しく之を神棚に飾りて、念々返済を心かくべし。
                    (金言集)
【註】
 借財返済をまず日夜に念じ心がけるべきである。


借金の隠ぺいだけではありませんね。
一度“嘘”をついてしまうと、
その嘘を隠すためにさらに“嘘”を重ね、
それを隠すためにまたまた“嘘”。
もう泥沼ですね。
・・・長い人生の中でのこと、
たぶん誰しも経験があることでしょう。
そして正直に生きようと反省するのです。
時には方便を使いつつも、
ガラス張りの経営を目指して進行中です。

2013/08/19 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     8月19日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
8月19日

飽食の戒

 珍味と雖(いえど)も飽食すること勿(なか)れ。
其の甚しきに及んでは、
病を起して死に至る。
是れ天理なり。
      (金言集)
【註】
 粗衣粗食を自ら実行せられた翁の面目躍如である。


何事も“腹八分”。
私の場合、
「食べ物が残っているともったいない」
と、ついつい食べ過ぎてしまってました。
・・・そして“糖尿病”。
今は無理して残しています。
一番の原因は運動不足?。

2013/08/18 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     8月18日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
8月18日
鎌を磨く

 田畑を開かんには先づ鎌を磨け、
然らば草は容易に刈られん。
           (金言集)
【註】
 「一鎌を重ねて苅り怠らざる」の語がありますが、
それにはまず鎌を磨くよりほかない。


“業績を上げ繁栄するにはまず価値観をそろえよ”
ですかね。
もうひとつ前に、
“価値観がそろう前に行動をそろえよ”
かな。
“形から入って心に至る”

2013/08/17 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     8月17日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
8月17日
一天道と人道

 田圃(でんほ)の荒るるは、
天道自然なり。
耕耘(こううん)怠らずして、
荒さざるは、人道なり。
堤の潰(くづ)るは、天道自然なり。
之を堰(せき)て怠らざるは人道なり。
居室の破損するは天道自然なり。
之を造作して怠らざるは人道なり。
人心放僻奢侈(しゃし)に流るるは自然なり。
仁義礼譲を以て之を教へ之を防ぎ怠らざるは人道なり。
人道の要務は私欲を制して能く勤動し、
節倹を守って仁義を行ふにあり。
                 (報徳論)
【略解】
 天道と人道の意義をこれほど明確に示されると、
納得領解せざるを得ません。


天道=自然、当然
人道=人が手を入れる
と言うこと。
広ガスたかたででは、
トイレが日々汚れていくのは天道なり。
トイレが毎日美しいのは人道なり。
また、
車が日々汚れていくのは天道なり。
車が毎日輝いているのは人道なり。
ですね。

2013/08/16 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     8月16日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
8月16日
天地の霊気

 人体は天地の霊気に成る。
故に私にあらざるなり。
然り而(しか)して其の恩を知らず、
其の報を念わず。
妄(みだ)りに私欲を擅(ほしいまま)にする者は天地必ず之を罰す。
畏れざるべけんや。
慎まざるべけんや。
       (語録三ニニ)
【略解】
 「人体は天地の霊気に成る」
この一語、
また「根元の父母あればこそ」
の一語はゆめゆめ忘れてはいけない。


私たちの身体も魂も、
全て地球からの借り物。
子供や孫たちのために、
私ができる贈り物をしっかりと残したいと考えており、
・・・・・・
・・・とは言え、
私の器は知れていますので、
地域で何とか役立ちたいと、
広ガスたかた仲間と共にがんばっております。

2013/08/15 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     8月15日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
8月15日
喜声腹より出ず

 腹より出ずる者は喜声なり。
背より出ずる者は悲声なり。
世の商議する者悲声を発すれば、則ち事成らず。
喜声を発すれば則ち事成る。
鶏(とり)難に遇えば、則ち悲声を発す。
是れ背より出づるなり。
時を報ずるは、則ち喜声を発す。
是れ腹より出づるなり。
           (語録二二七)
【略解】
 鶏の声を通して声は腹から出すべしと教えられる。


腹から声を出さなければ、
相手に伝わる物も伝わらない。
言葉だけではなく、
行動に移す時には、
“腹”に力を入れてから始動。
腹って重要です。
本日
鹿児島県知覧の“富屋旅館”から、
終戦記念日の特別番組がありました。
お前たちだけを行かせはしない」
と、“特攻”に志願した教官。
操縦技術の無かったその教官は、
教え子の二人乗りの飛行機に乗り出撃したそうです。
“腹をくくる”“腹にすえる”
教官はどんな思いだったのでしょう。

2013/08/14 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     8月14日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
8月14日

耐忍第一

 大任を負う者は誹謗蜂起(ひぼうほうき)して事業将に壊れんとするあり。
此の時に当り、
極力耐忍して必ず惑う勿(なか)れ。
暴風驟雨(しゅうう)も日を終えず、
逆変じて順至るも亦期にすべきなり。
                 (語録三一一)
【略解】
 大任を背負う者はいかにそしられようとくさされようと、
耐忍徹底すべしと教えられる。


「それでも地球は回っている」
ガリレオの有名な言葉ですね。
命を懸けた言葉、忍耐を超えてますね。
見事に再生したJALですが、
先日読んだ「稲森和夫最後の闘い」によりますと、
最初は、
稲盛会長に従うJAL幹部はいなかったそうです。
最後はJAL社員の総力ですが、
入口は稲盛会長の“忍耐”・・・執念ですね。
 

2013/08/14 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     8月13日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
8月13日
衰時の分を弁(わきま)え守る

 国家衰廃に陥ると雖(いえど)も、
而(しか)も衰時の分を弁(わきま)え、
固く之を守り、
以て我が道を行わば、
則ち其の余徳は終に天下に及ぶべきなり。
若(も)し夫(そ)れ其の分を知らざれば則ち千万金ありと雖も、
而も尚足らず。
終に衰廃に陥り、
亡滅を免れざるなり。
         (語録三〇八)
【略解】
 衰時の分をよく納得領解しそれを守りきれば、
衰廃もおそるるに足らずと説いておられる。


パチンコで大負けする人のことですね。
“止め時を知らないのです”
決めてない。
決めていても負けが込んでくると熱くなる。
気が付くと有り金をすべて突っ込んでしまった後。
・・・私は若いとき身をもって、
パチンコで学びました。
だから経営で、
絶対にはギャンブルをしません。
 

2013/08/12 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     8月12日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
8月12日
天地の大父母

 天地の大父母なり。
国家困窮せば則ち大父母を頼むの外、
復(また)他術あるなし。
苟(いやし)くも大父母を頼まば、
則ち興復せざるを憂えん。
何を大父母を頼むと謂う。
荒蕪(こうぶ)を墾開(こんぺき)し、
穀栗(こくぞく)を産出する、
是れなり。
          (語録二四)
【略解】
 荒地を開墾し、
穀物を産出させることこそ、
天地の父母に祈誓する道である。


「天なる父、母なる大地」
“食糧”こそ繁栄・永続のあかしだったのですね。
現代では“食糧”もお金で調達する社会。
私たちは、
「天なる父、母なる大地」
の恵みに感謝することが薄れているようです。
今日の文章を読みながら、
普段忘れている大切なこを思いだし、
改めて考えてみる時間をいただきました。
時々立ち止まることも大切ですね。 

2013/08/11 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     8月11日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
8月11日
人の長所を友とすべし

 論語に己れに如かざる者を友とする事勿(なか)れとあるを、
世に取違へる人あり、
夫(それ)人々皆長ずる所あり、
短なる所あるは各々免れ難きなり、
されば其人の長ずる所を友として、
短なる所を友とする事勿れの意と心得べし、
(中略)
多くの人には短才の人にも手書きあるべし、
世事には疎きも学者あるべし、
無学にも世事に賢こきあるべし、
無筆には農事に精しき有るべし、
皆其長所を友として短所を友とすること勿れの意なり。
                           ((夜話続四一)
【略解】
人には少なくとも一点の長所美点がある。
それを認めて友とすべきである。


 気が短い人・・・・・・・・・・仕事が早い人
 仕事が遅い人・・・・・・・・慎重な人
 言う事を聞かない人・・・自ら考える人
受け取り方によって、
長所にも短所にもなってしまいますね。
長所と付き合うとは、
“私がどう受け取るか?”とも言えそうです。
芳村思風先生の“感性論哲学”を思い出しました。
枕もとでホコリをかぶっている、
「人間の格」を開いてみます。

2013/08/10 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     8月10日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
8月10日
推譲それぞれ

今年の物を来年に譲るも譲なり。
則ち貯蓄を云う。
子孫に譲るも譲る也。
則ち家産増殖を云う。
その他親戚にも朋友にも譲らずばある可からず。
村里にも譲らずばある可からず。
国家にも譲らずばある可からず。
資産ある者は確乎と分度を定め法を立て能く譲るべし。
((夜話七七)
【略解】
 推譲にもそれぞれがあっていいわけだが、
これも分度を守ることが大切である。


私の最後の大仕事になるのが、
企業継続のための、
“株式”安定だと考えています。
まだ全く手付かずです。
“後継者”へのバトンタッチのために、
どういう形で「推譲」していくのか、
悩みつつ、整理しつつ、整頓しつつ手を打ち始めました。
・・・と言いつつも、
先代から“推譲”受けたもので、
厳しい環境を乗り越えつつ、
何とかそれなりの状態を作りバトンを手渡したいと考えています。 

2013/08/09 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     8月9日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
8月9日
異変にも対応

 凡(およ)そ事を成さんと欲せば、
始めに其の終りを詳(つまび)らかにすぺし。
譬(たと)へば木を伐るが如き未だ伐らざる前に、
木の倒るる処を、
詳らかに定めざれば、
倒れんとする時に臨んで如何共仕方無し。
故に予印旛(いんば)沼を見分する時も、
仕上げ見分をも、
一度にせんと云ひて、
如何なる異変にて、
失敗なき方法を工夫せり。
          (夜話一六五)
【略解】
 どのような異変にも対応できるよう、
始終をよく見極めることが大切である。


私の場合、
何か新しい事に取り組むときは、
最良シナリオと、
最悪シナリオのシュミレーションをします。
何度も何度も色々なパターンで行います。
そして対応シュミレーションも考え、
それから実行するのです。
そうしておけば、
少々イレギュラー発生でパニックを起こすことはありません。
新米社長のころ、
勢いで突き進み、
弁護士に相談し、
費用をかけて解決した経験からですね。・・・情けない
突拍子もない発想で、
イケイケで進んでいるように見られれますが、
裏では結構慎重なのです。

2013/08/09 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     8月8日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
8月8日
恭謙おのれを持す

 己を恭(うやうや)しくするとは、
己が身の品行を敬(つつし)んで堕(おと)さざるを云ふ。
その上に又業務の本理を誤らず、
正しく温泉宿をするのみ。
正しく旅籠屋(はたごや)をするのみと、
決定して肝に銘ぜよ。
此の道理は人々皆同じ。
農家は己を恭しくして、正しく農業をするのみ。
商家は己を恭しくして、正しく商法をするのみ。
工人は己を恭しくして、正しく工事をするのみ、
この如くなれば必ず過ちなし。
            (夜話七六)
【略解)
かつて明治政府発布の「教育勅語」に「恭謙おのれを持し」とありました。


“謙虚に生きる”
とは、
“本業に徹する”ことなのですね。
目先に転がっている儲け話ほど怖いものはない。
本業に徹し“健善”に取り組む。
手抜詩ながら儲け幼とすると、
もっと怖いしっぺ返しにあってしまいますね。
“健全”を“健善”と間違えたわけではありません。
“健善”は広ガスたかたの経営理念です。

2013/08/06 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     8月7日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
8月7日
心の開拓

 夫(そ)れ我が道は、
人々の荒蕪(こうぶ)を開くを本意とす。
心の荒蕪一人開くる時は、
地の荒蕪は何万町あるも優ふるにたらざるが故なり。
汝が村の如き、
汝が兄一人の心の開拓の出米たるのみにて一村速かに一新せり。
大学に明徳を明らかにするにあり。
民を新たにするにあり。
至言に止(とどま)るにありと。
明徳を明らかにするは心の開拓を云ふ。
                     (夜訴五九)
【略解】
 一人の心の開拓のカの偉大さを物語るものである。


森信三先生の言われる、
“生まれながらに持っている、
使命の書かれた封筒を開封”するとは、
正に、ここに書かれていることだと思うのです。
自ら大志をもって“心を開拓”する人もいることでしょう。
押し付けられて進むうち、
きっかけをつかみ“心を開拓”する人もいるでしょう。
入口はどちらでもいいのです、
“心を開拓”する域まで到達すれば。
ただし“心の開拓”の扉は他人が開いてはくれません。

2013/08/06 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     8月6日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
8月6日
修身斉家を第一とす

 不仁の村を、
仁義の村にする、
甚だ難しからず。
先ず自分道を踏んで、
己が家を仁にするにあるなり。
己が家仁にあらずして、
村里を仁にせんとするは、
白砂を炊(かし)いで飯にせんとするに同じ。
己が家誠に仁になれば、
村里仁にならざる事なし。
           (夜話三九)
【略解】
 すべて改革改善は、
修身・斉家より始めよとの仰せである。


「リーダーは背中を見せて、人を育てよ」
と言う事ですね。
私も、
45歳くらいまではむちゃくちゃ意識して、
背中を作っていました。
おかげで、
宅建や二級建築士にも合格しました。
が、
胃や肝臓も壊しました。
現在は、
組織が成長したおかげで、
私がついて行けない事もしばしばです。
まずは“自らが源”。
間違いない。 

2013/08/05 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     8月5日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
8月5日
己が心に異見すべし

 汝国に帰らば決して人に説く事を止(とど)めよ。
人に説く事を止めて、
おのれが心にて、己が心に異見せよ。
己が心に異見するは、
柯(か)を取って、柯を伐るよりも近し。
もと己が心なればなり。
夫れ異見する心は、汝が道心なり。
                (夜話三七)
【略解】
 尊徳翁は、
人に説くより自分自身に説くべしと教えられた。
行住坐臥油断なく自分自身に異見すべしと。
斧(おの)の柄をとって枝を払うより簡単なことである。
柯とは斧の柄であり枝を意味する。


新たな研修会社とお取引するとき、
必ず守っていることがあります。
“まず社長が研修を受ける”
その上で導入するかしないかの判断をします。
これが「己が心に異見する」と言う事だと考えています。
幹部に受講してもらい、
その感想や意見をもとに判断すると言うようなことは、
正に、
「斧の柄をとって枝を払う」と言う事ではないでしょうか。
・・・で、
広ガスたかたの社長は、
社内で一番研修を受けているのです。
・・・・・・能力の低さを補うためと言う噂もあります。

2013/08/04 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     8月4日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
8月4日
一陰一陽

 凡(およ)そ世の中は陰々と重なりても立たず、
陽々と重なるも又同じ。
陰陽々々と並び行るるを定則とす。
譬(たと)へば寒暑昼夜水火男女あるが如し。
人の歩行も右一歩左一歩、
尺蠖(しゃくとり)虫も、
屈みては伸び、屈みては伸び、
蛇も左へ曲り右に曲り´~此の如くに行くなり。
                     (夜誘一六〇)
【略解】
 この陰陽の理を説かれるのが易経であり、
「一陰一陽」「極陰陽転」、
易は万物循環変化の理を説く。


“人生は振り子”
と言う言葉を聞きました。
・・・20年くらい前でしょうか?
良い事ばかり続くことはない、
悪い事ばかり続くこともない。
振り子のように行ったり来たり。
ちょうどよいバランスで、
ぴたりと安定し続けることもない。
だから私は安定しないバイクが好きなのです。
・・・ただの趣味でした。

2013/08/04 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     8月3日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
8月3日
循環変化の理

 或問う
「春は花秋は紅葉と夢うつつ
      寝ても醒めても有明の月」、
とは如何なる意なるや。
翁日く、
是は色即是空・空即是色、
と云へる心を詠めるなり。
夫(そ)れ色とは肉眼に見ゆる物を云ふ。
天地間森羅万象これなり。
空とは肉眼に見えざる物を云ふ。
所謂(いわゆる)玄の又玄と云へるも是なり。
世界は循環変化の理にして、
空は色を顕はし、色は空に帰す。
皆循環の為に変化せざるを得ざる是れ天道なり。
                      (夜話一四八)
【略解】
 循環変化の理をあざやかに説かれるところ、
哲人尊徳翁の面目躍如である。


この世に存在するすべての物、
目に見える個体や液体、
目に見えない気体も、
全て原子分子のレベルで言うと、
水(H₂O)も、
水素(H)、
酸素(O)の組み合わせ。
目に見えないものが見えるようになったり、
水が蒸気になって見えなくなったりするのですね。
組み合わせの違いだけで、
“一定量の法則”に変わりありません。
尊徳翁はこれを、
“循環変化の理”と言われているのだと思います。
「何かを得ようとすると、
 必ず何かを失う覚悟が必要」
ですね。

2013/08/02 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     8月2日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
8月2日
克己の道

 論語に己れに克(かつ)て礼に復(かえ)れと教えたるも、
佛にては見性といひ、
悟道といひ、転迷と云ふ。
皆これ私を取り捨つるの修行なり。
この私の一物を取捨つる時は、
万物不生不滅不増不減の道理も又明らかに見ゆるなり。
此の如く明白なる世界なれども、
この己れを中間に置きて彼と是とを隔つる時は、
直ぐその座に得失損益増減生滅等の種々無量の境界現出するなり。
恐るべし。
               (夜話続四二)
【略解】
 不生不滅・不増不減の絶対必然の世界なれど、
その中間に自己の立場を置く時、
得失・損益・増減の相対的世界に堕す。


“地球上の原子・分子一定量の法則”
ですね。・・・あくまでも住吉流です。
「ここに我が身を置く」
・・・ということは、
「一定量の法則を悟りなさい」
ってことでしょう。
すると、
小山さんの言われる、
“市場には、
 お客様とライバルしかいない”
と言う事になるわけですね。

2013/08/01 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     8月1日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
8月1日
無一物

 本来人の生るる時は、
一物も持参する者に非ず、
又死する時も持ち往く者に非ず。
裸にて帰る者なり。
しかるを、
わが物となすは、知らず、
無を悟らざる人なり。
         (報徳記)
【略解】
 「本来無一物」という禅語あり。
「一切放下」という佛語あり。


自らが会社を立ち上げた創業者は、
障害が立ちはだかった時、
「どうせスタートした時は0だったんだから」
と、良い意味で開き直る人が結構いらっしゃいます。
二代目経営者は、
出来上がったものを受け継いでいるので、
案外守りに入る人も多いようです。
企業も創業時は裸からのスタートしたのです、
二代目の私が、
創業者と同じ立ち位置になれるとは思いませんが、
せめて“足るを知る”をしっかりと意識し続けます。

2013/07/31 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     7月31日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
7月31日
万物止まること無し

 先生日く、
万物一も其の一処に止まることあらず、
四時の循環するが如し。
人事富む時は必ず奢(おご)りに移り、
奢る時は貧しきに移り、
貧極(きわ)まる時は富に赴(おもむ)くもの是れ自然の道ならずや。
今下館貧困極まれり。
何ぞ再盛の道を生ぜざらん。
              (報徳記)
【註】
 「陰極まって陽に転ずる」の理を諭し励まされました。


 落ちるところまで落ちてどん底までまで行ったら、
それ以上落ちようがない。
あとはまた上がるしかありませんね。
悪いことが一生続いたという話は聞いたことがありません。
どんな場面においても挑み続ける姿勢が大切ですね。
・・・逃げようとすればするほど追いかけてきます。

2013/07/30 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     7月30日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
7月30日
異動の戒め

 先生曰く、
斯(ここ)に道あり。
断然として在職中の奢(おご)りを改め、
衣服器財金銀に至るまで一物も余さず之を出し、
一藩の貧人に贈り奉仕の用に当てしむべし。
必ず某の不忠の如くなる事勿(なか)れと一言を残し、
妻子共に歩行して一物を携へず一僕を連れず小田原に帰り、
縁者の助力を得て艱苦を尽すべし。
                  (報徳記)
【註】
栄職にあった者が帰国に際し戒められた言葉で、
生活の即時切りかえを説諭されました。


“両親が高齢なので仕事を辞めて帰ってきた”
田舎では聞かない言葉ではありませんね。
しかし、田舎にはなかなか職はないのです。
先日、広ガスたかたにも面接に来られました。
それなりの給与しか提示できませんでしたが、
それでも、
社員としての採用にとても喜んでいただきました。
共に汗を流しましょう。
・・・私は身体ではなく頭の中でしっかり汗します。

2013/07/29 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     7月29日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
7月29日
救荒の道

 先生曰く、礼に云く、
  国無九年之蓄曰不足
  無六年之蓄曰急
  無三年之畜曰国非其国
夫(そ)れ歳入の四分が一を余し之を蓄へ、
水荒年盗賊衰乱の非常に充(あ)つるもの聖人の制にあらずや。
事予(あらかじ)めする時は救荒の道何ぞ憂ふる事之あらん。
                             (報徳記)
【略解】
 「三年の蓄財なければ国にして国にあらず」
と説かれた尊徳翁の備蓄救荒の心構えを学ぶべきであります。


倒産を経験し、
苦労しに苦労を重ねた後
現在では優良な会社を経営されている、
知り合いの社長さんが言われていました。
「お客様や社員さんに迷惑をかけるようなことは、
 二度と起こしてはならない」
「そのために、
 一年間仕事がなくても、
 お客様と社員さんに迷惑をかけなくても良いだけの蓄えをした。
 それでも安心できないのだ」
「出来ることなら経験しない方がよい、
 が、
 私はその経験から沢山学んだ」
と言われておりました。

2013/07/28 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     7月28日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
7月28日
大久保侯の死

先生君侯の逝去し玉ふ事を聞き、
働哭(どうこく)悲歎流涕(りゅうてい)して曰く、
鳴呼(ああ)我が道すでに斯(ここ)に窮せり。
賢君上に在(い)まし我をして安民の道を行はしむ。
臣始めて命を受けしより十有余年千辛万苦を尽せるは何の為ぞや。
上(かみ)明君の仁を拡め下(しも)万民に其の沢を被らしめんとするのみ。
豈(あに)他あらんや。
(報徳記)
【略解】
明君大久保侯と尊徳翁との間柄は、
肝胆相照の仲だっただけにその哀惜の情は察するに余りあるものがあります。


「一人では生きていけない」
プライベートも仕事も。
どんなに優秀な人だって、
すべてをこなせるなんてことはまずありませんね。
天才エンジニア本田宗一郎も、
経営は藤沢武夫という同志がいて初めて天才と言われたのだと思います。
個人的なことで言いますと、
妻が支えてくれているので仕事に打ち込めています。
私の不出来を中村さんや社員さんが支えてくれているので、
仕事の中の、
わずかな得意に打ち込めています。
先日の総務・経理の引っ越しも“正に一丸“。
早くてきれいな仕事でした。
皆さん本当にありがとうございました。

2013/07/27 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     7月27日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
7月27日
食を断じて議せん

 先生顔色を正し声を励(はげま)して日く、
今幾万の飢民露命旦夕(たんせき)に迫れり。
明日より各々断食して役所に至り、
此の評議決せん迄は必ず食すべからず。
今飢民の事を議するに、
自ら食を断じて之を議せば其の可否論ぜずして自(おのずか)ら弁ぜん。
それがしも亦断食して此の席に臨まん。
(報徳記)
【略解】
 飢民対策につき協議の際の心構えとあるべき態度を説く翁の気迫に圧倒される感あり。


現在の日本でたとえると、
原発再稼働を掲げている、
各電力会社の社長自らが原発の敷地内に自宅を構え、
“発電所内で家族と共に生活する”。
って、意味なのでしょうか。
・・・私は、
子供や孫たちの負担や環境を考えると、
早く次のインフラに取り組んだ方がよいと思います。
・・・私だけかな?

2013/07/26 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     7月26日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
7月26日
増減は器かたむく水

 増減は器かたむく水と見よ
    あちらに増せばこちら減るなり
         (二宮翁道歌)
【略解】
 般若心経に、
不生不滅・不垢不浄・不増不減とあります。
この不増不減の実相を、
みごとに一首にまとめております。
すべて万象はみな不増不減にして、
一方が増せば一方が減り、
一方が減れば一方が増し、
全体からみて増減なく、
無限循環の変化の鉄則を示すものであるということです。


先日も同じようなことを書いたかな?
「地球上のすべての“もの”の量は、
原子量・分子量レベルでは一定量ではないか」
20年くらい前にふとそう思ったのです。
人間が増えれば、動物や植物が少なくなり、
人間が減ると、動物や植物が増える。
人間が車を走らせ、油が減ると二酸化炭素などのガスが増える。
きっと一定量の法則が働いている。
・・・???
放射性物質ってプルトニウムから発生するものなのか???
プルトニウムと何かが化学反応をおこしているの???
その時の熱を利用するのが原発???
私にはよくわかりませんが、
一定量の法則が正しいとするならば、化学反応かな。
地上に出さなければ安定している物なのかもしれませんね。
人間は、
人間の手に負えない悪魔を掘り起こしてしまったのかもしれない。

2013/07/25 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     7月25日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
7月25日
遠き近きはなかりけり

見渡せば遠き近きはなかりけり
己々(おのおの)が住処(すみか)にぞある
(二宮翁道歌)
【略解】
遠いとか、近いとかいうが、
遠近は比較相対的なものです。
京都は大阪の人にとっては近いが、
東京の人にとっては遠いようなもので、
立地立場の如何によって変わるものです。
遠近のみに限らず禍福吉凶優劣得失すべてに通ずる相対的評価といえます。


なるほどその通りですね。
見る人の価値観によってそれぞれですね。
見る場所を変えるとまったく違うものに見えたりもします。
そう考えると、
“相対的評価”に振り回されることは案外ばからしいこと。
クレームの中には“相対的評価”と言えなくもない場合もあります。
「クレーマー」はそうかもしれません。
しかし、
基本クレームは、私たちの気づかぬ不誠実から起こります。
一番はスピード対応ですが、
不完全である人間がやることですから、
完璧に物事は進みませんが、
それを目指す意識は育て続けていきたいものですね。

2013/07/24 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     7月24日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編

雨か嵐かしらねども

 この秋は雨か嵐かしらねども
     今日のつとめの田草取るなり
                 (二宮翁道歌)
【略解】
 今年の秋の収穫時に台風災害にあって大変な被害を蒙ることがあるかどうか予測できませんが、
それはともかくも、
現在の耕作に精一杯の尽力をするばかりです。


最近の天気予報はすごいですね。
宇宙から雲や風を観察し、
そのデータを基に天気を予測する。
ゲリラ豪雨も予測してますものね。
さらに先日、
「ゲリラ豪雨が起こる前に雲を小さくする」
世界初の実験をやっていました。
・・・が、
どこまで行っても人間は自然の力には勝てないことでしょう。
・・・・・・それはともかく、
私たちは、
世界地図からは確認できない、
安芸高田市を中心とした小さな小さなエリアで、
人知れず、
“豊かな暮らし”づくりに精一杯の尽力をします。

2013/07/23 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     7月23日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
 7月23日
日本を思う

 おもへただ、から学びする人とても
我身をめぐむこの日(ひ)の本(もと)を
(二宮翁道歌)
【略解】
 これは儒教や佛道その外、
すべて外国の学問をする人々は、
ややもすればわが日本の国の神道をうとんじ、
わが国体の尊さを忘れがちだが、
それでは真の学問のあり方ではないと戒められました。


残念ながら修行の足りていない私は、
“神道”が何たるかを知りません。
しかし、
“広ガスたかた道”なら少しはわかります。
 顧客ありて会社あり
  和、秩序、誠、熱意、揃って発展する
 小さな事故も起こせば破滅
  誠実は信用のもと  健康は幸福のもと
  質素は安定のもと  反省は向上のもと
  努力は発展のもと
この“社是”が、

「人生道場」“広ガスたかた道”の原点です。

2013/07/22 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     7月22日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
7月22日
読書の心構え

 書を読む者ぜひとも人を済(すく)ふの心を存しねばならぬ。
何となれば、
書は人を済ふの道を書き載せたる物なり。
故に之を読んでその心を存しなければ、
何の益があろう。
                    (金言集)
【註】
 世の学者の心すべき事として、
真の学問は単に物知りになることではなく、
救国済民の念がなければならない。


学問のための学問では「ダメ」。
ってことですね。
私も社長就任後、
本当に勉強しまくっています。
哀しいけど、
遊んでる暇がないくらいです。
社員さん達はその都度、
「また何かが変わる」って感じてることでしょう。
今では、
社長だけでなく、
幹部も勉強しまくって、
変化の源になっています。
っていうか、
全社員が他社のベンチマークに行ったり、
研修に行ったり、
毎月、毎月改善を積み上げています。
広ガスたかたってすごい会社ですねー。
“社員の皆さん本当にありがとうございます”

2013/07/21 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     7月21日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
7月21日
人となる道

 鋼鉄は焼き、冷し、打ち、敲(たた)き、
焼き、冷し、打ち、敲(たた)きて而(しか)して後、
始めて折れず曲らむるものとなるなり。
人も亦斯くの如し。
          (金言集)
【註】
 「艱難辛苦」「百練万磨」を経ずして真に人たるを得ざるものなり。


坂村真民先生の詩です。
私の大好きな詩です。 
 
“ 鈍刀(どんとう)を磨く” 
  鈍刀をいくら磨いても
  無駄なことだというが
  何もそんなことばに
  耳を借す必要はない
  せっせと磨くのだ
  刀は光らないかも知れないが
  磨く本人が変わってくる
  つまり刀がすまぬすまぬと言いながら
  磨く本人を
  光るものにしてくれるのだ
  そこが甚深微妙(じんじんみみょう)の世界だ
  だからせっせと磨くのだ

 

思い通り結果が出なくてもいいのです、
私は鈍刀を磨き続けます。

2013/07/20 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     7月20日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
7月20日
孝を問う

 孝を問ふ、
曰く父母に事(つか)へ手我無き也。
孝を問ふ、
曰く父母の憂いを以て、
わが憂いとなす。
かくの如きは、
父子一体なればなり。
         (金言集)
【註】
 「父母ありて我あり」。
わがいのちの根元に思いをいたせば、
報徳の念が止むことよない。


“私たち一人ひとりは奇跡の存在”
毎年必ず一度はこの奇跡のお話をしていますね。
射精一度あたりの精子数は1億~4億と言われます。
一回の性行為で妊娠したとしても、
1億~4億分の1の確率。
そう考えると私が生まれる確率って???、
電卓では無理ですね。
どの命も天文学的確率で生まれて、
奇跡的に天寿をまっとうするのです。
どの命も皆奇跡なのですね。
父母に感謝、
わが命に感謝。
妻に感謝、
子供たちに感謝。
命の継続に感謝。 

2013/07/19 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     7月19日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
7月19日
勤にして倹、倹にして譲

 おおよそ分度は人道の本にして、
勤怠・倹奢・譲奪・貧富・盛衰・治乱・存亡の曲つて生ずる所なり。
その分に従いその度を守を勤と言い、
その度を約(つづ)めて余財を生ずるを倹と言い、
その余財を他に推し及ぼすを譲という。
勤にして倹、倹にして譲なれば、
富盛に達す。
国家富盛を得れば治まり、
治まれば永く存続す。
         (報徳外記第三章)
【略解】
 勤・倹・譲につき要領よく説きつくされています。


広ガスたかたが歩もうとしている道ですね。
先輩たちがしっかり勤め、
倹約をしていただいた。
過疎化していく地域の中で、
“暮らしの支援”と言う新たなサービスに投資。(譲)
とはいえいばらの道です。
しかし、
このいばらの道の向こうに“富盛”という道が続き、
治まって行くものと信じ、
全社一丸となり歩んで行きます。
私たちはお客様と共に栄えつづけるのです。
 
 

2013/07/18 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     7月18日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
7月18日
制するに道あり

 天地にすでに命分あり、
人類また命分あり、
これもとより天理必至の符(しるし)にして、
一完不変の物なり。
その命に従い、
その分を守るが人道の本なり。
分を守るに道あり。
度を立てるなり。
度を立てるに道あり、
これ節約なり。
おおよそ国用を制するには、
一年の歳入を四分してその三を用い、
その一を余として貯蓄するなり。
            (報徳外記第二章)
【略解】
 天命に従いその天分を守るには分度の道あり。
収入の四分の一の貯蓄法がこれです。


人として生まれた一番の天分は、
子孫を残すことでしょう。
そのための蓄え・・・。
現代の世の中では、
正直若いときから四分の一を貯蓄するのはなかなかむずかしい事です。
世間中に楽しいことが氾濫してますものね。
せめて結婚、子供ができたというタイミングでは、
貯蓄を始めたいところです。
と言っても銀行預金では貯まったころに使いたくなってしまいます。
家族のためにもまずは何か保険に入る。
または子供の学費保険という手もあるかもしれませんね。

2013/07/17 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     7月17日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
7月17日
天地の命分

 万世にわたって易(かわ)らないのは、
天地自然の命分なり。
その間に生まれしもの、
人でも、鳥獣でも、虫魚でも、草木でも、
おのづから命分というものあり。
たとへば、
草木で言えば、
あるいは小さくあるいは大きく、
あるいは低い湿地に生じあるいは高い乾燥地に生じ、
花を開くものあり、
実を結ぶあり、
これが草木の命分なり。
又、虫魚でいへば、
裸のものあり、羽毛のあるあり、
うろこのあるあり、貝をかむるあり。
            (報徳外記第一章)
【略解】
 天地自然の命分とは天から与えられた天分であり使命であるということ。


人間も同じですね。
森信三先生によれば、
人間は生まれながらにして、
使命の書かれた封筒を持って生まれてくる。
が、
多くの人は開封しないそうだ。
・・・って、先日も書きましたね。
まずは「石の上にも三年」、
縁あった仕事にわき目も振らず三年間。
これが開封への第一歩ですね。

2013/07/16 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     7月16日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
7月16日
武蔵の国

 日本武尊(やまとたけるのみこと)東征凱旋の途、
秩父武甲山(むこやま)に憩い給いて武器を蔵(おさ)め給う。
故に武蔵国と称すと云う。
徳川氏乱を壊(はら)って、
而(しか)る後天下の武将を江戸に蔵(おさ)むるも亦武蔵と謂うべし。
                            (語録三一〇)
【略解】
 武蔵国の由来を初めて知り、
成程と頷きました。
それぞれ地名の由来がある事を知りました。


私たちそれぞれの名前にも由来はありますものね。
由来っていうのかな???
親になった経験がある人にはわかるはずです。
我が子の名前を決めるため、
思った以上に手間暇かけたことを。
私たち夫婦の場合、
字の意味や字画などいろいろ考えましたね、
子供たちが幸せな人生を送ってくれるよう、
祈りを込めて考えました。
 

2013/07/15 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     7月15日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
7月15日
大極無極

 周子の所謂(いわゆる)大極無極は何ぞや。
思慮の及ぶ所、
之を大極と謂い、
思慮の及ばざる所、
之を無極と謂う。
画家に遠海波なく遠山木なきの法あり。
是れ波なく木なきにあらず。
蓋(けだ)し自力及ばざるなる。
無極も亦然り。
       (語録三〇四)
【略解】
 大極とは、
万物の源とする本体を指す。
宇宙生命の根源ともいえようか。


大極は20年後、
無極は明日のこと。
かもしれませんね。
明日一日だけなら、
”嘘”を並べまくって何とか過ぎ去るかもしれません。
これから20年“嘘”に“嘘”を重ね続けるなんて・・・、
通用するわけありませんよね。
だから人生は、
“宇宙根源の法則”を探し続ける旅なのだと考えているのです。
私流だと“健善”探しの旅ですね。

2013/07/14 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     7月14日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
7月14日
小を積んで大と為す

 夫(それ)れ小を積めば則ち大と為る。
万石(ばんこく)の栗は則ち一粒の積、
万町の田は則ち一耒(いちらい)の積、
万里の路は則ち一歩の積、
九仞(きゅうじん)の山は則ち一讐(いっき)の積なり。
故に小事を務めて怠らざれば則ち大事必ず成る。
                        (語録三〇ニ)
【略解】
一耒(いちらい)とは、田を耕すこと。
一簣(いっき)とは、土を運ぶもっこのこと。
「積小為大」の教えを徹底して説かれている。


時間をかけ手間をかけ大きく作り上げたものは、
簡単に崩すことはできない。
それなりの時間でそれなり手間しかかけず作られたものは、
何かのきっかけの簡単に崩れてしまう。
私はそう信じて、
仕事での戦略・戦術もあえて手間暇かかる方を選択しています。

2013/07/13 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     7月13日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
7月13日
己に克つ

 孔子曰く、
己に克ち礼に復(かえ)れば、
天下仁に帰すと、
私欲の身より生ずる之を己と謂う。
なお蔓草の田畝に生ずるごとし。
カを極め私欲を圧倒す。
之を克と謂う。
なお角カして勝を制するがごとし。
之を開墾(かいこん)に譬(たと)う。
己に克つは闢荒(へきこう)なり。
礼に復(かえ)るは播種(はしゅ)なり。
                (語録二九七)
【略解】
 闢荒とは、荒地を開くこと。
播種(はしゅ)とは種子を蒔くこと。
すべて農耕を通して、具体的に教えてくださった。


私の場合は大学のウエイトリフティング。
自身で「己に克つ」・・・ではなかったかな?
監督がとにかく厳しかった。
しかし、
限界を越えながらの練習は確実に記録を伸ばしてくれました。
結果を出すためには「己に克つ」。
たとえやらされたにしても、
結果は付いてくるのだと身を持って体験しました。
この文章を書きながら、
今は亡きカープの押さえのエース、
津田恒美選手の「弱気は敵」の言葉を思い出しました。

2013/07/12 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     7月12日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
7月12日
根元の父母

 何を根元の父母と謂う。
吾が身の根元は父母にあり。
父母の根元は祖父母にあり。
漸々(ようよう)遡(さかのぼ)って之を推究せば則ち終に天地に帰す。
故に太陽を称して根元の父母と為す。
        (語録二九四)
【略解】
 二宮翁の道歌に
「昨日より知らぬあしたのなつかしやもとのちちははましませばこそ」
とあり、
大宇宙根元生命をお慕い申しあげるのみである。


“全ての命”
その源は太陽ですね。
・・・ただし、
何千年も、何万年もぬくもりを伝え続けてもらっているので、
「当たり前」の感覚ですね。
あらためて感謝。
もっと身近なところで、
“父母”。
現実的なところでは、
“仕事(会社)”ですね。
再び・・・ただし、
“仕事(かいしゃ)”は価値観が合わなければ、
変えることができます。
でも、3年はそこで頑張ってみることをお勧めします。
自分の価値観だけが絶対と言う事もないはずですので、
まずはすり合わせる努力から。
“父母”は変えることはできません。
自分と言う存在は“父母”の存在を証明しています。
どこまで行ってもこの事実は変えようもありません。
“幸せな人生を送りたい”
と思ったその瞬間から、
もう一度 “父母”存在を振り返り、
“感謝すること”からスタートする。
大切な事だと思うようになってきました。

2013/07/11 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     7月11日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
7月11日
変に応じ変に備える

 世治まると雖(いえど)も、
而(しか)も変なき能わず。
変ありと雖も、
而も予備あれば則ち憂うるに足らず、
変あって予備無ければ世遂に乱る。
故に日く、
国三年の蓄(たくわえ)なき国其の国にあらずと。
豈唯(あにただ)国のみならんや。
家も亦然り。
             (語録二九一)
【略解】
 尊徳翁は「散(あ)えて財を積むにあらず、
変に応ぜんが為なり」といわれた。
昔より「備えあれば憂いなし」という。


“人生で大切な考え”の一つですね。
ただし、
必要以上に備えまくっても仕方ありません。
石橋をたたいて引き返していては、
いつまでたっても障害を越えることはできません。
しかし、
最もやってはいけないことは「博打人生」です。
・・・若いとき、パチンコで学びました。

2013/07/10 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     7月10日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
7月10日
 善因には善果あり

 善因(ぜんいん)には善果あり、
悪因には悪果を結ぶ事は、
皆人の知る処なれども、
目前に萌(きざ)して、
目前に顕(あらわ)るる物なれば、
人々能く恐(おそ)れ能く謹みて、
善種を植え悪種を除くべきなれども、
如何せん、
今日蒔(ま)く種の結果は、
目前に萌さず、
目前に現れずして、
十年二十年乃至四十年五十年の後に現るる物なるが故に、
人々迷ふて懼(おそ)れず、
歎(なげか)はしき事ならずや。
              (夜話一一九)
【略解】
 善因善果、悪因悪果は天地の法則である。
ゆめゆめ軽んじてはならない。
長い目で1れば、
必ず歴然たるものがある。
お互いに慎しまなければならなない。


“善い結果”には“善いプロセス”があり、
“悪い結果”には“悪いプロセス”があると言う事ですね。
当たり前と言えば当たり前。
ですが、
“善いと信じて悪いプロセスに命がけで挑んでいたとしたら”
頑張れば頑張るほど悪い現象が現れます。
自分が“善い行い”と信じているかどうかではなく、
世間の評価が大切。
しかも目先の評価ではなく、
長期的な評価ですね。
私は「人生は本物探しの旅」だと考えています。
“本物”=“善いプロセス”と言えそうですね。

2013/07/09 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     7月9日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
7月9日
色即是空・空即是色

 夫(そ)れ天地問の万物、
眼に見ゆる物を色といひ、
眼に見えざる物を、
空といへるなり。
空といへば何も無きが如く思へども、
既に気あり。
気あるが故に直ちに色を顕はすなり。
譬(たと)へば氷と水との如し。
氷は寒気に依って結び、
暖気に因って解く、
水は寒に因って、
死して氷となり、
氷は暖気に因って、
死して元の水に帰す。
生ずれば滅し、
滅すれば生ず。
有常も有常にあらず。
無常も無常にあらず、
此の道理を、
色即是空・空即是色と説けるなり。
              (夜話六六)
【略解】
 色から空へ、
空から色へと循環無常の世界である。


水と言う形であろうが、
氷と言う形であろうが、
本質は水に変わりない。
私たちは結構見た目で判断してしまいます。
が、
大切なところは本質。
見た目にごまかされないよう。
しっかりとした目を養わなくてはならないですね。
目と“心”かな。
思い込みほど怖いものはない。

2013/07/08 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     7月8日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
7月8日
迷悟一円

 佛語に、
本来東西無視、
何れの処に南北ある、
迷うが故に三界城(かいじょう)、
悟るが故に十方空とあり、
又一草を以て之を読まん。
日く、
本来根葉なし、
何れの処に根葉ある、
植うるが故に根葉の草、
実法(みの)るが故に根葉空し、
呵々(かか)。
            (夜話六九)
【略解】
 「予一草を以て万里を究無」とあります。
この草も初めは一粒の種子であります。
種は一種の気であります。
気が根葉実を発するわけであります。
それにしても迷いとは比較相対の見方・考え方で悟りはそれを越えた絶対の世界です。
迷中悟あり、悟中迷ありです。


「全ての“こと”は一人から始まる」
たとえば、
スパー高校生が出てきた“体操協議”。
演技名に最初にやった人の名前がついています。
日本人選手だと、
ツカハラ・グシケン・モリスエなどの技がありますね。
たぶんもっとあるのでしょうけど・・・。
携帯業界ではメジャーのサービス
「0円携帯」は、
武蔵野経サポメンバーの重鎮、
広ガスたかたもボイスメールでお取引のある、
NSKKの賀川会長が若いころ始めたサービスだそうですよ。 

2013/07/07 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     7月7日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
7月7日
死生観の徹底

 凡(およ)そ事は成行くべき先を、
前に定めるにあり。
人は生るれば必ず死すべき物なり。
死すべき物と云ふ事を、
前に決定すれば活きて居るだけ日々利益なり。
是れ予が道の悟りなり。
生れ出ては、
死のある事を忘るる事なかれ。
夜が明けなば暮るると云ふ事を忘るる事なかれ。
                    (夜話四二)
【略解】
 尊徳翁の死生観の徹底を教えられる。
森信三先生の語に「念々死を覚悟して、始めて真の生となる」の語がある。


若いときは“死”を考えることはほぼありませんでした。
それこそ、
「明日もあれば明後日もある、
 10年後も20年後もある」
多くの人が“今ここ”を粗末にしてしまう理由でしょう。
もちろん私は粗末にしまくっいてました。
人間は“死”と“使命”を意識することで、
使命を果たすための時間が限られていることに気づくのでしょう。
“使命”の書かれた封筒を開封出来た人が、
すでに40歳くらいですものね。
「本当にやりきった」
と自ら言える先人はいったいどれほどいるのでしょう。 

2013/07/06 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     7月6日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
7月6日
不止不転の理

 夫(そ)れ此の世界、
咲く花は必ず散る、
散(ち)ると云へ共又来る春は、
必ずさく、
春生ずる草は必ず秋風に枯る、
枯るといへ共、
又春風に逢(あ)へば必ず生ず、
万物皆然り、
然れば無常と云も無常に非ず、
有常と云も有常に非ず、
種(たね)と見る間に草と変じ、
草と見る間に花を開き、
花と見る間に実となり、
実と見る間に、
元の種となる、
然れば種と成りたるが本来か、
草と成りたるが本来か、
是を佛に不止不転の理(ことわり)と云ひ、
儒に循環の理と云ふ、
万物皆子の道理に外るる事はあらず。
                (夜話一一三)
【略解】
 佛教では不止不転の理といい、
儒教では無限循環の理というが、
種は草となり花咲き実となりまた種となる。
この循環をくりかえしている。
万象流転の理ともいえましよう。


人間も、
企業も、
全て同じだと思っています。
草花の一生は一年なので理解しやすいですね。
話は変わりますが、
薬の実験にはモルモットが使われますが、
世代交代のサイクルが短く、
薬による遺伝子変化、
子供や孫への影響が分かりやすいと言う事だと思います。 

2013/07/05 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     7月5日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
7月5日
災害に備へて

 人世の災害凶歳ょり甚だしき話。
而(しか)して昔より、
六十年間に、
必ず一度ありと云ひ伝ふ。
左もあるべし。
只飢饉のみにあらず。
大洪水も大風も、
大地震も、
其の余非常の災害も必ず六十年間には、
一度位は必ずあるべし。
たとひ無き迄も必ず有る物と極めて、
有志者申し合わせ金穀を貯蓄すべし。
穀物を積み囲(かこ)ふは籾(もみ)と稗(ひえ)とを以て、
第一とす。
田方の村里にても籾を積み、
畑方の村里にては、
稗を囲ふべし。
            (夜話一九四)
【略解】
 「備えあれば患(うれ)いなし」の通り災害地変に備え貯蓄の必要を力説せられた。


世界でも最高峰の技術で作られた日本の原子力発電所
まさか天災であんなことになろうとは・・・。
福島原発からは今も放射能が漏れだしている。
使用済み燃料の処理方法も見つからないまま、
見切り発車して40年くらいでしょうか。
備えてないのに目先ばかりを考えて良いのでしょうか。
私が生きているうちに、
福島に足を踏み入れれる日が来るのでしょうか。

2013/07/04 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     7月4日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
7月4日
功徳天(くどくてん)と黒闇天(こくあんてん)(ニ)

 是(こ)れ生者必滅会者定離の譬(とと)へなり。
死生は勿論、
禍福吉凶、損益得失皆同じ。
もと禍と福と同体にして一円なり。
吉と凶と兄弟にして一円也。
百事みな同じ。
只今もその通り。
通勤する時は、近くてよいといひ、
火事だと遠くてよかりしと云ふ也。
                (夜話二六)
【略解】
 深い人生の悟道観というべきか。


“通勤する時は、近くてよいといひ、
  火事だと遠くてよかりしと云ふ也”
幸せと不幸は表裏一体。
さくじつのまんまです。
同じものを見ても、
裏から見るのと表から見るのでは、
まったく別物。
積極的に、
多くの人が見ている側の裏に回って観察するのです。
成功の秘訣だと考えています。 

2013/07/03 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     7月3日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
 7月3日
功徳天(くどくてん)と黒闇天(こくあんてん)(一)

 涅槃(ねはん)経に此の譬(たと)へあり、
或人の家に容貌美麗端正なる婦人入り来る。
主人如何なる御人ぞと問ふ。
婦人答へて曰く、我は功徳天なり。
我れ至る所、吉祥福徳無量なり。
主人悦んで請じ入る。
婦人曰く、
我に随従の婦人一人あり。
必ず跡より来る是をも請ずべしと。
主人諾(たく)す。
時に一女来る。
容貌醜陋(しゅうろう)にして至って見悪(みにく)し。
如何なる人ぞと問ふ。
この女答へて曰く、我は黒闇天なり。
我至る処、
不祥災害ある無限なりと、
主人是を聞き大いに怒り、
速かに帰り去れといへば、
この女曰く、
前に来れる功徳天は我が姉なり、
暫くも離る事あたはず、
姉を止めば我をも止めよ。
我をいださば姉をも出せと云ふ。
主人暫く考へて、
二人とも出しやりければ、
二人連立て出行きけり、
と云ふ事ありと聞けり。
          (夜話二六)
【略解】
 味わい深い譬えです。
禍福一如ときくが、このようなものなのかと教えられます。


“幸せと不幸は表裏一体”
と言う事ですね。
バブルに踊って株と土地を転がして大儲け。
バブルがはじけて借金もぐれ。
本業黒字の会社を副業で倒産させたという話は、
当時山ほどありましたね。
かと思えば、
真っ暗闇で出口も見えない中、
ひたすら努力して、
気づけば大成功者。
どちらも事実です。

2013/07/02 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     7月2日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
7月2日
決心覚悟

 予が歌に
「飯と汁木綿着物は身を助く、
 其の余波我をせむるのみなり」
とよめり。
是れ我道の悟門なり。
能々(よくよく)徹底すべし。
予若年ょ里食は飢を凌(しの)ぎ、
衣は寒を凌いで足れりとせリ。
只この覚悟にして今日に及べり。
わが道を修行し施行せんと思ふ者は、
先づ能く此の理を悟るべきなり。
             (夜話一二五)
【略解】
 生活の最低基盤の確保、
この自覚と決心覚悟のすごさを感得せしめられます。


簡単に言うと収支のバランス。
入るよりも出る方が多いと貧します。
入る方は景気によって乱高下しますので、
出る方の基準は下に合わせる。
何時も書いておりますが、
お年寄りの預金高の多い理由です。
 

2013/07/01 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     7月1日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
7月1日
貧富訓

 遊楽進分外、勤苦退分内、
 貧賤在其中
 遊楽退二分内、勤苦進二分外、
 富貴在其中

 遊楽分外ニ進ミ、勤苦分内ニ退ケバ
     貧賤其ノ中ニ在リ
 遊楽分内ニ退キ、勤苦分外二進メバ
 富貴其ノ中ニ在リ
              (金言集)
【略解】
 遊楽と勤労のあり方が貧富の岐れ路という単純明快な教えです。


略解を見なければさっぱりわかりませんでした。
遊楽は貧への道
勤労は富への道
と言う事が書いてあるのですね。
書いてあることは単純明快ですが、
知っていることと実践していることの大きな違いを自覚することは、
案外単純ではありません。
・・・そこは私の経験からです。

2013/06/30 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     6月30日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
6月30日
分度を立て節度を守る

 先生細川侯の憂慮を察し、
玄順に謂ひて日く、
我が小田原の臣として外諸侯の政事を談ずる事能わず、
然りと雖(いえど)も君明らかに仁心あり、
(中略)
巳(や)むを得ずんばわれ一言を呈せん。
此の禍何に由て生ずるや、
唯国に分度立たざるの過なり。
国に分度なき時は幾万の財を入るるといへども、
破桶に水を入るるが如く一滴も保つこと能はず。
今子の君家、
極難なりと雖も明かに分度を立て節度を守り仁術を行ふ時は、
国の興復難しとせず。
                       (報徳記)
【註】
 「分度を立て、節度を守り、仁術を行う」―国家興隆の道なりとの真言です。


“豊かな暮らし”を掲げ、
“経営計画書・取扱説明書”守り、
“お客様満足”の向上活動を進める。
広ガスたかたの繁栄の道。

2013/06/29 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     6月29日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
6月29日
天之れを悪む

 先生少しく色を和(やわ)らげて日く、
嗚呼(ああ)積善積不善に由(よ)りて禍福吉凶を生ずること聖人の確言何んぞ疑はんや。
(中略)
夫(そ)れ孫右衛門の家、
天明度の凶飢(きょうき)に当り、
汝が家財に富めるを以て弥々(いよいよ)救助の心なく、
高価に栗(ぞく)をひさぎて独り利を専(もっぱ)らにし、
益々富をなせり。
天之を悪(にく)み鬼神之を捨てむ。
一家の廃絶この時に作(おこ)れり。
               (報徳記)
【註】
 「積善の家に余慶あり、積不善の家に余殃(よおう)あり」の名言通りです。


「善を積み重ねた家では、
 その恩恵が子孫におよび、
 不善を積み重ねた家には、
 その災いが子孫にまで及ぶ」
“因果応報”
広ガスたかたも同じです。
先輩方が積まれた善の上に私たちがいます。
私たちの行いがまだ見ぬ後輩たちに影響するのですね。
だから経営理念は、
健全ではなく“健善”と無理やり書いてます。

2013/06/28 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     6月28日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
6月28日
生々息まず

先生諭して曰く、
汝(なんじ)富を得るの道を知らざるが故に窮せり。
夫(そ)れ天地の運動頃刻(けいここく)の間断あるなし。
この故に万物生々息(や)まず。
人之に法(のっと)り、
間断なく勉励する天の運動の如くならば、
困窮を求むると雖(いえど)も得べからず。
(報徳記)
【註】
日々勤労を重んずる刻苦勉励こそは、
人間の第一の勤めである。


刻苦勉励(心身を苦しめて仕事や勉学に励むこと)、
人生のある時期に必要ですね。
30代中頃から40代前半までは、
“こんなに頑張ってる自分て素敵”
無理やりそう考えて仕事をしてきました。
「持って生まれた使命」らしきものも見えてきました。
・・・・・・が、家族には迷惑かけてました。

2013/06/27 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     6月27日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
6月27日
一切全托

 おの力身身は有無の湊(みなと)の渡し船
            ゆくも帰るも風にまかせて
                (二宮翁道歌)
【略解】
 有無の湊とは、
生から死への港を意味し、
人生とは、
まさに生から死への渡し船のようなもので、
その往来は、
風という天意に一切全托するほかないとも言えましょう。
人事を尽くして天命を待つとも、
天命に従い人事を尽す生き方の両面を示すともいえます。


本来の意味とは違いますが、
私は、
「人事を尽くして天命(使命)を知り、
      天命(使命)に従い人事を尽くす」
と言うのが人生ではないかと、
思うようになりました。 

2013/06/26 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     6月26日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
6月26日

無碍自在

西にせよ東にもせよ吹く風の
      さそふ右へとなびく青柳
              (二宮翁道歌)
【略解】
 西風にしろ、東風にしろ、
いずれの風の吹くままに、
なびきさからわぬ青柳の姿を歌ったものですが、
無碍自在な柔軟心を歌いあげたものです。
論語に「意なく必なく固なく我なし」とあるように、
我意、私欲、固定観念やわがまま、
気ままを戒めたものです。


武蔵野の長期事業計画作成セミナー3日目です。
6回目の参加ですが、
回数を重ねるごとに気づきが多くなり、
表面を流すだけではなくそれなりに深堀しています。
・・・ゆえに来るほどに時間もかかっており、
完全に“武蔵野小山風”に、
我をすててなびかされています。

2013/06/25 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     6月25日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
6月25日
専心没頭

身をすててここを先途(せんど)と勤むれば
        月日の数もしらで年(とし)経(へ)ん
                     (二宮翁道歌)
【略解】
 先途とは物事の最後ということ。
譬(たと)えて言えば、
自分に与えられた仕事を、
今生最後の仕事として専心没頭すれば、
月日の経つのも忘れて、
いつしか一年が過ぎてしまうということで、
「仕事の報酬は仕事である」という先人の言葉が思い出されます。


“私の使命”らしきものの自覚と共に、
月日の経過が早くなりました。
と言うよりも、
一生懸命に仕事に取り組んでいると、
月日の経過が早く、
気が付くとこれが“私の使命”ではないか?
と思えてきたのです。
「仕事の報酬は仕事である」
名言ですね。
・・・・・・どなたの言葉なのでしょう?

2013/06/24 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     6月24日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
6月24日

片楽を棄てて全楽を取る

我道は常に片楽を棄てて全楽を取るに在り。
衆生をして片楽を免かれ全楽を得しむ。
これを済度の第一といふ。

人々各々受け得る恩を以て譲るべし。
然らば四海父子の如くならん。
(金言集)
【註】
片楽とは一時的な楽しみということで、
衆生済度とは長久の真楽を体得せしめるにある。


目先の楽を選択するのではなく、
人生全体での楽を選択しましょう。
そのためには目先では、
“「辛いな」と感じる方を選択することが正しい“
・・・とナポレオンヒルの本に書いてありました。
それから20年以上、、
辛い方を選択することにしています。
それは正解だったと感じてます。
・・・若いときほど逆を選択しがちですね。

2013/06/23 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     6月23日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
6月23日
通すべきを通す

 心の内に関を置き、
自ら己の心を以て己の心吟味し通すべきを通すべし。
通すべからざるを通す勿れ。
    〇
 桜は一年に一度花咲けども花の名を得て人に愛せらる。
人も善事を為して花の名を取らずんぱあるべからず。
                            (金言集)
【註】
 心の関所を設けるとは自己の生活規律を立てこれを守りきるということ。


“心の内に関を置く”ことはとても大切なことですね。
元来おうちゃく者で努力も大嫌いな私だったのですが、
経営を意識し始めたころから、
「○○であらねばならぬ」
という心の関を自らに課しはじめました。
たとえを言うなら、
禁煙もその時からです。
30歳になる少し以前のでした。

2013/06/22 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     6月22日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
6月22日
神儒佛の働き

 神道は興国の道なり。
儒教は治国の道なり。
佛法は治心の教なり。
   〇
 善言を聞いて直ちに行ふは人より樹種を噌られて直ちに蒔く如し。
後必ず大木となるなり。
   〇
 漬物の切り様にてもその人の用意を知るべし。
(金言集)
【註】
神道と儒教と佛法の教えの特色をよくとらえておられます。
尊徳翁の教えは神儒佛一粒丸とも仰せられた。


「漬物の切り様・・・」は、???です。
どなたか教えてください。
「善言を聞いて・・・」は昨日の続き。
“必ず大木となる”
これは本当です。
大木にならないとしたら、
植えっぱなしで手入れをしていないからでしょうね。
私の実践と修行の日々は続くのです。

2013/06/21 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     6月21日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
6月21日
古聖の丹誠

 今の艱難(かんなん)を以て古聖草創の丹誠を悟るぺし。
      〇
 亭々として雲に聳(そび)ゆる大木は昔一粒の種子なり。
      〇
 一理を学べば一理を行へ。
                 (金言集)
【註】
 とりわけ「一理を学べば一理を行へ」の教えは心魂に徹する教えです。


私も
「一理を学べば一理を行へ」
が最も心に響きました。
私たちは、
理論で飯は食えません。
行動のみが唯一飯の種ですものね。
ただし、
理論なしの行動は、
目隠しをしての行動、
これは危険極まりないですよ。

2013/06/20 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     6月20日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
6月20日
嵐吹や

 〇 嵐吹(ふく)や烏の中に鷺まじり
 〇 田畑のみのる今宵の月夜かな
 〇 馳馬(はせうま)に鞭打いづる田植かな
                     (報徳要典)
【略解】
 ・嵐吹や・・・:嵐ふく予兆を知らす烏の一群のおかげで鷺も救われているの意。
 ・田畑の・・・:田畑の豊作を喜ぶような今夜の月はなおうれしい。
 ・馳馬に・・・:気のはやる馬を制御しつつ田植えの準備の開墾よ。


嵐吹や・・・の感想です。
経営はここで言う“鷺”ですね。
嵐が来手から知ったのでは手の打ちようもなく、
不況の波に飲み込まれ倒産です。
私にとっての経営天気予報は、
“自動車業界”と“建築業界”です。
すそ野が広い業界ですので、
この二業界の同行、業績を見ていると、
少し先の日本経済がボヤーと見えるように感じます。

2013/06/19 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     6月19日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
6月19日
後世のために

 樹木を植うるや、
三十年を経ざれば、則ち材を成さず。
宜(よろ)しく後世の為に之を植うべし。
今日用うる所の材木は則ち前人の植うる所。
然らば安(な)んぞ後人の為に之を植えざると得ん。
夫(そ)れ禽獣は今口の食を貪るのみ。
                   (語録六八)
【略解】
 後世のために樹を植えるべしの教えは、
まことに傾聴すべき卓説です。


私の最大の仕事は、
次の経営者が材木にできるような木を、
たくさん植え育てることです。
私もずいぶん長い期間、
先代が植えてくれた木のおかげで、
それなりに業績を残してこれました。
・・・とは言いましても、
就任から5年くらいは、
新たな苗木を植えていくという意識もなく、
切り倒してばかりだったように思います。
当初サボっていた分、
これからせっせと植え続けます。 

2013/06/18 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     6月18日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
6月18日
倹動富に至る

 倹勤愚の如しと雖(いえど)も、
而(しか)も其の為す所必ず成る。
奢怠(しゃたい)賢に似ると雖も、
而も其の為す所必ず敗る。
是れ倹勤富に至り、
奢怠貧に陥る所以(ゆえん)なり。
               (語録六七)
【略解】
 倹の反対は奢、
勤の反対は怠。
奢すなわち贅沢を避け、
怠すなわち怠慢をさけて倹勤に精を出す、
これが貧富の岐れ路ということ。


日本は今なお世界一の預金高なのです。
お年寄りの預金高平均って、
〇千万円の単位だそうですよ。
昔の人は今よりも高給取りだったのです。
・・・ではなく、
倹約をし少ない給料から預金を続けた結果なのです。
イソップの“アリとキリギリス”に例えると、
日本人はアリさんですね。
現在の日本の姿は少し違っているような・・・。
 

2013/06/17 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     6月17日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
6月17日
善因善果

 佛に所謂(いわゆる)因果とは何ぞや、
種を播(ま)けば実を結ぶ是れなり。
夫(そ)れを善因に善果あり、
悪因に悪果あり。
人皆之を知る。
然れども目前に見(あら)われずして数十歳の後に見わる。
故に人之を畏れず。
況(いわ)んや前世の因縁に於てをや。
                      (語録三〇五)
【略解】
よき種子を蒔けばょき実を結ぶという単純明快な哲理を軽んずるなかれということです。


日本では因果応報という言葉があります。
ナポレオン・ヒルの成功哲学では、
“ブーメラン”
と表現されていました。
善い行いのブーメランを投げると、
善いブーメランが戻ってくる。
悪い行いのブーメランを投げると、
悪い行いのブーメランが戻ってくる。
私たちは、
日々周りの人たちとのかかわりの中で、
多くのブーメランを投げているのです。
ブーメランはいつか必ず帰ってきます。
・・・20年くらい前だったでしょうか、
この本を読んだ瞬間凍り付きました。

2013/06/16 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     6月16日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
6月16日
小事を務むぺし

 大事を成さんと欲すれば宜(よろ)しく先ず小事を務むべきなり。
大事を成さんと欲して小事を怠り其の成り難きを憂えて、
成り易きを務めざるは小人の常なり。
小事を務めて怠らざれば則ち大事必ず成る。
小事を務めずして怠る者は庸(いずく)んぞ大事を成すを得んや。
                                (語録三〇ニ)
【略解】
 「積小為大」の日常実践の威力はいかほど力説しても力説すぎることはない。


どんなに素晴らしい本を読もうと思っても、
「あいうえお・・・」から学ばなければ読めません。
にもかかわらず私は、
面倒なことはすっ飛ばして、
おいしい所だけ取っていこうと考えていました。
が、
失敗の連続で仕方なく、
一歩一歩歩んでいくことにしました。
そしたら、
なんとそれが一番早いのだという事に気づけたのです。

2013/06/15 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     6月15日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
6月15日
勤労を以て貴しと為す

 茅(かや)を生ずるの地も之を聞けばI則ち麦(むぎ)を生ずるの圃と為り、
之を蕪(あら)せば則ち茅を生ずるの地と為る。
均(ひと)しく是れ一地なり。
人力用うれば則ち麦と為り、
天然に在せば則ち茅となる。
是の故に人道は勤労を以て貴しと為す。
                  (語録二八八)
【略解】
 「和を以て貴しと為す」の一語がある如く、
「勤労を以て貴しと為す」の一語はよく心に納得される例話です。


社会に出て、
どんな職業についたとしても、
職場にいる時間が最も長い。
農業につけば田畑でしょうし、
サラリーマンであれば会社です。
さらに言うと、
人生で大切なことや、
価値観など、
学校ではなく仕事を通して学ぶのです。
「勤労こそ最も大事なことである」
というのはそういう事だと思うのです。

2013/06/14 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     6月14日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
6月14日
貧民の救済

 村長若(も)し謙譲を主とし、
奢を禁じ、
約を守り、
分を縮し財を推(お)し、
以て貧民を済わば則ち貧民感動し、
歆艶(きんえん)依頼の念消して、
勤労を厭(いと)わず、
悪衣悪食を恥じず、
分を守るを以て楽と為す。
然らば則ち汚俗を洗い、
廃邑(はいゆう)を興す、
何の難きことか之れあらん。
           (語録二九〇)
【略解】
 歆艶依頼の念とは、
むさぽり、うらやみ、たよる心を指す。
村長自身の生き方を正すことによって、
貧民への感化影響、
ひいては、
廃村興隆につながることになる。


会社が倒産するのは、
「社長が『倒産しても良い』と決定したからだ」
と、武蔵野の小山さんの本に書いてあります。
「何が何でも、
 どんなことがあっても会社を潰さない。
 どこまでもやれることを探す」
と考えているうちは潰れてませんよね。
「もういいや」
と決定した瞬間、
言い換えれば
諦めた瞬間に倒産です。
“社員さん家族の豊かな暮らしは、
 経営トップの信念と実行”
と言う事ですね。
「日本経営品質賞」をめざし歩み続けます。

2013/06/13 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     6月13日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
6月13日
わが助貸法

 叔世(しゅくせい)国家の患は荒蕪(こうぶ)と負債とにあるのみ。
苟(いやし)くも此の二患を除かんと欲すれば我が助貸法に若(し)くはなし。
(中略)
苟くも我が法に頼らば以て荒蕪負債の二患を除き、
国家をして豊寧(ほうねい)に帰せしむべきなり。
                        (語録二八四)
【略解】
 荒蕪とは、荒れはてた土地。
負債とは、借財で、
この荒地と借財が、
国家の二大病患で、
これを除去するには、
助貸法すなわち無利息貸付法が唯一の対策であるとされた。
叔世とは末の世。


現代社会の構造では、
“無利息貸付”という訳にはいきませんが、
景気が悪くなると、
長期金利は安くなり、
設備投資を促す努力をするのですね。
ある意味“助貸法”です。
本当に無金利なら、
みんな借り入れますよね。
・・・行き過ぎるとインフレに振れてしまうかな?

2013/06/12 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     6月12日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
6月12日
不動の徳

 日夜炎炎たる欲情の中にあって殻昧として動かざるは不動の徳なり。
能く不動の徳を修むれば何の家を喪い国を亡すことか之あらん。
                                  (語録ニニ九)
【略解】
 尊徳翁はひそかに成田の不動尊にて、
水浴断食修行に従事し、
不動の徳を誓願せられたのです。


なんとなくの理解です。
「どんな苦難に遭遇しても、
 それを恨んだりはせず、
 じっと耐え、努力することで成就する」
でしょうか。
結婚をするときは“勢い”。
結婚をした後は“不動の徳”。
これは私の考えです。
 

2013/06/11 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     6月11日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
6月11日
親への孝

 人の子たる者は宜(よろ)しく父母の心を安んずるを以て要と為すべし。
苟(いやし)くも父母の心を安んぜんと欲すれば宜しく心を正しうし身を修むべし。
                                       (語録一五八)
【略解】
 かねてより「孝は百行の基(もとい)」と言う。
また「孝は神明に通ず」とも言う。
また「眼を閉じてトッサに親の祈り心を察する者これ天下第一等の人材なり」
(徳永康起)と。


人の親となって初めて親の恩を知りました。
我が子が二十歳になった時、
初めて二十歳の時の親の恩を知りました。
15年前、
同じ時期に社長になり、
海外にも出店するラーメンチェーンの社長と研修で共に学んだとき、
彼がぽつりと語りました。
「住吉さんはいいよ、
 親父さんが生きてるから、
 何かあったら相談できるもの。
 僕はもうできなくなちゃった」
・・・と。 

2013/06/10 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     6月10日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
6月10日

心眼を開く

夫(そ)れ天地の真理は、
不書の経文にあらざれば、
見えざる物なり、
此不書の経文を見るには、
内眼を以て、
一度見渡して、
而(しか)して後肉眼を閉ぢ、
心眼を開きて能く見るべし、
如何なる微細の理も見えざる事なし、
肉眼の見る処は限あり、
心眼の見る処は限なければなりと。
              (夜話四五)
【略解】
 肉眼だけでは天地の理法は見えない。
心眼をもってしなければ天地の理法は永遠に門戸を開いてくださらないとの意。


心眼を開くにはどうすればよいのでしょう?
“使命”の書かれた、
生まれながらにして持つ封筒を開封することではないでしょうか。
森信三先生の詩を思い出しました。
「来た来た」と思った人もいるでしょう、
そうです。
.
人生にどなし・・・森信三
.
 職業に上下もなければ貴賤もない。
世のため人のために役立つことなら、何をしようと自由である。
しかし、どうせやるなら覚悟を決めて十年やる。
すると二十からでも三十までには一仕事できるものである。
それから十年本気でやる。
すると四十までに頭をあげるものだが、それでいい気にならずにまた十年頑張る。
すると、五十までには群を抜く。
しかし五十の声をきいた時には、大抵のものが息を抜くが、それがいけない。
「これからが仕上げだ」と、新しい気持ちでまた十年頑張る。
すると六十ともなれば、もう相当に実を結ぶだろう。
だが、月並みの人間はこの辺で楽隠居がしたくなるが、それから十年頑張る。
すると、七十の祝いは盛んにやってもらえるだろう。
しかし、それからまた、十年頑張る。
するとこの十年が人生で最も面白い。
.
.
私はこの詩の前半、
「世のため人のために役立つことなら、何をしようと自由である。
 しかし、どうせやるなら覚悟を決めて十年やる。
 すると二十からでも三十までには一仕事できるものである。
 それから十年本気でやる」
こうして40歳前後で封筒を開くことができるのだろうと考えています。
さらに、
心眼が開き切るには一生の人生修行が必要なのだと思います。

2013/06/10 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     6月9日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
6月9日
大海航海の術

 世上一般、
貧富苦楽をいひ、
噪(さわ)げども世上は大海の如くなれば、
是非なし。
只水を泳ぐ術の上手と下手とのみ。
時によりて風に順風あり逆風あり。
海の荒き時あり穏やかなる時あるのみ。
されば溺死を免(まぬ)がるるは、
泳ぎの術一つなり。
世の海を穏やかに渡るの術は、
勤と倹と譲の三つのみ。
          (夜話一五九)
【略解】
 人生の大海を無事平穏に航海する秘義は、
勤労・節倹・推譲の三大原理の実践にあるとされる。


これまでにも何度か出てきた、
“勤労・節倹・推譲の三大原理の実践”ですね。
社会に出てから、
何から実践していくか?
順番も、
勤労・節倹・推譲の順なのでしょうか。
社会に出てまずは勤労。
結婚が見えてきはじめると節倹。
子供ができて推譲の入口かな。
人間って基本的には“欲”を持っているので、
これを捨てるには年月が必要です。
・・・もちろん、
年月だけでは捨てれません。
たくさん本を読みましょう。 

2013/06/09 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     6月8日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
6月8日

譲の道(二)

 仍(よっ)て人たる者は、
智慧は無くとも、
力は弱くとも、
今年の物を来年に譲り、
子孫に譲り、
他に譲るの道を知りて、
能く行けば、
其の功必ず成るべし。
其の上に又恩に報(むく)うの心掛けあり。
是れ又知らずば有るべからず。
勤めずば有るべからざるの道なり。
               (夜話一七七)
【略解】
 人問として大事なことは推譲と報恩の心がけとも言えましょう。


そもそも経営者としての能力の低かった私が、
今こうして、
それなりに経営者の端くれに慣れた最大の理由。
それは、
先代が、
私が何とか経営者の真似事ができるくらいになるまでの期間、
倒産することのない安定した基盤と蓄えを残してくれたからです。
私のこれからの最大の仕事は、
次代の経営者が経験を積むための期間、
多少の判断ミスをしても、
揺らぐことのない基盤と蓄えを残すことだと考えています。

2013/06/06 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     6月7日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
6月7日

譲の道一(一)

 終身労して、
安堵の地を得る事能はざるは、
譲る事を知らず、
生涯己が為のみなるが故に労して功なきなり。
たとひ人といへども、譲の道を知らず。
勤めざれば、
安堵の地を得ざる事、禽獣(きんじゅう)に同じ。
(夜話一七七)
【略解】
 人生最後の安心立命は利他の行いすなわち推譲の行いの如何にあると言えましょう。


何度も登場の、
“我利我利亡者”と“他利他利豊者”ですね。
話は飛んじゃいますが、
わが社の倉庫を住家に決めた“つばめ家族”の子供たちは、
毎日親から餌をもらいずいぶん大きくなり、
お家がとっても狭苦しそうになっちゃいました。

2013/06/06 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     6月6日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
6月6日
贋(にせ)の学問

 学者書を講ずる、
悉(くわ)しといへども、活用する事を知らず。
いたずらに仁は云々、義は云々と云へり。
故に社会の用を成さず。
ただ本読みにて、
道心法師の誦経(じゅきょう)するに同じ。
                    (夜話二一三)
【略解】
 真の学者とニセ学者との違いを指摘されました。


ニセ学者という表現が正しいのかな?
学者と言われる人たちのノウハウは、
自からの現場体験から作り上げたノウハウではありません。
理論として正しくても、
現実の現場でそのまま使えるかどうかはわかりませんね。
特に学者先生の場合、
理論はわかっていても、
現場での使い方実践ができるのかは、
さらに不明です。
私たちは、
学者先生のノウハウを学びつつ、
汗と涙にまみれながら実践の中から積み上げていきます。

2013/06/05 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     6月5日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
6月5日
根のカ

 樹木を植えるに、
根を伐る時は、
必ず枝葉を切り捨つべし。
根少なくして、
水を吸う力少なければ枯るる物なり。
大いに枝葉を伐りすかして、
根のカに応ずべし。
然(し)かせざれば枯るるなり。
            (夜話一四五)
【略解】
 樹木の植え替えと同じく、
生活経済力に変動のあるときは、
大いに暮らし方を縮小すべきです。


経済力は、
樹木の“根”なのですね。
非常に分かりやすいたとえです。
植樹をするときは枝葉は最小限にしますものね。
バブル景気で、
資産運用に踊った後に倒産した会社と共に、
贅沢に体が馴染んでしまい、
日本経済の低迷に対応しきれず倒産した会社もありましたね。
「足るを知る」って大切です。
・・・反省も込め。

2013/06/04 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     6月4日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
6月4日
守成また雑し

 創業は難し、守るは易しと。
守るの易きは論なしといへども、
満ちたる身代を、
平穏に維持するも又難き業なり。
警(たと)へば器に水の満ちて、
之を平(たいら)に持て居れと、
命ずるカごとし。
            (夜話一四二)
【略解】
 創業はもとより難しいが、
この守成もまたある面で難しい。
後継者は、
心して身心の姿勢を正して取り組むほかないでしよう。


昨日、
地元の経営者の集まりで先輩が話していました。
「創業者は成長のため冒険をしようとしたが、
 二代目の私が一生懸命ブレーキをかけた。
 守りの意識が強かったのだろう」
“器に満ちた水をこぼさない”
水をためる努力ではなく、
水をこぼさない努力をするのが二代目なのでしょうね。
私も、
社長就任時は第二期の創業を夢見つつも、 
具体的なものも描けず、
守り続けながら数年たってしまったと、
振り返ります。

2013/06/03 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     6月3日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
6月3日
推譲にも次第あり

 一石の者五斗譲るも出来難き事にはあらさるべし。
如何となれば我が為の譲なれはなり。
この譲は教(おしえ)なくして出来安し。
是より上の譲は、
この譲は教によらざれば出来難し。
是より上の譲とは何ぞ。
親戚朋友の為に譲るなり。
郷里の為に譲るなり。
猶出来難きは、
国家の為に譲るなり。
         (夜話七九)
【略解】
分度の推譲にもいろいろある。
自分のため、
わが子孫のためは出来やすいが、
それ以上は教に由る一心決定がある者のみが出来る。


「“責任を取る”とは、
 お金や物によって償うこと」
と、小山さんの本に書かれています。
「“経済的に損をする”決定は、
 トップにしかできない」とも言われます。
「逆も真なり」と言いますが、
“譲”決定・実行のできる人が成就していくのでしょうね。

2013/06/01 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     6月2日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
6月2日
人道の極み

 予は人に教ふるに、
百石の者は五十石、
千石の者は五百石、
総てその半にて生活を立て其の半を譲るべしと教ふ。
(中略)
各々明白にして、
迷なく疑なし。
此の如くに教へざれば用を成さぬなり。
我が教是れ推譲の道と云ふ。
則ち人道の極みなり。
           (夜話七七)
【略解】
 まさに単純明解です。迷うことなかれ、疑うことなかれです。


「騙すよりだまされる人間の方が良い」
と考えています。
が、
騙され続けるのもいやなのです。
だから騙され続け無いよう、
勉強し賢くなっていく。
経営理念の中で、
“健善”という変な字を使っています。
“より正しいを追求”という意味なのです。
「仕事を通して正しい所へ誘導する」
・・・って勝手に思っています。
が、
誘導される人は、
騙されていると感じている人も多いはず。
時の経過とともに薄れていく・・・、
又は「仕方ない」と諦める。
かな。 
 

2013/06/01 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     6月1日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
6月1日
天徳に報ゆる

常に天徳に報ゆる無ければ常に天徳を失う
常に天徳に報ゆる有れば常に天徳を得る
      〇
常に文徳に報ゆる無ければ常に文徳を失う
常に文徳に報ゆる有れば常に文徳を得る
      〇
常に婦徳に報ゆる無ければ常に婦徳を失う
常に婦徳に報ゆる有れば常に婦徳を得る
                      (報徳訓)
【略解】
 すべては感恩報徳の一語に尽きるとの教えです。


「感恩報徳」   
“受けた恩は. 石に刻み、尽くした. 徳は水に流せ”
これまでに何度か出てきましたね。
・・・しかし解説を読んで、
こういう意味だろうかと想像出来るくらいはましな方で、
“まったく解読不可”もしばしばです。
私も、
“あれだけして上げたのに”という意識なってしまいます。
しかし、
幸か不幸か仕事が私の能力をオーバーしており、
そのことをいつまでも意識し続けられず、
早々に記憶喪失になってしまいます。
・・・仕事においても記憶喪失になってしまうのが残念ですが。
感謝の日々を意識して歩みます。 

 

2013/05/31 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     5月31日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
5月31日
神変自在

 先生事に臨みて其の術を施すの神算窮り無し。
初め此の役を挙ぐるや、
始終多く酒餅を設け、
酒を好むものは之を飲め、
酒を好まざるものは餅を食せよ。
唯過酒すべからず。
半日働きて止めんとする者は、
一朱を受けて家に帰りて休すべしと。
役夫大に悦びその労を忘る。
時の人この役を唱へて極楽普請と云ふ。
                   (報徳記)
【註】
 先生の時に応じ事に応じての神変自在に驚かざるを得ません。


・・・本日も意味不明です。
“TPOに合わせて変幻自在に振舞う”
ってことでしょうか?
とはいえ根なし草ではないのですから、
根や幹はしっかりとしているはずですね。
最も基本的な部分はぶれることなく、
目的に向かって、
PDCAサイクルサイクルをまわしている。
そのように感じています。 

 

2013/05/30 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     5月30日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
 5月30日

我欲を伐る

 或人先生に問ひて日く、
先生其の未発を察し、
教(おしえ)を下し、
毫毛の差(たが)ひなきものは何ぞや。
先生曰く、
夫(そ)れ大風の興るやホに触れて以て動揺止まず、
その木を伐るに及びては暴風と雖も之に触るることあたはざるは自然にあらずや。
(中略)
源左衛門わが言を用ゐず、
欲を以て之に応ず。
故に亡滅を免れず。
藤蔵欲を伐りて更に私念なし、
故に多欲も之に触るること能はずして全き事を得たり。
                       (報徳記)
【註】
尊徳翁の偉大な洞察力の一例です。


・・・・・・解読不能です。
なんとなく勝手に感想。
NHKの番組だったとおもいますが、
神社の神木に薬剤を注入し、
枯れた木を木材業者が、
「枯れいる神木を買いましょうか」
と訪問するそうです。
神木は樹齢数百年の大きなもので、
神社、仏閣の修理などで数がまったく足りないそうですよ。
四国では既に10か所以上の神社で被害が出ているらしいです。
残された切り株の根元には、
ドリルであけられた小さな穴が目立たぬようにあいているそうです。
毛利家ゆかりの“清神社”の神木も、
枯れたので切られたそうですが・・・。
まさか・・・。

2013/05/29 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     5月29日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
5月29日
天命随順

 吾れ始めて、
小田原より下野(しもつけ)の物井の陣屋に至る。
己れが家を潰して、
田干石の興復一途に身を委(ゆだ)ねたり。
是れ則ち此の道理に基づけるなり。
夫(そ)れ釈氏は、
生者必滅を悟りこの理を拡充して自ら家を捨て、
妻子を捨て、
今日の如き道を弘めたり。
只此の一理を悟るのみ。
             (報徳記)
【略解】
 「則ち此の道理」とは、
「生者必滅」の理と共に「天命随順」の道理である。
天から与えられたその使命の自覚による決心覚悟を指す。


「天命随順」を検索したところ、
森信三先生の文章を発見しました。
「天命随順」
 おおよそわが身に降りかかる事柄は、
 すべてこれを天の命として慎んで
 お受けするということが、
 われわれにとっては最善の人生態度と
 思うわけであります。
 ですからこの根本の一点に心の腰のすわらない間は、
 人間も真に確立したとは言えないと思うわけです。
 したがってここにわれわれの修行の根本目標があると共に、
 また真の人間生活は、
 ここから出発すると考えているのです。
      「森 信三のことば」  寺田一清編 
                    明徳出版社
  天災だけではなく、
日常の生活でいろいろな出来事が起こります。
他人の責任にしてしまうことは簡単ですが、
それでは何も解決しません。
後味が悪いだけの経験は残念ながらたくさんしてきました。
森先生の言われるように、
“心の腰をすえ”、歩み続けることで、
持って生まれた“使命”も見えてくのでしょうね。
 

2013/05/28 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     5月28日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
5月28日
生死一如

 生死(せいし)はうてばひびくの音ならん
          うたねばおとのありや無やは
                  (二宮翁道歌)
【略解】
 生者必滅といい、
不生不滅というが、
ともかくも生死一如の真実相を太鼓の音に托して詠まれたものです。
打つと同時にひびく音響を例にとって人生最大の事実即真理を示されたものです。


「生きること、死ぬことは、
 紙の裏表みたいなもの。
 まったく別のことのようで実は表裏一体」
ってことでしょう。
この世に生を受けたからには、
100%の人が必ず死にます。
“人生最大の事実”ですね。
「この事実の自覚は成長に大きくかかわる」
と、本に書いてありました。
・・・ナポレオン・ヒルだったかな?

2013/05/27 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     5月27日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
5月27日
富士の山

 曇らねば誰がみてもよし富士の山
         うまれ姿でいく世経るとも
                (二宮翁道歌)
【略解】
 晴れてよし曇りてもよし富士の山ということばはあるが何といっても晴れた日の秀峰富士の山は、
まことに、神州日本のシンボルともいうべきである。
永劫末代の至宝ともいうべきである。


富士山って本当に美しいですよね。
特に飛行機から見える、
雲の上から見る富士山が好きですね。
最近気づいたのですが、
東京から帰りの飛行機から見える富士山。
飛行機の左下に、
上から見下ろす富士山です。
何時も夜なので形だけぼやっと見えるのですが、
とっても壮大で怪しく美しいのです。
一度明るいときにも見てみたいものです。
 

2013/05/26 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     5月26日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
5月26日
陰中陽あり

 北山は冬季にとぢて雪ふれど
      ほころびにけり前の青柳
              (二宮翁道歌)
【略解】
 北の奥山はいまなお冬に閉ざされて、
積雪が見られるが、
前の川端の柳は、
はや青芽が出しそめているということで、
陰陽の理が示されている。
陰中陽あり、
陽中陰ありで、
天運循環の営みが感じられる。
冬季に春の前兆あり、
土用半ばにして秋風冬季に春の前兆あり、
土用半ぱにして秋風ガ立つようなものです。
人間の運命も家運もまた同じ。


確かにまったく同じですね。
研修の中で田舞さんが言ってました。
「人は良いときに悪い種をまき、
 悪いときによい種をまく」
バブル景気で浮かれながら、
悪い種を蒔いてしまった人は、
バブルがはじけた瞬間に借金にまみれ、
倒産も相次ぎました。
おっさん世代はよく知るところです。
・・・アベノミクス景気に踊ってはいけません。
ここでも自らを律しつつ良い種をまき続けるのです。 

 

2013/05/25 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     5月25日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
5月25日
一長一短

 世のの中は捨てあじろ木の丈くらべ
      夫是(それこれ)ともに長し短し
                (二宮翁道歌)
【略解】
 あじろ木とは、
網代(あじろ)をささえるための川の瀬に打つ杭のこと。
その捨て杭を活かし使おうと思うが、
適当な長さの杭はなかななか見当らぬぬもののです。
世の中はすべて一長一短で思うようにならぬもので、
決して自分が十分満足するるようなことは無いものだと、
覚悟の肚を決めねばなりません。


そりゃそうです。
世界で一番私の言う事を聴くはずの自分自身。
・・・この男、
何時も私の期待を裏切るのです。
皆さんもそうではありませんか?
自分自身が思い通りにならないのです。
自分以外のすべてが思い通りになったらたいへんです。
「帯に短したすきに長し」
だから人生は色々なことがあって楽しいのです。
・・・と、思い込むことです。 

2013/05/25 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     5月24日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
5月24日
四つの大恩

    訓戒
 忘るなよ天地のめぐみ君と親
        我と妻子を一日なりとも
                 (二宮翁道歌)
【略解】
 われわれがこの世にこうして安泰に生存し生活できるのは四大大恩のおかげである。
まず第一は天地大自然の恩。
第二に、国家社会の恩すなわち君恩。
そして第三は親祖先の恩。
そして第四は妻子すなわち家庭の恩である。


言われる通りです。
地球の大自然ありき。
そして日本。
先祖。
家族。
私の生きていく意欲のほぼすべて。
・・・にもかかわらず、
言われてみないと・・・。
感謝の薄い私がここにいます。

2013/05/24 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     5月23日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
5月23日
心の荒蕪を開く

 我が道は、
人々の心の荒蕪(こうぶ)を開くを本意とす。
心の荒蕪一人開けるときは、
地の荒蕪は何万町あるも、
憂うるに足らざるなり。
        (金言集)
【註】
 人の心の荒蕪を開くのを「心田開発」とも言われました。
まず「心田開発」によって「荒地開拓」は容易にできると確信しておられました。


まず最初に心にある田地を開発すること。
“夢(明確な目標)を持ち、
 夢(明確な目標)に向かう信念をもつ”
と言う事ではないかと理解します。
松下幸之助翁は、
「“経営理念”を確立すれば達成したようなもの」
と言われています。
まさに、
“心田の開発”ですね。

2013/05/23 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     5月22日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
5月22日
凡事徹底

知れたる事を知って行ふは聖人なり。
知らざることを知れといふは小人なり。
                (金言集)
【註】
 「凡事を非凡に徹底してゃりつづける」のが聖人というものです。
凡事を軽視して行わないのみか、
知らないことを知つているとして得意然たる者が小人というものです。


“凡事徹底”
と言えばイエローハットの創業者、
鍵山秀三郎氏と信じていました。
が、
本家は二宮尊徳翁だったのですね。
“平凡なことを非凡に続ける”
私たちの平凡な取り組み、
車の洗車も、
超非凡の域に達してきました。
広ガスたかたの車は、
新車の次に手入れをしてありますね。
徹底するとうことを、
車の環境整備を通して学んでいます。
・・・社長の車は洗車機ですが。 

2013/05/22 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     5月21日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
5月21日
棟梁の材と細工人の能

 棟梁の材と細工人の能とは別なり。
人各々得る所あり。
一家に於て然り。
一国に於て然り。
      (金言集)
【註】
 それぞれ人には棟梁に向く器量の人と、
技術畑に向く大別二種の人材があるものです。
これは小は家に大は一国においても言えることです。


“名選手、名監督にあらず”
って言いますものね。
学生と社会人を見ても分かります。
学校で成績の良かった人が名経営者になっているわけではありません。
コンサルタントや経営学者になる人は多いのかな?
私なんて、
高校時代の同級生から、
ちゃんと社会人になって働いていることでほめてもらいましたもの。・・・悲しい。
経営の師、
小山さんは大学を8年かかって卒業しています。
田舞さんは中学を卒業後寿司職人からスタートしています。
経営の神様、
松下幸之助翁に至っては小学校4年を中退ですもの。 

2013/05/20 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     5月20日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
5月20日
不足の心

 百物充足するもその恩沢を報ずる心なければ終に不足の心を生ず。
                                 (金言集)
【註】
 いかほど何不自由ない生活環境にあっても
その恩恵を感じ報ずる感恩報徳の心がなければ
不幸不満の心に溺れてしまう。


感謝の心ですね。
“足るを知る”
これが薄いと周りに感謝できない。
これも年齢と共にでしょうか。
若いときはお金もないので、
なかなか“足る”どころではなく、
多くの“欲”が出てきます。
それはそれで必要だと考えます。
 欲=意欲
とも言えます。
年齢を重ねても“個人的な欲”から離れられないと、
“我利我利亡者”になってしまい、
大切なものを失ってしまいます。
“他利他利豊者”に近づいていきたいですね。

 

2013/05/19 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     5月19日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
5月19日
わがものにあらず

 元来わが身わが心、
天地のものにして我ものにあらず、
我身と我心、
我ものならざる事をしりはべらば人として不足なし不自由なし。
                            (悟道草案)
【註】
 本来わが身わが心というものはわがものではない。
天地の借りものゆえ、
いつかお返しすべきものである。


20年くらい前、
指導していただいていたコンサルの先生に、
「地球上にあるすべてのものは、
 原子、分子のレベルで言うと一定ではなかろうか?
 人間だって地球からの借り物ではないかと思うのです」
と、話をしたら、
「面白いこと言いますね」
って言われたことを思い出しました。
・・・子供のころから、
蟻の観察をしたり、
雲と会話をしたりする変な子でしたので。
しかし現在では、
“地球からの借り物”は相当正しいと考えています。
自分自身が借り物なのです、
わしが、わしがと“我”を張っているのは、
本当にばからしいことなのでしょうね。 

2013/05/18 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     5月18日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
5月18日
汐干狩

 〇 汐干狩思はず濡るるこころ哉
 〇 花のこと今は忘れて紅葉かな
 〇 気にいらぬ風もあらうに柳哉
                (報徳要典)
【略解】
・汐干狩・・・・・・・汐干狩の親子連れの姿を見て思わず涙の意。
・花のこと・・・・・・桜の春をわすれていまは秋の紅葉を楽しむの意。
・気にいらぬ・・・・風の吹くままに逆らわない順応心にいまは学ぽうの意。


 「気にいらぬ風もあらうに柳哉」
社長は“決定”する人。
幹部、社員は“仕方なく実行”する人。
風の吹くままではありませんが、
社長の決定に従い、
実行することで、
社長の決定の成否も含め現実の中から学べますね。

2013/05/17 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     5月17日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
5月17日
忠勤を尽して

 忠勤ヲ尽シテ至善卜思ハバ忠信二非ズ
 忠勤ヲ尽シテ道理卜思ハバ忠信卜謂フ
 忠勤ヲ尽シテ報徳卜思ハバ忠信二至ル
    〇
 忠勤ヲ尽シテ其ノ弊ヲ知ラザレバ
            忠信二至ラズ
 忠勤ヲ尽シテ其ノ弊有ルヲ知レバ
           必ズ忠信二至ル
                 (三才報徳金毛録)
【註】
 「忠勤ヲ尽シテ報徳卜思ハバ忠信二至ル」
この一行が、
この一連の章句の中心思想です。


受けた恩に報いるには、
恩を受けたその人に何かを返すのではなく、
自分の勤めに徹すると言う事ですね。
たとえば、
親から受けた恩は、
親に返すことだけではなく、
自分が親となった時に、
我が子に親からの恩を返すのですね。
人生も仕事も“忠勤を尽す”ですね。

2013/05/16 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     5月16日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
5月16日
恩を忘るる勿れ

 事の成否は恩を記(しる)すと恩を忘るるとに係(かか)る。
前恩を記し以て之を報ぜんと欲する者は事を作せば必ず成る。
前恩を忘れて後恩を貪る者は、
事を作せば必ず敗る。
故に成ると敗るるとは恩を記すと恩を忘るるとにあるのみ。
                         (語録一四〇)
【略解】
 「受けたる恩は石に刻み、施した恩は水に流すべし」
という古訓にある通りである。


尊徳翁の本文は、
“受けた恩は忘れてはいけない、
 ほどこした恩はいつまでも口にしてはならない”
と言う事が書かれているのだろうと想像しつつ読み進めると、
略解にきちんと解説してありました。
人間は謙虚でなくてはならないですね。
「実るほど頭(こうべ)を垂れる稲穂かな」
何度も登場していますが、
これからも何度も登場させます。
実ってますか?
・・・・・・頭(ず)が高い。
 

2013/05/15 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     5月15日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
5月15日
陰徳あれば陽報あり

 古人言えるあり、
日く、
陰徳あれば、必ず陽報ありと。
之を力農と勤学とに譬(たと)う。
春夏力を耕耘(こううん)に労するは乃(すなわ)ち是れ陰徳にして秋収を得るは陽報なり。
夙夜(しゃくや)心を学問に苦しむるは乃ち是れ陰徳にして禄爵(ろくしゃく)を得るは陽報なり。
                                               (語録一三六)
【略解】
 夙夜とは、
朝早くより夜おそくまで、
という意で、
勉学研究にいそしむならば、
やがて禄位人爵これにともなうと説かれています。


“人目につかないところで努力すれば、
 必ず、目に見える報いがある”
と言う事ですね。
ミスタープロ野球と言えば、
国民栄誉賞の“長嶋茂雄”氏。
と言っても現役時代を知るのは、
50歳以上の人たちだけになってしまったかもしれません。
生涯打率3割以上のバッティングはもちろん、
見る人を魅了するド派手な守備。
敬遠のためキャッチャーが立ち上がったら、
バットを持たずにバッターボックスへ。
・・・・・・それでも敬遠。
天才と言われた長島さんは、
自宅の地下室で長時間の練習を欠かさなかったそうです。
ド派手に見えるための守備練習もしていたんですって。
長島さんの“陰徳”ってぴんと来ない気がしますが、
実は陰の努力人だったのですね。

2013/05/14 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     5月14日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
5月14日
利を計る遠近

 貧富の本は利を計る遠近に在るのみ。
利を計る遠き者は樹を植え以て其の生長を楽しむ。
利を計ること近き者は穀を種(う)うるをなお遠しと為す。
                          (語録一二五)
【略解】
 利を計るにも二種類あるようです。
春植えて秋の収穫を待つことさえうとましく思う近欲の人は、
利に見放されるといえよう。


早く結果の出ることは、
早期に陳腐化してしまいます。
積み上げて積み上げて結果が出る場合は、
簡単には陳腐化しません。
広ガスたかたの、
タカポンサービスは、
芽が出るまで5年近くかかりましたが、
ここまでのシステムに成長すると、
簡単には他社に真似されませんね。
・・・オフコンからパソコンに乗せ換えるだけで、
〇千万円かかってしまいました。
一から作っていたら一桁違ってしまいます。
…正直私も驚きました。

2013/05/13 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     5月13日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
5月13日
桃李と楠樫(なんけん)

 小にして忍耐せざる者は長じて速かに亡ぶ。
桃李(とうり)是れなり。
小にして忍耐する者は長じて久しく存す。
楠樫(なんけん)是れなり。
是れ忍耐と不忍耐とに由るなり。
人宜(よろ)しく桃李を見て以て戒慎し、
楠樫を見て発憤すべし。
               (語録一一ニ)
【略解】
 桃李とはももとすもも、
楠樫とはくすの木とかしの木。
楠樫は風雨に耐え、
寒暑に耐えた結果である。


論語でいうところの大人(たいじん)を見ると、
ほぼすべての人が“忍耐”の実践者ですね。
小人から大人へ成長する過程で、
必ず通る道なのですね。
“人間ができている”
という言葉を耳にすることがありますが、
この“忍耐”を平然と行う人のことなのだと思います。

2013/05/11 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     5月12日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
5月12日
時に応じた変化対応

 ここに農家病人等ありて、
耕耘(こううん)手遅れなどの時、
草多き処を先にするは世上の常なれど、
右様の時に限りて、
草少なく至って手易き畑より手入して、
至って草多き処は、最後にすべし。
是尤(もっとも)も大切の事なり。
               (夜話二八)
【略解】
 農家に病人があり事情があって、
草刈り等が遅れた場合は、
草の多い所は後回しにして草の少ない所から始めよの教えは、
やはり真実の智慧というべきです。


“旬”を逃すとどうすることもできませんものね。
たとえば、
種をまく時期を遅らせると、
発芽しなかったり、
収穫できなかったりしてしまいます。
私たちがコントロールできることは別としても、
世の中の流れ、季節、旬など、
松下さんのいわれる“宇宙根源の法則”は、
私たちの配下にはありませんものね。 

2013/05/11 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     5月11日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
 5月11日
変に備えて

 世の中に事なしといへども、
変な気事あたはず、
是れ恐るべきの第一なり。
変ありと云へども、
是れを補ふの道あれば、
変なきが如し。
変ありて是れを補ふ事あたはざれば大変に至る。
古語に三年の貯蓄(たくわえ)なければ、
国にあらず。
(中略)
家も又然り。
         (夜話一三)
【略解】
 「備えあれば患(うれ)いなし」に言われるように、
まさかの転変に備えて、日ごろ備蓄の必要ありと力説された。


トヨタをはじめとする自動車メーカー、
パナソニックやソニー等々、
リマンショック以前の利益に近づきつつあります。
・・・円安や株高のおかげで。
「三年は続く」と、
昨年読んだ本に書いてありました。
本当かどうかはわかりませんが、
これから永久に続くことは絶対ありません。
ここで浮かれてはいけないのです。
備えるチャンスが来たのです。
・・・私たちはまだ実感ありませんが。

2013/05/10 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     5月10日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
5月10日
諸行無常

 諸行無常なる事知らるべし。
(中略)
惜しい、欲しい、憎い、かわゆい、
彼も我れも皆迷なり。
此の如く迷うが故に三界の城といふ堅固な物が出来て人を恨み、
人を妬み、人をそねみ、人に憤(いきどお)り、
種々の悪果を結ぶなり。
之を諸行無常と悟る時は、
十方空となって恨むも、
妬むも、悪(にく)むも、
憤るも馬鹿々々しくなるなり。
是の所に至れば、
自然怨念死霊も退散す。
之を悟りと云ふ。
               (夜話続三八)
【略解】
 「迷故三界城・悟故十方空」についてのまことに適切な解説です。


諸行無常

「すべてのものは、
 同じ状態を保つことなく移り変わり、
 永久に変わらないものはない」
と言う事ですよね。
永久に変わらないものはないわけですから、
恨み続けたり、
憎み続けたりすることはばかばかしいわけですね。
自然と心も晴れてくるというものです。
・・・早く悟りの域に達したいものです。 

2013/05/09 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     5月9日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
5月9日
道は行いにあり

 大道は文字の上次ある物と思ひ、
文字のみを研究(研究)して、
学問と思へるは違(たがえ)り、
文字は道を伝(つた)ふる器械(きかい)にして、
道にはあらず、
然るを書物を読みて道と思ふは過(あやま)ちならずや、
道は書物にあらずして、
行ひにあるなり。
                  (夜話一七四)
【略解】
 読書と実践は車の両輪です。
日常の実践なくして真の学問と言うことはできない。


経営の本を何冊も書いている大学教授は、
経営の実務で成功出来るのでしょうか。
出来ませんよね、
もちろん100%は付きませんが。
成功した経営者を分析し、
文章でまとめることは得意なのでしょう。
経営は、
“現実・現場・現物”ですよね。

2013/05/08 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     5月8日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
5月8日
遠きを謀る者、近きを謀る者

 遠きを謀(はか)る者は富み、
近きを謀る者は貧(ひん)す、
夫れ遠きを謀る者は、
百年の為に松杉の苗を植う、
まして春植て、
秋実(み)のる物に於(おい)てをや、
故に富有なり、
近きを謀る者は、
春植えて秋実法る物をも、
猶(なほ)遠しとして植えず、
只眼前の利に迷(まよ)ふて、
蒔(ま)かずして取り、
植えずして刈取る事のみに眼をつく、
故に貧窮(ひんきゅう)す。
              (夜話四七)
【略解】
 この「遠きを謀る者は富み、
近きを謀る者は貧す」は有名な言葉です。
遠大な見通しという先見性と大局観こそが大切であるとの教えです。


広ガスたかたは200年続く企業を目指して、
カメのような歩みを進めています。
・・・社長がカメなので。・・・残念。
しかしそれは、
蒔き続ける歩みであることが救いですね。
「刈取る事のみに眼をつく、故に貧窮す」
とありますが、
最近では、
米を田んぼから刈り取っていく、
林檎やサクランボなどをもぎ取っていく。
など農作物まで盗まれます。
こんな悪人が、
「財を築き代々栄えた」
など聞いたことありませんし、
これからもないでしょう。
私はかたくなに信じます。

 

2013/05/07 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     5月7日

二宮尊徳
  一日一言
        (致知出版)
        寺田一清編
5月7日
女全のお守(おまもり)

 高野氏旅(たび)粧(よそおい)なりて暇(いとま)を乞ふ。
翁曰く、
卿(きみ)に安全の守を授けむ。
則ち「飯と汁木綿着物は身を助く、
その余は我をせむるのみなり」の歌なり。
歌拙(つたな)しと手軽視する事勿(なか)れ。
身の安全を願はばこの歌を守るべし。
一朝変ある時にわが身方と成る物は、
飯と汁木綿着物の外になし。
              (夜話一三二)
【略解】
 無事長久のお守り、
深く味わうべきかな、本立ちてのち道生ず。


ずーと以前読んだ、
“二宮翁夜話(日本経営合理化協会)”
という分厚い本があります。
何故だか、
二宮尊徳一日一言と、
夜話番号が違っており、
参考にしておりませんでしたが、
「安全のお守」
はたまたま見つけました。
長い文ですが紹介します。
 


  高野丹後が旅装(たびよそい)をして暇乞(いとまご)いにきたので、
 ワシはこんなことを言ってあげたんだ。
 あなたに安全のお守りをあげよう。
 それはワシの詠んだ、
  飯と汁木綿着物は身を助く
       その余はわれをせむるのみなり
 という歌だ。
 歌がつたないからと言って、
 軽く見てはいけないよ。
 身の安全を願うならこの歌を守るがよいぞ。
 ひとたび変事の時、
 自分の味方になるもんは、
 飯と汁と木綿着物のほかにはないんだ。
 これらは鳥獣の羽毛と同じで、
 いつまでも味方なんだぞ。
 これ以外のものは、
 みんな我が身の敵だと思いなさいよ。
  飯、汁、木綿着物以外のものが我が身に入ってくるということは、
 敵が我が身に入ってくるようなもんだから、
 警戒して取り除くことだな。
 是ぐらいのことは、
 と言いつつ自分の贅沢を大目に見て、
 人は身を誤るるもんだ。
 はじめは害がないと思っているうちに、
 年がたつ間に思わず知らず我が身の敵となって、
 後悔してもすでに遅いということになりかねないんだ。
  つまり、
 これくらいのことは、
 と自分を許してしまうのは、
 猪や鹿の足跡のように隠すことができずに、
 終にわが足跡の為に猟師に撃たれてしまうのと同じさ。
 贅沢が我が身に入り込んでさえこなければ、
 暴君だって、
 脚賂で汚れた役人だって、
 どうすることもできはせん。
  あなたのように進んでワシの仕法を実行する者は、
 とくにこのことをつつしまねばいかんぞ。
 必ず忘れないように、と。
  高野は深くお辞儀をして礼を言い、
 傍らにいた波多晁八郎が、
  「古歌に、
    “かばばかりの事は浮世の習いぞと、
               ゆるす心のはてぞ悲しき”
   とありますが、
   これを今の先生の戒めのお言葉で思い出しました。
   わたしもいたく感銘を受けました。
   生涯忘れません」
 と誓ったことだった。

 

“原発”ってそうなのかもしれません。
私たちの生活は
何でもかんでも電気に頼っています。
停電になると仕事にもなりませんし、
日々の暮らしにも困ります。
しかし、
ひとたび事故が起これば、
“放射能”という手も付けれない化け物が活動を始めるのです。
すぐには健康に影響はないようです。
が、
数年後には色々なことが、
身体に起きてしまうと聞きます。
DNAも傷つけられ、
世代を超えた影響が・・・。
たまたまかもしれませんが、
被爆二世の私は、
甲状腺のガンを持っています。
 

2013/05/06 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     5月6日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
5月6日
天分の内にて

 夫(そ)れ入るを計りて、
天分を定め、音信贈答も、
義理も礼儀も、皆子の内にて為すべし。
出来ざれば、皆止むべし。
或いは之を吝嗇(りんしょく)と云ふ者ありとも、
夫れは言う方の誤りなれば、
意とする事勿(なか)れ。
何となればこの外に取る処なく、
入る物なければなり。
           (夜話一ニ八)
【略解】
 義理も交際も何事も分度内にてという徹底した考えに傾聴せざるを得ません。


決まり事、ルールなども、
“天分を定め”のうちだと思います。
何かの都度、
例外を認めていては何が正しいかすらわからなくなります。
だから決められた通りを実行するのです。
ルール内が基本ですから、
クレームが発生したら当然社長の責任です。
社長は、
経済的に損をする決定をしながら、
決まり事や、ルールを改善しなくていけません。
それが責任と考えています。

2013/05/05 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     5月5日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
5月5日
菜根を咬(か)む

 翁某の旅舎(はたごや)に宿泊せらる。
床に「人常に菜根を咬(か)み得ば則ち百事倣(なす)すべし」と書ける幅あり。
翁曰く、
菜根何の功能ありて、
然るかと考ふるに、
是は粗(そ)食になれて、
夫れを不足に思はざる時は、
為す事皆(みな)成就すと云ふ事なり。
               (夜話一二六)
【略解】
 翁は常に眼前の事象をとらえて教えられました。
今日食生活の乱れが感じられるとき、
「菜根を咬(か)む」の意味を考えねばなりません。


菜根(野菜の根)をよく咬んでいれば、
あらゆることは成し遂げられる。
どんなことでもしっかりと噛みつづけることで、
真の味を理解でき、
必ず成就していくのですね。
“噛めば噛むほど味が出る”
人生もそう進んでいきたいものです。

2013/05/04 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     5月4日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
5月4日
手堅き身代

 翁日く、
千円の資本にて、
千円の商法をなす時は、
他より見て危うき身代と云ふなり。
千円の身代にて、
八百円の商法をする時は、
他より見て小なれど堅き身代と云ふ。
此の堅き身代と云はるる処に、
味はひあり益あるなり。
          (夜話一〇七)
【略解】
 身代とは、資産運用をさす。
従つて手堅い身代とは、危なげない資産運用といえます。


ありったけを投資するのは危険と言う事ですね。
予定していない支出は必ずありますものね。
家庭も同じ、
稼いだだけを使っていたら、
病気にもなれないというお話です。
保険を解約したら、
病気になったって話も聞きます。
 

2013/05/04 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     5月3日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
5月3日
富国の基本

 秤(はかり)あれば、
天下の物の軽重は知れざる事なく、
枡(ます)あれば天下の物の数量は知れざる事なし。
故にわが教の大本、
分度を定むる事を知らば、
天下の荒地は、
皆開拓出来たるに同じ。
天下の借財は、
皆済成りたるに同じ。
是れ富国の基本なればなり。
              (夜話八五)
【略解】
 「分度を定め、分度を守る」。
これが尊徳翁の教えの一大基本であり、
これが、
荒地開拓、借財返済の一大軌道です。


「分度をわきまえる」
って言いますが、
“分度”を定めていなければ、
わきまえようもないわけですね。
・・・そう考えてみて、
初めて“身の丈”を、
きちんと見る鏡がないことに気づきました。
まずは、
今ある鏡をしっかりと磨きこまなければ・・・。 

2013/05/02 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     5月2日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
5月2日
天禄を守る

 人生尊ぶべき物は、天禄を第一とす。
故に武士は天禄の為に、一命を抛(なげう)つなり。
天下の政事も、神儒佛の教も、
其の実、衣食住の三つの事のみ。
黎民(れいみん)飢えず寒(こご)えざるを王道とす。
故に人たる者は、
慎んで天禄を守らずばあるべからず。
固く天禄を守る時は、
困窮艱難の患なし。
          (夜話一二九)
【略解】
 天下の政治も宗教も道徳も結局のところ、
衣食住という生活の三原則に帰着する。


経営も同じ。
成功の法則と、
宗教の教えは基本同じだと考えています。
信じる神が、
自分の外にいるか内にいるかの違いだと思うのです。
ナポレオンヒル勉強していてそう気づきました。
だから宗教にはまってしまう経営者も少なくないのでしょう。
・・・知り合いにもいます。

2013/05/01 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     5月1日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
5月1日
徳を以て徳に報いる

 わが教へは、
徳を以て徳に報(むく)うの道なり。
天地の徳より、
君の徳、
親の徳、
祖先の徳、
其の蒙る処人々みな広大なり。
之に報うに我が徳行を以てするを云ふ。
君恩には忠、
親恩には孝の類、
之を徳行と云ふ。
さてこの徳行を立てんとするには、
先づ己々(ここ)が天禄の分を明らかにして、
之を守るを先とす。
                 (夜舌一二八)
【略解】
 「徳行を以て徳恩に報いる」
は翁の根本思想ですが、
その徳行こ先立ち天禄の分(おのが徳分)を明確にして、
それを守ることを第一にするところに、
その特質カある。


これまでに受けた徳恩はたくさんあります。
最も大きいものは、
先代から引き継いだ“広ガスたかた”。
この恩に報いる徳行が足りていないいことを強く自覚しています。
しっかりと徳行を積み、
人口減少の地域社会の中ででも、
しっかりと、
お客様の満足、
社員さん達の豊かな暮らしのベースを作っていきます。

2013/04/30 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     4月30日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
4月30日
永続の根本

 汝等世人の飢渇を察し、
朝は未明に起きて縄をなひ筵(むしろ)を打ち、
来歳十分の作を得ば毎家いよいよ永続の根本となり、
天災変じて大幸となるべし、
必ず怠るべからずと教ふ。
三邑の民大いに感動し、
専(もっぱ)ら家業を勤み又一段の福(さいわい)を得たりと云う。
                                  (報徳己)
【略解】
 先生は、
天明以来の飢饉の凶荒を予知せられ、
各戸に稗(ひえ)を植えて、
飢渇をまぬかれました。
なおその上に日常実践の心得を説かれたのです。


「日常の基本を大切にする」
森信三先生は、
“靴をそろえる、挨拶、ありがとう”
この三つが人の基本と言われています。
企業で言うと、
「本業に徹する」
と言う事だと思います。
事業ドメインをしっかりと持ち、
進み続けます。 

2013/04/29 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     4月29日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
4月29日
己をすてて人を恵む

 岸右衛門曰く、
教に随ひ欲を捨つること何をか先んぜん。
曰く、
汝の貯へ置きし金銀器財を出し窮民救助の用となせ、
又田圃(たんぼ)悉(ことごと)く之をひさぎ代金となし之をも出すべし。
私欲を去り、
私財を譲り、
邑民(ゆうみん)の為にカを尽すこと人事の善行豈(あに)是より大なるものあらん。
人の人たる道、
己をすてて人を恵むより尊きものはあらず。
然るに汝旧来の所行、
只我を利せんとする外他念なし。
                    (報徳己)
【略解】
 と言われても岸右衛門はすぐには決せられませんでしたが、
そこに先生の説諭と処遇の深遠さがありました。


“人の人たる道、
 己をすてて人を恵むより尊きものはあらず”
なのですね。
「・・・早く人間になりたい」
って妖怪人間ベムが言ってましたが、
世の中妖怪人間だらけと言う事だとも言えそうです。
先日つぶやきました、
“大学の道は明徳を明らかにするに在り”
“無我・無欲・無私”
同じお話だと思います。
「早く人間になるぞ」

2013/04/28 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     4月28日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
4月28日
里正の任

 里正(しょうや)たるものは細民に先立ち艱難(かんなん)をなむぺきの任なるが故に、
細民安んずることを得ばその後に汝の望みも為し与ふべし。
然らば邑民(ゆうみん)の怨望何に由って生ぜん。
誰か汝の行ひを非とせんや。
                 (報徳己)
【略解】
 横田村の里正円蔵に諭されたもので、
円蔵大いに感激し教えに従われました。
(邑民とは村人のこと)


 「やってみせて、
  言って聞かせて、
  やらせてみて、
   ほめてやらねば人は動かじ」
             (山本五十六)
まずはやって見せることですね。
子供の吸収力が高いのは、
物まね上手だからで、
物まねする先生がいることが前提です。
私が唯一自信を持って言えることは、
社内で誰よりも研修に参加していることです。
そして、
先進企業を物まねし続けることです。

2013/04/27 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     4月27日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
4月27日
善き種をまけ

 米まけば米の草はえ米の花
      さきつつ米のみのる世の中
                (二宮翁道歌)
【略解】
 米の種をまけば米の草はえ、
米の花咲き、米の実がなる。
このように、
善き種をまけば、
善き草がはえ、
善き花が咲いて、
善き実りがある。
すべて種どおりの実りカある。


現在の自分は幸せか?
「幸せだ」という人は、
幸せの種をまいてたのですね。
「それほどでもない」という人は、
それほどでもない種をまいていたのです。
幸せの種はまくだけではだめ、
ちゃんとしたお世話をしなくては。
楽してると、
まいた幸せの種も発芽しませんね。
不幸せの雑草は勝手に育ちますが・・・。 

2013/04/26 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     4月26日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
4月26日
感恩報徳の心

 何事も事足り過ぎて事たらず
      徳に報うる道をしらねば
             (二宮翁道歌)
【略解】
 人間は、
感恩報徳の心がなければ、
何事にも不足の念が起こるものです。
十分すぎるほど恵まれた結構な暮らしをしながら、
その恩恵になれて、
そのありがたさがわからなくなるものです。
感恩報徳の心構えと実行がなにより大切と言えましょう。


つぶやきメールにも再々登場する、
「足るを知る」
私たちの日常は当たり前の連続です。
が、
実はこの当たり前が、
どんなに感謝に値することなのか。
失ってみて初めてわかります。
・・・私の場合、
22年前の高速道路での、
大スピン事故で家族を失いかけましたが、
奇跡的に軽傷。
事故現場を見たお巡りさんが、
「何人死んだんだ?」
って話をしてたほどの事故でした。
“感謝”という言葉を身をもって感じた瞬間でした。
私のターニングポイントの一つになったことは言うまでもありません。

2013/04/25 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     4月25日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
4月25日
愛情を法とする

 おのが子を恵む心を法(のり)とせば
           学まずとても道こいたらむ
                   (二宮翁道歌)
【略解】
 この世こおいて親の子を育(はぐ)くむ愛情ほど尊いものはございません。
これが宇宙の法則であり、
これが天意にかない、
菩薩の佛心にかなうものですから、
この信念切々たる思いを保ちつづけるならば、
何も特別の勉強をしなくても、
道を究めることが出来ましょう。


これは親になって初めてわかりますね。
「おれおれ詐欺には騙されないぞ」
と思いつつも、
我が子のおれおれ詐欺には、
多くの親が仕方なく騙され続けていることでしょう。
・・・我が家も。

2013/04/24 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     4月24日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
4月24日
独を慎しむ

 山寺の鐘つく僧の起(お)き臥(ふ)しは
           知らでしりなむ四方(よも)の里人
                        (二宮翁道歌)
【略解】
 この歌は、
君子はその独を慎しむべしとの意をこの一首に託したものです。
遠く離れた山寺の僧侶の日常生活を、
知るはずはないのですが、
その鐘の音によって、
村人たちは、
察しがっくということです。
それ故、
リーダーたるべき者は心しなくてはならぬということです。


「会社は社長の影である
ずーと以前、
どこかの研修で聞きました。
「社長を見なくても、
 会社、社員を見ると社長の姿勢が分かる」
と言う事です。
もちろん逆も真なり。
社長の腰が曲がっていれば、
影も曲がっているのです。
・・・・・・他人ごとではありません。

2013/04/23 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     4月23日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
4月23日
花さけば

 花さけば老(おい)も若きもへだてなく
        詠(なが)めにさそう春の山かな
                   (二宮翁道歌)
【略解】
 この花は何の花であろうか。
春の山というから、
桜の花を思われるが、
老若男女をとわず、
今年の花見に心ひかれる日本人の心情をみごとに示されています。
「徳は孤ならず、必ず隣(となり)あり」
の一語が思い出されます。


何度も書きましたが、
桜って本当に美しいですよね。
・・・なぜ子供のころは桜の美しさに感動しなかったのでしょう???
・・・何故年齢の積み重ねと共に桜に感動し始めたのでしょう???
話は変わりますが、
立派な社長さんたちは、
体力や記憶力が衰えているのに、
経営力が増していくのはなぜでしょう???
さらに話は変わりますが、
将棋の人対コンピュータ五番勝負、
3勝1敗1分でコンピュータの勝。
1秒間に何億通りシュミレーションするそうです。
そのうち経営支援コンピュータなんてのができてしまうかもしれませんね。

2013/04/22 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     4月22日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
4月22日
徳は本、財は末

 徳は本なり、財は末なり。
本を外にし末を内にすれば、
民を争はしめ奪ふことを施す。
              (金言集)
【註】
 徳とは人格・品性をいう。
この徳を養うことが、
何より根本の第一義でであり、
財の蓄積は第二・第三の問題で本末を誤ってはならない。


  大学の道は明徳を明らかにするに在り。
つい先日、
伊與田覺先生(論語普及会)のお話を聴く機会がありました。
「“明徳”の徳を阻害するものは3つ、“我・私・欲”である」
とのお話でした。
“無我・無欲・無私”に近づくことが、
徳を積むことだそうです。
私の心にぐさりと突き刺さりました。 

 

2013/04/21 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     4月21日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
4月21日
窟の無哲理を求む

 理窟(りくつ)上手は用に立たず。
窟(あな)の無き理を求むべし。
                (金言集)
【註】
 理路整然たる論理による説得もなるほど大事な要件なれど、
論理をこえた情理の内にありやなしやが、
まず必要条件の最大なるものなり。


若いときにはとかくやりがち。
・・・たぶん私だけではないと思います。
広い視野も備えていないのに、
狭い視野の知識の中でもっともらしいことをのたまうのです。
今思い出すと恥ずかしくなります。 
「今も変わらずやってますよ」
って聞こえてきたのは気のせいか?

 

2013/04/20 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     4月20日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
4月20日
行い教え、学んで行う

 行ひて教へ学んで行ふ。
今の教ふる者、
言うて教へ書きて教ふ、
故に効なし。
           (金言集)
【註】
 リーダーの心がけはこの一語に尽きるともいえます。
まず長たる者の修学と実践が先決問題です。


「やって見て教える」
現場リーダーの最も大切な心得ですね。
・・・私は最近コンロの修理もできなくなりました。
ガス器具というよりも、
家電商品と変わらない部品構成で、
私はまったくついて行けなくなりました。

2013/04/19 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     4月19日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
4月19日
嫁と姑

 嫁は舅(ちち)姑(はは)を養ふに養父母に仕ふること猶(な)ほ実父母に仕ふる如くならば、
是れ独り舅(ちち)姑(はは)養父母に孝なるのみならず、
同時に実父母へも孝となるなり。
                   (金言集)
【註】
 古来、
嫁・姑の間柄はなかなか容易ならぬ難問ですが、
心構え一つによって微光が感ぜられるものです。


なるほど、
舅姑へしっかりと仕えることは、
実の両親への孝行なのですね。
同じように、
しっかりと仕事に汗水たらすと言う事は、
家族への愛、家族孝行とも言えますね。
妻から、
「愛は“生命保険”だ」
って言われたら悲しすぎですね。
・・・現実かな? 

2013/04/18 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     4月18日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
4月18日
堪忍を破らず

 世の人 
生涯堪忍(かんにん)を破らず、
誠を以て諸事を行ふときは、
願はずして立身出世疑なし。
             (金言集)
【註】
 「堪え難きを堪え、忍び難きを忍ぶ」
という言葉があり、
 「ならぬ堪忍するが堪忍」
という俗言もある。
人生耐忍に終始すべしとも言えよう。


日本の治安の良さは、
「堪忍を破らず」
の精神があったからだと思うのです。
若い人たちは、
“殺人事件”の報道は聞きなれているかもしれません。
私の子供時代は、
“殺人事件”などめったに起こりませんでした。
 「堪え難きを堪え、忍び難きを忍ぶ」
 「ならぬ堪忍するが堪忍」
とても大切なことだと、
改めて、さらに改めて感じます。

2013/04/17 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     4月17日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
4月17日
五倫・三才・三尊

 〇君臣義あり 父子親あり 夫婦別あり兄弟序あり 朋友信あり、
   これを五倫と名づく。
 〇地無ければ天なく 天あれば則ち地あり 天地あればすちわち人あり。
   天地人これを三才と名づく。
 〇母なくば父なく、
   父あれば則ち母あり 父母あれば則ち我あり、父母と我、 
   これを名づけて三尊と名づく。
                            (五倫・三才・三尊)
【略解】
 五倫・三才・三尊に分けて天地人倫の限りなき恩徳を説いておられる。


理解することもできず、
感想すら出てきません。
・・・・何度目でしょう。
100年生き続けたところで、
世の中の数%くらいしか理解できないのでしょうね。
一点集中で学び続けます。
・・・・・・・訳も分からずあがきながら。
 

 

2013/04/16 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     4月16日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
4月16日
初桜

 〇 初桜 鐘もお寺の遠音かな
 〇 蝶々や日和(ひより)動きて草の植え
 〇 山吹きや古城を守る一つ家
                  (報徳要典)
【略解】
 ・ 初桜・・・初咲きを知らせるような寺の鐘の音のよさよ。
 ・ 蝶々や・・・陽が射しそめると同時に蝶々がひらひらと草の上を舞っている。
 ・ 山吹きや・・・古城を守る一軒家の気高き風情。


・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・“桜”だけに特化して感想。
土師ダム湖畔、
道路を花びらが桜色に染め、
桜吹雪のまう桜並木のトンネル。
美しすぎて、
叫びたくなるくらい感動しまくりますよ。
・・・・・本文には全く関係のないお話でした。

2013/04/15 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     4月15日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
4月15日
貪(とん)と譲の差のみ

 禽獣唯々貪(むさぼ)るを知って譲るを知らず、
是を以て一日も安んずるを得ざるなり。
鴻荒(こうこう)の世、人類も亦然り。
神聖、推譲を以て人道を立て、
兆民以て安んず。
           (語録一〇四)
【略解】
 「人類と禽獣との違いは、
  貪欲と推譲の差あるのみ」
と説かれるが、
人間にして禽獣に近きを反省せざるを得ません。
鴻荒の世とは、大昔の世の中。


TV番組で、
母ライオンも我が子には獲物を譲っていました。
略解に、
「人間にして禽獣に近きを反省せざるを得ません」
とありますが、
最近の人間には禽獣に劣る者もいるような・・・・・・。

2013/04/14 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     4月14日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
4月14日
忠孝は明智なり

 忠孝は善の大なる者、
不忠不孝は悪の大なる者、
其の大を推し、
その小を極め、
悪を避け善に従わば、
則ち其の知恵たるや大なり。
         (語録八二)
【略解】
 神言に曰く、
「我に知恵なし、
 忠孝を以て知恵をなす」
とあり、
忠孝は最大の知恵すなわち明知明徳につながるものと教えられています。


忠孝とは、
“主君に忠節を尽くすことと、
 親に孝行を尽くすこととが同じであること。
 また、
 それらを全うすることができること”
「忠」は主君に対する忠義、「孝」は親孝行。
とあります。
松下さん流だと、
“素直”
と言う事でしょう。
あるレベルに達するまでは言われた通りにすすむ、
勝手な考えをしないこと。
「“自己実現”の道は“素直”から」
・・・小山さんに、
「言われた通りやれ」って飛んできそう・・・。
 

 

2013/04/13 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     4月13日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
4月13日
行余学文

 孔子曰く、
行(おこない)余力あれば則ち以て文を学ぶと。
余固(もと)より文を好む。
然れども少にして孤、
外家に寄食し、
日夕苦使する所と為り、
また余力あるなし。
故に午(ご)飯に当るや、
人は湯を温め以て茶を煮る。
余は則ち冷飯水飲、
以て大学を読む。
        (語録七九)
【略解】
 尊徳翁は幼いころより、
千辛万苦、
一家を支えんがために、
実践躬行(きゅうこう)を第一にし、
その余力余暇をもって読書三昧せられたと聞く。
自己に省りみて何をか言わんやです。


20年くらい前になるでしょうか?
田舞さんが言ってました。
「忙しくて勉強する暇もない。
 こんなの嘘ですよ。
 ちゃんと毎日寝てるんでしょ、
 睡眠時間を減らした分勉強できます。
 酒飲む暇はをつくっても、
 勉強する暇は作らないのですか」
私も40歳を少し過ぎるくらいまでは、
無理しながも時間を作るようにしていました。
今は体力的な無理は慎見つつ時間を作っています。
・・・昼時間は、
すっかり尺八の練習時間として定着してきました。

 

2013/04/12 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     4月12日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
4月12日
耐書と躬行

 書を読んで躬(み)に行わざる者は、
猶(な)ほ鍬を買って耕さざるがごとし。
耕さずんば、
則ち何ぞ鍬を買うを用いん。
行わずんば則ち何ぞ書を読むを用いん。
かつ読書と躬行と相まつは、
なお布帛に経緯(けいい)あって後(のち)成るがごとし。
読書は経(たて)なり。
躬行は緯(よこ)なり。
                   (語録七六)
【略解】
 人間形成にとって読書と実践は、
まさに車の両輪の如しとも言えましょう。
経緯とは、たて糸とよこ糸。


ここで言う読書は、
小説のことではありませんね。
知識や技術、能力や価値観などを高めるための本のことですね。
行動について言いますと、
計画はいい加減なところで妥協し、
早く実行に移す。
行動に移してからは一切妥協しない。
現実・現場・現物の生情報が入ってきはじめたら、
計画とのギャップをj確認し、
当初の計画を修正して行くのですね。
よく耳にする“PDCAサイクル”です。
すると、
たて糸よこ糸がしっかりと目の詰まった、
丈夫で味のある反物のような人物になっていくのでしょうね。
・・・きっと。 

2013/04/11 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     4月11日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
4月11日
糞桶の米飯(三)

 夫(そ)れ卿(きみ)は中国の産と聞けり、
誰に頼まれて此地に来りしぞ、
又何の用事ありて来りしや、
夫れ家を出ずして、
教を国になすは聖人の道なり、
今此処に来りて、
予が食客となる、
是何故ぞ、
口腹を養ふのみならば、
農商をなしてたるべし、
卿何故に学問をせしや、
儒生曰く我過(あやま)てり、
我只人に勝たむ事のみを欲して読書せるなり我過てり、
と伝て謝して去れり。
                 (夜話七一)
【略解】
 何のための学問か、
ただ食わんがための学問に終わっていいのかと強く猛省を示されれています。


現場で活用してこそ“学び”なのですね。
私たちは博学として、
“知識の宝庫”になる必要はありません。
しかし、
私たちの業については深く学ぶ必要がありますね。
現実・現場・現物の三現主義に徹した知識を深めるのです。

2013/04/10 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     4月10日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
4月10日
糞桶の米飯(二)

 翁曰君憤(いきどお)る事なかれ、
我譬(たとえ)を以て是を解(かい)せん、
爰(ここ)に米あ飯(めし)に炊(かしい)で、
糞桶(くそおけ)に入れんに、
君是を食はんか、
夫(そ)れ元清浄なる米飯(はん)に疑(うたがい)なし、
只糞桶に入れしのみなり、
然るに、
人是を食する者なし、
是を食するは只犬(いぬ)のみ、
君が学文又是におなじ、
元赫々(かくかく)たる聖人の学なれども、
卿(きみ)が糞桶のロより講説する故に、
子弟等聴(きか)ざるなり、
其聴ざるを不理と云べけんや。
                 (夜話七一)
【略解】
 「糞桶の飯が食えるか」とは痛烈な戒めです。
かかる俗儒を尊徳翁は文字学者といい、
石田梅岩先生は文字芸者と評せられた。


学者先生の理論には泥臭さがないので、
“机上の空論”と言われることが多いのでしょうか?
自らの実践がない理論は、
「大筋では正しいが、
 細かい部分の詰めが甘い」
ってことかもしれません。
だからこそ、
現実、現場、現物の三現主義に徹し、
事実から次の展開を探るという、
PDCAサイクルが大切になると言う事ですね。
 “文字芸者”という表現に「いいでね」します。

2013/04/09 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     4月9日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
4月9日
糞桶の米飯(一)

 俗儒あり翁の愛護を受て儒学を子弟に教ふ、
一日近村に行て大飲し酔ふて路傍に臥(ふ)し醜体(しゅうたい)を極めたり、
弟子某氏の子、
是を見て、
翌日より教を受けず、
儒生憤(いきどお)りて、
翁に謂て日、
予が所行の不善云うまでにあらずといへども、
予が教へる処は聖人の書なり、
予が行の不善を見て併せて聖人の道を捨るの理あらんや、
君説諭して、
再び学に就かしめよ、と乞ふ。
                (夜話七一)
【略解】
 俗儒とは文字の解釈のみに終始し、
日常の生活実践に欠ける所がある者のことをいいい、
深く自戒内省すべしとの教えです。


「言動一致」
完璧な人はいないでしょう。
・・・人間だから。
「おかれた場所で咲きなさい(渡辺和子著)」
にも書いてありました。
 “信頼は98%。
  あとの2%は相手が間違った時の許しのために取っておく”
しかし、
酒の席とはいえ、
酒に飲まれて醜態を見せる・・・なんて、
“信頼2%。
 あとの98%は許せません”
なんてことにもなりかねません。
・・・・・・心しておきます。

2013/04/08 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     4月8日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
4月8日
一理、万理に通ず

 一理誠に明らかなれば、万理に通ず。
(中略)
予が歌に
「古道につもる木の葉をかきわけて、
 天照らす神の足跡を見ん」
足跡を見ることを得ば万理一貫すべし。
然(しか)せずして徒(いたず)らに仁は云々(うんぬん)、
義は云々と云ふ時は、
之を聴くも之を講ずるも共に無益なり。
                     (夜話続二六)
【略解】
 神道の根本義を自得し、
この一理を究めることが万理に通暁することになる。
この一理とは何か。
身心の浄化・場の清浄ではなかろうか。


「一事が万事」
ということわざがあります。
 “一つの小さなことに見られる傾向が、
  他のすべてのことに現れるということ”
という意味だそうです。
森信三先生は、
「挨拶、靴をそろえる、ありがとう」
この三つが基本だといわれています。
まさにこれこそ一事中の一事だと思っています。

 

2013/04/06 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     4月7日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
4月7日
分限を守る

 夫(そ)れ分限を守らざれば、
千万石といへども不足なり。
一度(ひとたび)過分の誤りを悟りて分度を守らば、
有余(ゆうよ)おのづから有りて、
人を救ふに余りあらん。
(中略)
百石の者は、
五十石に屈(かが)んで、五十石の有余を譲り、
千石の者は、
五百石に屈(かが)んで、五百石の有余を譲る、
是を中庸と云ふべし。
                 (夜話三八)
【略解】
 分度を定め、分度を守ること、
これが中庸ということで、
これが安心立命の道であります。


これまでも何度か同じことを書いておりますが、
再度。
日本のお年寄りの貯蓄残高は世界一と聞きます。
昔の人はとても稼ぎがよかったからです。
・・・・・ではありませんね。
使わなかったから貯まっているのです。
オーストラリアに行ったとき、
バスガイドさんが言ってました。
「オーストラリアでは、
 楽しむためにみんな働いています。
 一週間ごとに給料が出ますが、
 それは週末に楽しむために使い。
 月曜日からまた週末のために働きます」
これでは突然の出費が少しでもあれば対応できない状態ですね。 

2013/04/06 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     4月6日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
4月6日
わが身に徳を積む

 若き者は、
毎日能く勤めよ。
是れ我が身に徳を積むなり。
怠りなまけるを以て得と思ふは大なる誤なり。
徳をつめば天より恵みあること眼前なり。
                  (夜話続二五)
【略解】
 わが身に徳を積むとは、
勤勉力行です。
それにはまず早起きより始めて、
勤倹にはげむように―。
と若者に篤々と説かれております。


“早起きは三文の徳”って言います。
「早起きするとすぐに良い事がある」
と言う事ではなく、
「三文づつ得を積み上げることができる」
早起きをして、
人よりも早く働き始めることで徳が積めるのですね。

2013/04/05 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     4月5日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
4月5日
聖人の大欲

 世人皆、
聖人は無欲と思へども然ず。
其の実は大欲にして、
其の大は正大なり。
賢人之に次ぎ、君子之に次ぐ。
凡夫の如きは、
小欲の尤(もっと)も小なる物なり。
夫(そ)れ学問は此の小欲を正大に導くの術を云ふ。
                       (夜話一二七)
【略解】
 では聖人の大欲は何かと言えば
「国家を経綸(けいりん)して、
 社会の幸福を増進するにあり」
とあります。


凡人の欲とはあまりにもかけ離れ、
凡人にとっては、
単なる“ホラ”にしか聞こえませんものね。
さらに研修マニアに磨きをかけ、
“ホラ”を吹いて歩けるようになりたいものです。
引退までに吹けるようになるのかな?

2013/04/04 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     4月4日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
4月4日
あせらずおこたらず

 昔の木の実、今の大木、
今の木の実、後世の大木なる事を、
能々(よくよく)弁(わきまえ)へて大を羨(うらや)まず、
小を恥(は)じず、
速やかならん事を欲せず、
日夜怠らず勤むるを肝要とす。
「むかし蒔(ま)く木の実大木と成りにけり、
 今蒔く木の実後の大木ぞ」
                (夜話一六三)
【略解】
 事の成就は、
日夜あせらず、
なまけず、
おこたらずの勤勉の労による。


平原さんの仕事がまさにそれですね。
オール電化のお客様やライバル会社のお客様に、
当社の“独自サービス”を案内して廻るのです。
田舎のことなので、
玄関くらいは開けてもらえるかもしれません。
・・・が、話は全く聞いてもらえず、
追い返されることも度々。
まさに将来の大木のための種まきです。
それよりも以前の、
整地の為の“鍬入れ”かもしれません。
成果の見えにくい大変な仕事ですが、
しっかり頑張ってくれています。
平原さんありがとう。 

 

2013/04/03 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     4月3日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
4月3日
日々の丹誠

 予飢饉救済のため、
野常相駿豆の諸村を巡行して、
見聞せしに、
凶歳といへども、
平日出精人の田畑は、
実法(みのり)り相応にありて、
飢渇に及ぶに到らず、
予が歌に
「丹誠は誰しらねどもおのづから秋の実法のまさる数々」
といへるが如し。
                          (夜話二〇ニ)
【略解】
 農事のことのみならず、
商業界においても、
不況の時にも不景気ではないというお店があります。
それは日頃の丹誠のあり方によります。
野常相駿豆とは下町常磐(しもつけじょうばん)・相馬(そうま)・駿河(するが)・伊豆(いず)の地方を指す。


世の中の多くの人が勘違いしていると思うのです。
「景気が悪い」ではなく、
それが普通です。
「景気が良い」は異常なのです。
でも時々異常もないと人は踊りませんものね。
異常が正常に戻ると、
浮かれすぎていた事を反省する人がたくさん出てきます。
ただし、
お祭りなのに隅で醒めすぎていてもどうかと・・・・。
・・・アベノミクスで日本はどれだけ浮かれるか? 

2013/04/02 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     4月2日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
4月2日
わが心願

 予不幸にしして、
十四歳の時父に別れ、
十六歳のおり母に別れ、
所有の田地は、
洪水の為に流失し、
幼年の困窮艱難(かんなん)実に心魂に徹し、
骨髄に染み、
今日猶(な)ほ忘るる事能はず、
何卒(なにとぞ)して世を救ひ国を富まし憂き瀬に沈む者を助けたく思ひて、
勉強せしに計らずもヌ、
天保両度の飢饉(ききん)に遭遇せり、
是に於いて心魂を砕き、
身体を粉にして弘く此の飢饉を救はんと勤めたり。
                          (夜話二〇〇)
【略解】
 天災飢饉、
死別困窮あらゆる辛酸を味わい、
救人済世の悲願ついになる。


凡人の私からすると、
“よく心が折れなかったものだ”と思ってしまいます。
私もそれなりには、
障害を乗り越えつつ現在に至りますが、
その都度支えになる人が現れ助けてくれたのです。
尊徳翁もそうだったのでしょうか?  ・・・わかりません。
が、
「本気で取り組んでいると必ず誰かが助けてくれる」
と、多くの成功者が口をそろえます。

 

2013/04/01 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     4月1日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
 4月1日
勤・倹・譲

 我が道は勤倹譲の三つにあり。
勤とは衣食住になるべき物品を勤めて産出するにあり。
倹とは産み出したる物品を費やさざるを云ふ。
譲は此の三つを他に及ぼすを云ふ。
扨(さ)て譲は種々あり。
今年の物を来年の為に貯ふるも則ち譲なり。
夫(そ)れより子孫に譲ると、
親戚朋友に譲ると、
郷里に譲ると、
国家に譲るなり。
其の身その身の分限に依つて勤め行ふべし。
                    (夜話続四三)
【略解】
 尊徳翁の三本柱「勤・倹・譲」を簡明に説かれたものです。


文章の流れから、
「譲は此の三つを他に及ぼすを云ふ」
の三つは二つの間違いでしょうね。
・・・いつも誤字ばかりの私が言うのもなんですが。
 しっかり働き、
規模なりに蓄えた上で、
しっかりと納税をする。
永続の為には三つ全てですね。

 

2013/03/31 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     3月31日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
3月31日
成田での誓願

 ここに於てひそかに陣屋を出でて成田山に至り二十一日の断食をなし、
上(かみ)君意を安んじ下(しも)百姓を救んことを祈誓し、
日々数度の灌水を以て一身を清浄ならしめ祈念昼夜怠らず、
二十一日満願の日に至りて其の至誠感応、
志願成就の示現を得たり。
満願に及んで始めて粥(かゆ)を食し、
一日にして二十里の道程を歩行し桜町に帰れり。
                          (報徳記)
【註】
まことに驚嘆すべきことです。
断食祈誓のすえ、
いかなる示現を得られたか、
先生は終生これについて仰せになっていません。


私には到底到達のできない領域です。
尊徳翁はこの修行で“使命”を明確にされたのでしょうか。
だとしたら、
21日間という短期の修行で“使命”を確立されたわけですよね。
私は一生という修行の中で、
確認している“使命”の真偽を確かているところです。
・・・さすが凡人、レスポンスが悪い。

2013/03/30 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     3月30日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
3月30日
辛酸痛苦

 先生歎じて日く、
予は君の委任を受けこの地に至るより以来、
旧復の道を行ふこと既に数年、
必定旧復疑ひなしといへども奸民(かんみん)之を妨(さまたげ)げ、
かつ我と事を共にする所の吏もまた各(おのおの)偏執疑惑を生じ終(つい)に讒訴(ぎんそ)に及べり。
かくの如くして三邑(さんゆう)を興復せんことその期を計る可からず。
鳴呼われ能はずとして退かんことは易しと雖(いえど)も君命を廃するを如何(いかん)せん。
                                                   (報徳記)
【註】
 いかに立派な先生も大いに苦悩せられたわけです。


尊徳翁は何に苦悩されていたのか?
・・・私には文章を理解することができません。
・・・・・・これまでに何度勘弁してもらったことでしょう、
先が思いやられます。
 が、
「どんな大きな成果を積み上げてきた人であっても、
 順風漫歩の人生はない」
と言う事だけはよくわかります。
私のような凡人は特に、
「辛酸痛苦」の体験の数だけ成長していけるのでしょう。

2013/03/29 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     3月29日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
3月29日
逆徒の存在

 小田原の吏某(なにがし)なるもの性甚(はなは)だ剛悍(ごうかん)にして先生の徳行を忌み其の事業を妨(さまた)ぐ。
先生の処置する所は悉(ことごと)く僻論(へきろん)を以て之を破り、
邑中に出づれば、
この件々を二宮命ぜりと雖(いえど)も我之を許さず、
若しわが言に従はずんば必ず汝等を罰せんと云ふ。
某常に先生の功業を破るを以て心とす。
                              (報徳記)
【註】
 先生も大いに困ったわけですが婦人に命じて酒肴(しゅこう)を以て労をねぎらい、
終日酒肴を絶つこと勿れと命じられました。


まったくわかりません。
「意見のまったく違うものに対しても、
 酒にて労をねぎらった」
と言う事が書かれているのでしょうか???
「意見の違うものをただ排除するのではなく、
 意見の違う中からも学ぶことができ、
 すり合わせることで全く新たな答えを探ることができる」
って、
無理やりすぎですか。
今日はこれくらいで勘弁してください。

2013/03/28 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     3月28日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
3月28日
無限の恩恵

 天(あめ)の日の恵みつみをく無尽蔵
           鍬でほり出せ鎌でかりとれ
                  (二宮翁道歌)
【略解】
 これは天地無限の恩恵を詠まれた一首です。
無尽蔵ともいえるその功徳を、
鍬や鎌を使って勤労耕作を重ねて、
その大地の宝庫から掘り出し、
刈りとらねばならぬとの意。


企業もまったく同じですよね。
私たちにも“無尽蔵の恵み”があります。
市場を耕し、
種をまき、
育てて実を採るのです。
・・・が、
怠ると“恵み”が腐ってしまうのですね。
しっかり育てるぞ。

2013/03/27 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     3月27日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
3月27日
深山に咲く花

 あら山の深山の奥の谷かげも
        花咲きにけり春のめぐみに
                (二宮翁道歌)
【略解】
 天地の運行はまことに私意なく嘘偽りなく、
陰日向のないものです。
従って人跡末踏の荒山の深山幽谷にも、
春の時至れば花が人知れず咲いて、
人が見ようが見まいが、
心ゆかしく咲いているものです。


桜の咲く時期に毎年思うのです。
人の入らない山の深いところに、
桜が一本満開になっているのを見かけると、
「あの桜はどうやってあそこに根を下ろしたのだろう」
でもなぜだか心安らぐのです。
桜って人の心を癒しますよね。
・・・歳をとってきたからでしょううか。

2013/03/26 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     3月26日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
3月26日
無字の経文

 音もなく香(か)もなく常に天(あめつち)は
             かかざる経をくりかへしつつ
                     (二宮翁道歌)
【略解】
 文字に書いた経文は、
神儒佛といろいろその教えを異にしていますが、
文字に書いてない経文は、
天地の法則そのもので、
肉眼では見えず、
心眼をもって見ないと見えないものです。
たとえ見えても見えなくても厳然としてその循環運行をくりかえしております。


短い和歌ですが、
内容は深いですね。
・・・残念ながら私には読み取れておらず、
略解を読み“なるほど”と、
感心しております。
色々の宗教がありますが、
言っていることはそう変わりありませんよね。
“神”が違うだけです。
私にとっては、
“宇宙根源の法則”で良いのですが、
それぞれの信者にとっては引けないところなのでしょう。
・・・「罰当たり」って叱られそうですね。

2013/03/25 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     3月25日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
3月25日
天の恩寵

 夕立と姿をかへて山里を
     恵むなさけぞはげしかりける
              (二宮翁道歌)
【略解】
 夏の夕立は、
雷電とどろき、
とりわけ烈風をともない、
暴雨はげしいものですが、
これは山里への天の恵みでもあります。
 このように思わぬ逆境も、
天の恩寵でもあるわけです。


厳しい自然の猛威も、
裏側から見ると、
恵みな訳ですよね。
物事にはすべて、
表があれば裏がある。
プラスがあればマイナスがある。
すべてです、全て。
そして、
あえて裏表から見て、
プラス、マイナスを考えてみることで、
視野、志向が広がります。
あえてです、あえて。

2013/03/24 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     3月24日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
3月24日
国家衰弊の原(もと)

 国家衰弊の原(もと)二あり。
 富者の費、貧者の費、是れなり。
 富者の費は奢侈(しゃし)なり。
 貧者の費は怠惰なり。
                (金言集)
【註】
 費とは消費、浪費を意味する。
 富者の金のムダ使いと貧者の時間のムダ使いを明確に指摘しています。


「創業して一年は休みも取らず働け」
小山さんの若き創業者へのアドバイスです。
“実勤労時間の長い人”は、
それだけで頭一つ抜け出せますね。
落とし穴は、
そこそこ儲けた後の事。
“相応な消費”に徹することができるかと言う事。
この落とし穴にはまってしまう人が案外多いそうですよ。

2013/03/23 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     3月23日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
3月23日
忠勤と忠信

 忠勤を尽してその弊を知らざれば忠信に至らず。
忠勤を尽くして其の弊を知るあれば必ず忠信に至る。
                          (金言集)
【註】
 忠勤と忠信との違いはどこにあるかと言えば、
忠勤は相対的で俺が、俺がの我意をまぬがれぬところがある。
ではその差はどこにあるかと言えば報恩の一念の有無に存する。


「忠実に勤める」
ことで、
「まごころをこめ、うそいつわりのない」
と言う領域に至ると言う事ですね。
 「形」から入って「心」に至る
と、広ガスたかたの経営計画書にも書いてあります。
・・・(株)武蔵野からのパクリですけど。

2013/03/22 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     3月22日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
3月22日
忠孝は返戻の道

 忠と孝は返戻(へんれい)の道なり。
猶ほ借りたる鍬を返し、
借りたる鎌を返すが如し。
              (金言集)
【註】
 「君に忠、親に孝」は、
報恩報徳の道である。
西晋一郎先生の語に「親より受けた恩の有無厚薄を問わない。
父母即恩である」と。


“「主君に忠誠を誓い、
      親を大切にする」
 借りたものを返すくらい当たり前のことである”
と言う意味でしょう。
国にあれば国の、
企業にあれば企業の価値観を大切にする。
そして、
親に対しては、
この世に生を受けた奇跡を感謝するのですね。
親からの恩は子へと引き継がれていくのです。

2013/03/21 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     3月21日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
3月21日
人と生まれて

 人と生れて衆生を助くる道を勤めざれば、
人にして人にあらず。
譲り助くることを拡(おしひろ)めなば、
天下も以て治めつべきなり。
                    (金言集)
【註】
 衆生済度の念を持たぬ者は人にして人にあらずとまで仰せです。


再々間違い入力しておりますが、
改めて昨日の間違い発見、
“死産の法則”→“自然の法則”でした。
ごめんなさい。
 先日書き込みました、
禽獣と人間の違いに近いですね。
“感情”で生きるか。
“理性”で生きるか。
さらには“感性”で生きるのか。
“感情”で生きるのは人にして人にあらず。 
ですね。

2013/03/20 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     3月20日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
3月20日
不止不転

日往如(クコト)是 月来如(ルコト)是 月往如(クコト)是 日来如(ルコト)是
暑往如是      寒来如是     寒往如是      暑来如是
春往如是      秋来如是     秋往如是      春来如是
人生如是      人育如是     人老如是      人死如是
天恵如是      地養如是     帰地如是      帰天如是
(大円鏡・原理篇)
【註】
天地人生の実相を観すれば
変化のとどまらない一面と
不変の軌道がありこの両面を旦具備する。


本日の一言、
私のかかわれるレベルにありません。
・・・・・・・・・。
植物も、動物も、
「生あるものには必ず死がある」
物だって、
「形あるものは必ず壊れる」
これが死産の法則。
・・・てことくらいで勘弁してください。

2013/03/19 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     3月19日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
 3月19日
貧人と富人

 〇貧人は今日の勤功をもって昨日の衣食を補う。
  天道の冥慮【めいりょ)に逆(さから)う。
  このゆえに貧賤その身を離れず。
 
 〇富人は今日の勤功をもって明日の衣食を補う。
  天道の冥慮に順(したが)う。
  このゆえに富貴その身を離れず。
                                             (大円鏡・原理篇)
【註】
 貧人と富人の違いを二点。
すなわち勤労と随順の面から明確に示しておられる。


昨日の一言と間違えてしまったかな?
と思ってよく見直すと、
小人と君子、
貧人と富人。
・・・違っておりました。
“明日への投資”
“宇宙根源の法則さがし”
は同じです。
くれぐれもローン地獄に落ち込まないように。

2013/03/18 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     3月18日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
3月18日
小人と君子の違い

〇小人は今日の勤功をもって昨日の衣食を補う。
  天道の冥慮(めいりょ)に逆(さから)う。
  このゆえに貧賤その身を離れず。

〇君子は今日の勤功をもって明日の衣食を補う。
  天道の冥慮に順(したが)う。
  このめゆえに富貴その身を離れず。
                    (大円鏡・原理篇)
【註】
 小人と君子の違いを二点。
すなわち今日の勤労の面と天道随順の面から明確に示しておられる。

冥慮=深いおぼしめし


大切なこと、
“未来への投資”
そして、
“大自然の法則にしたがう事”
ですね。
松下さん流だと、
“宇宙根源の法則”って言われています。
「人生とは、
   宇宙根源の法則を紐解いていく旅」
これは私が勝手にそう言っております。

2013/03/17 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     3月17日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
 3月17日
一因あれば一果あり

〇一因あれば一果あり、
 十因あれば十果あり、
 百因あれば百果あり、
 千因あれば千果あり、
 万因あれば万果あり。
 天地開けてより万代に至るも、
 因果は増減なし。
 これゆえに天道は自然なりという。
           (大円鏡・原理篇)
【註】
 過去・現在・未来に通じる因果応報の理は歴々たるものです。
これが天道であり宇宙大自然の法則です。


「『原因』と『成果』は一対一」
と言う事ですね。
スイカの種をまくとスイカ実るのです。
トマトの種をまくとトマトが実るのです。
しかし、
蒔いた種の数と実ったスイカの数は違いますよ。
全てが発芽するわけではないですが、
一つの種からいくつもの実ができます。
ここは天の恵みの後押しです。
しかし、しかし、
やせた土地では実りませんね。
「お客様の感動があふれている」
これが、
私たちの土地を肥えたものにしてくれるはずです。

2013/03/16 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     3月16日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
3月16日
富家の戒め

 ここに長く富貴を維持し、
富貴を保つべきは、
只我道推譲の教あるのみ。
富家の子弟、
此の推譲の道を踏まざれば千百万の金ありといへども、
馬糞茸(ばふんだけ)と何ぞ異ならん。
夫((そ)れ馬糞茸は季候に依って生じ幾程もなく腐廃し、
世上の用にならず、
只徒(いたず)らに滅するのみ。
           (夜話二四)
【略解】
 世の中には、
このような一時成金の家も多く目にする所です。


「“我道推譲”の教えあるのみ」
とあります。
企業でいう“人財育成”と言う事でしょう。
“人財”ではなく“人財”です。
そして、
次期経営者候補には、
経営者の“企業理念や価値観”に対する、
熱く深い念いまでを伝えていくということですね。
200年続く企業を目指す、
広ガスたかたの必須です。

2013/03/15 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     3月15日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
3月15日
往相と還柑

 神儒佛の書、数万巻あり。
それを研究するも、
深山に入り坐禅するも、
其道を上り極むる時は、
世を救ひ、
世を益するの外に道は有るべからず。
(中略
)縦令(たとひ)学問するも、
道を学ぶも、
此処に到らざれば葎蓬(むぐらよもぎ)の徒(いたず)らにはい広がりたるが如く、
人世に用無き物なり。
    (夜話一四九)
【略解】
 「往相はやがて還相に転ぜねばならない」
と言われる如く、
還相とは、布施であり、奉仕であり貢献である。


“二宮尊徳一日一言”と日々格闘しています。
・・・文章が難しすぎ、
格闘前の準備運動で倒れそうです。
本日の一言は
往相=(仏語)浄土に往生すること。
         その往生するまでの姿
還柑=(仏語)往生して仏になったのち、
         再びこの世にかえって利他教化(きょうけ)の働きをすること。
         また、そのためにかえる姿。
とあります。
企業経営者に置き換えると、
徳を積み、
一代にして大企業を築き、
一線を退いた京セラ創業者の稲盛さんが、 
日本航空再建を託され、
経営トップに復帰し見事に再生。
稲盛さんは、
経営者→経営者ですが、
経営者→教育者
経営者→NPO
などいろいろですね。
・・・たぶんそういう意味だと思います。
 

2013/03/14 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     3月14日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
3月14日
天に抗せず

 (楠公旗文)
  非 は理に勝つ事あたはず
  理 は法に勝つ事あたはず
  法 は権に勝つ事あたはず
  権 は天に勝つ事あたはず
  天 は明らかにして私なし
 如何なる権力者も、
天には決して、勝つ事出来ぬなり。
譬へば理ありとて頼むに足らず。
押さるる事あり。
且つ理を曲ても法は立つべし。
権を以て法をも圧すべし。
然りといへども天あるを如何せん。
            (夜話一四七)
【略解】
 俗な言い方をすれば「見てござる」ということです。
天は公平そのものです。


ずいぶん以前に読んだ、
二宮翁夜話(日本合理化協会出版局)を引っ張り出してみました。
 世の強欲者は、
 この天理と言う事を知らず、
 どこまでも際限なく欲をかいて、
 身代を大きくしようとして智を撰い腕を振うけれど、
 天理に逆らう行いは手違いを生じうまくいかない。
  また、権力者が似謝威力を頼んでもっぱら利をはかっても、
 同様に失敗が重なって志を遂げることはできないんだ。
 みな天というものがあるからだ。 
とありました。 
我利我利亡者は足るを知らずってことですね。
経営者も、
事業ドメイン(領域)を明確にせず、
どこまでも横展開する人もいますね。
広ガスたかたの事業ドメインは、
“暮らし”です。

2013/03/13 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     3月13日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
3月13日
推譲の道

 推譲の道は百石の身代の者、
五十石にして暮らしを立て、
五十石を譲るを云ふ。
此の推譲の法は、
我が教へ第一の法にして、
則ち家産維持且(か)つ漸次増殖の方法なり。
家産を永遠に維持すべき道は、
此の外になし。
(夜話一四六)
【略解】
 尊徳翁の教えの中でも、
此の分度推譲の道は、
筆頭第一の教えと言われるものです。


「絶対に倒産しないためにはこれしかない」
と尊徳翁は言い切っておられるます。
  自分の収入に見合っただけを消費し、
   それで残ったお金を未来や社会に投資をしていく
ということですね。
“収入に見合っただけを消費”
ここは第一の押さえどころですが、
“未来や社会に投資”
こちらが案外押さえられていません。
・・・実は私がそうでした。
この数年はしっかり投資を進めたおかげかな、、
社内文化もずいぶん変わってきたように感じています。

2013/03/12 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     3月12日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
3月12日
春の雨

 〇 元旦や今年もあるぞ大晦日(おおみそか)
 〇 笠とって行くもよしよし春の雨
 〇 畑打ちの木槿(むくげ)に衣干す日かな
                    (報徳要典)
【略解】
 ・元旦や・・・・:初めあれば終わりあり、その覚悟はよいか。
 ・笠とって・・・:春雨に笠もつ旅姿もオツなもの。
 ・畑打ちの・・:木槿に上衣を干して耕す半裸の夏姿のよさ。


“元旦や今年もあるぞ大晦日”
・・・で、頭に浮かんだこと。
元旦に目標を立て、
翌年、元旦に新たな目標を立て、
・・・・・・。
目標が毎年増えていくのではありません。
その年の大晦日までには、
目標はなかったことになっている。
人類、
皆共通ではないでしょうか・・・・。
2:8の法則で考えると、
80%?、
いや96%かな???
いずれにしても、
成功者と言われる人は、
この目標を達成しながらを積み上げてぃる人のことですね。

2013/03/11 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     3月11日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
 3月11日
不生不滅

 生きしにと世のはかなさをよくみれば
            氷と水と名のみかはりて
                  (二宮翁道歌)
【略解】
 生死の問題は形の上からは、
万物無常の世界でありますが、
氷が溶けて、
水と化すネるように、
固体が液体に変わったようなものですと、
一応解釈できますが、
なかなか体認自証は難しいものです。


そうですよね。
感情を感じない物体であればともかく、
飼っているワンちゃんが死んじゃったら・・・・
って考えると、
「氷が解けただけだよ」
なんて割り切れる人はいませんよね。

2013/03/09 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     3月10日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
3月10日
譲・奪の二途

勤苦分外に進めば、
則ち富貴其の中に在り。
遊楽分外に進めば、
則ち貧賤其の中に在り。
勤苦分外に進むは譲なり。
遊楽分外に進むは奪なり。
貴賤貧富の得失は、
譲奪の二途にあるのみ。
        (語録六九)
【略解】
 翁が言った
「奪うに益なし、譲るに益あり」
の一語と共に味わうべきことです。


譲(ゆずる)精神
  勤労・苦労は富への道
奪(うば)う精神
  遊・楽は貧困への道
と言う事ですね。
さてここで問題です、
住吉流だと????
  ⋆
  ⋆
  ⋆
  ⋆
  ⋆
正解は勿論、
 “他利他利豊者”
 “我利我利亡者”
でした。

2013/03/09 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     3月9日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
3月9日
人の人たる所以

 人にして徒(いたず)らに目前の利を謀らば、
則ち禽獣となんぞ択(えら)ばんや。
人の人たる所以は推譲にあり。
此に一粒粟あり。
直ちに之を食えば則ちただ一粒のみ。
若(も)し推して以て之を種(う)え、
秋実を待って食えば、
則ち百粒を食うも、
猶お且つ余りあり。
是れ則ち、
万世不易の人道なり。
      (語録六八)
【略解】
 人問と禽獣の異なる点は、
推譲の如何と、
将来への備蓄ができるかどうかである。

推譲(すいじょう)=人を推薦して地位や名誉などを譲ること


芳村思風先生は、
禽獣は感情の動物。
人間は理性の動物。
さらに人間の本質は“感性”だと言われます。
この文章とは関係ありませんが、
“愛”とは“努力”だとも言われていました。
 「“和気あいあい”は愛ではない、
  努力の必要のないところに本物の愛はない。
  愛するとは相手を学ぶこと」
20年くらい前かな??当時聞いたとき、
にはあまりピンときませんでしたが、
今は随分感じ方が違っていますね。
小山さんの“愛とは関心を持つこと”と共通です。

 

2013/03/08 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     3月8日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
3月8日
因果応報

 善悪必ず報応あり。
父祖善を為し、子孫福を受く。
猶(な)お春種の秋収あるがごとし。
而して其の善大なれば則ち其の報長く、
其善小なれば則ち其の報短し。
            (語録六三)
【略解】
 易経に
「積善の家には必ず余慶あり、
 積不善の家には必ず余殃(よう)あり」と。


広島ガス高田販売が今、
それなりの業績を続けることができているのは、
先代経営者と当時の社員さんのおかげで、
私が大変感謝しているところです。
私が経営トップに立って15年ですが、
ど素人社長が会社をつぶさずにやってこれたのは、
経営の基盤と剰余金のおかげです。
これからの私の大きな仕事は、
次期経営者、
そして未来の社員さん達が、
さらに次の世代のための仕事ができるよう、
仕組みや組織を整えることだと考えています。

2013/03/07 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     3月7日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
3月7日
恩沢を念う

 夫(そ)れその恩沢を忘るるは貧窮の本にして、
その恩沢を念うは富饒(ふじょう)の本なり。
その本を思いて以て勤むれば、
即ち衣食足り、
室家和(やわら)ぎ、
親戚睦(むつま)じく、
郷党悦び、
永くその家を保つ。
    (語録六一)
【略解】 
 その恩沢を忘れないことが、
家運隆盛、
一族和睦につながる本である。

恩沢(おんだく)=人や物に利益や幸いをもたらすこと


“他利他利”は“豊者”の元。
ってことですね。
“他利他利”修行はとっても深いものです。
「“我利我利”を卒業し、
 “他利他利”の修行の道に入る」
と言うのが、
多くの・・・私が読んだのは、
わずかではありますが、
大経営者の伝記を読ませていただくと、
正しい道筋ではないかと考えます。

2013/03/06 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     3月6日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
3月6日
至誠神の如し

 山芋掘は、
山芋の蔓を見て、芋の善悪を知り、
鰻(うなぎ)つりは、
泥土の様子を見て、
鰻の居る居らざるを知り、
良農は草の色を見て、
土の肥痩(こえやせ)を知る。
みな同じ。
所謂(いわゆる)至誠神の如し、
と云ふ物にして、
永年刻苦経験して、発明するものなり。
                 (夜話ニニ)
【略解】
 山芋掘りや鰻っりや良農の神わざともいえる透察眼は、
多年刻苦の経験による。


これはありますね。
ぼーっとした時間を過ごしては何も身に付きませんが、
常に頭をフル回転させながら、
一つのことに取り組んでいくと、
年齢の経過とともに色々なものが見えてきます。
略解の文章では、 
“山芋掘りや鰻っりや良農の神わざともいえる透察眼”
と表現される“カン”が研ぎ澄まされるのですね。
私のつたない経験では、
身体だけ一生懸命では足らないと感じています。
身体も頭も一生懸命と言うところが重要なのではないでしょうか。

2013/03/06 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     3月5日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
3月5日
義務の先行

 我れ若年初めて家を持ちし時、
一枚の鍬損じたり。
隣家に行きて鍬を貸し呉れよといふ、
隣翁曰く、
今この畑を耕し菜を蒔かんとする処なり。
蒔き終らざれば貸し難しといへり。
我家に帰るも別に為すべき業なし。
予この畑を耕して進ずべしと云ひて耕し、
菜の種下されよ、
序(つい)でに蒔きて進然と云ひて、
耕し且つ蒔きて、
後に鍬をかりし事あり。
       (夜話二〇)
【略解】
 そのあと隣翁は、
鍬に限らず何でも必要とあれば、
遠慮なく申されよと、
お許しが出たという実例は印象深いものがある。


隣の家で鍬を借りようとしたが、
ちょぷど種まきで使っているところだったのでした。
そのまま帰ってもすることも無し、
「私が代わりに種まきをしましょう」
と進み出て、
それが終わったので鍬を借り作業をした。
と言うお話ですね。
このお話とはかみ合いませんが、
思いだしたことがあります。
ガスの営業担当時代、
お客様から修理を依頼されたガス器具を会社に持ち帰り、
修理後、
油汚れを落とし、
きれいにして持って行くようにしていたのです。
これはとても喜ばれていました。
 
 

2013/03/06 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     3月4日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
3月4日
足る事を知らず

 夫(そ)れ世の中汝等が如き富者にして、
皆足る事を知らず、
飽くまでも利を貪(むさぼ)り、
不足を唱ふるは、
大人のこの湯船の中に立ちて、
屈(かが)まずして、
湯を肩に掛けて、
湯船はなはだ浅し。
膝(ひざ)にだも満たずと、
罵(ののし)るが如し。
     (夜話三八)
【略解】
 世の中の富者を見わたすと、
現在の境遇に満足せず、
不足を訴えている。
まるで大人が湯船に身を屈めることを知らず、
突つ立ったまま、
湯が少ないとグチを言う愚か者に等しい。


大久保さんの返信メールにも書きましたが、
“腹八分”ですね。
ずいぶん以前ですが、
無能唱元氏の講演、
 「湯船からあふれ出る湯は
  分け合っても惜しいとは思わない。
  これが“足るを知る”ということです」
あまりにも端折りすぎたかな?
あふれるまでもなく八部で十分ですよね。
我が家のお風呂なんてもっと節約していますもの。
足るを知らない人を、
「我利我利亡者」って言うのかな。
 

2013/03/06 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     3月3日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
3月3日
是れ則ち天理なり
・ 
 われ常に
「奪うに益なく、譲るに益あり
 譲るに益あり、奪ふに益なし」
是れ則ち天理なりと教ふ。
能々(よくよく)玩味すべし。
         (夜話三八)
【略解】
 人問として他人のために尽くすことに努めず、
自分のために取ることのみに努めるのは、
人としての道ではない。
これは禽獣(きんじゅう)であり、
人間の道に反するがゆえに、
結果はよろしくない。


いまさら言うまでもない事ですね、
度々登場の、
「我利我利亡者」

「他利他利豊者」
ですね。
若いうちの成長過程では、
「我利我利亡者」もありですが、
最終的に目指すは、
「他利他利豊者」ですね。 
 

2013/03/06 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     3月2日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
3月2日
積小為大(ニ)
 譬へば百万石の米と雖(いえど)も、
粒の大なるにあらず、
万町の田を耕すも、
其の業は一鍬づつの功にあり。
千里の道も一歩づつ歩みて至る。
山を作るも一と簣(もっこ)の土よりなる事を明らかに弁(わきま)へて、
励精小さなる事を勤めば、
大なる事必ずなるべし。
小さなる事を忽(ゆるが)せにする者、
大なる事は必ず出来ぬものなり。
             (夜話一四)
【略解】
 耕作も一鍬ずつの功。
千里の道も一歩から。
小事精励の功である。


“ローマは一日にして成らず”
“日本経営品質賞は一日にしてならず”
ですね。
農業の一鍬と同じく、
私たちも、
「日本一の地域密着」胸に、
一歩、一歩、確実に歩むのです。
 

2013/03/06 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     3月1日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
3月1日
積小為大(一)

 大事をなさんと欲せば、
小さなる事を、
怠らず勤(いそし)むべし。
小積もりて大となればなり。
凡(およ)そ小人の常、
大なる事を欲して、
小なる事を怠り、
出来難き事を憂ひて、
出来易き事を勤めず。
夫(そ)れ故、
終に大なる事あたはず。
夫れ大は小の積んで大となる事を知らぬ故なり。
                      (夜話一四)
【略解】
 これがかの有名な「積小為大」の亅教えです。
小事軽んずべからず、
小事の積み重ねの威力を思うべきです。


あまりにも有名ですね。
鍵山秀三郎氏の“凡事徹底”。
小山さん流だと“環境整備”ですね。
広ガスたかたは、
「日本経営品質賞にチャレンジする」
と、
数年前に宣言しました。
が、
日々取り組んでいることは小さな事ばかりです。
が、
現在では、
保守的なLPガス業界の中で、
「変わり者だから相手にするな」
と評価されるようになってきました。 
良い事です。
日本経営品質賞に向かって一歩一歩、
止まらず歩み続けましょう。
 

2013/03/06 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     2月28日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
2月28日
荒蕪のカ

 *公曰く、
荒蕪を起さんに荒蕪のカを以てする事如何。
答えて日く、
荒田一反を開き、
その産米一石あらんに、
五斗を以て食となし五斗を以て来年の開田料となし、
年々この如くにして止まざれば、
他の材を用ひずして、
何億万の荒蕪といへども開き尽すべし。
                   (報徳記)
【註】
 荒地開拓は分度を守る自力更生のカによる。
*公とは小田原藩主大久保忠真公のこと。


“借金大国日本”
世界からの評価は案外高いのです。
国の大借金に相当する個人の預金高があるからだそうです。
もちろん平均ではありますが、
お年寄りは結構蓄えがあるのです。
稼ぎが多かったからではありません。
それなりの稼ぎの中で、
確実に貯蓄していったからですね。
これが、
「分度を守る自力更生のカ」
だと思います。 
 

2013/03/06 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     2月27日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
2月27日
三力条の遵守  

服部氏に曰く、
子(きみ)今その過ちを知れり、
その過ちを補はんことを勤むべし。
その事何ぞや。
食は必ず飯汁に限り衣は必ず綿衣に限るべし。
必ず無用の事を好むべからず。
この三箇条を守るべきや否や。
服部氏日く、
是れわが甘ずる所也。
此の如くして家を興すの道あらば何の幸(さいわい)か之に如かんや。
                                     (報徳記)
【註】
 三力条の基本の遵守、これが再興の原動力である。


「美食」
「ブランド」
「別荘・クルザー」
ってところでしょうか。
現在の日本の暮らしの中ですべてダメとは言いませんが、
全て叶えたとしたら?
「とってもうらやましい」
・・・もちろんうらやましい事ですが、
成功後に大きな失敗をした人の多くの共通行動だそうです。
瞬間の繁栄ではなく、
継続の繁栄、
企業でいうと“絶対につぶれない”と言う事でとでしょうね。
考えてみるとお金って怖いですね。
持つと身の丈よりも気持ちの方が大きくなりますもの。
ないと困るが、
お金に動かされない人間になりたいものです。
 

2013/03/06 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     2月26日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
2月26日
満腹のあと

はらくちく食うてつきひく尼かかは
         佛にまさるさとりなりけり
               (二宮翁道歌)
【略解】
 はらくちくとは腹が苦しくなるほど食った満腹の俗語です。
さてその満腹したあとで、
台所の始末をしてから米をつき臼をひく女房は少なくなかった。
心に不平をもたず、
明日の準備にとりかかる女房のあり方は、
佛道修行者にまさるとも劣らぬ悟道者ともいえようとの意。


経営者研修でよく聞くお話です。
お金がなく、ハングリーな時はみんな頑張る。
ある程度お金を手にしたときに安心して怠けはじめる。
 「人間は良いときに悪い種をまき、
  悪いときによい種をまく」
と言われますものね。
 

2013/03/06 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     2月25日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
2月25日
谷川のおとぞ楽しき

山々の露あつまりし谷川の
      ながれ尽きせぬおとぞ楽しき
               (二宮翁道歌)
【略解】
 筑波(つくば)山には二嶺あって男体(なんたい)山・女体(にょたい)山。
その二嶺より流れ出る美那(みな)の川、
その川の音のひびきはえもいえぬもので、
まさにご神徳のひびきともいえよう。


大きな河の水の流れも、最初は雫にすぎない。
小さな努力も、
継続が積み重なればやがて大きな結果を作り出す。
と言う事なのですね。
“成功”は、
小さな努力の積み重ねであり、
いつも一発逆転を考えている人が行ける領域ではないのです。
天才といわれた長島茂雄も、
実は人前では努力を見せていないだけだったそうです。
・・・古いかな?
イチローもそうですよ。
 

2013/03/06 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     2月24日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
2月24日
仮の身を返す

 仮(かり)の身をもとの主(あるじ)にかしわたし
              民やすかれと願ふこの身ぞ
                      (二宮翁道歌)
【略解】
 この肉体はもともと天の借りものである。
借りものである以上、
お返しすべきものである。
この身この生を、
お返ししたつもりになって、
世のため人のため、
安民立国のために尽力させていただかねばならぬと願っております。


先日、
殺人事件などとは無縁と思っていた“グアム島”で、
日本人を巻き込む殺人事件がは記憶に新しい出来事です。
私もこれまで意識をしたことはありませんが、
“この肉体はもともと天の借りものである”
と考えることができていたなら、
このような事件は起こらずに済んだのかもしれません。
私の子供のころには、
殺人事件が起こるとどのTVも新聞もトップで伝えていました。
最近では、
よほどの異常性がなければトップになりません。
「他利他利豊者」は、
自分の身が借り物である意識の表れなのかもしれませんね。
 

2013/03/06 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     2月23日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
2月23日
和して実法を結ぶ

開墾と荒蕪

天下の利 開墾より大なるはなく。
天下の憂 荒蕪(こうぶ)より甚しきはなし。
                    (金言集)
【註】
 心田開発と荒地開墾は尊徳翁の究極の心願です。


「開墾し米や野菜の実る土地が開けることほど喜ばしいことはない。
 土地が荒れはてて雑草の生いしげることほど悲しいことはない」
という意味でしょう。
私たちの働く“広ガスたかた”もまったく同じですね。
日々“開墾”です。 
 
 

2013/03/06 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     2月22日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
2月22日
和して実法を結ぶ

 天道人道に和して、百穀実法(みのり)を結ぶ。
原一変して田となり、田一変して稲となる。
稲一変して米となり、米一変して人となる。
(金言集)
【註】
天道に従い人道の誠を尽くす。
これが尊徳翁の強調して止まない仕法です。


確かにそうですね。
天道だけで人の社会は成り立ちません。
もちろん天道を無視して、
社会は成り立つはずもありません。
私たちは、
これまでの震災や津波などで経験してきました。
農業とは、“和”で成り立つのですね。
農耕民族である私たちは、
農業から“和”を学んできたのですね。
 

2013/03/06 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     2月21日

 

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
2月21日
寒暖一円

 寒風を好む者は暑に住む者なり。
寒風を悪む者は寒に住む者なり。
暖風を好む者は寒に住む者なり。
暖風を悪む者は暑に住む者なり。
寒暖元は一円一物なり。
好悪は我が居る所に在り。
(金言集)
 【註】
立場立場によって考え方感じ方が異なるものであるから、
長たる者は大局観全体観を持つべしとの意。


よくわかるお話ですね。
価値観もそれぞれです。
“郷に入れば郷に従え”
おれおれサギの集団に身を置きながら、
「絶対人をだまさない」
という考えの人は、
早くその組織を離れた方が良い。
また、
逆も真なりです。
組織にいようとする人は、
“価値観”も、
組織になじんでいかなければならないのですね。 

 

2013/02/20 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     2月20日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
 2月20日
鳥は鳥、鷺は鷺

〇 明月や烏は烏 鷺(さぎ)は鷺
〇 のどかさや大磐石の人こころ
〇 暮るるとも思はず花の山路かな
(報徳要典)
【略解】
・明月や…烏は烏として鷺は鷺としての天分があるの意。
・のどかさや…何といっても安心立命の不動心こそのぞましい。
・暮るるとも…花いっぱいの山路こそ世にうれしいものはない。


この三つの歌を詠むと、
“裸の大将”山下清画伯を思い浮かべます。
山下画伯が、
世間と同じことを目指したとしたら、
これほど後世に名を残すことはなかったことでしょう。
もう一人、
“ハガキ道”の坂田先生も同じですね。
ハガキを書くという、
普通のこと非凡に行うことで、
今や郵政も認めるハガキ道の達人です。

2013/02/19 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     2月19日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
 2月19日
守分と勤倹

貧者分カを弁(わきま)えず、
妄(みだ)りに富者を羨(うらや)み、
以て之に効(なら)わんと欲す。
譬(たと)えば梁(はし)なき河を隔てて前岸の行楽を望み、
之と倶にせんと欲するがごとし。
若し富者に効(なら)わんと欲すれば、
須(すべか)らく先ず富を得るの梁(はし)を架すべし。
何をか富を得るの梁(はし)と謂(い)う。
守分と勤倹と是れなり。
(語録五八)
 【略解】
「分を守り、分を尽す」の一語につきると、
教えられています。


「成功したい人は、
 成功した人の過程から真似しなさい」
ってことではないでしょうか。
“成功には法則”があると言う事ですね。
いきなり成功者の今を真似すると、
足元をすくわれてしまいます。
武蔵野研修でも、
経営計画書は、
15年前のものの真似からスタートします。
 

2013/02/18 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     2月18日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
 2月18日
天なにゆえに

人宜(よろ)しく自ら思うべし。
天何故に我が身を生ずるや。
君師と作(な)す為か。
臣民と作す為か。
農工商賈(しょうこ)と作す為か。
邦家を治むる為か。
邑里(ゆうり)を理(おさ)むる為か。
そもそも邦家を乱し邑里を擾(みだ)す為か。
宜しくこれを我が心に問いこれを吾が心に答うべし。
(語録四八)
【略解】 
天何によってわれをしてこの地上に派遣せられしか―をおもうべし、
と説かれています。 


森信三先生の言われる、
「人間は、
 使命の書かれた、
 一通の封筒をもって生まれてくる」
と同じお話ですね。
50歳を過ぎたからでしょうか、
最近とみに思います。
「持って生まれた封筒を開けないない人生なんて、
 もったいなすぎる」って。
“一つのことを粘り強く”
は、開封キーワードの一つだと考えまていす。

2013/02/17 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     2月17日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
 2月17日
君子と小人

君子は君子を友とす。
故に益々善に進む。
小人は小人を友とす。
故に益々悪に陥(おちい)る。
夫れ禽獣(きんじゅう)は猟夫を懼(おそ)れ、
小人は君子を畏る。
畏るれぱ即ち近かず。
近づかざれば即ち之を如何ともするなし。
(語録四七)
 【略解】
大学に「小人閑居して不善を為す」の語があります。
小人の善導何をもって着手すべききかについて一大工夫を要します。


「類は類を呼ぶ」
って言いますよね。
田舞さんはもっとわかりやすい表現をされています。
「花には蝶が集まり、
 ウンコにはハエが集まる」
あなたは“花”か“ウンコ”か?
・・・もちろん私は“花”、
 会社の仲間も“花”
 広ガスたかたの“花園”へ多くの蝶が集まるのです。

2013/02/16 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     2月16日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
 2月16日
小官を辞せず

人臣たる者君の任を得んと欲せば、
宜しく身を修め道を守り、
小官を辞せず、以て勤労に服すべし。
夫れ此の如くにして信任を獲ざるも、
敢(あえ)て以て怨みず、
誠に能く其の勤労を尽さば、
則ち其の信任を得ること必せり。
(語録四二)
【略解】
現代にも通ずる勤務者の心得の粋ともいうべきものです。
小官とは、地位の低い官吏。


ウサギさんは、
走る能力は高いが、ムラがある。
カメさんは、
歩みはとろいが、粘り強い。
最終的に、
周りから信用を得て仕事を任されるのはカメさんですね。
そして、役職が上がっていくのです。
ウサギさんか、カメさんかは大した問題ではありません、
粘り強く、泥臭く頑張った人が最後は勝者です。
私も粘ってます。
運動も音楽もまったく凡人ですが、
空手、四段。
尺八、師範。
「仕方ない、
 あいつはやめる気ないみたいだから、
 免状渡しとけ」
・・・って聞こえてきそうです。
粘りの勝利。
これからももっと粘りますよ。

2013/02/15 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     2月15日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
 2月15日
苦楽哀歓

吉凶禍福・苦楽哀歓等は、
相対する物なり。
如何となれば、
猫の鼠を得る時は楽の極なり。
其の得られたる鼠は、苦の極なり。
蛇の喜極まる時は、蛙の苦極まる。
鷹の悦極まる時は雀の苦極まる。
猟師の楽は、鳥獣の苦なり。
漁師の楽は、魚の苦なり。
世界の事皆斯の如し。
(夜話四一)
【略解】
尊徳翁の「悟道」の一つとして、
この一方的な立場に立つ「半円観」より、
両者の立場を重んずる「一円観」を主とし「一円融合」を念じた。


そうですよね、
“得”する人がいれば
反対に“損”する人がいる。
だから世の中は成り立っています。
基本ですね。
「だから私たちが得をして、
 お客様が存すればよいのです」
・・・って、ありえませんよね。
この基本をしっかりと意識しついつ、
それのみあった付加価値、
いえ、
それ以上の付加価値をつけてご提供するのです。
そしてお客様と、
“得”“得”の関係を深めていきましょう。
あっ、
昨日のメールにも書きましたが、
自分以外はすべてお客様です。
社内クレーム、家族クレームに細心。
・・・・・・毎日書いて意識することも修行。

2013/02/14 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     2月14日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
 2月14日
報徳は百行の長

汝輩能(なんじよ)く能く思考せよ。
恩を受けて報いざる事多かるべし。
徳を受けて報ぜざる事、
少からざるべし。
能く徳を報う者は、
後来の栄(さかえ)を後にして、
前の丹精を思ふが故に、
自然幸福を受けて、
富貴其の身を放れず。
夫れ報徳は百行の長、
万善の先と云うべし。
(夜話一八〇)
【略解】
徳とは(一)恩恵(二)実践(三)人格を意味する。
この場合は、
恩恵に報いる道こそ、
百行万善の第一であるということである。


“徳と”は、
「自分以外の人は喜ぶことをする」
“徳を積む”とは、
「その数を増やし続ける」
と言う事だと考えています。
大切なところは、
「自分以外の人」というところ。
お客様に徳を積むことはもちろんですが、
会社の仲間に徳を積む。
そして、家族に徳を積む。
社内クレームや、
家族クレームが出ているうちは、
“徳もどき”かもしれませんね。
・・・・・・修行中です。

2013/02/13 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     2月13日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
 2月13日
三世の観通

儒道に、
積善の家に余慶あり。
積不善の家に余殃(よおう)あるは天地間の定規、
古今に貫きたる格言なれども、
仏理によらざれば判然せざるなり。
夫れ仏に三世の説なり。
此の理は三世を観通せざれば、
決して疑ひなき事あたはず。
(夜話四四)
【略解】
余慶とは思わぬ慶びごと。
余殃とは思わぬ災難。
因果応報という天地の理法も、
過去・現在・来世の三代にわたり大観すれば歴然たるものである。


「積善の家に余慶あり」とは、
“善行をつみ重ねた家には、
 子孫にまでよろこびごとが起こる”
 と言う事だそうです。
まさに“因果応報”、
私たちも、
お客様の喜びを一つ一つ積み上げてい来ましょう。
私たちのまだ見ぬ、
広ガスたかたの未来を背負う人たちによろこびごとが起こるように。

2013/02/12 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     2月12日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
 2月12日
先祖の恩徳

 おのれが勢(いきおい)、
世に行はるるとも、
己(おのれ)がカと思ふべからず。
親先祖より伝へ受けたる位禄のカと、
拝命したる官職の威光とによるが故なり。
(夜話三四)
 【略解】
易経にある「亢龍悔(こうりょうくい)あり」の格言を忘れてはならぬ。
たとえ現在、
昇龍の勢いがあるからといって驩(おご)ってはならない。

亢龍悔=天に昇りつめた竜は、
      あとは下るだけになるので悔いがある。
      栄達を極めた者は、必ず衰えるというたとえ。


研修や講演で、
「自分の力だけでここまで来たと思ってはいけない」と、
何度も耳にしています。
おごってはいけないのです。
“実るほど頭を垂れる稲穂かな”
これまでに何度書いたかわかりません、
事あるごとに、
生意気な自分に言い聞かせています。
 

2013/02/12 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     2月11日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
 2月11日
札法尊ぶべし

 礼法は人界の筋道なり。
人界に筋道あるは譬(たと)へば、
碁盤将棋盤に筋あるが如し。
人は人界に立ちたる、
筋道によらざれば、
人の道は立たず。
(夜話一七九)
【略解】
礼法は、
人間界の規律である。
碁盤や将棋盤に筋がひかれてあるように、
人問界のきまりを守らなければ人倫の道はなり立たない。


体育協会の指導者研修に参加しました。
講師は、
日本スケート協会の橋本聖子会長でした。
バンクバーオリンピックのスノボー選手が腰パンにしていたことで、
結構な騒ぎになりました。
しかしそれは氷山の一角だそうで、
選手団が移動で使う飛行機のシートは、
使った後、ゴミの山になっていたそうです。
指導者も注意しないのだそうです。
「これでは勝てない」
と感じたそうです。
ロンドンオリンピックでは、
過去最高のメダル数でしたが、
それは、JOCの取り組みで、
競技力に加え人間力の向上を目指した結果だと、
話をされていました。
「厳しい指導は必要だ」
・・・これって躾ですよね。

2013/02/10 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     2月10日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
 2月10日
大業をなす秘事

 予先年印旛沼(いんばぬま)、
堀割見分の命を蒙(こうむ)りし時、
何様の変動に遭遇しても、
決して失敗なき様に工夫せり。
(中略)
予が異変ある事を前に定めたるは、
異変を恐れず、
異変に躑(つまず)かざるの仕法なり。
是れ大業をなすの秘事なり。
(夜話五七)
 【略解】
天災地変その他、
意外なことまで予測して、
準備を怠らないこと、
すなわち備えあれば憂いなしである。


気の小さい私は、
前に進もうとするときにはいつも、
色々なシュミレーションをします。
どちらかというと、
“最悪シナリオ”
を一生懸命に考えるのです。
「そして進まない」ではなく、
「それから進む」です。
“でどうなったら撤退するか”
“こんな場合はどう対応するか”
などをシュミレーションするのです。
「マイナス思考だ」
という人もいますが、
多くの場合は、
最悪までには至らないので、
障害が立ちはだかっても、
「この程度なら乗り越えれるな」
と考えることができ、
前進し続けることができています。
ノー天気に目をつぶって前進することの方が、
もっと怖いのです。

2013/02/09 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     2月9日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
 2月9日
商法の掟

 商法は、売って悦び、買って悦ぶようにすべし。
売って悦び買って喜ばざるは、道にあらず。
買って喜び、売って悦ばざるも道にあらず。
貸借の道も亦同じ
(夜話四二)
 【略解】
商売の道は、
売り方と買い方の両者おたがいが悦ぶようにする、
これが大事な一点で、
貸借の道も同じく、
貸し方と借り方が、
共に悦べるようでありたい。


“三方よしの経営”と言われます。
 お客様よし
 協力業者よし
 そして自社もよし
ですよね。
継続し続ける企業の絶対条件ですね。

2013/02/07 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     2月8日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
 2月8日
四つの法

 世界の中、
法則とすべき物は、
天地の道と、
親子の道と、
夫婦の道と、
農業の道との四ッなり。
この道は誠に、両全安全の物なり。
百事故の四ッを法とすれば誤(あやまち)なし。
予が歌に
「おのが子を恵む心を法(のり)とせば学ばずとても道に到らん」
とよめるはこの心なり。
(夜話四二)
 【略解】
この四つの道、
すなわち天地の道、
親子の道、
夫婦の道、
そして農業の道に共通するのは、
生生化育のこころと営みである。


生生化育(せいせい かいく)=自然が万物を生み育てること
・ 
松下さんの言われる、
「宇宙根源の法則」
とはこのことを指しているのでしょうか?
最近巷を騒がせている、
“体罰”も、
この法則を本当に意識できていれば
起こらなかったのかもしれません。
・・・私は、
日々、尊徳翁の文章と格闘し、
へとへとになっています。

2013/02/07 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     2月7日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
 2月7日
安心熟慮

 大学に、安んじて、
而して后(のち)能く慮(おもんばか)りて而して后(のち)能く得るとあり。
真(まこと)に然るべし。
世人は大体苦し紛れに、
種々の事を思ひ謀(はか)る故に、
皆成らざるなり。
安んじて而して後に能く慮りて、
事を為せば、過ちなかるべし。
而して后(のう)能く得ると云ふ真に妙なり。
(夜話一00)
 【略解】
 熟慮断行という言葉があるが、
それと共に安心立命の境の必要条件を説いておられる。

・ 
『熟慮断行。
 断じて行えば勝つ。
 それ以外に勝つ見込みがないという条件なら、
 味方全員が反対しようと、
 万難を排して実行する以外ないのだ。
  1980年に、
 1杯150円(当時)の低価格コーヒーチェーン「ドトールコーヒーショップ」を始めた。
 その後の主力業態である。
 しかし、
 当時はコーヒー焙煎・卸に加え、
 1杯300円ほどの従来型の喫茶店「カフェコロラド」を展開していた。
 低価格チェーンを始めれば、
 従来の取引先はみな反発する。
 単価が安いので利益も出ない。
 やめたほうがいい。
 信頼できる友人もそうアドバイスをしてくれたし、 
 社内も反対一色である。
  しかし、
 低価格チェーンに進出しなければ、
 カフェコロラドをはじめとして社業は必ず行き詰まると私は考えていた。
 コーヒー豆の相場高騰や地価高騰により、
 1杯のコーヒーも値上げせざるをえない時代が続いた。
 その一方、
 オイルショック後の可処分所得の低下で、
 サラリーマンも負担なく手軽に飲めるコーヒーを求めている。
 だから、やるしかない。
 私の考えはシンプルだった。
  商売と戦争とは違う。
 しかし、
 あのとき勝負に出ていなければ、
 売り上げ2位、
 利益1位のコーヒー会社に成長することはなかったはずだ』
“熟慮断行”
を検索していたら、
President ONLINEの“社長の仕事塾”
に出くわしました。
ドトールコーヒー名誉会長、
鳥羽博道氏の、
“難攻不落でも熟慮断行、断じて行えば勝つ!”
の中の一文です。

2013/02/06 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     2月6日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
 2月6日
水車の中庸

 水車の中庸は、
宣(よろし)き程に水中に入って、
半分は水に順ひ、
半分は流水に逆(さから)ひ昇りて、
運転滞(とどこ)ふらざるにあり。
人の道もその如く天理に順ひて、
種を蒔き、
天理に逆ふて草を取り、
欲に随(した)ひて家業を励み、
欲を制して義務を思ふべきなり。
(夜話三)
 【略解】
 水車の譬(たと)えを以て、
よく無欲と人欲の中庸を説かれている。
全くの無欲では、
水車は回転しない。
といって人欲(水の流れ)にどっぷり丸ごとっかっていては、
水車は役立たない。
それと同じく、
天道と人道の調和の心がけが大事である。


昨日の感想“まんま”のようですね。
これからもしっかり修行を積み続けます。
・・・尺八上手にならないなー。 

2013/02/05 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     2月5日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
 2月5日
道は水車の如し

 夫(そ)れ人道は譬(たと)へば、
水車(みずぐるま)の如し、
其形(そのかたち)半分は水流に順(したが)ひ、
半分は水流に逆ふて輪廻す、
丸に水中に入れば廻らずして流るべし、
又水を離るれば廻る事あるべからず、
夫れ佛家に所謂(いわゆる)知識の如く、
世を離れ欲を捨てたるは、
譬ば水車の水を離れたるが如し、
又凡俗の教義も聞かず義務も知らず私欲一偏に著(ちゃく)するは、
水車を丸に水中に沈めたるが如し、
共に社会の用をなさず、
故に人道は中庸を尊(たつと)む。
(夜話三)
 【略解】
 天道と人道の違いに水車の譬えをもって説明せられたが、
これまた哲人尊徳翁の鋭敏さがうかがわれるものです。


文章表現は難しいですが、
内容はよくわかります。
人間にとってなくてはならないのが
“欲”
だと考えています。
“欲”0(ゼロ)の人は、
働く意欲すら持ちませんもの。
欲を全く持たない人よりは、 
“私利私欲”を持ってる方が随分ましです。
・・・良いわけではありません。
私という水車を
“欲”という水に深く沈めたり、
ギリギリまで離したりしながら、
水車が壊れず勢い良く廻るところを、
一生かけて探し続けましょう。
ここだと思ってもそれは今ここでの話、
環境や年齢などでで変化します。
だから一生修行なのですね。
・・・欲という水にどっぷり浸かると、
犯罪ってことになりかねません。

2013/02/04 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     2月4日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
 2月4日
大道の門

 神儒佛をはじめ心学性学等枚挙に暇(いとま)あらざるも、
皆大道の入口の名なり。
(中略)
別々なりと教ふるは邪説なり。
譬へば不二山に登るが如し。
先達(せんだつ)に依て吉田より登るあり、
須走(すばしり)より登るあり。
須(す)山より登るありといへども、
その登る処の絶頂に至れば一つなり。
(夜話八)
 【略解】
富士山頂に登る道は数々あれど、
究極は一つである。
各々道縁趣向の違いはあっても、
目指すものは同じである。


世の中というのはそういうものですね。
同じ目的(理念)に到達しようとしても、
その道筋はまちまち。
その人の価値観で道を選択します。
それはそれで良いのでしょう。
が、
企業であれば、
社会に認められ勝ったものたちだけが、
存続していくのです。
・・・厳しいけど現実です。

2013/02/02 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     2月3日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
 2月3日
只一筋なり

 世の中に誠の大道は只一筋なり。
神といひ儒と云ひ佛といふ。
皆同じく大道に入るべき入口の名なり。
或いは天台といひ、
真言といひ、
法華といひ禅と云ふも、
同じく入口の小路の名なり。
(夜話八)
 【略解
 世の中にある教えの道は、
数々あるが、
誠の大道というのはただ一条の道があるのみみ。
神道といい儒教といい、
佛教といえど皆、
大道への入口を異にするのみである。


すべては“只一筋”なのだと思います。
“成功には法則がある”
「偉人はすべて同じ道を通って成功している」と、
初めて知った時にはとても信じることができませんでした。
入口は、
何度も登場のナポレオンヒル。
より具体的な道を知るために、
松下幸之助、本田宗一郎、藤沢武夫、稲森和夫、
P・F・ドラッガー等々。
ドラッガーを読んだときは衝撃的でした。
予言者かと思うほど、
どの時代でも使える内容でした。

2013/02/02 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     2月2日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
 2月2日
仁は人道の極

 夫(そ)れ仁は人道の極みなりり。
(中略)
近く譬(たと)ふれば此の湯船の湯の如し。
是を手にて己(おのれ)が方に掻(か)けば、
湯わが方に来るが如くなれども、
皆向ふの方へ流れ帰るなり。
是を向ふの方へ押す時は、
湯向ふの方へ行くが如くなれども、
ヌ我が方へ流れ帰る。
(夜話三八)
 【略解】
 この譬えの湯船は、
五右衛門風呂の場合で、
強く先方側へ押せば強く返ってくる。
これは天理であり、
仁といい、
義というのもすべて先方へ押すときの名をさすのである。


「我利我利亡者」と「他利他利豊者」のお話ですね。
(株)住吉の海平会長が「タライの法則」と言ってました。
 「タライに水を入れ、
  自分の方に寄せようとすると、
  脇から水は逃げていく。
  向こうに水を送ろうとすると、
  自分の脇に向かって寄ってくる」
仁とは、
思いやり・いつくしみ、
儒教における最高徳だそうです。
・・・もう一つぶやき。
仁と言えば私がすぐに思い出すのは、
NHK人形劇「新八犬伝」です。
ホームページで見つけました。
 “仁義礼智忠信孝悌”(八徳) 
   仁・・・愛。人を思いやる心。慈しみ。最高の徳
      身ぢかな家族→親戚→社会 と、近くから遠くへと秩序だてて広める。
   義・・・正義を貫く心。善悪、正邪、真偽。人道に従うこと、道理にかなうこと。
        仁を広める形。親への孝、兄や年長者への悌、君主への忠、社会には礼。これが道義・正義。
   礼・・・敬意を表す心。社会秩序を保つための生活規範、儀式、礼儀、作法、礼節。
        礼を学ぶことが、学。礼儀を身につけた人を、学のある人という。
        仁を実行して社会から信頼される人、そんな人が、学のある人
   智・・・正しい判断を下せる能力。正しく豊富な知識と経験、洞察力が加わったものが智慧。
   忠・・・心の中に偽りがないこと、主君に専心尽くそうとする真心。
   信・・・信頼する心。言葉で嘘を言わないこと、相手の言葉をまことと受けて疑わないこと。
   考・・・親や先祖を大切にする心。おもいはかること、工夫をめぐらすこと。親孝行すること。
   悌・・・兄弟仲がいいこと。
小学生のころは意味も分からず、 
「“仁義礼智忠信孝悌”いざとなったら玉を出せ・・・」
と歌っていましたが、
50歳を超えた現在では、
意味とともに心に染み入ります。
修行不足を反省しながら・・・。

2013/02/01 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     2月1日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
 2月1日
克己復礼

 古語に、、
己(おのれ)に克(か)って礼に復(かえ)れば、
天下仁に帰す、
仁を成す己による、
人によらんやとあり。
己とは、
手の我が方へ向く時の名なり。
礼とはわが手を、
先の方に向くる時の名なり。
(夜話三八)
 【略解】
 人問というものは、
私利私欲に走りがちですが、
それに打ち克つことが、
礼すなわち愛敬のこころ。
利他の行いに努めたいものです。


ずいぶん以前です、
8年くらい前でしょうか、 
つぶやきメールに度々登場させていた言葉があります。
「他利他利豊者」
なんだそれ?ですよね。
「我利我利亡者」
の反対語として勝手に作りました。
当時は、
社内の組織が確立しておらず、
まだまだ個人の集合体であり、
同体としての組織には程遠かったのです。
同じ職場で働く仲間に対して、
「他利他利豊者」の意識を高めたかったのです。
今も“一心同体”とは言いませんが、
日々、ゆっくりと、そうなりつつあると感じています。
同じ職場で働く仲間を己とし、
全社員一丸となり、
お客様に向かう「他利他利豊者」でありたいですね。

2013/01/31 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     1月31日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
 1月31日
草鞋の提供

 先生十二より此役(このやく)【川堤修復】に出でて以て勤務。
然(しか)れども年幼にして力足らず。
ここに於て夜半に至るまで草鞋(わらじ)を作り、
翌未明その場に至り、
余若年にして一人の役に足らず、
寸志なりといへども草鞋を作り持ち来れり。
衆人その志の常ならざるを賞し、
その草鞋をうけてそのカを助く。
(報徳記)
 【註】
 弱年十二歳にしてこの篤志(とくし)力行。
まさに衆をして感動せしむるもむべなる心かな。


12歳のとき、
川堤修復に駆り出されたが、
一人前の仕事ができない尊徳翁は、
夜なべをして同僚のわらじを作り、
少しでもお役に立とうとされたのですね。
仕事は何時間やったかで評価されるのではなく、
どれだけやったかの成果で評価されるのです。
できる人は短時間で成果を作ることもできるでしょう。
経験の不足している人は、
多くの時間を要することでしょう。
私の考えでは、
平等とは成果を作るための条件を言い、
成果は当然不平等でよいのです。

2013/01/30 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     1月30日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
 1月30日
寸刻を惜しんで勤労

 是より鶏鳴に起きて遠山に至り、
或は柴を刈り薪(たきぎ)を伐り之をひさぎ、
夜は縄をなひ草鞋(わらじ)を作り、
寸陰を惜しみ身を労し心を尽し、
母の心を安んじ二弟を養父ことにのみ労苦せり。
而して採薪(さいしん)の往返にも大学の書を懐にして途中歩みながら之を誦(よう)し少しも怠たらず。
これ先生聖賢の学の初なり。
(報徳記)
 【註】
 金次郎の像を思い出してほしい。
金治郎の生涯を貫く、
勤労と読書の限りなき精進のシンボルです。


戦前は多くの小学校に、
二宮金次郎の銅像があったそうです。
薪を背負い、
手には「大学の道は明徳を明らかにするにあり・・・」
の書物“大学”を持っています。
後に多くの人を飢餓から救うのですね。
私の子供時代は、
二宮金次郎を知らない人はいなかったと思いますが、
若い人に聞いたところ、
“学校の怪談”に、
「薪をせをって本を読みながら、
 夜中の学校を歩き回る二宮金次郎」
で知っています。・・・ですって。

2013/01/29 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     1月29日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
 1月29日
酒匂(さかわ)川の決壊

 先生僅かに五歳、
酒匂(さかわ)川洪水大口の堤を破り数ヶ村流亡す。
此の時利右衛門の田圃も一畝(せ)残らず悉(ことごと)く石河原となる。
素(もと)より赤貧、
加ふるに此の水害に罹(かか)り、
艱難弥々(いよいよ)迫り、
三子を養ふに心力を労すること幾干万、
先生終身言(げん)この事に及べば必ず涕泣(ていきゅう)して、
父母の大恩無量なることを云ふ。
(報徳記)
 【註】
 この幼児のころの原初体験が翁の一生の思想と、
実践を生む根源ェネルギーとなる。


“企業文化”という言葉があります。
広ガスたかたは、
50年の歴史の中で築き上げた文化があります。
創業時からのことを知る人は、
わずかに会長だけです。
今日まで広ガスたかたを支えていただいた、
全ての人に感謝します。
・・・普段あまり意識しませんが、
このような文章に触れると、
あえて考えさせられます。

2013/01/28 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     1月28日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
 1月28日
仁政と悪政

 政事の要は与と取との先後にあり。
与を先にし取を後にするは仁政なり。
取を先にし与を後にするは悪政なり。
(金言集)
 【註】
 政治の要訣は与と取といずれを先としいずれを後にするかにある。
仁政と悪政の岐路は実にこの一点にある。


尊徳翁は、
あなたが私に先に何かをくれるなら、
私もあなたに何かあげましょう。
これが悪の政治と言われています。
わたしは、
年金の仕組みがそうなっていると思いますが、
いかがでしょう。
年金を掛けていない人はもらえて、
かけ続けている我々はもらえそうにない。
・・・ってどうなのよ。
政治家の年金は、
別なところで管理してるから大丈夫らしい。 
・・・ってどうなのよ。

2013/01/26 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     1月27日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
 1月27日
天地一元

 天外に地なく、
地外に天なし、
天地を合して一元と為す。
始外に終なく、
終外に始なし。
始終を合して一物と為す。
(金言集)
 【略解】
 天あれば地あり、
地あれば天あり天地融合して全円となる。
始あれば終あり、
始終融合して全円となる。


地球上のすべての生き物、
人間も含め、
死外に生なし、
生外に死なし。
ですね。 
早いか遅いかの違いはありますが。
この世に生を受けた全てのものは、
必ずいつかはこの世の中からなくなってしまうのです。
森信三先生の本にも書かれています通り、
私たちは世の中に、
何らかの“お役に立つ”という使命を受けて、
生まれてきたのですね。
これは生き物全てに言えることなのでしょう。

2013/01/26 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     1月26日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
 1月26日
唯我独尊

 字宙万物は悉(ことごと)く唯我独尊なり。
釈迦も唯我独尊なり。
孔子も唯我独尊なり。
我も唯我独尊なり。
禽獣(きんじゅう)虫魚草木もみな唯我独尊なり。
(金言集)
 【註】
 万物はすべて独立自尊にして、
かつ相互扶助であり、
個々自主にして相関連帯である。


字宙万物はすべて、
それぞれに唯我独尊ですよね。
それをひん曲げようとしているのは人間だけ。
その能力があるのも人間だけ、
人間は、
地球上のすべてのものに、
豊かさを提供する力を持っているということですよね。
・・・うまく生かせているのかなー???

2013/01/25 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     1月25日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
 1月25日
貴重の種子

 貴重の種子も、
地に下し蒔かざれば生ぜず。
蒔くは寂滅なり。
生ずるは為楽(いらく)なり。
(金言集)
【註】
 種子のいのちが寂滅してこそ生物の発芽・成長・開花・結実の受楽がある。

・そりゃそうですよね、
「宝の持ち腐れ」って言葉があります。
私たちも自分が腐らぬために、
自分で自分の土を耕しつつ、
自分の種をまき続けましょう。
まさに農耕民族の日本人らしい表現ですね。
海外では、
ブーメランと表現されることもあるそうですよ。
投げたブーメランは自分のところに戻ってくる。
良いブーメランを投げるとそれが返ってくる。
悪いブーメランを投げるそれが返ってくる。
狩猟民族らしい表現です。

2013/01/24 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     1月24日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
 1月24日
年々歳々昼夜自転

 増すものは必ず減じ、
減ずるものは必ず増す。
年々歳々昼夜自転運動して須臾(しゅゆ)も止(とど)まることなし。
(金言集)
 【註】
 般若心経に「不生不滅・不垢不浄・不増不減」とあり、
それについて哲人翁の深い哲理を示さる。


昨日の“振子”と同じことを書かれているのでしょう。
“人生の振子”
というよりも、
“宇宙根源の振子”は、
一瞬たりとも止まってはいないのですね。

2013/01/23 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     1月23日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
 1月23日
一呼あれば一吸あり

 一呼あれば一吸あり、
十呼あれば十吸あり、
百呼あれば百吸あり、
千呼あれば千吸あり、
万呼あれば万吸あり。
天地開けて世より万代に至るも、
呼吸は増減なし。
これ故に天道は自然なりという。
(大円鏡・原理篇)
 【註】
 一呼あれば一吸あり、
これは呼吸の原則による。
このように天地自然の理は、
正反合の理による。
増減の理もまた然り。


“人生は振り子”ですね。
人に限らず全てがそうなのでしょう、
政治だってそう、
国民は民主党政権を期待しましたが、
今は自民党に期待しています。
まさに振り子です。
呼吸と同じようにいったりきたり。
真ん中を求めつつも、
ピタリとは落ち着かない。
行ったり来たりを繰り返しながら、
中心を求め続けるのですね。

2013/01/22 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     1月22日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
 1月22日
三気の融合

 〇 三つの気和して一輪福寿草
           (三気とは天・地・人)
 〇 木かげにも道のありけり月夜かな

 〇 ふじは申さずまづむらさきの筑波山
                  (報徳要典)
 【註】
 尊徳翁の俳句は、
技巧に走らず誇張もなく、
心のゆとりと素直さの表現であり、
しかも天・地・人の一円融合を感ぜしめるものがある。


2013年、22回目のつぶやきメールです。
案の定、
七転八倒の日々が続いております。
理解できてこその感想です・・・。
ので、
本日は静かに俳句を心鎮めつつ、
感想は休憩です。 
・・・。

2013/01/21 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     1月21日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
 1月21日
天恩と地徳と

 天恩と地徳と農功と微(なか)りせば、
一粒粟を求むと雖(いえど)も而(しか)も得べからざるなり。
人漠然として察せず、
或は以て倉厫(そうごう)に在りと為し、
或は以て米商に求むれば則ち得べしと為すは思わざるの甚しきなり。
(語録二三)
 【略解】
 倉厫とは、倉庫。
天徳・地徳・人徳の三大恩徳をゆめゆめ忘れてはならない。


そうですね。
私たちは日々当たり前のように食事をしています。
が、
“天徳・地徳・人徳”何一つかけても食物は育たない。
もちろん家畜も育たない。
昨年からの天候不順で野菜が高騰していますもの。
さらに言うと、
自分の力だけで生きている人間は一人もいないはずです。
お金という代償を支払い、
他人の力を借りて生きているのですものね。

2013/01/19 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     1月20日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
 1月20日
分度を定め度を立てる

 分を定め、
度を立つるは、
我が道の本原なり。
分定まり度立てば、
則分外の財生ず。
なお井を掘れば則ち湧水極りなきがごとし。
其の財僅少(きんしょう)なるも、
歳歳分外に生ずれば、
則ち以て国を興し民を安んずべきなり。
(語録一五)
 【略解】
 これが衰村のみならず一家復興の道であり、
永安の道である。


・・・“これ”の解説を書いていただくと分かりやすいのですが。
たぶん次のような意味なのでしょう。
 日本のお年寄りの貯蓄と同じく、
たくさん儲けたからお金が残っているのではなく、
入ってくるお金よりも、
出ていくお金を少なくして貯蓄に回し残したのです。
分度を自覚しましょう。 

2013/01/19 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     1月19日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
 1月19日
脚下を定む

 千里の路を行かんと欲する者は須(すべか)らく先づ脚下を定むべきなり。
何を脚下と謂(い)う。
分度是れなり。
分度一たび定まれば、
則ち荒蕪(こうぶ)以て墾(ひら)くべきなり。
負債以て償うべきなり。
衰国以て興すべきなり。
(語録一二)
 【略解】
 荒蕪とは、
荒れはてた土地。
「荒地は荒地のカをもって開拓し、
 負債は負債のカをももって」というのが、
翁の体験からでた信念である。 


「自分の“分”を知る」
そのうえで、
「荒地は荒地のカをもって開拓し、
 負債は負債のカをももって」
ということなのでしょうか。・・・解釈に自信がありません
我が“分”超える大それたことをやろうとしてもうまくはいかない。
“小さなことからコツコツと”
ということでしょうか。・・・またしても自信がありません
 

2013/01/18 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     1月18日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
 1月18日
国家の衰貧

 国家の盛衰貧富は分度を守ると分度を失うとに生ず。
分度を守れば則ち盛富を致し、
分度を失えば則ち衰貧に陥る。
国家の衰貧に陥るや、
仮貸(かたい)と聚斂(しゅうれん)と以て国用を補うは叔世(しゅくせい)の弊なり。
(語録丸)
 【略解】
 仮貸とは、借財。
聚斂とは、重税。
叔世とは、末の世。
分度を立て分度を守ることは、
国家の隆盛にっながる。
借財と重税は極力避けねばならぬ。


・・・日本が進もうとしていることとは逆のお言葉。
IMFの管理に入った韓国が華麗に復活した理由は、
ここに書かれていることだったと思うのです。
しかし、
それだけでは繁栄しません。
投資するタイミングでは投資が必要です。
日本は今どのタイミングなのでしょう???。 

2013/01/17 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     1月17日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
 1月17日
一心堅固に

 人心惟(こ)れ危うし道心惟(こ)れ微(かす)かなりとは、
身勝手にする事は危機物ぞ、
他の為にする事は嫌になる物ぞと云う事なり。
惟れ精惟れ一、
まことに其の中を執れとは、
能く精力を尽くし、
一心堅固に二百石の者は、
百石似て暮らし、
百石の者は、
五十石にて暮らし、
その半分を推し譲りて、
一村の衰へざる様、
一村の益々富み益々栄える様に
勉強せよ、と云う事なり。
(夜話四0)
 【略解】
 一心堅固にその分度を守り、
推譲を進める所に一村の繁栄ありとの意。


まさに今の日本を表していますね。
借金大国日本がいまだに世界から評されているのは、
“国民の貯蓄高”が支えているからです。
とは言え、
この貯蓄の多くはシルバー世代のもので、
収入は高いとは言えない時代に、
“質素倹約”に努めた結果です。
たくさん稼ぐ人が貯蓄が多いのではありません。
使わないでためておく人の貯蓄が多いのです。
政府もそこに目をつけ、
贈与税の減額を進めています。
お年寄りがお金を持っていても使わないが、
若い世代が持てば“浪費”すると踏んでいるのでしょうか。
これからの日本を想像すると不安も募ります。 

2013/01/16 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     1月16日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
 1月16日
家道の保ち方

 家の持ち方は、
安きが如くなれども、至って難し。
先づ早起きより始めて、
勤倹に身を馴らすべし。
夫より農なり、商なり。
家業の仕方を能く学ばずして家を相続するのは、
将棋(しょうぎ)に譬(とと)ふれば駒の並べ方も能く知らずして指さんとするが如し。
(夜話続七)
 【略解】
 一家の保全もなかなか難しいものです。
それには第一に早起きのこと、
第二によく働くこと、
第三にムダな出費を節約することです。


「駒の並べ方も知らずに将棋を指そうとしているのと同じ」
15年前を思い出します。
「なぜ利益が出るのか、
     または出ないのか」
そんなことすら知らずに経営者の仲間入り。
“経営って何”
が少しわかってくるまで、
それぞれの仕事を、
社員さんに進めていただいたおかげで、
今があります。
永遠のテーマ、
“絶対につぶれない会社”
に一歩ずつ近づくよう、
しっかりと恩返しをしていきます。

2013/01/15 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     1月15日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
 1月15日
粒々辛苦

 春種を下してより、
稲生じて風雨寒暑を凌(しの)ぎて、
花咲き実のり、
ヌこきおろして、
搗(つ)き上げ白米となすまで、
此の丹精容易ならず実に粒々辛苦なり。
其の粒々辛苦の米粒を日々無量に食して命を継ぐ。
其の功徳、
また無量ならずや。
(夜話一六三)
 【略解】一粒のお米を食するに至るまでの「粒々辛苦」について、
見事な一文です。
まさに合掌礼拝して敬虔な気持ちでお米をいただくべきだと感じさせられます。


近頃は、
“得意に集中し効率を上げる”
それで成り立っている社会です。
私たちの仕事は、
LPガスを中心に暮らしを豊かにすることです。
それなりには「粒々辛苦」もあります。
もちろん米や野菜は作っていません。
が、毎日食べています。
生産農家の「粒々辛苦」のおかげです。
衣・食・住そして趣味、
多くの人の「粒々辛苦」の上に成り立っています。
そう考えると、
“感謝”の足らなさの自覚がわいてきます。
まだまだ修行不足感じます。

2013/01/14 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     1月14日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
 1月14日
百事決定と注意

 翁曰(いわ)く、
百事決定と注意とを肝要とす。
如何となれば、
何事によらず、
百事決定と注意とによりて、
事はなる物なり。
小事たりといへども、
決定する事なく、
注意する事なければ、
百事悉(ことご)く破る。
(夜話二五)
 【略解】
 ものごとの成就には、
事の大小を問わず、
遂行の意思決定と、
細心の注意が、
必要であると力説くださっている。


社長は“決定する人”
幹部は“実行する人”
と武蔵野の小山さんは言われています。
「決定と細心注意」
とは、
再決定のスピードのことではないかと考えます。
要は、
PDCAをまわすスピードです。
“大企業病”とはこのレスポンスが遅い組織のことですね。 

2013/01/13 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     1月13日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
 1月13日
小事の力耕

 万町の田を耕すも、
其の業(わざ)は一鍬づつの功にあり。
千里の道も一歩づつ歩みて至る。
山を作るも一と簣(もっこ)の土よりなる事を明らかに弁(わきま)えて、
励精小さな事を勤めば、
大なる事必ずなるべし。
小さなる事忽(ゆるが)せにする者、
大なる事は必ず出来ぬものなり。
(夜話一四)
 【略解】
これは翁の「積小為大」の思想の具体的実例です。
この一文により「小事」の積み重ねと継続の大事さを教えられる。


「ローマは一日にして成らず」
ですものね。
あまりにも有名な四文字熟語、
二宮翁の“積小為大”です。
私の尺八も同じかな・・・?
日々上達を感じませんね、
一歩進んで三歩下がったりしてますもの。
でも一年前の練習録音を聴くと、
「少しは上達してるじゃん」
って実感することもあります。
「凡事を徹底しつつ惰性に陥らず、
           常に変化向上を見る」
誰かが言った言葉ではなく、
私が勝手に言いました。

2013/01/12 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     1月12日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
 1月12日
天地の経文

 予が歌に、
「音もなく香(か)もなく常に天地(あめつち)は書かざる経をくりかへしつつ」
と読めり。
此くのごとし日々、
繰り返し繰り返してしめさるる、
天地の経文に誠の道は明らかなり。
かかる尊き天地の経文を外にして、
書籍の上に道を求める、
学者輩の論説は取らざるなり。
(夜話一)
 【略解】
 天地宇宙には天地宇宙の法則が厳然として存在し、
気づかない人は気づかないだけで常に運行循環変化をくりかえしている。
真の学者というものは、
この天地の経文を読みとることを、
第一義としている。


松下さんの言われる“宇宙根源の法則”は、
二宮尊徳翁のこの文章が元だったのでしょうか?
きっと、
松下幸之助翁や二宮尊徳翁ほどになると、
行きつくところは同じなのでしょう。
自然に学ぶという意味では、
「水は高いところから低いところに流れる」
これは私の経営信条です。
私たちが低いところ位置することで、
お客様から広ガスたかたを支持していただけるものだと信じています。
勿論ここでいう低いところとは、
媚びたりへつらったりではなく、
高いお客様満足を追求し続ける姿勢のことです。 

2013/01/11 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     1月11日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
 1月11日
無心の落葉(三)

 愚人といへども悪人といへども、
能教ふべし、
教て聞ざるも、
是に心を労する事勿れ、
聞ぬとて捨る事なく、
幾度も教ふべし、
教て用ひざるも、
憤(いきどお)る事勿れ、
聞かずとて捨るは不仁なり、
用ぬとて、
憤るは不智なり、
不仁不智は徳者の恐るる処なり、
仁智二つ心掛て、
我が徳を全ふすべし。
(夜話一八ニ)
 【略解】
 人道とは誠の限りを尽くす所にあり、
誠とは仁・智の大徳をもって教え導くべしとの教えです。


勝手に私流に言いますと、
“正義の道を守ること”
私の二つの座右の銘の一つです。
正義を貫くには、
愛と思いやりを持たなければ挫折をしてしまいます。
私はそこまで人間ができていないので、
成熟していない愛と思いやりと我慢で歩んでおります。

2013/01/10 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     1月10日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
 1月10日
無心の落葉(ニ)

 木の葉の落ちるは天道なり。
人道を以て、
毎朝一度は払うべし。
又落ちるとも捨て置きて、
無心の落葉に役せらるる事勿れ。
又人道を忽(ゆるが)せにして積もり次第にする事勿れ。
是れ人道なり。
(夜訴一八ニ)
【略解】
落葉(らくよう)というものは、
大自然の理に則るものであって、
これはいわば天道である。
しかし少なくとも毎朝一度掃除する、
これは人道として勤めねばならない。


昨日続きですね。
・・・こちらを先に読めばよかった。
・・・・・・が、日付順です。
“人道は修行の道”ですね。

2013/01/09 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     1月9日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
 1月9日
無心の落葉(一) 

 天道は自然なり、
人道は天道に随(したが)ふといへども、
又人為なり、
人道を尽して天道に任すべし、
人為を忽(ゆるがせ)にして、
天道を恨る事勿(なか)れ、
夫庭前の落葉は天道なり、
無心にして日々夜々に積る、
是を払はざるは人道に非ず、
払へども又落る、
之に心を煩(わづら)はし、
之に心を労し、
一葉落れば、
箒(ほうき)を取て立つが如き、
是塵芥(ちりあくた)の為に、
役(えき)せらるるなり愚と云べし。
(夜話一八ニ)
【略解】
天道と人道の説明に自然の落葉をもって説かれる所に、
尊徳先生の譬(たと)えのうまさがうかがわれます


木の葉が落ちてくるのは天道、
自然の現象。
落ち葉をはいて掃除しないことは、
人道からはずれる。
はいても又落ちる、
すると又はけばよい。
これが人道。
・・・ということが書いてあるのだと思います。
私の大嫌いだった“努力”も人道の一つ。
反対に、
“楽をしたい”というのは、
「あるがまま、なすがまま」の自然状態。
天道に近いということなのでしょうね。

2013/01/08 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     1月8日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
 1月8日
真の大道を

 予(よ)が歌に
「古道(ふるみち)に積もる木の葉を掻(か)き分けて天照す神の足跡を見む」
と読めり。
古道とは皇国固有の大道を云ふ。
積もる木の葉とは儒佛を始め諸子百家の書籍の多きを云ふ、
夫れ皇国固有の大道は、
今現に存すれども、
儒佛諸子百家の書籍給の木の葉の為に蓋(おお)はれて見えぬなれば是を見んとするには、
此の木の葉の如き書籍をかき分けて大御神の御足の跡はいづこにあるぞと、
尋ねざれば、
真の神道を、見ることは出来ざるなり。
(夜話六四)
【略解】
儒教や佛教の教えもいいが、
そうした木の葉をかき分けて、
その底に見えなくなっているわわが国古来の真の神道を見出すことの必要を強く訴えておられる。


修行の足らないわたくしは・・・、
残念ながら宗教の話だと分かりにくい。
音楽に例えると少しだけわかりやすくなります。
近頃は、
演歌はすっかり木の葉の下。
いえいえ、
もっとかき分けて奥の方まで見てください。
琴、三味線、鼓、琵琶・・・尺八。
そうです“和楽”です。
「わが国古来の真の“和楽”を見出すことはできざるなり」
です。
尺八教室やってます
日本尺八連盟 師範 住吉郡山
・・・やってませんでした、
まだまだ修行中の師範です。

2013/01/07 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     1月7日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
 1月7日
誠の道

 誠の道は、
学ばずしておのづから知り、
習(なら)はずしておのづから覚へ、
書籍(しょじゃく)もなく記録もなく、
師匠もなく、
而(しか)して人々自得して、忘れず、
是ぞ誠の道の本体なる、
渇して飲み飢て食ひ、
労(つか)れていねさめて起く、
皆此類なり、
古歌に水鳥のゆくもかえるも跡たえてされども道は忘れざりけりといへるが如し、
夫れ記録もなく、
書籍もなく、
学まず習はずして、
明らかなる道にあらざれば誠の道にあらざるなり。
(夜話一)
【略解】
自修自得の道の真実相はこのようなもので、
自証と称せられます。
なかなか人には伝えにくい微妙な面があります。


これは絶対にありますね。
直観、霊感、第六感などと言いますが、
単なるヤマ勘ではなく、
経験の中で積み重ねた“統計学”だと考えています。
人生の後半では大きな差になるのだと思います。 

2013/01/06 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     1月6日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
 1月6日
わが身もなき物

 人と生まれ出たるうへは、
必ず死する物と覚悟する時は、
一日活きれば則ち一日の儲(もう)け、
一年活きれば一年の益なり。
故に本来わが身もなき物、
わが家もなき物と覚悟すれば、
跡は百事百般みな儲(もう)けなり。
(夜話一0)
【略解】
元来わが身わが家も、
わが身わが家でなく、
期限つきの借りものと覚悟すれば、
すべてのものごとは、
思わぬ儲けものの連続ということになる。


この文章を読むと、
ものすごく“ほっ”とします。
生まれたことが“軌跡”、
そして今日も生きていることが“軌跡”
思わぬ儲けを18,710回も続けてきたわけですね。
本当にありがたいことです。
  ・
生まれてから今日で何日かを計算できるHP見つけました
http://www.benricho.org/nenrei/niti-conv.html

2013/01/05 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     1月5日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
 1月5日
生者必滅

 夫(そ)れ人、
生れ出でたる以上は死する事のあるは必定なり。
長生といへども、
百年を越ゆるは稀(まれ)なり。
限りのしれたる事なり。
夭(わかじに)と云うも寿(ながいき)と云ふも、
実は毛払(もうふつ)の論なり。
譬へば蝋燭(ろうそく)に大中小あるに同じ、
大蝿といへども、
火の付けたる以上は、
四時問か五時問なるべし。
(夜話一0)
【略解】
人として生れたなれば、
生者必滅は絶対必然です。
 長生きといっても百歳を超えることは至難で、
夭折(ようせつ)といい長寿といっても基準の立て方により違ってくる。


私たちの人生は
“生まれた瞬間からのカウントダウン人生”
多くの成功者がそういっています。
二度とない「今ここ」の瞬間を大切に使う人が、
成功の階段を上り続けるのですね。
私は二十数年前、
ナポレオ・ンヒルの本で初めてそのことを知りました。

2013/01/04 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     1月4日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
 1月4日
天理と人道(三)

 夫(そ)れ人道の勤むべきは、
己(おのれ)に克つの教なり。
己は私欲なり。
私欲は田畑に譬(たと)ふれば草なり。
克つとは、
此の田畑に生ずる草を二取り捨つるを云ふ。
己に克っは、
我心の田畑に生ずる草をけづりり捨て、
とり捨て、
我心の米麦を、
繁茂さする勤めなり。
是を人道といふ。
論語に己に克て礼に復(かえ)るとあるは此の勤めなり。
(夜話六)
【略解】
人道で大事なことは、
私欲に克つことです。
私欲といえば、
田畑に生える雑草の如しで、
これをたえず除去することが日々の勤めとして肝要で、
「克己復礼」とはこの勤めです。


最大の私欲は物欲ではなく、
“楽(らく)したい”
ではないでしょうか。
二日のTV番組で、
カリスマ社長と働かない若者の対談番組をやってました。
“楽して金儲けしたい”若者・・・、
いえいえ、人間の本音なのかも・・・。
「物欲のほうが大きく、
 そのための努力はいとわない」
というのはある意味ましなのかもしれません。
“楽したい”は何も生みませんものね。
私を鍛えてくれた、
大学時代のウェートリフティン部。
オリンピック選手を何人も輩出クラブは
とても厳しく楽はできなかった。
が、
努力は努力なりの成果をもたらせてくれることも知りました。
“信念”と“継続”という言葉を大切にするきっかけは、
大学時代のクラブ活動だったのかもしれませんね。 

2013/01/03 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     1月3日

二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
 1月3日
天理と人道(二)

 此(こ)の如く、
天理と人道とは、
格別な物なるが故に、
天理は万古変ぜず、
人道は一日怠れば忽(たちま)ちに廃す。
されば人道は勤むるを以て尊しとし、
自然に任ずるを尊ばず。
(夜話六)
【略解】
尊徳翁の思想哲理に、
天理に随順して人道の誠を尽くすという考えが根本にあります。
天理という宇宙不変の法則をわきまえて、
人為的努力を怠らないのみか最善の努力を尽くすというのが、
人間のあるべき姿である。


私たちの周りを見渡すと多くがそうですね。
農業だって“天道”から“人道”へ。
スーパーには季節感はなく、
一年中色々な野菜が並んでいます。
”温度管理、日照管理、土壌管理‥”
まさに、
「人道は一日怠れば忽(たちま)ちに廃す」
ですね。
普段通り並ぶ野菜を、
あらためてそう考えてみると、
とてもありがたいことですね。
“広ガスたかた”の企業文化も、
一日怠れば・・・。
日々精進、日々修行ですね。

2013/01/02 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     1月2日

昨日は初稽古ののち、
混雑を避け、
夕方に向け厳島“大聖院”へ、
「事業発展福利増進」
のお札を受け取りに行ってきました。
初稽古は31年目
大聖院へは、
座主との出会いをいただいてから12年目です。


二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
 1月2日
一天理と人道(一)

 天理と人道との差別を能(よ)く弁別する人なし。
夫(そ)れ人身あれば欲あるは則ち天理なり。
田畑へ草の生ずるに同じ。
堤は崩れ、
堀は埋り、
橋は朽ちる、
是れ則(すなわ)ち天理なり。
然れば、
人道は私欲を制するるを道とし、
田畑の草をさるを道とし、
堤は築(つ)きて、
立堀はさらひ、
橋は掛け替へるを以て、道とす。
(夜話六)
【略解】天道と人道の違いをよく認識している人が意外に少ない。
堤は崩れ、
堀が埋まり、
橋が朽ちる、
これも天然自然の道理である。
それに対して人間としての対応を工夫することが人道である。


人間は生まれた瞬間から、
「死に向かっている」
と言われます。
まさに“天道”、自然の道理ですね。
松下さんは“自然の摂理”と言われています。
人間は、
“人道”である「医学」を発展させてきました。
医療だけではなく、
健康食品や健康器具研究されています。
確かに寿命は延びています。
・・・が、
介護問題や医療費問題という新たな問題も出てきました。
“どこまで行っても新たな問題、
           さらにチャレンジ”
これが人道なのでしょう。

2013/01/01 二宮尊徳一日一言(致知出版)寺田一清編     1月1日

2013年
  あけまして
      おめでとうございます


空手の初稽古から今帰ってきました。
毎年、宍戸氏の五龍城跡、
「尾崎丸」にある「司箭神社」での初稽古。
ここから一年がスタートします。

 

今年も一年、
    どうぞよろしくお願いいたします。


二宮尊徳
  一日一言
   心を耕し、生を拓く
        (致知出版)
        寺田一清編
 1月1日
報徳を忘るべからず

 父母ノ根元ハ天地ノ令命(れいめい)二在リ
 身体ノ根元ハ父母ノ生育二在リ
 子孫ノ相続ハ夫婦ノ丹精二在リ
 父母ノ富貴ハ祖先ノ勤功二在リ
 吾身ノ富貴ハ父母ノ積善二在リ
 子孫ノ富貴ハ自己ノ勤労二在リ
 身命ノ長養ハ衣食住ノ三二在リ
 衣食住ノ三ハ田畑卜山林二在リ
 田畑卜山林ハ人民ノ勤耕二在リ
 今年ノ衣食ハ昨年ノ産業二在リ
 来年ノ衣食ハ今年ノ艱難二在リ
 年年歳歳二報徳ヲ忘ル可カラズ
(報徳訓)
【略解】上記「報徳訓」こそ、
報徳翁の根本精神の表明です。
いかに天地大自然をはじめとし、
父母・祖先・夫婦・子孫の恩恵にあずかっているか、
計り知れないものがあります。
そればかりか、
生存の三大根本である衣食住にかかわる田畑と山林それに従事せられる人民の勤労、
それを総括して産業の社会充実発展の寄与によるもので、
思えば無限の恩恵にあずかってこの身この生が生かされ守られているのです。
この恩徳に報いる、
「報徳」精神を人間は決して忘れてはならぬという偉大な訓えです。


数年前に購入し、
本棚に飾ってありましたが、
とうとう手にしてしまいました、
「二宮尊徳 一日一言」
私の日本語レベルでは難解すぎなので、
レベルが上がったら、
つぶやきメールに使おうと考えていました。
・・・これから何年たってもレベルは変わりそうにないので、
無理やり気合いとともに、
・・・泣く泣く本棚から引き抜きました。
今年一年、この本で修業します。
自身、
無限の恩恵にあずかっているわけですから、
多少なりともその恩恵に報いられるよう、
「報徳の道」を説く努力をしてみます。 
 
☆☆★★_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
 広島ガス高田販売株式会社
                住吉 峰男